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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第二章~恋の矛先~
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第22話:リアとルーン

「司羽君、分かっているとは思いますが、これはスカウトの場でもあるんですからね? 準備時間中はデータも残りませんし…………まぁ、強化フィールドを貫通出来る訳がないと、たかを括っていた私にも確かに落ち度はあるかも知れませんが………。」


「まぁ、確かにやり過ぎたのかも知れませんね。ほんの脅しのつもりだったんですけど。」


『脅しで参加人数の一割を失格にしてしまった訳ですか。私もびっくりしました。』


 司羽が戻って来た後、試験時間になったという時に、放送で準備時間延長の知らせが急遽樹海の中に伝わった。何かトラブったのかなーとかそんな事をリアと話していると、ミリクが入口の方から走ってこちらに向かって来るのが見えて、今に至る。問題になるかもとは思っていたが、やはりマズかったらしい。


「こんな事は学園史始まって以来初めてです。デタラメ過ぎますよ。控室はお通夜ムードで泣き出す子が続出してますし………今回は有名所のスカウトがかなり来てますから、皆凄くやる気だったのに、開始前に失格なんて汚名どころ話じゃありません。あの子達を受け入れてくれる場所が無くなっちゃいます。」


「………まぁ可哀相だとは思いますが自業自得でしょう? そんな大事な時に、俺への嫉妬でストーカーをして来る様な馬鹿な奴らに掛ける慈悲を俺は持ち合わせていませんよ? それに俺はちゃんと加減しましたしね。あの程度で俺にやられるくらいなら、時間になってから向かって来ても結果は何も変わりませんよ。」


『加減………?』


 更に言うなら、途中で戦意喪失して逃げ出した奴らはそのまま逃がしてやったし、俺に敵意を持ってる奴だけピンポイントで狙ったから他の人に被害は出ていない筈だ。


「それに、今更どうしろって言うんですか?」


「別に司羽君に何かを求める訳ではありません。ただ、このままでは問題があるので、あの子達への救済措置ということで試験への復帰を認めて欲しいんです。」


「ああ、成程。後で何か文句を言われても困るから先に言いに来た訳ですか。構いませんよ、あちらの力量も把握しましたし、間違っても遅れを取る事はありませんから。これに懲りてもうあんなこともしないでしょうしね。」


「ふふふっ、ありがとうございます。そう言ってくれると思ってあの子達は既にフィールドに解放しておきました。試験は直ぐにスタートしますので、暫くお待ちください。」


「………………。」


 つまり、本当に確認の為だけに来たということか、まぁミリク先生の予想は外れてないし、結果的に効率が良くなるから構わないけど、なんかこの先生は食えない。今にわかった事じゃないけど。


「それでは、ルーンちゃんの為にも頑張ってくださいね。私やシノハちゃんも、また貴方と同じクラスでお勉強出来るのを楽しみにしていますから。真面目で可愛い学生、それで頭も良くて強いなら大歓迎ですよ♪」


「………ありがとうございます。」


 司羽が溜息をつきながらそういうと、ミリクはそれを微笑みで受け止めた。そしてその場から飛ぶように去ると、直ぐに気配を感じなくなるほど遠くまで行ってしまった。確かに、教師としても一流らしい。暫くすると、スピーカーからザザザッという音が聞こえてきた。


<みなさーん、お待たせしました。これより、B班のクラス入れ替え試験を開始します。それでは、開始三十秒前………十……五、四、三、二、一、開始っ!!>


「始まったか。」


『はい、気を入れなおして頑張りましょう。』


 こうして、司羽の初めてのクラス入れ替え試験は騒動の中に始まったのだった。








――――――――――――――――――――――









「なんだこれ、新手の作戦なのか?」」


『きっと噂が広がったのでしょう。試験会場のピリピリした空気の中であの騒ぎでは、情報が伝わるのも早いでしょうし。』


「そうなんだろうけど………。」


 試験開始から体内時計で既に三時間が経とうとしていたのだが、どういうことか、敵の姿が全く見えない。これはこっちが逃げ回っている訳でも、気配を消している訳でもない。相手が気配を消していてこっちが掴めていない可能性もあるが、それはないと思う。つい一時間ほど前まではちょこちょこと敵が近付いて来たりしていたのだが、こちらに気付くと直ぐに逃げ出してしまうので追う気にもならない。司羽としては、逃げる相手の様子が昔のトラウマをチクチクと刺激してきて堪ったものではなかった。今一番近くにいる敵でも直線距離にして二キロ以上離れているのだ、わざわざ出向く理由もないし、二人でこうして座り込んでしまっているというわけだ。


「これを終了まで続けるのか………。」


 いっその事こちらから出向いてもいいのだが、さっきの様子をみる限り逃げ回る生徒を後ろから攻撃することになりそうなのでなんとなく気乗りしないのだ。弱い者苛めしてるみたいだし。そうしていると、リアが持参のポーチから何やら取りだした。


「………なんだ、それ。」


『スケッチブックですよ?』


「それは見れば分かるんだけど……。」


 リアが取りだしたのは筆談に使っている物とは別のスケッチブックと鉛筆、そして食パンの様な物。これは恐らく消しゴムの代わりなのだろう。随分本格的なスケッチセットだ。確かに、持ち込みは自由だと聞いているが、娯楽の物を持ち込んでいる学生がどれだけいるだろう? リアに持ち合わせていた真面目なイメージを改めなくてはならないのかもしれない。そんな事を考えていると、司羽の中で何かが動くのを感じた。


「……起きたのか。おいで、トワ。」


「……んっ………主………。」


「おはよう、トワ。」


 司羽が呼ぶと、トワは眼の前に顕現した。眠そうに手で眼を擦って、司羽へと向けていた視線をきょろきょろと辺りへやると、リアの方へ向いた所で視線を止めた。


「………お腹すいた。」


「そういえば、もうお昼だもんな……今ここで寝て夢を食べさせてあげたいけど、それは出来ないし。支給用の食糧ならあるけど、食べるか?」


「……んーんっ、それは主の。」


 司羽がサンドウィッチを取りだしてトワへと差し出すと、トワは首を横に振った。その仕草に司羽の胸は酷く打たれた。司羽は昔見たドラマを思い出した。今のトワはまるで親に遠慮して自分が我慢しようとする健気な子供の様で………凄くお父さんの気持ちになってしまった。司羽は思った、トワを飢えさせてはならない。というか、元々二、三日くらい何も食べないでも平気だしトワにあげようと思っていた物だったので食糧的な問題は何もない。


「そっか、でもリアは何かやってるし、一人で食べると寂しいから半分こにしような。」


「主がそういうなら、それでいい。」


「じゃ、食べるか。」


 トワは頷くと、司羽の膝の間に座って寄りかかってきた。ルーンとトワは膝の上とか膝の間が好きらしい。良く分からないが、ここが一番安心するらしい。まぁそういわれて悪い気はしない。司羽がサンドウィッチを一つトワに渡してやると、早速それをパクついた。トワが寄りかかったまま見上げるようにしてきたので、司羽も一つ取って食べる。うん、なかなか美味しい。


「………ん?」


シャッシャッ


 視線を感じてそちらを向くと、リアがこちらを向いて鉛筆を走らせていた。司羽も絵のモデルになった事はない。親父は何回か肖像画なんて書いてもらってたみたいだが………。少し落ち着かない。


『気になってしまいますか?』


「いや、大丈夫だ。でも、俺はモデルなんてやった事ないぞ?」


『はい、構いません。私は書くこと自体が楽しくてやっているのですから。』


 リアは器用にスケッチブックを入れ替えながら筆談をしている。会話をするとリアの邪魔になってしまうかもしれない。司羽はそう思って視線をトワに戻した。


「今日は随分遅くまで寝てたんだな? いつもはもっと早いだろうに。」


「昨夜はミシュナが面白い本を読んでくれていたのじゃ。」


「へー、ミシュがか。それってどんな本だったんだ? あいつの読む本って凄く難しいイメージがあるんだけど。」


「えっと……タラシ……というのじゃったかの? 女好きの主人公には沢山の秘密の恋人がいるんじゃが、その内の二人に主人公の悪行がバレてしまうのじゃ。女達は主人公を取り合うんじゃが主人公はそんな時に他の女に手を出してしまい。結果的に女達に殺されてしまうのじゃ、因果応報というやつじゃな。他の一夫一妻制の国の本らしいが………ミシュナは主の様だと笑っていたのぉ。」


「………あいつ、トワになんてもん見せやがる………。」


 なんだかミシュのその時の様子が眼に浮かぶようだ。なんだかあいつ最近ストレス溜まり気味みたいだが、それを無垢なトワに向けないで欲しい。………なんだか、凄く自業自得な気がするんだが気のせいの筈だ。俺は何もしていない。


「トワ、そんなの見ちゃ駄目だぞ?」


「…………? 何故じゃ? ミシュナは教訓ものの本だから良く覚えておきなさいと言っていたぞ?」


 くそっ、今すぐ参加者を全滅させて試験を終わらせてやるか………? でもそんな事してもあいつらの方が終わってないだろうし、ミリク先生には文句言われるだろうしな………なんでミシュとは班が違うんだっ!!


「主、どうかしたのか? ミシュナに伝えることがあるなら童が行って来るぞ?」


「良いんだよ、トワ。今は試験中だからな。ミシュには俺が後でちゃんと言っておくから。」


 軽くいなされて反撃される未来しか見えないけどな。司羽がその後暫くトワと話していると、トワは余程昨日寝ていなかったのか、また眠そうにとろとろとし始めた。司羽がトワに寝てもいいと言うと、トワは微かに頷いて、フッとその場から消えた。トワの気配が薄くなっていく、どうやら完全に眠ってしまったらしい。


「あ、そういえば絵を描いていたんだったな。すまん、トワがいなくなっちゃったけど大丈夫か?」


『はい、もう殆んど出来上がってますし。後は仕上げだけです。』


「そうか。」


 絵を描き始めてから一時間になるかならないかという程度。もう少しだというのなら少しだけ動かずに居よう、邪魔しちゃ悪い。暫くその場でじっとしているとリアが鉛筆を置いた。どうやら書きあがったらしい。リアはスケッチブックをこちらに向けた、どうだろうかと聞いているようだ。司羽は絵の方に視線を移すと表情がほころんだ。


「ははっ、俺はそんなに優しそうな顔してたか?」


『はい、とても。』


 率直に返されて司羽は咄嗟に言葉に詰まってしまった。あの絵の通りだとするなら、自分はリアにはなかなかの好印象を受けているらしい。司羽は専門的な意見を言うことは出来ないので、素直に喜ぶ事にした。事実その絵は司羽からみてもとても上手く書けていたのだ。


「ありがとう。絵、上手いんだな。結構書くのか?」


『それなりにですね。ルーンを良く書かせてもらっています。試験でもいつも一緒でしたし。』


「………いつも持ってきてるのか? そのセット。」


 司羽が聞いてみると、リアはコクリと頷いた。そこで司羽は先ほどから気になっていた事を聞いてみる事にした。


「ちょっと思ったんだが、試験の時っていつもこんなに暇なのか?」


『はい。試験の時にルーンとペアになるようになってから試験中に攻撃される事はなくなりました。今回の様に逃げ回られる事はあまりありませんが、基本的にルーンを敵として相手にするような方はこの学園にはいないですから。次元魔法を相手にするなんて自殺行為ですから。』


「………先生達もそんな事いってたが、次元魔法ってのはそんなに強いのか? あの召喚魔法は確かに凄かったが、魔力的な負担もかなり来てたみたいだし………次元魔法自体はそこまで実用的に思えないんだが。」


 実際にルーンと戦った時も次元魔法とやらは使われなかったしな。警戒はしてたけど、結局ルーンは普通の魔弾での波状攻撃のみに留まってた。とはいえ、ルーンが強いのを疑ってる訳ではない。魔弾のパワーは俺を死なさないように手加減してたんだろうけど、あの量を同時に操ってたし、ルーンが出した防御壁は確かに滅茶苦茶だった。破壊するのにわざわざ気を流して中和させたくらいだ。並みのだったらそのまま身体強化に使ってる分の余波で壊せるし。だからルーンの力自体を相手にするのが自殺行為っていうなら分かるが。


『そうですね。時間もありますし、私の知っている限りの次元魔法や魔力の知識を貴方に教えておいた方がいいかもしれませんね。貴方はルーンの恋人なのですから。』


「………そうだな、正直良く分かってないんだ。ルーンに聞くチャンスもなかったし。」


 時間は有り余ってるし、リアと話す事もあまりなかったからコミュニケーションを取るのは悪くない事の筈だ。個人的にも結構気になっている事だし。


『次元魔法の例としてルーンが使ったあの魔法を挙げてみましょうか。ルーンから聞きましたが、司羽さんは、ムーシェさんに召喚魔法の事で相談されたことがあったそうですね?』


「え? ああ、そんな事もあったな。って、なんでルーンがそれを知ってるんだ?」


『ルーンは隠れて聞いてたみたいですよ? それはともかく、ムーシェさんの推論は大部分は当たっていた訳ですが、数ヶ所間違えてる場所があるんです。』


「………間違い?」


 ルーンにはあんまり詳しく聞いてないが、何が間違えているんだろう? とりあえず、俺もまだまだ魔法について覚えなければならない事は多い。余計なことは言わずに教えてもらっておいた方が良いだろうな。


『ルーンが魔力を魔力貯蔵用の魔法陣に溜めていた事は知っていますか?』


「………そういえば、そんな事もいってたな。戦い終わった時、もう魔法陣の魔力もなくなっちゃったって言ってたし。」


『ムーシェさんがこれを使っていたという可能性を外した事からも分かる通りこれは普通私達が使える様な物ではない超高位の魔法なのですが、実は次元魔法の様に大量の魔力を使う者にはかなり重要だと言われている魔法なんです。学内で旅行に行った時に使ったゲートがあるでしょう? あれも次元魔法の産物なのですが、魔力を溜め込む魔法陣の中に作ることで、一般の人が魔力を注ぎ込むだけで、技術者がいなくとも半永久的に稼働させる事が出来ます。そして、後はムーシェさんが言った理論で道を作るのです。テレポートが不可能なのは知っていると思いますが、あのゲートのやり方は次元魔法の先人が編み出した抜け道ですね。』


「成程。」


 それも驚いたが、リアの文字を書くスピードにもびっくりだ。ペン先が見えん。しかし魔力を溜め込む魔法陣か…………。


『この魔法陣なのですが、一度に溜めこめる量には限度があるとはいえルーンの力量ですとかなり膨大な量を溜めこめますから、実は本来ならルーンが何かを代償にする必要は皆無でした。それどころか、召喚魔法の魔力を全て魔法陣に溜めこんでおいた魔力で補ったとしても、数百分の一を使うかどうかなんです。あれにはあの子が何年も溜め続けた魔力が魔法陣の許容量限界まで入っていた筈ですから。あの魔法陣はそういう異常な物なんです。』


「………それってかなり話が変わって来るんだが………。」


 それなら俺の時はいったいどうなってたんだ? 他の可能性っていうと、俺自身がそこまでルーンに負荷をかけるような存在だったのか?


『今言ったように、次元魔法というもの自体にかかる魔力はムーシェさんが言ったように確かに膨大ですが、そもそもこの魔法陣が使える時点で次元魔法に使う魔力に関してはなんの問題もありません。ムーシェさんが読み違えたのは、ルーンがこの魔法陣を使えると知らなかったからでしょう。魔力とは減れば最大値まで回復します。人間の治癒能力と同じです、怪我をすれば治るでしょう? 魔力の治癒能力とでも言ったところですね。この魔法陣は魔力が健康体の時にサボっている治癒能力を使って溜められるんです。これって意外と馬鹿にならないんですよ。特にルーンはあんな森の近くに住んでますから基礎回復速度も鍛えられてて早いですし、魔法を普段通り使っても七日に一回くらい召喚できちゃうんじゃないでしょうか。大規模であり、ルーンが相手の意志を無視してこちらの世界に連れてくるような契約を行うのですらその程度なのです、戦闘で使う程度の次元魔法なら魔力についての心配は全く必要ないでしょう。とはいえ殆んどの人はムーシェさんと同じ様にルーンがあの魔法陣を使えることを知りませんから、単純にルーンの強さを噂で伝え聞いて恐れている場合が多いのでしょうね。次元魔法の難度だけは有名ですから。』


「他の奴らがどう思ってるかは正直どうでもいいが。つまり、ルーンはその魔法陣を使えるから次元魔法自体を打つリスクはそこまで問題じゃないんだな?」


『はい。特に戦闘で使うような魔法ですと、別空間を作って逃げ込んだり、相手を隔離したり、相手を別空間に隔離した状態でその空間ごと消滅させてしまう事です。流石にルーンもそこまではやっていませんが、別空間を作ることは次元魔法の初歩ですし、ルーン程の魔法使いならば容易に可能なはずです。なんせあの子は現存する空間を一定範囲でなら変化させる事も出来るのですからね。ちなみにこれは次元魔法に限った話ではありませんが、一から何かを作り出す創造より何かを変えたり探ったりする干渉の方が格段に難しく、魔力も大量に消費します。この事実から見ても分かると思いますが、次元魔法使いの中でもルーンはかなりの実力者なんです。こんなものなくともあの子は十分強いのですが、やはり世界で数人の力というのは前に出されてしまう物なのでしょうね。これのせいでルーンはあの若さで歴代に名を連ねる様な存在になってしまったわけですし。』


「へぇ、ルーンはそこまで有名だったのか。だが、なるほどな。魔法の仕組みってのが分かってきた。それと次元魔法が強いって言った理由もな。確かにちょっと反則っぽい技術だな。ルーンは魔力を通常の数百倍近く溜めておける上に、攻撃に使うときの使い勝手の良さが高すぎる。やられる前に倒すか、魔法を解く必要があるだろうな。…………それだけって訳じゃないが、まぁ普通の人間じゃあ対処のしようがないな。」


 いくつか対策は考え付くが、事実俺がこの世界に連れてこられた時もかなりの強制性が見受けられたし、それを攻撃的に使われるのはなるべく勘弁してもらいたい。本気で殺しにかかるような戦いなんてしたくないし。


「でも言いたい事はなんとなくわかった。つまり、ルーンがあれだけ疲弊したのは、俺以外の何かにも干渉してたからなわけだな?」


 召喚魔法自体に魔力を消費していたのではないとしたら原因は俺くらいだが、先ほどからの話を聞いている限り俺という人間に干渉したとかいう話ではない気がする。話に聞いた相手を閉じ込める魔法だって一応は『相手という人間』に干渉しているのだ。それは大した問題ではないと話しているのだから、ルーンが干渉したのはもっと別の何かだろう。恐らくなんらかの形で俺が関与している物だと思うけど。


『ええ、あの子は恐らく召喚の際に対象の心理状況を限定したのでしょう。魔法を使う際に効果を限定するのは良くあるのですが、身体や物質への干渉はともかく、心への干渉なんて不可能の領域ですから。認識能力以前に使う魔力も桁違いになります。』


「不可能の領域? なんでだ?」


『生物の心には人工的に作ることが出来ない程の高密度な魔力の壁、いわゆる心の壁という物が存在しまして、これを破る事は理論的に不可能です。一般的にこれがある為に人を心理的に洗脳したり、心を弄ったりは出来ないとされています。勿論魔力の問題以前に技術的な問題も山積みですし、更に心に触れるには相手の心を深層心理まで完全に把握してなければならないという条件もあります。ですから心への干渉と言われて実現可能なのは、その一歩手前の心の『参照』でしょうね。これは心の壁の前まで干渉して、そこから中を見たのだと思ってくれればいいです。例えば何処かに逃げ出したいと思っている人に限定したり、心に何か傷を負っている人に限定したり。』


「……成程、つまりルーンがあれだけの魔力を使ったのは召喚魔法を行ったからじゃなくて、召喚魔法で呼ぶ人間の心理的な条件を限定したからなのか。」


『恐らくそうだと思います。でなければ髪の色を使ったり、魔法を使う前にあそこまで自分を追い込んでまで魔力を精錬する必要はありませんから。』


 まぁ、確かにこれで納得はいったかな。ルーンが言ってた事でいまいち意味が分からない事が解決したのは個人的にもすっきりしたし。


「それで? 聞かせてくれよ、今更なんでそんな話を俺にしたんだ? 気になってたのは確かだが、俺はルーンの次元魔法のリスクについて聞いただけだぜ。まぁこういう知識も無駄にはならないんだろうが、あの召喚魔法の事を掘り返したのも気になるな。何か言いたいことがあるんじゃないのか?」


『大した事ではありません。ただ貴方に色々な事を知っていて欲しい。直接的に言えば貴方にはルーンの力と心情をちゃんと把握していて欲しいんです。今いった事でも分かるように、いくらルーンが強くても魔法の力は決して貴方の心へは影響出来ません、ですから貴方からあの子への愛をそういう意味で疑って欲しくないんです。』


「そんな事最初から疑っちゃいなかったが………大体俺の心に何かしようとすれば気がつくさ。」


『貴方がそういう意味でも強い方なのは分かっています。ですが、人という物は疑い深い生き物です。今私が心への影響を与えることは不可能だと言いましたが、この学園にはルーンならばその不可能の領域を超えることが出来るのではないかと考える者もいます。そしてそんな不安のせいでルーンから離れていく人もいます。心というのは人の最も繊細な部分ですから、ルーンの強すぎる力がいつの間にか自分に及んでいるのではという被害妄想を持つ方が出ているのは事実です。そしてこと心の事に関してですからやはり、ルーンに愛情を向けられている貴方が一番そうなる可能性を秘めているのです。ですから、もし誰かがルーンの力について何か言っていても、ルーンへの愛情を信じてあげて欲しいんです。』


「成程。俺がルーンを好きじゃなくなる事を心配してるわけじゃなくて、そういう噂を聞いて自分自身を疑う事を心配してるわけね。」


『貴方がルーンから離れるとしたら、理由はそのくらいでしょう。あの子は貴方にべったりですし、貴方も悪い気はしていないようですから。なんにしても可能性は潰しておくに限ります。やっとあの子があんなに幸せそうに笑っているのですから。』


 無理はないかもしれないな。俺がいずれ魔法について詳しく知って、その心の壁とやらの事も知れば、ルーンなら出来るかもしれないくらいには思っただろうし、あいつがそんな事するような奴じゃない事は分かってるけど、人によってはやっぱり怖がるだろうし、疑うこともあるかもしれない。リアのは少し心配し過ぎに思えるが、今まで人に恐怖された事も多い俺としては気持ちは分かる。


「それは分かったよ、教えてくれてありがとな。すると、さっき言ってた心情の方もそういう事だろう? ルーンは苦しい思いをしてでも、俺みたいな存在に限定したかった。ルーンの寂しさを分かって、家族になって欲しかったんだって。だから無理矢理にでも俺をこの世界に引き留めて、俺を脅迫してでも俺である事に拘った。それを責めないで欲しいって言いたいんだろ、リアは。」


『はい、よくわかりましたね。あの子にとっては家族という物は特別なんです。ですから誰でもいいなんて考えは持てなかった。だからこそ自分の全てを使ってでも貴方に拘った。流石に見ていて痛痛しくて、私も止めようと何度も思いましたが、今のあの子を見ていると、変に止めなくて良かったと思います。最初の頃は貴方を繋ぎ止めようと躍起になってたようですが、最近のルーンは見ていても微笑ましいです。とても、元気になりましたし。』


「不可能の領域の話は知らなかったが、あいつがただ無作為に召喚したんじゃないとは前から思ってたからな。決着をつけた時にあいつが言ったんだよ、『司羽は私と同じ傷を持ってる筈なのに』ってな。」


『そうでしたか、やはりルーンはそういった関係の事を参照したのですね。………大体予想してはいましたが。』


 リアがそう書いたのを見て、司羽は苦笑した。さっき何を望んだかは分からないなんて言っておいて、ちゃんと分かっていたらしい。今になって気付いたが、この子はルーンの為に色々尽くしてくれている。あの旅行の時もそうだ、リアはルーンのしたことだから許したんだろうし、髪も見せてくれたんだろう。これだけ詳しいってことは、もしかしたらルーンが召喚をすることについて、リアは前から知っていたのかもしれない。


「次元魔法の事は勉強になったよ。ルーンがそれだけ簡単に使える次元魔法を、俺には使わなかったってのも分かったしな。聞いてる限り次元魔法は手加減ってのがしにくそうだし、ルーンの目的の上では使えなかったってのもあるんだろうけど。ルーンはそれを盾に脅すような事はしてこなかった。万が一人の心のどうにか出来るかもしれなくても、あいつはやらないよ。最後まで俺自身の意志を変える事に拘ってたんだしな。それと、俺はこっちの世界に来た事を今後悔なんかしてない。だからルーンを後になって責める様な事もしないさ。」


『そう言っていただけると私も安心してルーンをお任せすることが出来ます。………もしかすると、私が何かを言う必要はなかったのかもしれませんが。』


「そんな事はないよ。リアみたいな子がルーンの傍にいてくれるってことが分かっただけでも俺としては収穫だからな。リアがなんでそこまでルーンの事を考えてくれてるのかは分からないけど。」


 司羽がそういうと、リアは暫く何かを考える様な間を取ってから、スケッチブックに一言だけ書き込んだ。


『私達は親友になろうと約束しましたから。』

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