第21話:人の恋路を邪魔する奴は……
「………これは、かなりの人数だな。」
『全校生徒の半分ですからね。正確な人数は調べてみなければ分かりませんが、かなり大人数である事は確かです。』
控室らしき大ホールへ入ると、数百人はいるだろうと予想出来る人数の学生が既に集まっていた。司羽達が最後と言うわけではないので、まだ増えるだろう。司羽が辺りを見回していると、徐々に視線が自分とリアに集まりだしたのに気が付いた。
「………見られてるな。」
『ルーンは人気者ですから。実は私もルーンと親しくしているので、結構やっかみを受けたりするんですよ。見た目と違って、基本的に誰に対しても付き合いの悪い子ですから。その割に、あの見た目と能力で男女問わず人気は凄いんですけどね。』
「なるほど、ルーン関係で嫉妬を受けてるのは俺だけじゃないって事か。案外そういう所が相性に関係してるのかもな。」
『確かに、そうかも知れません。』
そんな感じで司羽とリアが談笑(見た目には司羽が一方的に話している)をしていると、後ろに慣れた気配を感じた。
「俺の後ろに立つな。」
「………どうしたんです? ルーンちゃんと離れておかしくなりましたか?」
「いや、言ってみたかっただけです。」
背後からミリクが可愛そうな人を見る様な視線を送って来るのに堪えられず、そっぽを向きながら答えた。一度は言ってみたい台詞だったんだよなー、これ。
「で、何か用ですか? もうそろそろ十時になりますよ?」
「………んー、ちょっと胸騒ぎがしまして。」
「………どういう事です?」
「取り敢えず、貴方達は目立つみたいなので………。」
司羽がミリクの方に向き直ると、ミリクはリアと司羽を交互に見た後、ホールの端を指差した。何やら周りに聞かれたくない話をするらしい。司羽がリアの方へ視線を送ると微かに頷いた。ミリクが真剣なのを感じ取ったらしい。三人は周りから向けられる視線を避ける様にホールの端に寄った。
「………実は、ルーンちゃんと貴方達の事なのですが………。」
『どうしました? 何か不備が?』
「あったとしても、もう始まりますよ?」
「ああ、いえ、そういう事ではありません。」
ミリクはそれを否定して、視線を周りにさっと流すと難しい問題を考えるような顔をした。
「実は昨日データを弄ってましたら、ルーンちゃんとリアちゃんのペアの相性が最悪になってたんですよ。」
『私とルーンの相性が?』
「…………まさか、俺のせいか?」
ルーンがヤキモチ焼きなのは今までの経験から過ぎる程に理解している。………となると、自分とリアが組んでいるせいで、という事が理由になっている可能性が高い。心の相性がそのまま反映されるらしいし。
「私も最初はルーンちゃんの可愛いヤキモチが原因かなーと思ったのですが、どうもそうではないらしくて。」
「………と、言うと?」
「うーん、簡単に言えば、改竄されているみたいなんです。」
『改竄? 私達のデータをですか?』
「ええ、何故だか良く分からないけど、相性検査の内容に関係なく、二人の相性が最悪になる様に元々セットされていたみたいなんですよ。」
『そんな……。』
ミリクは人差し指を頬に当てて、片目を閉じ、暫く考える様に沈黙した。
「司羽君が来る前はいつも二人一緒でしたから、今回もそうなると踏んでこんな事をしたのでしょう。誰が得をするのか分かりませんが、とても巧妙に隠されていたので、生徒が悪戯でやったというのは考え難いですし、そんな事をすれば退学ですからね。」
「リスクに見合ってませんね、確かに。」
ミリクは司羽の言葉に相槌を打つと、リアの方に視線をやった。
「修正をしても結果的にルーンちゃんと司羽君の相性が一番になってましたし、シノハちゃんの思い付きがなくても、ルーンちゃんとリアちゃんが一緒になる事は取り敢えずありませんので、私からは特に何もしませんでしたが………。」
「胸騒ぎがする………という事ですね?」
「はい。こんな事を公にすればセキュリティの面で各方面から非難されますし、結果的に何かに影響を及ぼしている事もないので、この事は秘匿しようと思っています。ですが、もしもの時は………。」
「まぁ、俺も気をつけますよ。リアはルーンの親友ですし。」
「ふふっ、男の子ですね。………それでは、そろそろ時間なので私はこれで。試験中にえっちな事しちゃ駄目ですよ?」
いつも通りの軽口を叩いて司羽の表情を引き攣らせると、ミリクはその場から上機嫌で去って行った。司羽は溜息をついてから、隣で黙り込んでいるリアへ眼を向けた。フードで表情が分からないが、何となく不安が感じ取れる。司羽は見兼ねて頭に手を乗せようと手を伸ばし…………そのまま手を引っ込めた。
「リア、悪い。つい癖で。」
『いえ、こちらこそすいません。取り乱してしまって。』
司羽の手が伸ばされた瞬間に、リアは一瞬で司羽から間合いを取っていた。微かに感じた殺気は霧散していたが、フードに隠れた表情は、なんとなく申し訳なさそうな顔をしている気がした。
「気をつけるよ、訳あって顔を隠してるんだもんな。」
『ありがとうございます。』
うーん、何だか一発で空気が悪くなった気がするな。この調子で数時間、もしくは数日の間、間が持つのだろうか?
ビビーッ
「ん、時間か。」
『はい、三十分の間は攻撃は無力化されますが、移動は出来ます。行きますか?』
「………そうだな、行くか。」
その何となく固い雰囲気のまま、司羽とリアは樹海の形式を取っているフィールドへ入って行った。
−−−−−−−−−
「うーん、本当にムーシェの言った通りになっちまったな………。」
『どうします? 下手をすると二百人はいますよ?』
リアとフィールドに入ってから少し歩いた辺りで、ホールで感じた視線がそのままついて来ている事に気がついた。まだ開始時間になっていない事もあって気にしていなかったのだが、どうやら開始と同時に襲い掛かってくるつもりらしい。
なんというか………鬱陶しい事この上ないな。ルーンと一緒にいる時は気にならなかったし、こういう嫉妬の視線は親父のせいでかなり慣れているつもりだったけど、こうまであからさまだと流石にウザい。………それに、なんだか分からないけど苛々する。この視線のせいか?
「…………はぁっ、ルーンの人気ってのはヤバいな。人気投票の事は知ってたけど、ここまでだとは思わなかった。」
『攻撃が通る様になるまで三十分ありますし、逃げますか? ほぼ烏合の衆の様ですが、数人Aクラス級の方もいるようですし。』
「………そんな奴らまでいるのか。大事なアピールの場じゃねえのかよ、暇な奴らだな。よっぽど頭が悪いのか?」
苛立ちから悪態をついて舌打ちをすると、近くで数人の気配が動いたのを感じた。どうやら聞こえたらしいね。そんなの気にしないけど。
「………逃げる必要はないだろ。それに、どこに行ったところでこの樹海から出られないし、ああいうストーカーみたいのはしつこく付け回して来ると思うけど?」
『ですが、この数を相手にするのも無謀かと。試験中はフィールドの判定で失格になってしまいますし、私達Aプラスクラスは一発でも掠るとアウトになると思いますよ? 流石に全員の攻撃を回避、防御をしながら戦うのは厳しいです。この前の司羽さんの動きを見ている限り可能なのかも知れませんが、私には………。』
リアの筆談に納得すると、立ち止まって視線を周りに投げた。うーん、ここはリアの言う事にも一理あるんだけど………やっぱり逃げるのは癪に障る。ここからでも隠れている奴らが笑いながらこちらを見ているのが分かるし、凄くストレスを発散したい。
「リアを守りながら………ってのは確実とは言い難いな、俺も魔法はそこまで詳しい訳じゃないし、もしかしたらリアに掠るくらいならあり得るかも知れない。」
『私を守って、自分に当たるかもしれないとは言わないんですね?』
「ああ、俺は自信家だからな。実力は伴ってると思うが。………もしかして、今のちょっと皮肉入ってたのか?」
『少しだけ、ですけど。』
リアの質問に苦笑しながらそう返してみると、リアは案外素直にそれを認めた。まぁ、ちょっと傲慢だったかもしれない。リアは守って喜ぶ様なタイプでない事が分かったな。いや、だからどうするって訳でもないんだけど。
『なら、どうしますか? 司羽さんは逃げたくないのですよね?』
「そうだなぁ………確かに逃げたくはないけど、フィールドの問題があるみたいだし………。少しばかり狡い感じがするけど、やっぱりやるしかないか。」
『狡い、ですか? 何をするつもりです?』
「なに、フィールドを利用させてもらうのさ。ルール上も問題ないだろうしな。」
リアはどうにも理解出来ないらしく、スケッチブックを持ったまま動かなかった。取り敢えずミリクにも確認を取ってあるので、実行に移す事にしよう。このストーカー共のせいで溜まった分のストレス発散にもなるだろうし。取り敢えずターゲットは………あの草の影で結界張ってこっちを見てる馬鹿。
「取り敢えずそこに隠れてるストーカー男、気持ち悪い眼で見てんじゃねぇよ。三原色とか、服の色の組み合わせも気持ち悪いしな。周りにいる奴も引いてんじゃねぇか、さっさと消えろ。」
『ちょっと司羽さん? 何を言ってるんですか?』
「リアは下がってろよ、あんなのに近づいたら馬鹿が移るぞ?」
「きっ、貴様ぁっ!!!」
リアもいきなりの事に驚いてるみたいだけど、まぁ俺のストレス発散の為だ。しっかし周りからの視線が鋭くなったな。こいつら隠れる気あるんだろうか? 取り敢えず結界を解いて出て来たこの馬鹿野郎を使いますかね。おーおー、怒ってる怒ってる。
「出て来いなんて言ってねぇだろ、消えろよ。目障りなんだ。」
「くっ、お、俺はこの前Aマイナスに上がったんだ!! お前みたいなルーンさんに気に入られたからAプラスに居られる様な奴とは違う!! 暴言を訂正しろ!!」
「なるほど………そういう意味での嫉妬もあったわけね。」
というかその話はムーシェの時ので終わりだと思ってたのに、まだ引きずってる奴がいるのか。まぁ、当然俺は気にしないんだけど。今回ちょうどクラス入れ替え試験なんだし。
「確かに俺がルーンに好かれているのは認める。だけどそれがお前に何の関係があるんだ? クラスの事だって今回の入れ替え試験ではっきりとするんだからいいだろ。お前が俺を付け回す理由なんてないんだよ。」
「そ、そんな事はない!!」
「ホモなのか? お断りだ。」
「違うに決まっているだろうっ!!」
いかんいかん、顔がにやけてしまいそうだ。こいつはなかなか面白い、俺の選別眼も中々の物だな。さて、こいつらにはルーンも困ってたみたいだし、リアも待ってるし、さっさと終わらせますかね。
「おいおい、なら何だってんだ? まさか俺がルーンと愛し合ってるのがいけないなんていわないよな? お前に何の権利がある。俺は他人の女を誘惑する様な下種な真似は絶対にしないが、少なくともルーンは誰と付き合ってた訳でもない筈だ。俺だけじゃない、ルーンもお前らには苛立ってんだよ。いい加減に引き際を見定める眼を持たないとな? お前がどれほどルーンの事を好きなのかは知らないが、こんなストーカー染みた行為に及んだ時点で、俺はお前が屑虫以外の何物にも見えないんだ。鏡で自分を見てみろ、滑稽だぜ?」
「きっ、貴様っ、絶対に許さんっ!! そんな暴言を吐いた事死ぬほど後悔させてやるから覚悟しておけっ!!」
しっかし月並みな台詞だな。こういうのは全世界(異世界的な意味で)共通なのか? でも、うん、大分すっきりした。まだ多少残ってるムカムカはきっとその内解消出来るだろう。と、いうかそのつもりだしな。
「覚悟しとけって、そんな覚悟いらねぇだろ。お前如きが何をするって? 寝言は寝て言え、大口叩くと後で後悔するぜ? 少なくとも、俺がムーシェより強いのは知ってる筈だろ?」
「ふんっ、大口を叩いて後悔するのはお前だ。どうやら気付いていないみたいだが、ここら一帯に二百人近いルーンさんのファンがいる。俺とお前の今の会話は全部聞こえただろうなぁ? 三十分後が楽しみだよ、せいぜい足掻くといいさ。」
勝ち誇った顔でこちらを睨みつけてくる馬鹿。自分の力でとは思わないのかね? その時点でこいつはここまでの人間だな。まぁ、何を期待してた訳でもないけど。取り敢えず、俺に勝つっていう良い夢を見れたんだし、もういいよな。
「そういう事なら、三十分後を楽しみにするとしよう。さて…………何人残ってるか見物だな。」
「ハッ、何をっ。」
ピピーッ
「………が……ぁっ…………。」
「ああ、残念。また下のクラスから頑張ってくれ。」
ドサッ
ピピーッ ピピーッ ピピーッ ピピーッ ピピーッ
司羽の眼の前で勝ち誇った様な笑みを浮かべていた男の顔が苦痛に歪むと、単調な機械音が聞こえ、続いて男は地面に崩れ落ちた。司羽と男のやり取りを呆然と眺めていたリアは何が起こったのか分からず、地面に倒れた男を眼で追った。続けて辺り一帯に先程と同じ機械音が何度も響き渡り、人が倒れる音も同時に何度も聞こえた。リアがそれを失格を告げる音だと気付くには、そう時間は掛からなかった。状況を理解し、司羽を探したが、姿どころか気配すら感じない。だがその時、眼の前に突然司羽が現れ、リアは咄嗟に身を竦ませてしまった。
「悪い、驚かせたな。俺はこいつらにお仕置きをして回るから、リアはここで待っててくれ。直ぐに戻る。」
『分かりました。』
リアを気遣うように笑った司羽の言葉にリアがなんとか答えると、司羽は次の瞬間にはまたその場から消えてしまっていた。機械音が止み、司羽が戻ってきたのはそれから二十分程経った頃だった。