プロローグのエピローグ
「うーん……なんだか寝不足だな……。」
隠れんぼの決着から一日が経って、昨日の戦闘の事などすっかり頭から抜け落ちてしまっている。それくらいに清々しい朝だ。窓から外を見ればいつもと変わらない風景。そして布団の中も、いつもの光景だった。
「…………。」
ムニッ、ギュウッ
「起きろルーン、てか気配を消して忍び込むのだけは無駄に凄いな。まったく気付かなかった。」
司羽は呆れた顔で布団を剥いで、いつの間にか潜り込んでしまっていたルーンを見付けると、頬を掴んで横に引っ張った。
「……ふゅはばおはおー……。」
「ああ、おはよう。俺はもう怒るのも疲れたから何も言わないぞ?」
「分かった、おやすみー……。」
溜息をついてそう言った司羽からの後押し(?)を受けて、ルーンは力無くうなだれた。司羽はその安らかな顔を見ている内に段々力が抜けて行ってしまった。
「起きろ、何が分かったんだ。今日の朝食はルーンの番だろ。」
「私、司羽の作った朝食が食べたい……。」
「プロポーズなら後にしろ、それと時と場所をわきまえろ。」
「くぅ……。」
「………はぁ……。」
司羽の突っ込みに可愛らしい寝息で答えたルーンに溜息をつきながら、最近朝食を全部任されつつある現状と、今日もルーンを背負って学院に行く事になるだろう現実に司羽は軽く鬱になった。
「しゃーねぇか、取り敢えず今日の献立は………どうしようかな。」
安心しきった寝顔をしているルーンを上に乗せながら、悩んでいても仕方ないので諦める事にした司羽であった。
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「んっ、ミシュ?」
「おはよう。今日も相変わらず仲良いわね。」
「あ、ああ。」
司羽がルーンを背負っていつもより早く家から出ると、ミシュナが門に持たれ掛かって二人を待っていた。いつも通り背負われたルーンを見て薄く微笑むミシュナに、司羽は少し驚いた顔で答えた。
「どうしたんだ? また珍しい事もあるもんだな。」
「……別になんでもないわ、ただ気まぐれよ。そういう日もあるわ。」
不思議そうにそう言った司羽に、ミシュナは一言だけそう言って先に歩きだした、司羽も少し小走りにその隣りに付いていく。
「なんだか不機嫌そうだな。」
「そうね、どっかの誰かさんのせいよ。」
「………そりゃ悪かったな。」
「本当にね、反省しなさい。」
それだけの言葉で、司羽はミシュナが自分とルーンの事を心配していてくれた事を察した。司羽はそのミシュナの不機嫌そうな顔を見て苦笑する。素直じゃないが、ありがたい事だ。ミシュナはそんな司羽の前で大きく一つ溜息をついた。
「昨日は大変だったわ、あの後アルコールで倒れちゃってね、フラフラなまま家に帰ったの。マスターが家の近くまで送ってくれたけど、まだ頭が痛いわ。本当に私お酒はダメみたいね……。」
「またか、今度は何で倒れたんだ?」
「桃のカクテル。」
「……あー、あの棚にあったやつか。何本開けたんだ?」
「一杯よ。」
「……………。」
しれっとそう答えたミシュナに、司羽は呆れた表情になってミシュナを見た。ミシュナはそんな司羽にムッとして睨み返した。
「……なによ?」
「いや、そんなアルコールの低い物で酔ったのか。しかも一杯って………筋金入りだな。」
それを聞いてミシュナはますます不機嫌になる。実際の所は一口で倒れたのだから何も言えない。一杯と言うのはせめてもの誇張だ。
「しょうがないじゃない、どーせ私は子供よ。」
「……拗ねるなよ。」
「拗ねてない、ただ迎えに来なかった司羽を恨んでるだけ。」
「迎えに来いって………無茶苦茶言うなよ……。」
司羽もまさかまたそんな事になっているとは思っていなかった。分からないのに桃のカクテルで倒れる事を予測して迎えに来いと言うのはハッキリ言って無茶だ。だがミシュナは相変わらず不機嫌そうに司羽を責めるだけだ。
「仕方ないからこれは貸しね。」
「……まぁ、心配かけたみたいだからな。」
「ふぅん、分かってるじゃない。それじゃあ早速首席さんと一緒に背負ってもらおうかしら? なんだかふらふらするのよ。」
「流石にそれは無理だ。どっちか落とすぞ。」
そんなミシュナの要望に司羽がルーンを背負い直して困った顔をすると、ミシュナはクスッっと笑って歩く速度を上げた。
「なら早く行くわよ。このペースじゃ遅刻確実だしね。遅刻しそうになったら私も一緒に担いで走ってもらうから。」
「はいはい、それじゃあ少しペースをあげるぞ……。」
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「そうだな。俺の願いは、ここでの安定した暮らしかな。」
「………えっ?」
なんでもない事の様にそう言った司羽に、泣きそうな顔をしていたルーンは拍子抜けをして間抜けた声を出してしまった。
「なんだ、遠慮せずに此処に住んでもいいんだろ?」
「えっ……あ、でも………司羽は……。」
ルーンの思っていた答えとは正反対の事を言った司羽に。ルーンは何故そんな事を言うのかとでも言いたげに司羽を凝視する。それを見て司羽は、ふぅっと一つ溜息をついた。
「別に帰る理由もないだろ、元々帰るのも何時でも良かったし。帰ったら帰ったで窮屈な暮らしが待ってるだけだ。ならここで暮らすのもありだろうと思ってな。」
「で、でも………。」
ルーンの疑問に簡単にそう答えた司羽に対し、ルーンはまだ何かを言いたげに見つめた。
「司羽には………家族がいるんでしょ? 偽物じゃない、本当の………家族が。………きっと、司羽の事心配してると思うよ。」
「さぁ、どうだろうな。まぁ、結構心配してるのかも知れないな。親父はともかく、母さんや門下生の人達は。」
「な、ならどうして……。」
ルーンはそう言って俯いた。此処に残って欲しいと言いながら、何故そんな事が出来るのかと問うルーンに対して、司羽はルーンの頭に手を乗せて優しく撫でながら答えた。
「向こうになんて戻ったら、今度は俺がルーンの事が心配になるだろうが。」
「………えっ……?」
「確かに向こうでは俺の親も門下生も心配してるかも知れないけどな。俺が向こうに帰ったら、俺はお前が心配になる。向こうの家族については心配は要らないだろうけどな。」
「そんな………私が心配………心配………なんで、私なんかを……。」
自分自身を責めるように、一方でその言葉を刻み込むように、司羽の言葉を何度も呟いて、ルーンは黙り込んでしまった。自分がした事は、自分が最も欲しかった家族を引き裂く行為であった事を、ルーンはちゃんと理解していたのだ。だからこそ、司羽の言葉の意味を理解出来なかった。
「元々いずれは親とは離別しようと思ってたから良い機会だろう。ルーンが気に病む必要は何もないんだ。逆に俺を住ませてくれてるんだからな。」
「………ねぇ、なんで私なんかを心配してくれるの……? 自分勝手に司羽を振り回したのに……。司羽を……攻撃したりもしたのに……。司羽の事何も考えずに、我儘ばっかり言ってるのに………。」
そんな自分を責める様なルーンの発言に、司羽は苦笑してしまった。ルーン自身が最後の最後まで、あんなに拘っていたのに、今更何を言っているのか、と。
「家族なんだろ? 俺とルーンはさ。ルーンはそうは思ってくれてないのか? 俺達は、家族だったんじゃなかったのか?」
「……………かぞ……く……? ………だって……私、酷い事………でもっ……司羽と……私が……うっ……あっ……つか……司羽……ふぇぇっ……うっ……ありが……と………あああっ………ごめんなさい………ごめん、なさい………司羽ぁっ……。」
「おっと……。」
ルーンは泣きながら、すがりつく様に司羽に抱き付いた。それを受け止めて髪を梳く様に撫でる。それを受けて、ルーンは気持ち良さそうに眼を細めた。
「…………つか……ばっ………。」
「よしよし、良い子だな、ルーンは。」
「……うぐっ………ぐすっ……私、そんなに子供じゃないよぉ……。」
嗚咽の混じった声でルーンはそう言いながら、司羽に甘える様に縋り付いた。そんなルーンの言葉に、司羽は微笑みながら答える。
「見た目は完璧に子供だな、全然十五歳に見えない。」
「……あぅぅっ……子供って言うなら、一緒に寝ても良い……?」
「………それはダメだ。」
「ケチ……いいもん、勝手に入るから。」
「あ、あのなぁ……。」
「……ついでにお風呂も……。」
「そ、それは止めろ。」
司羽が真顔で答えるとルーンはクスッっと微笑した。そして安心仕切った様に体を司羽に預ける。昨日は色々あったから、司羽は恐らくあまり良く眠れなかったのだと推測した。無理もないだろう、不安で仕方がなかったのだろうから。
「さてと、ベットまで運ばないとな。………しょうがないな……今だけは一緒に寝てやるか……。」
司羽は微笑とも苦笑ともつかない笑みをしてルーンをいわゆるお姫様抱っこで持ち上げた。そして、二つの星と二人の人間を巻き込んだ小さな隠れんぼな物語は、一先ず終幕を迎えたのだった。