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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第二章~恋の矛先~
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第16話:繋がった心

「司羽君、先生は不純異性交遊がいけないと怒っているのではありません。司羽君をそんなに弄りやすそうな話を黙っていた事に怒っているんですよ?」


「教師なんだから前者を注意して下さいよ!! それにシノハ先生も同じ先生なんですから助けて下さい!!!」


「う、うむ……。」


今は職員室なのだが周りにいる教師は全く今の状況を気にしていない。と言うのも最近司羽をからかう事を目的としてミリクが呼び付けまくるので、殆どの教師がこの光景に慣れているからである。シノハは少しばかり熱いが常識がある教師で、司羽もそれが分かっていたから助けを求めたのだが……。


「あの、ミリク? そろそろ授業もあるし……。」


「あら? シノハちゃんも昨夜の御勉強の続きがしたいのですか? 職員室でなんてマニアック過ぎると……。」


「わーっ!! わーっ!!! 昨夜は何もなかった、何もなかったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


「「「…………」」」


「シノハちゃん可愛い♪ ちょっと駄目になるのが早いのがあれだけど、そこもまた可愛いのよねぇ♪」


シノハが泣きながら職員室を飛び出して行くと、職員室にいた先生達も沈黙し、司羽も黙り込んでしまった。シノハがミリクに勝てない事は知っていたが今のはちょっと予想外だった。次はシノハの授業があるけどどっかで泣いてて来れない可能性が出て来たなぁとか考えつつニコニコ笑っているミリクを見た。


「取り敢えず、あの子の事説明してもらえますか? 大丈夫です、次の授業は自習になりましたから♪」


「…………。」


司羽は逃げられない事を悟り。シノハの事まで計算してた感じのミリクから眼を逸らしつつ溜息をついた。こんな事になる原因を思い出しながら。


時は数十分前にさかのぼる。







「……よっこらしょ、すいません遅刻しました。」


「司羽、人を抱えて平然と窓から入るな。ここは3階だぞ。」


「まさしく両手に花ですねー♪ 司羽君、遅刻の原因について詳しく聞きたいのですが?」


「ルーンの寝坊です。それ以外には何もありません。」


「まぁ、そういう事にしておきましょう……♪」


司羽が寝坊と言う所を少し強調して言うと、ミリクがさも何かあるかのように含み笑いをした。司羽とミリクがお互いに視線を逸らさずに沈黙していると、右側に抱えていたミシュナが司羽の服を引っ張った。


「そろそろ降ろしてくれない? 凄く恥ずかしいんだけど。」


「ああ、悪い。」


司羽がミシュナを降ろすと、ミリクは今気が付いたように言った。……とても何かを企んでいそうな笑みで。


「そう言えば今日はミシュナちゃんも司羽君と一緒なのね?」


「はい、昨日は私『司羽』の家に泊まったので♪」


「なっ……!?」


ニヤリと笑うミリクを見て司羽は抗議するようにミシュナを見た。しかしミシュナもニヤリと笑い、完全に司羽をからかう態勢に入っていた。ムーシェの話では、他のクラスの生徒に司羽はかなりの女ったらしだと言う噂が広がっているらしいが、伝わるスピードが促進されるのは間違いないだろう。


「ミシュナちゃん、体の調子はどうですか?」


「なんだか怠くて……足元も少しふらつきます……。」


ミシュナが壁に寄り掛かかりミリクの言葉に返答する。早くも教室には黄色い悲鳴が飛び交っていた。二人の狙い通りだろう。


「原因をハッキリさせなければいけませんね、司羽君を尋問しないと!!! 司羽君、昨夜のミシュナちゃんはどうでした!?」


「あたかも何かあった見たいにいうなよ!! ミシュはただの二日酔いだろうが!!!」


「何かあったんですか? 私はミシュナちゃんの体調の事を聞いたんですけど。」


「ぐっ……。」


ミリクは真顔に戻り、司羽に詰め寄ったが笑みを隠し切れていなかった。ミシュナの方も同じく笑いを押さえ切れていない。だが司羽には勝算があった。


キーン コーン カーン コーーン


「あ、授業始まりますよ? さて、授業の準備をしましょうか。」


「「ちっ……。」」


司羽がそう言ってまだ眠っているルーンを席につかせると、首謀者二人は舌打ちをして自分の席と教卓の前に戻った。


「最初の授業は予定変更で魔法です。取り敢えず、司羽君が苦手な実技に変更します。」


「「「賛成でーす♪」」」


ミリクが不機嫌そうな雰囲気のまま笑顔でそう言うと、クラス全体が敵に回った。


「ふふっ、敵だらけね?」


「……誰のせいだよ。」


「んー、司羽じゃないかしら?」


ミシュナと眠っているルーン以外のクラスメイトがミリクの八つ当たりに賛成すると言う司羽にとっては理不尽極まりない状況にミシュナはそう言って笑った。


「はい、じゃあ自分の周りに結界を張って中を見えなくしてから中で適当に踊って下さい。それでは司羽君、どうぞ♪」


「あんた、鬼だな……。」


「あれー、司羽君の姿が見えません。結界成功ですね。 早く踊って下さい♪」


「…………。」


引きつった表情をする司羽を余所に、ミリクはニヤニヤしながら下手な三文芝居をうった。ミシュナに助けを求めて見たが無駄だった。眼に見えて楽しそうにしている。もういっその事逃げちゃおっかなぁと考えていると突然司羽の膝の上にそんなに重くはないが安心感を得られる重みを感じた。


「なんじゃ、主は魔法が苦手か?」


「ああ、そうなんだよトワ、って……。」


「「「…………。」」」


「……ぷっ……。」


一部を除き沈黙。一部とはこの状況を誰より楽しんでいるミシュナと膝の上に座って、何で皆は黙っているの? と言った感じのトワだったりするが。しかし、暫く固まっていたミリクはいち早く回復し、クスッっと笑って司羽に言った。


「司羽君? その子が今まで何処に居たかは重要ではありません。重要なのはその愛じ……もとい女の子と何処までいったかですよ?」


「今わざとだろ? わざと愛人って言おうとしただろ? 愛人じゃねぇぞ? ただの……。」


「ただの司羽の奴隷じゃ。」


「「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ♪♪♪」」」


その一言で教室は黄色い声が飛び交う、司羽にとってこれ以上ないほどに危険なフィールドに変じた。


「おい、トワ!! 早く訂正しろ!!」


「主よ、訂正と言われても間違っている所がわからないのじゃが?」


「司羽、もう言い逃れ出来ないわね。」


「ミシュはちゃんと理由を知ってるだろ!?」


「私は司羽とその子と首席が添い寝してる所しか見てないわよ。見てるこっちが恥ずかしくなるほどイチャイチャと。」


最早四面楚歌。意味の分かっていないトワまでもが司羽の敵に回って、あまつさえ司羽の顔を下から覗き込むように擦り寄ってくるから黄色い叫び声は増すばかりだ。


「今日の授業はまたまた変更します、今日は昨日の夜何があったかの発表です♪」


「職権乱用もいい所ですけど、何もないですよ!!!」


「あーあー、聞えませーん。」


司羽の抗議の声は当たり前の様にミリクに流されてしまう。取り敢えず真剣に逃げる事を考えていると、トワは不安げに表情を変えた。


「主よ、妾が居ると迷惑か……?」


「い、いや、そんな事はないぞ? ただ激しい表現は自重して欲しいなぁと。」


「激しい表現……。つまり、主と優しくキスしたとかなら良いか?」


「「「き、きすぅ!?!?」」」


トワが少し頬を赤く染めてそう言うと、ミリクだけでなくクラスメイト全員が詰め寄った。と言うか顔を赤らめて小首を傾げる動作はかなり可愛かった。


「と、トワちゃん、その話詳しく聞かせていただけませんか? 大丈夫です、先生は大人ですから。ちょっとくらい大人な話題もOKですよ♪」


「大人な話題……? そう言われてものぉ。した事と言えば、主に初めてのキスを捧げたくらいじゃし。」


「トワ……、それで十分過激なんだよ。」


依然として膝の上で司羽に寄り掛かりながらミリクの質問に答えているトワに司羽は嘆息した。


「他は!? 他の初めてとか捧げたりしちゃいませんでしたか!?」


「……トワ、今日はもう戻れ、また後で出て来てもいいから。」


「主がそう言うならそうするぞ。」


トワはそう言ったかと思うと次の瞬間にはそこから消え去っていた。


「………司羽君、後で職員室に来なさい♪」


「…………。」







「むぅー、トワちゃんは左手だよ!! さっき独り占めはしないって約束したでしょ!!」


「うー……。主よ、ルーンが苛める……。」


「苛めてないよ!! 司羽は私の家族だもん、独り占めはダメー!!」


「司羽良かったわね。周りからの嫉妬の視線が気持ちいいでしょう?」


ミシュナが苦笑しながら皮肉ると、司羽は引きつった笑みでそれに答えた。現在下校しようとしている所なのだが、荷物も背負っているのに両手が塞がっている。というのも、ルーンとトワと手を繋いでいるからなのだが。かなり嫉妬の視線が痛い。


「それよりルーン、トワ、先に帰って夕飯作っておいてくれ、ちょっと寄る場所があるんだ。」


「寄る場所? まぁ良いけど、早く帰って来てね? 危ない事しちゃ駄目だよ?」


「大丈夫だ、ミシュも一緒だからな。」


「あら、私も一緒にって一体何する気? 純潔奪うならちゃんと責任取ってよね。」


「ミシュ、そういうギリギリな発言は止めろ。ミリク先生がこの近くにいたらどうする。ちょっとアドバイスを貰いたいだけだ。」


「………アドバイス……?」


司羽がそう言うと、ミシュナは腕を組んで訝しげに司羽を見た。


「そう言う事なら妾も一緒に……。」


「トワは駄目だ、ルーンと一緒に居てくれ。」


「……主は妾が嫌いか……? 妾に足りない事があったらなんでもするから、主よ……。」


司羽がそう言うと、トワは泣きそうな顔になって、司羽の手を握り締めた。


「そう言うんじゃないよ。でも今回はルーンと一緒に居てくれ。分かるね、トワ。」


「………分かった、主の望む通りにする。」


「………本当に従順ねぇ……一体私が知らない所で何があったやら。」


トワは不安そうに司羽に擦り寄ったが、司羽がトワの髪を梳くようにして撫でると、一つ頷いてそう言った。ミシュナはそんなトワの様子を見て呆れ混じりの溜息をついた。








「なるほどね、アドバイスって言うのはこれの事か。」


「ああ、俺は契約とか全然分からないからなぁ。」


今、ミシュナと司羽がいるのは、なんて事はない、ただのジュエルショップ。先程のトワとの契約の際に、司羽からは何も渡していなかった為、何がいいか考えたのだが、まるで検討がつかなかった為にミシュナを連れて来たのだ。


「まったく……、自分の女にプレゼントするんでしょ? そんな物、他の女に聞いちゃ駄目じゃない。自分で選びなさい。」


「そんな事言われてもなぁ、こういうの選んだ事ないんだよ。それに女ってなんだ女って。」


「あら意外ね、経験豊富そうに見えたんだけどね? この女ったらしが。」


「………なんかミシュ、怒ってないか?」


「………別に……。」


司羽が色々な首飾りを見ながらそう言うと、ミシュナは一言そう言って、司羽から顔を背けた。


「しかし、そうだなぁ……これにするか。トワがどんなの好きか聞いてくれば良かったけど、俺が選んだ方が良いっていうならそれも違うんだろうし。」


「……ふぅん、まぁ中々良いんじゃないかしら? あの子は元が良いからあらかた似合うでしょうしね。元々契約にしても、渡す物はなんでも良い訳のよ。」


司羽が指定したのは赤い宝石に翼のような銀の細工が施されているネックレスで、ミシュナから見てもトワに良く似合いそうな物だった。司羽としては少し自信がなかったが、ミシュナから良いと言われた物なら特に問題はないだろうと思えた。


「良し決定、ミシュも付き合わせて悪かったな。助かったよ。」


「別に気にしないわ、特に何をした訳でもないし。……それじゃあ帰りましょ、今日はトワの歓迎会するとか言ってたしね。」


「……ああ、そうだな。」


「……………?」


ミシュナは薄く笑って帰ろうとしたが、司羽がそこから動かないのを見て、司羽が眺めている指輪に視線を移した。


「………これがどうかしたの?」


「んー、いや、ミシュに似合いそうだなぁって思ってな。」


「なっ……!?」


司羽がふとそう言うと、ミシュナは少し頬を赤らめて言葉に詰まった。そしていきなり何を言い出すのかと言うように司羽を睨みつけた。


「……よし。すいません、これも貰えますか? おいミシュ、お前の指だとどれくらいだ?」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!! 何しようとしてんのよ!!」


「何って、今日も含め色々あったからな、御礼だよ。ああ金なら心配するな。家の近くの森で色々取れるからな、それを売ればかなりの稼ぎになるんだ。」


「わ、私が言いたいのはそう言う事じゃなくて……。」


「まぁ、良いから手を出せ。今迄の御礼と、これからの迷惑料だと思えば良いだろ?」


「そ、そういう事じゃなくて……。つ、司羽のいた場所だと指輪なんて大した物じゃないかも知れないけど。」


「いや、プロポーズとかにも使ったりするみたいだな。」


「…………。」


勝手に話を進めていく司羽に、ミシュナは呆れ混じりの溜息をついた。もう思考放棄を選択したらしい。


「……貴方、いつか後ろから刺されても知らないわよ?」


「大丈夫だ、そうなっても生き延びる自信があるから。」


「あら、刺される自覚はあるのね。」


「まぁ、な。だが、これにも理由があるんだ。昔歳の離れた友人に言われたんだよ。生きていく中で一番迷惑かけそうな女には指輪を渡しとけってな。」


「……ねぇ、やっぱりそれ意味違うと思うんだけど。」


ミシュナは投げやり気味にそう言ったが、時既に遅し。指輪はお買い上げ済みだった。


「……首席にでもあげなさいよ。」


「ルーンの分は別の物をもう用意してあるよ、ブレスレットだけどな。」


「あんたね……絶対向こうの世界の女で遊び慣れてるでしょう?」


「馬鹿言うな。俺に喜んで声をかけてくる女なんて居なかったよ。」


司羽はそう言うと、ミシュナの手を取り、上に指輪の箱を載せた。ミシュナは店員の視線が恥ずかしいのか、はたまた怒っているのか、頬を僅かに染めると、諦めた様に指輪の箱を受けとった。


「……仕方ないわね、指輪なんて興味ないけど、今回だけは貰ってあげるわ。」


「ああ、そうしてくれ。………それと、改めてありがとな。ルーンとの事、色々心配してくれて。」


「…………。」


司羽がそういうと、ミシュナは暫く硬直し、司羽の顔を、意図が読み取り難い、なんとも言えない表情で見つめた後………大きく溜息をついた。












「あっ、おかえりなさい、司羽、ミシュちゃん♪」


「あ、主っ!!」


「ただいま、二人共。」


「ただいま。」


ミシュナと共に家に帰ると、リビングとして使っている部屋へと向かい、何やら料理を作っているらしいルーンと、食器を棚から取り出そうとしていたトワに声をかけた。


「よ、ようやく帰って来てくれたか、あるっ……。」


ズシャッ


「と、トワ? 大丈夫か?」


「何? この子、ドジッ子路線に変更したの?」


……何だろう、今のトワの様子が少しおかしかった気がする。それに一瞬だけどルーンの魔力の気配がした気がしたんだけど……。


「トワちゃん、私が先に話があるの……司羽に。」


「……は、はい……。」


「おいトワ、お前顔が真っ青だぞ? 大丈夫なのか?」


「あ、ああ、大丈夫じゃ。」


トワはそういうと、血の気の引いた表情のまま自分の作業に戻った。……しかし、何だろう二人のこの異様な空気は。取り合えずルーンから何か話があるらしいから、その後にでもトワの事は聞く事にしよう。


「……ルーン? 話ってなんだ?」


「うん、司羽に聞きたい事があるの。トワちゃんとの事で。」


「トワの事? ……なんだ?」


そこまで言って、司羽もこの空気の違和感の原因がルーンである事に気付いた。

ルーンは自分と話す時は基本的に手を休めて、目を見て話す。そのルーンが、今は包丁を使う手を休めずに話している。正直それだけの事ならそこまで気にする必要はないのだが……。司羽の位置からだと、ルーンの手元のまな板の上にある『何か』が見えてしまっていた。


「あのさ、俺もちょっと聞きたい事があるんだけど…………ルーン、その血まみれのって……なんだ?」


「ああ、これ? お祝いに使ったりするお肉だよ。司羽もこっちに来た時に取って食べたでしょ、覚えてないの? あの小さいやつ。買っても良かったんだけど、せっかくだし取ってきたの。」

「そ、そうなのか……覚えてはいるけど、何なのか分からなかった……。」


正直あんなミンチになってたら何なのか分かるわけない。もう肉ってよりペースト状の何かだよ。ミキサーか何かを使った見たいになってるし……包丁一本でどれだけ叩いたらアレになるんだろうか。……取り合えずなんだか良く分からないけど、今この家は凄く危険な場所になっている気がする……。


「次は私の番だよね、司羽。」


「いや、今はちょっとマズイかも知れないんだが……。」


「……………。」


「いや、何でもない、話してくれ。」


何故だろうか、ルーンの包丁を使う音がしなくなった瞬間に凄く不安になった。今ここで何とかしないと後で酷く後悔する気がする。


「そんなに気を張らないでよ、私達は家族なんだから。ただの確認だよ。」


「……気を張ってなんかいないぞ? なんだ、確認って。トワの事っていってたけど。」


「うん、ちょっと学園で悪趣味な噂を耳にしたの。勿論その時はただのデマだと思ったから、特に気にしないで噂を潰してきたんだけど……さっきトワちゃんに聞いたら本当の事だとか言っててね? あ、でも安心してね。そんな事あるわけないのに不愉快な噂を広めてくれたトワちゃんには私がお仕置きしておいたから。」


「あ、ああ、そうなのか。……それで、どんな噂だったんだ?」


お仕置き、という言葉にトワが反応して皿を取り落としそうになったのが凄く気になる。ミシュナが咄嗟にカバーに入ったために無事だったが、トワは依然として動かないままだし。


「うん、本当に馬鹿馬鹿しい噂だよね………司羽とトワちゃんがキスした……なんて。……私とも、まだした事ないのに……。ねぇ、司羽。」


「…………あ、えっと……。」


……なるほど、その事だったのか。それでルーンはこんな黒い状態になっている、と……。普通喜ぶ様な状況なのだろう……ルーンの言っている事が本当にただの噂なら。ルーンはそういって、完全に手を休めてこっちに振り向くと、いつもと同じ、邪気の無い笑みを司羽に見せた。


「本当に、質の悪い噂。司羽はそんな事する人じゃないのにね? 皆してデマを広げて……もう、なんかまた苛々して来たよ。」


「…………。」


「こっちを向いて、眼を逸らさないで、私だけを見て。……それとトワちゃん、私言った筈だよね? 今のがなんのサインだか知らないけど、余計な事はしないでって………さっきは司羽の使い魔だって言うから手加減したけど、次は無いんだよ……?」


「ご、ごめんなさいっ。」


先程のトワのサインは恐らく『話してはいけない』と言うものだろう。トワの震え具合からしてよっぽど怖い事があったのだろうが……それを聞く勇気は今の自分にはない。……とにかく、この話題を何とか逸らさないと……。


「あ、そうだ、ルーン。」


「……その反応からすると、噂は本当だったんだね。」


「………へ……?」


「司羽は嘘をついてる時とか、隠し事をする時には少しだけ呼吸の仕方が変わるの、気付いてた?」


「いや、その……はははっ……。」


「あははっ、司羽、全然笑えないよ?」


ルーンはそう言って一歩ずつ間合いを詰めてきている。なんなんだろうか、この威圧感は。もう言い訳のしようがないと言うか、そもそも言い訳しても無駄みたいだ。悪いことをしたわけではないと思うのだが、罪の意識が湧きあがってくるって……これはなんなんだろうね。


「ルーン、良く聞いてくれ。」


「話を逸らそうとする人の話なんてまともに聞けるわけないでしょう? それで、司羽はどうしてキスなんてしたのかな? 私が抱いて良いよって言ってるのに何もして来ない司羽が、出会って間もない女の子に迫られてキスしちゃうなんて信じたくはないけど。それとも何かな、キスくらいなら誰とでも出来るってこと?」


「いや、その………すいません。俺が全て悪かったです。」


「私が聞いてる事の回答になってないんだけどなぁ……それ。」


ルーンはそういって溜息をつくと、司の前で足を止めた。そして、顔を上げて司羽を見上げた。


「何が良かったの? 顔? スタイル? それともまさか、出会って間もないのに性格とか言わないよね? 私に足らないのは何? 私の何が気に入らないの……?」


「別にルーンが足りないなんて事はなくてだな……。」


「じゃあキスして。」


「…………。」


間髪入れずにそう答えたルーンに、さすがの司羽も絶句してしまった。……ルーンが嫌なわけではない。寧ろ既にルーンが言っている様に大切な家族だと思っているし、家族だから女として見れないなんていうような考えは持ってない。持っていないが……。


「はぁ……、司羽は分かりやす過ぎるよ。だから、司羽の考えてること私にも分かるよ? 司羽は私が、司羽を繋ぎ止めたいからこう言ってるんだと思ってるんだよね?」


「………ああ、正解だ。俺ってそんなに分かりやすいのか?」


「うん、凄く分かりやすいよ。……でも、司羽が頭を撫でてくれる時とか、背負ってくれてる時とか、私のことを凄く大事にしてくれてるのが分かるから………私は、司羽のそういう所は好きだな。」


ルーンが嬉しそうにそういうと、司羽はつい視線を逸らしてしまった、自分の顔が赤くなっていないか心配になったが、今更取り繕っても恐らく無駄だろう。そして、こういうダイレクトに好意を伝えてくる所がルーンの魅力なのだろう……。


「でも、司羽が他の女の子に優しくしてたりするのを見ると、相手の子をバラバラにしたくなってくるんだよね………本当……苛々して、たまにやっちゃおうかとも思うよ。」


前言撤回、ダイレクトなのも程々にした方がいいな。さっきからルーンの言葉に反応してビクビクしてるトワがなんか可哀想になってくるし。……ルーンは一体トワに何をしたんだろうか。


「私は別に浮気が駄目って言ってるわけじゃないんだよ? 司羽が住んでた所は重婚なんてなかったみたいだけど、ここではそんなに珍しくないし。トワちゃんが良い子なのも分かるもの。……私が言ってるのは、私がこんなに目の前で司羽を求めてるのに、司羽はあろうことか私の気持ちを勝手に勘違いして、それなのにトワちゃんとキスしたっていうのが許せないってことなの。司羽、私がこれを聞いた時にどんな気持ちだったか分かる?」


ルーンはそう言って視線を司羽から下ろした。司羽は……自分の行為がどれほどルーンを傷つけたのかが分かってしまい、咄嗟に出かけた言葉を飲み込んだ。勘違いだというのなら、ルーンの言葉を聞かなければならない。自分はどうやらルーンに甘えすぎていたらしい。


「司羽、私は確かに司羽を体で繋ぎ止めようとしたこともあったよ。……でも司羽があの時、そんな事しなくても私のことが大事だって言ってくれて、家族だって言ってくれて、本当に嬉しくて………だから決めたの、私の大好きは、本当に一番愛している人だけに捧げようって……。」


ルーンは大事な思い出を思い出すように目を閉じ、微笑んだ。


「冗談でもないし、これは一時だけの感情なんかじゃないの………誰になんと言われようが、私は司羽が好き、大好き、誰よりも一番に愛してる。司羽が望むものは全てあげたい、司羽の敵は私の敵。そして、この想いを貶そうとする人は……全員許さない。」


顔をあげて司羽に微笑みかける。瞳に迷いはない、あるのは絶大な信頼と愛情だけ。……きっと自分は待たせすぎたのだろう。本来ならあの時、決着がついた時に答えをあげるべきだったのだから。


「司羽、私ね………愛して欲しいの、私の一番である司羽に。」


「……そうだな……。ごめんなルーン、トワのことがなくてもルーンはいっぱい我慢してたんだな。」


「ううん、私も怖かったから。きっとトワちゃんが来てなかったら他のきっかけがあるまで気持ちを伝えられたか不安だったよ。」


「……ルーン、俺もお前が好きだ。……俺のところへおいで、一生大事にするから。」


「……あっ……あ…っ……うんっ……大好き、司羽………んっ……。」


ルーンは司羽の言葉に驚きの表情のまま涙を流すと、そのまま司羽に抱きつき唇を押しつけた。司羽はそれを受け止めると、ルーンの頭を撫でながら、ルーンを抱きしめた。


そして暫く抱き合っていると……。


「………あの……そろそろ気が済んだのかしら……?」


「え? ……あ、ああ……すまん。」


「ミシュちゃん、待たせちゃってごめんね。トワちゃんも、今日はトワちゃんの歓迎会だったのに。」


「気にしないでいいのよ。貴女がどれほど司羽を愛していたかも少しは理解してるつもりだし。結果だけ言えば、あの時全部解決しちゃわなかった奥手司羽が悪いんだし。」


今気づきましたと言わんばかりの反応をした司羽に、顔を真っ赤にしたミシュナが悪態をついた。司羽もそうとう恥ずかしかったのだが、今回の事は完璧に自業自得だ。


「童の事も気にしないで良い、キスに強い意味があるとは聞いていたが、よく考えもしないでしてしまったのじゃからな。……次は、主に求められた時にするとしよう。」


「あら、司羽。トワはこう言ってるわよ?」


「えっと………ルーン、痛い。」


あー、なんなんだろうなこの理不尽。まぁ、色々と自業自得なのかも知れない。決めた、そう思う事にしよう。


「……それじゃあ、仕切りなおしましょうか。トワの歓迎会と………貴方達の婚約記念、でいいのよね?」


「はははっ………御手柔らかに……。」


その後、ルーンの一層恥ずかしさが増した甘えモードと、ミシュナのからかいと毒舌、ルーンがやっているのを見てやりたくなったらしいトワのアーン攻撃に耐えつつ日の変わり目まで騒ぎ続けるのだった。
















「ミシュナー、まだ起きてるかのー?」


「……ん……っ、トワ? どうしたのよ、何かあった?」


「うむ……良く分からないのだが……ルーンから今日だけはミシュナと一緒に寝て欲しいと言われてな。ルーンはまだ童の事を怒っているのだろうか?」


「うーん、あの主席がそんなに引きずるとは思えないけど……。」


就寝の準備に入っていたミシュナの部屋に入ってきたトワが不安そうにそう呟くと、ミシュナはそう言って少し思考を巡らせた。


「私は別に構わないけど、司羽はなんて言ってたの? というか理由はなんなのよ? 少なくともあの男は誰かと良い仲になったからって掌返すようには思えないけど?」


「うむ……主は今日だけはごめんって言って、いっぱい撫でて、ぎゅっってしてくれたぞ? その後ルーンに抓られていたが。理由は………良く分からぬ。ルーンが言うには、司羽とルーンの血の繋がった家族を作るんだとか、主のものになるとか言っていたな。その後詳しく聞こうとしたら主に止められた。」


「トワ、今日はここで寝なさい。間違っても司羽と主席の部屋に行っちゃ駄目。近づいても駄目。私が良いって言うまではあの部屋には近づかない事、いいわね!!」


「う、うむ、分かった。でも、ミシュナ……どうしたのだ? 顔が赤……。」


「赤くない!! ……今日はもう寝るわよ、色々疲れたわ。」


ミシュナはそういうと、明日どんな仕返しをしてやろうかと考えながら、実は自分が一番理不尽な被害を受けているのではないかと、珍しくも溜息をついたのであった。

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