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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第二章~恋の矛先~
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第15話:心に住む者

ふわり ふわり


 宙に浮かぶ一人の少女がいた。

肩の下の辺りで揃えられている美しい銀髪に、薄く開いた金色の瞳、そして美しい銀髪を装飾している髪止めは三日月の形をしていて金色に光っている。肌は抜けるように白く、身長は平均だが出る所は出ていている理想的な体型。着ているのは天女の衣のような物と言うのが近いだろう。ただ、重要視すべきは事は、彼女は人間ではないという事、そしてここは現実ではないという事。


「むにゃ……なんとも居心地の良い夢よ。」


夢。ここは夢。少女は夢の中を行き来する人ならぬ者。その存在を知る者は彼女の様な存在を夢喰いと言った。


「この夢の主に会ってみたい物じゃが、妾が外に出ると言う事は……。」


 夢喰いは夢の中を移動する。人と人との触れ合いを通じて移動し、人の心の中だけで生活する。そういう物なのだ。


「しかしこの者、何故にこんなにも穏やかか。たった一つの曇りもない、逆に気味が悪くもあるな……。」


夢喰いはそう言いながらも頬がゆるんでしまう。まるで自分用の空間とでもいうような。そんな空間で安心するのは人でも夢喰いでも同じ事だ。夢喰いのような意識や夢に敏感な者なら当たり前と言える。


「む……?」


遠くに亀裂のような物が見えた。夢喰いにとっても初めての体験だ。近寄って触れて見ると壁のような物に触れた。


「まさかこれは……いや、じゃが、そんな事は……。」


 夢喰いは困惑する。やはり壁のような物がある。確かに心の壁と言う言葉は存在する。しかしそれは単なる比喩であり。実際に心の中に壁があっては感情が出せなくなってしまう。なら何故壁があるのか。夢喰いにもまったく分からなかった。


「ふむ……。」


ピシッ


 亀裂に触れるとそれは音をたてて大きくなった。夢喰いは音にびっくりして手を引っ込めてしまったが、試しにもう一度触れてみようと壁に手を伸ばした。


ピシッ…ビシッ…


「…………。」


 また広がった。こうなったら限界まで行くしかないだろう。夢喰いは好奇心もあって、亀裂に当てた手に力を入れてみた。


ビシッ、ビシビシッ


 途端に亀裂は夢喰いの見える範囲全体を這い回るように広がっていく。そこで夢喰いは一つの推測に行き着く。もしやこの世界は本当に自分用に創られた世界なのではないか、そして亀裂はその世界に入った物であり……。


「なるほど、この外に本当の……。」


ビシッ……パリーンッ!!


 そして創られた世界は砕け散った。だが夢喰いは気付いていなかった。自分自身で自分の揺り篭を壊した事に。










「……な、なんじゃここは……。」


 夢喰いは唖然とした表情でそう言って周りを見渡した。砂漠のような地形。空が暗く、黒く、激しく雨が降っている。暗いのは雲に覆われているからだろうが、それだけではない気がした。何か正体不明の圧迫感がある。ただそこに居るだけで身が裂かれるような、そんな感覚。……そして、何処か遠くで、何かが壊れる音がした……。執拗に、何度も何度も、打ち付ける様に、痛め付ける様に……。


「……あ……ああ……ここ、は……。」


 夢喰いは戦慄した。震えが止まらなかった。直ぐにでも何処かへ逃げ出したかったが、何故か体が動かない。いや、きっと動かせないのだ。視線を動かした途端に、何か見えてはいけない物が見える気がした。


「……いや……誰か……助け……っ。」


そして、自然と涙が溢れ出した。後ろで何かが動く様な感覚。何かが足元にいる様な錯覚。錯覚だ、これは、夢なのだから。だが、夢喰いに取っては夢は何よりもリアルなのだ。この少女は夢喰いの中でも迷わず子供と見なされる者、それでも暗い思念や人の怨念が、時に中にいる夢喰いを逆に取り込む事を知っていた。


「……ひっ……あ……怖、い……よぅ……。」


「あーあ、入って来ちまったか……。上手く隠したつもりだったのになぁ。」


「……っ……!?」


 恐怖に身を震わす夢喰いの眼の前に少年が現れる。黒髪に真紅の瞳。顔立ちは人間を見た事のない夢喰いから見ても調っていた。そして何より印象的なのが、とてもこの場所にそぐわない苦笑。夢喰いは悟った、この少年はこの世界の主で、ここは踏み込んではならない場所だったのだと。そこに自分は足を踏み入れてしまった。


「あ……ご……ごめんな…さ……。」


「…………。」


 雷が鳴り響き、また遠くで鈍い音を立てて何かが壊れる、千切れる、裂ける。夢喰いは恐怖で掠れる声で謝罪した。涙は止まらない。何かに恐怖して、自分のした事を謝罪する夢喰いに少年は歩み寄って、そっと抱き締めた。


「……恐怖だけじゃない。君は、ちゃんと謝る事が出来るんだな……良い子だ。」


「……あっ……。」


 夢喰いは抱き締められて、先程からの恐怖がだんだん薄れていくのを感じた。頭を撫でられると不思議と安心した。夢喰いにはこの少年が優しい人なのが分かった。


「……怖かったか? もう大丈夫だから……直ぐに元に戻るから……こんな物を見せて悪かったな。」


「……うん……。」


 夢喰いはその少年の腕の中で、瞳を閉じた。そして夢喰いの心には一つの欲と一つの決断が生まれる。そのまま夢喰いの意識は途絶えた。










「ここは……首席の家ね。まぁ予想通りといえば予想通りだけど、やっぱり少しは飲めるようにした方がいいわね。」


ミシュナは眼を覚ますと周りを確かめて、近くにあった頭痛薬を手に取った。どうやら司羽が先を読んで用意してくれたらしい。時間を見てみるとまだ学院の登校時間まではあるが、そろそろ司羽達を起こした方が良いだろう。ミシュナは予め置いている服に着替えて司羽の部屋へと向かう。司羽に泊めてもらう事が多いので、面倒だからと置いてあるのだ。


「さてと、首席は今日も司羽の布団に忍び込んでるのかしら……?」


 ミシュナが少し呆れ気味にそう言いながら司羽の部屋に入った。見れば予想通りルーンの長い金髪がベッドから覗いていた。


「ほら、そろそろ起きなさい。起きて朝……食……を……。」


 ミシュナは絶句した。司羽にしがみつくように、ミシュナの手前側でルーンが寝ているのは、まぁ見慣れていると言うのもありそこまで驚かない。だが司羽の反対側にいるのはなんだろうか。

肩に掛かる銀髪に三日月の髪飾り、あどけない顔立で豊かな胸を司羽に押し付けるように抱き付いているとんでもない美少女。着ているのは天女の羽衣のような物であるし、もしかして天女なのだろうか。まぁ今そこは重要ではないのだが。重要なのはこの現状だ。


「……ミシュか……どうした?」


「……さぁ? それは私が聞きたいわね。一体昨夜は何があったのかしら。」


「……な、なんか怖いぞミシュ。」


「……うるさいわよ……。」


現状に気付いていない司羽はミシュナから発せられる黒いオーラに困惑した。ミシュナが腕を組んで司羽の隣りで寝ている天女のような少女に視線を送ると起き上がった司羽もそちらを見て……見事に固まった。


「え、まじ?」


「不潔、鬼畜、最低。もっと見境ある人間だと思ってたのに。」


「い、いやミシュ……。」


「良かったわね、この街は女の子多い関係で多重婚出来るわよ。二人とも美少女だし、男冥利に尽きるんじゃない?」


「いや、話を聞いてくれ……。」


 ミシュナは冷汗を流す司羽を少し見た後に溜息をついた。まぁ、正直司羽がそこまでチャランポランだとはミシュナも思っていない。


「で? その子、どうしたのよ?」


「いや、俺にも良く分からないんだが……。なんで『こっち側』に出て来てるんだ?」


「……こっち側……?」


 ミシュナは訝しげに司羽を見た。また厄介事に巻込まれているのかと勘違いしたらしいミシュナに司羽は苦笑する。


「いや、そんな顔するなって。ミシュの思ってるような事はないからさ。」


「……なら、この子はなんなのよ。朝起きたら美少女と一緒に寝てました、なんて、普通はありえないわよ? しかも二人。」


 ミシュナは起きる気配のないルーンを見て言った。司羽としては何も言い返す事が出来ない。しばらく沈黙していると、問題の中心にいる天女のような少女が身じろぎをした。


「……う……むっ?」


「あ、起きたか?」


 少女は司羽を見ると眼をごしごしと擦って周りを見回した。その様子を司羽とミシュナは見守る。しばらく見回した後、視線を司羽に戻して少女も沈黙した。沈黙に耐えきれなくなり司羽が口を開く。


「えーっと、なんで出て来てるんだ?」


「そんなもの、魂契約こんけいやくしたからに決まっておろう?」


「魂契約……?」


「うむ、そうじゃ。」


 少女は首を縦に振り、司羽は意味が分からないと首を傾げた。一方ミシュナは少し驚いたように眼を見開いている。


「こ、魂契約って……まさか、本当に……?」


「ミシュ、魂契約ってなんだ?」


「……はぁ。知らないで契約したの? 本当に呆れた。」


ミシュナが溜息をついた。だが司羽の本当に知らないと言う顔を見て口を開く。


「そのままの意味よ。司羽の魂との契約……つまりこの子は司羽の体じゃなくて魂に取り憑いたのよ。」


「それって体に取り憑くのとどう違うんだ?」


「……言伝えだけどね……魂は死んでも残るって言われてるわ。つまり、そう言う事よ……。」


 ミシュナはそう言ってまた溜息をつく。司羽もそれは聞いた事があった。輪廻転生はそんな感じの事だった気がする。何となく分かった、つまり魂契約って言うのは……。


「つまり、転生後までついて来ると……。」


「そう言う事よ。魂契約の事例はないし、転生自体が伝説だったけど……。」


「転生は本当にあるぞ、妾が証人じゃ。」


 少女は司羽に押し付けたままの胸を張ってそう言った。簡単に言うと恥ずかしい恋人達の台詞でたまにある『来世でも来来世でもずっと一緒だよ』状態である。司羽はいつそんな契約をしたのか考えたが、さっぱり思い当たらなかった。何と言うか街角アンケート並の巧妙さである。


「なぁ、いつ契約したんだ? 大体それと外に出て来てるのと何の関係があるんだ?」


「いつって、あんなに優しく妾を抱いたではないか。あれを主の同意とみなして我が契約した。出て来れるのは主から力を分けてもらっているからじゃぞ? 安心せい、一日外にいても少し疲れる程度じゃ。」


「ああ、なるほど。まぁ少し疲れるくらいならいいか。」


「……ちょっと待ちなさい? ……ねぇ、抱いたってなに? 現実ではないとはいえ、そんな見ず知らずの子と? ……信じられないわ、最低……。」


 何やら司羽が納得して頷いていると、ミシュナから先程とは比較にならない軽蔑のまなざしと負のオーラがにじみ出ていた。それを見て司羽は抱いたと言うニュアンスの中にある危ない表現に気付いた。


「いや、勘違いするな、抱き締めたと言う意味だ。ミシュの考えているような意味ではない。」


「……信じるわよ……?」


「そんな疑いの視線を向けながら言わないでくれ。」


 ミシュナの視線にたじろぎながらも司羽は弁解した。抱き締めたというのもかなり危ない気がするのだが、そこは事実だから何も言えない。


「……まぁいいわ。それで、貴方は人間じゃないわよね?」


「うむ、妾は妾の事を夢喰いだと認識しておるぞ。」


「夢喰い……? また伝説上の存在を……。まぁ本当なんでしょうけど。」


「……ミシュ……。」


「あーはいはい説明するわよ、そんな眼で見ないで。夢喰いは人の意識の中を移動して生活していると言われている存在よ。人の認知出来ないような所で存在してるはずなんだけど……。」


ミシュナは司羽をじっと見た。スポーツの試合でインチキをした相手を見る様な視線だ。


「……主よ、そう言えば何故妾に気付いたのじゃ?」


「いや、普通は自分の心の中に誰か入れば分かるだろ。」


「……何故あのような居心地の良い部屋を創れるのじゃ?」


「普通は自分の心の中くらい自由に出来るだろ。」


「……この人は夢喰いが今までなんで認知されなかったのか分かってないみたいね……。」


さも当たり前と言うような司羽の言葉に夢喰いもしばらく呆然となってしまった。


「……妾の選択は間違っていなかったようじゃな。」


「……まぁそうなんでしょうね。それで、扱いは司羽の使い魔でいいのよね?」


「ふむ、そう言う物なのか? 今まで誰かの契約下に入る事がなかったから良く知らんのじゃ。そちらに任せよう。」


なんだか色々大事な事を話しているらしいが司羽は全くついていけていない。取り敢えずこちら側ではミシュナ以上に信頼出来る人物はいないので任せる事に異論はないのだが……。


「司羽、聞いてるの? 貴方の事なのよ? それも一生以上に関わる飛切り重要なね。」


「わ、悪い……。」


全く聞いていなかった司羽にミシュナは軽くたしなめた。だが信頼されていたのは分かった様で、まったく……、と照れ隠しをするように視線を逸らした。


「それで、名前なんだけど……。」


「名前?」


「ええ、夢喰いに名前はないみたいだし。夢喰いって呼び続けるのもね。昔から自分の使い魔には名前を付ける風習があるし。司羽が付けなさいよ。」


「名前……か。」


そう言って司羽は悩んだ。女の子だから女の子っぽい名前が良い。まぁ当たり前だが……さて、どうするか。


「そうだな……うーん……うん、トワなんてどうだ?」


「……トワ……。」


「トワ、嫌か?」


司羽が聞くと少女、トワは首を横に振った。そして顔を赤くして俯きながら言った。


「……いいや、気に入ったぞ。……だが驚いた、名前を呼ばれるだけでこんなにも妾は幸せな気分になる……名前とは不思議じゃな。」


 トワはそう言って司羽に擦り寄って来て、膝の上に抱き付くように座った。それを見たミシュナの軽蔑の視線が司羽に突き刺さる。


「これで妾は主の物、所有物じゃな。なんでも言う事を聞くぞ?」


「……まだよ、契約には色々あるけど。今回はお互いに自分の物を相手に渡して契約とするわ、夢喰いの間では知らないけど一応規則だからね。」


「ふむ、そうなのか。……じゃが妾は何も持っては……。」


トワは唇に指を当てて考えて、ポンと手をうった。


「そうじゃ、主に渡すには調度良いものがある!! ……なぁ主よ、こっちを向いてくれんか?」


「……ん? 何をくれるんっ……!?」


 司羽が振り向いた瞬間、トワは司羽に寄り掛かるように抱き着いて、そのまま唇を合わせた。


チュッ


「……んっ……んむっ……むっ……♪」


 トワは頬をほんのりと赤く染めて、司羽にしな垂れかかり、甘える様に接吻をした。それを見たミシュナが口端を引きつらせて沈黙する。当の司羽はトワの意図を読み取り、優しくトワの頭を撫でると、ゆっくりと離れた。ミシュナの方は見ないように軽く視線を逸らす。


「女のファーストキスと言うものには特別な意味があると聞いた事がある、それを主に捧げよう。……それでは足りぬじゃろうか……?」


「……いいえ、十分よ。それはもう十分過ぎるくらいにね。」


 沈黙していたミシュナが冷たい視線を司羽に送るが、司羽はあくまでみないふりを貫く。そんな緊迫した雰囲気の中、ミシュナ側から抱き付いていたルーンが身悶えをしてうっすらと眼を開けた。


「……んっ……何……司羽、どうしたの……その子誰……?」


「司羽の愛人よ。」


「おいミシュ、変な事言うなよ、ルーンが信じるだろ。」


「む、ルーンとな? して、こやつは何故我が主に抱き付いておる。離れよ!!」


いきなりの事にルーンは困惑し、3人の顔を見比べた。ミシュナと司羽が何やら言い合っていて、見知らぬ女の子がルーンを睨み付けている。


「……にゅぅー……司羽ぁ……私二度寝するね……。」


コテンッ


そう言って、司羽が起きろと体を揺するのにも構わず、思考を放棄したルーンは、何だか賑やかだなぁと思いつつも二度寝に入った。








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