第13話:隠れんぼ
課外学習から帰って来た翌日、ルーンの様子はいつもと変わらない。そして、いつも通りにベットに潜り込んでくる。
「またか、よっぽど襲われたいらしいな。」
「うにゃっ……司羽は襲いたい?」
「いや、別に。」
ルーンは無邪気に笑って、安心仕切った様に司羽の上で二度寝する。いつもと変わらない。だがルーンの変化に司羽も気が付いていた。はっきり言って司羽は鋭い。人の心を読み取る術を持っているわけではないが、雰囲気などにも敏感だ。先日の事は夢の様で夢ではない。そして司羽にはある可能性が見えていた。いや……鋭いと言いつつ、今まで気付かなかったのは遅いくらいだ。
「今日は休日だったな……。」
司羽はそう言って起き上がると、上に乗っていたルーンも一緒に起き上がった。
「司羽、何処行くの?」
「散歩だよ。」
「じゃあ、私も行くね。」
ルーンはそう言って起き上がり着替えようとする。勿論、司羽の目の前で。司羽は一瞬思考停止に陥った。
「阿呆か!! 少しは恥じらいの心を持て!!」
「い、痛いよ司羽……。」
ルーンはそう言って頬を膨らました。司羽はそれを見ているとその可能性とやらを考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきたが調べる必要があるのは変わりない。
「一人で行くよ。気分転換なのに、二人一緒じゃ家に居ても一緒だろうが。」
「うー……司羽は私と一緒は嫌なの?」
「そうじゃない、メリハリがある方が人生楽しいんだよ。ほら寝てろ、ちゃんと戻ってくる。」
「…………本当?」
「本当だ。」
ベッドの中の司羽が寝ていた辺りで丸くなるルーンに苦笑しつつ、司羽はそう言って部屋を出た。
「んで、俺の所に来たってわけか。」
「はい、どうにも緊張しちゃうんですよね。まぁそれは良いとして、マスターはどう思います?」
「…………。」
マスターは司羽が言わんとしている事を察した。つまりは、司羽の隠れんぼの相手の事だ。正直、司羽もあからさま過ぎて、確認を取るのも馬鹿馬鹿しい感じはしたのだが。
「まぁ、その予想は正しいだろう。……実はこっちでも調べた結果が出ているよ。」
「じゃあ……。」
「ああ、お前の思ってる通りだ。」
「やっぱりか……。」
マスターがそう言うと司羽は沈黙した。呆気ないもんだと思った。まぁ子供のする事だからとも思う、バレるに決まってるのに……。でも、それは本人も判っているのだろう。だからこそ、必死になるのだから。
「御邪魔するわよー。」
「み、ミシュ……もしかして此処が気に入ったのか?」
「むっ、何よ。司羽がここに居るだろうと思ったのよ。課外学習が終わったばっかりだけど、これからどうするのかと思ってね。」
ミシュナは顔を赤くして言った。司羽はそんなミシュナを見て微笑んだ。しかし、これからの事……か。さぁ、どうするかね。
「んー、いや。俺もそれなりに悩んだんだけどね……。」
「元の世界に戻るの? 戻らないの? どうせ全部分かってるんでしょ、司羽は。」
「まあね、何だよ、ミシュも分かったんだ。」
「私達の歳でそれが出来るのは私が知る限り3人、いずれも銀髪じゃないわ。けど、元々それだけの大規模な魔法使ってるのに元の髪も銀髪なんて普通は有り得ないのよ。」
「へぇ、そうなのか。」
司羽はさほど興味もなさそうに言う。イスに座ってから、ミシュナは呆れたように額に手を当てた。
「あんた、魔法の知識もないくせに、犯人を知ったの?」
「いや、魔力が足りない可能性ってのがあるからね。いや、ムーシェの話を聞く限りその可能性の方が高いだろう。だから一時的に何かで代用する事が出来るとしたら、と考えたわけだ。髪の色なんてのは特徴を抑える時にかなり重要だからな。そのままを相手に教える必要なんざない。一番利用しやすい代用品だ。魔力の代わりになるってのは今ここで聞いたけどな。」
「はいはい、司羽は頭脳明晰ですね。羨ましいわ。」
ミシュナは何か投げやりに言った。どうやらご機嫌ななめらしい。
「……なんだか機嫌が悪いな。」
「……そんなことないわよ……。」
司羽が訝しむと、ミシュナはそっぽを向いてしまった。マスターは二人を見ながら相変わらず無表情にグラスを拭く。
「私が聞きたい事は一つ『これからどうするか』どうしたいかはどうでもいいし、決断は早い方が良いわよ。変な情で行動して、後で後悔されても困るけどね。」
「そうだなぁ、取り敢えず馬鹿な事を仕組んだ奴に白状させるか。」
「…………。」
そうだな、多分今日で隠れんぼは終わりだ。本当に呆気ないもんだ。だが、明日から自分が何を始めるかは、まだ決めていないが。
「じゃあな……。マスターも、ありがとうございました。」
「……はいはい、行ってらっしゃい……。」
ミシュナがそう言うと司羽は驚いた様な顔をしてミシュナを見た。ミシュナの顔は見えない、だがさぞかし不機嫌そうな顔をしている事だろう。司羽は苦笑してその場を去った。
「はぁ……アルコール頂戴。私が死なない程度に濃い奴。」
「……青春を謳歌する、昔の俺でも言ったかどうか。」
「……黙りなさい、その髭を毟るわよ……。」
「…………。」
ミシュナの不機嫌そうな顔を見て微笑しつつマスターは桃のカクテルを取り出した。それを見てミシュナは完全に子供扱いされている事に気が付いた。
「……私なんでこんな不愉快な所にいるのかしら……。」
「さぁな。」
そう言いながらグラスにカクテルを注ぐ。ミシュナはそれを見詰めながら嘆息した。
「しかし、行ってらっしゃいとは……若いな。」
「……我ながら馬鹿な事を言ったもんだわ……。」
「良いんじゃないか? 馬鹿な事一つで遂げられる想いなら。」
ミシュナの顔は少々赤いが、まだグラスには口を付けていない。ミシュナもからかわれている事は分かっていたが、今否定したら確実に肯定と取られると分かっているために何も言わない。
「ほら。」
「ありがと、代金は司羽にツケといてね。あいつのせいだから。」
「……分かった……。」
マスターは苦笑した。全く代金の事など気にしてはいなかったが、少女に奢ると何かムカつくと言われていただろう事は分かっていたため、慎んで了承した。これからはツケが溜まっていくかもしれない。無論司羽の。
「あー、酔ったらどうしよう。」
「止めたらどうだ。」
「いやよ、そんなの。」
ミシュナはそう言ってグラスを呷った。
バタッ
「桃のカクテル一杯でこの酔い方か……いや、最早酔っているのか?」
マスターは苦笑して、司羽が迎えに来てはくれないものかと思案した。
帰るとルーンは玄関先で立っていた。司羽は苦笑してしまった。どうやら帰りを待っていたらしい。服装は黒いマントを付けていて、下につけている物は分からないが……。マントで体がすっぽり隠れている。
「あ、司羽。お帰りなさい♪」
「ああ、ただいま。それで話があるんだが、ルー…。」
「嫌。」
「あのなぁ。」
どうやら気付いていたのはこちらだけじゃないらしいと悟る。司羽は嘆息した。ルーンはこちらを向こうともしない。表情を見られたくないとでもいうようにそっぽを向いている。
「嫌でも聞け。」
「それも嫌。」
「隠れんぼはもう止めだ。隠れる人間がやる気ないんじゃしょうがない。」
「…………。」
ルーンは不機嫌だ。さっきのミシュナよりも明らかに顔に出ているようだった。
「元々隠れてすらなかったんだからな。まさかとは思ったが、ルーンは分りやす過ぎて簡単に見つかった。まぁ髪の色だけで欺き通すのは無理があるよな、最初の時だけ、また髪を銀髪にして俺の前に現れたけど。あれで誘導されちまったんだな。」
「ねぇ司羽。誰から聞いたの、髪の色の事。ちょっと私出掛けてくるから。」
ルーンはそう言うと拳を握った。今にも教えた人間を潰しに行く様な気迫だ。正直司羽も多少表情が引き攣った。
「魔力が足りない場合には代わりに生命力を使うってのは勘だ。まぁ代わりに髪の色とかじゃねぇかと思ったんだ。」
そして魔力は回復する、それならまた髪の色も回復するだろう。ムーシェが気がつかなかったのも無理はない。普通、魔法でもなんでもあまりに自分の力とは違い過ぎる事はやらないから、魔力に何かを合わせる事はしないだろう。だから気付かなかった。
「隠れんぼなんてのは名目だ。ルーンは俺をこの世界に閉じ込めたかったんだろ。」
「……そうだよ? まさかこんなに早くバレるとは思ってなかった。直ぐに諦めてくれると思ってたのに。契約っていうのは司羽が諦めても成立するから。そうなればバレても後の祭りだったもん。」
「甘いな、大体お前は分かり易過ぎだ。こういっちゃなんだが、ルーンの事は首席って話を聞いた辺りから怪しんでたんだぜ?」
「……首席?」
ルーンは訝しげに司羽を見た。司羽は苦笑して見返す。
「あのシステム下で首席なんだから強いんだろ? あんな一撃で倒せそうな動物に襲われるほどに魔力を使うなんて滅多な事じゃない筈だ。もしくは弱く見せる為の目的かと思ったんだよ。あんなに大規模な魔法は簡単に出来ない事くらい知識がない俺でも予想がつくからな。」
「そうだね、あれは私にとっても予想外だったよ。森は完全に回復を妨害する物じゃない。だからと言って簡単に回復する場所でもないんだけどね。なのに髪の色が戻ったからと思って動いちゃって、いざと言う時に魔力が全然戻ってないんだもん、司羽が来てくれた時は不覚にも安心しちゃったよ……。この人は私を守ってくれる人なんだって。でも魔力がある程度戻るまでは道に迷って家にも帰れなかったし…あれはしょうがなかったんだよね。本当ならもう一週間くらい徘徊させて根気を潰そうと思ってたんだけど……流石に私が参りそうだったし、司羽は無駄に順応し始めるし。」
ルーンは俺にあんな姿をさらした時点で失敗していたわけだ。首席と言う立場にありながらあの程度の、少なくともルーンより弱いはずのムーシェでも余裕であろう相手に襲われると言う矛盾をさらしてくれたわけだから。
「司羽がリアの髪を見て、銀髪じゃなければ諦めてくれると思って、リアまで裏切ったのになぁ……。あーあ、もう、やっぱり向いてないのかなぁ……こういう事って。私、わかりやすいって良く言われるし。」
「ああ、ルーンは向いてないよ。相手を罠にはめようとするなら催促みたいな事はしない方がいい。」
「うん……。」
ルーンはうつむいてしまう。司羽は、そのままルーンの言葉を待った。ルーンはそのまま黙っていたが、司羽が話さない事を悟ると嘆息し、口を開いた。
「だって、早く安心したかったんだもん。不安なんだもん。司羽が帰りたいなんて言うから……凄く不安になるよ。狡いよね、逆に罠にかけるなんて……。私だってあんな魔法はそう簡単に使えないんだよ? 一ヶ月くらい水だけで過ごして魔力を精練したり、死ぬかも知れないギリギリまで体力使って魔法陣に念を込めたり……。ねぇ、司羽、帰りも私がそれくらい辛い思いをするって言ったら帰らないでくれる?」
「いや、それについては調べはついてるからな。俺を帰すのはそんなに難しくないんだろ? それと、罠に掛けたつもりはないけど、初めてこの場所に来た時、ルーンが寂しそうにしてたからな。」
「……最低だね、司羽って……女の子の嘘を信じる所か先回りして調べておくなんて。それに、私がなんで司羽を呼んだのか分かってるんだ。」
「まぁ、大体はな。」
司羽は、一人で住むには大き過ぎる屋敷を見てそう言った。ルーンはそんな司羽を見て寂しそうに溜息をついた。
「でも、そんな司羽と一緒にいたいと思うのは何でだろうね?」
「さぁな。」
「多分このままじゃ私の思い通りにはならない……そうだよね司羽。」
「さぁ、どうだろうな。」
「……そう……。」
ルーンはそう言うとマントを脱ぎ捨てる。下から現れたのは漆黒のドレス。いつもの無邪気な雰囲気はない、そのせいかルーンには不思議な、妖艶な魅力があった。両腕には白銀に輝く文字が刻まれた腕輪、そして、その腕輪が淡く光だした。
「このまま帰すのもなんだし、司羽が勝てたら言う事聞いてあげる。」
「勝手だな。」
「こっちの世界じゃ決闘はもっとも簡単な問題解決の方法だから。」
ルーンがそう言うと司羽はなるほどと頷いた。あの学校といい、問題解決法といい、なんて荒っぽい世界だ。正直この世界の風習は俺には合わないだろうな、元の世界も似たようなものかも知れないが。
「郷に入っては郷に従えと言う事か。」
「何それ?」
「こっちの世界での諺だ、気にするな。」
「そうなんだ………私が勝ったら、この家に司羽を閉じ込めて私から離れられなくしてあげるから。………それじゃあ、行くよ?」
そういって寂しげに微笑むルーンの周りに、魔力の渦が、司羽にはそれがハッキリと見えていた。
ルーン (戦闘用魔力増強黒衣&シルバーブレスレット(ルーン仕様))VS司羽 (装備なし)
先にルーンが少し後方に下がり、光る腕輪に魔力が集まる。もっとも単純だが扱いやすく魔力に比例して威力が上る攻撃。つまり精練した魔力を直接相手にぶつける事。ルーンは右手を司羽に向けて光の柱となった魔力を放った。司羽が横跳びに避けると、屋敷の近くの木は光の柱に触れた部分だけ消滅した。
「あぶなっ、殺す気か!?」
「そんなわけないでしょ、気絶させるだけだよ。これは僕の中の純粋な魔力。もっとも扱いやすいそのままの魔力だから、手加減もしやすいもの。」
そう言って次々に魔力を打ち出す。だが単調過ぎて司羽には当たらない、だがルーンの放った柱はターンして司羽の方に戻って来る。それをギリギリのところで司羽は避けた。
「なっ! 後ろから!?」
「当たらないなら数を揃えるだけ。質で勝てないなら量で攻めるよ。戦いは数とか誰かが言ってたし。」
ルーンの両手から次々生み出される光の柱は外れても戻って来て司羽を狙う。それが外れても永遠に司羽を狙い続ける。一発一発は単調だがタイミングをずらして連続で来ればかなり厄介なオールレンジ攻撃となる。仕方ないので司羽は回避しつつ光の柱の隙を伺うが時間が経てば経つほどに攻撃の量は増えていく。
「本当に目茶苦茶な運動神経だね? 全部避け続けるなんて。」
「大した事じゃない。」
さて、どうした物かと考える。そして結構あっさり考えがまとまった、特に考える必要もなかったなぁ、と司羽は溜息をつく。どうやらいきなり戦いになって少しテンパっていたらしい。暫く本気で殺しにかかって来る様な相手と戦っていなかったせいだろうか。まぁ、つまりは元を断てば良いのだ。司羽は一度距離を取ると気を集中させた。
「行くぞ。」
「なっ……!!」
司羽は気と魔力を反発させて逸らしつつルーンに向かって右手を振りかぶったまま突撃した。ルーンは迎撃は無理だと判断し、両手を前に出して防御の為に壁を形成する。
「司羽、いくらなんでも焦りすぎ……。」
「へぇ、物理干渉出来る壁とか便利だな。」
「えっ……?」
司羽が左手で壁に触れると魔力と気が相殺し、光の壁はあっさりと崩壊する。だが、ルーンは咄嗟に飛び上がり、司羽との距離を取った。
「嘘でしょう……? 触れただけって何? そんなので壊れるなんて……。」
「魔法って便利だな、話には聞いてたが本当に空まで飛べるのか……。まぁ、魔力を常に使うらしいからエコじゃないのな、主に使用者に。」
まるで見物するような姿勢の司羽に対して、ルーンは先程までの余裕が吹き飛んでいた。表情がひきつっている。
「冗談じゃない……なんでこんな事出来るの? おかしいよ……こんなのおかしい……なんでなんでなんで!? 当たったら死んじゃうよ!?」
「こっちから見れば魔法の方がおかしいんだけどな……。それと、今のは壁に気を流して中和しただけだから、当たっても死なないよ。」
「……っ、でも司羽は飛べないよね。いくら魔法が弾かれたり避けられても、この優位は私の物。私の魔力と体力が尽きる前に、司羽を疲れて動けなくしてあげる。私だって調べてあるの、気ってさ、生体エネルギーなんだよね。使ってれば体力も使う、根競べだね、司羽。私は諦めてあげないよ、絶対に。」
「……んー、ちょっと違うが大体同じだな。戦略もまぁ合格だ。だがスマートじゃないし、六十点ギリギリだな。でも……俺にとって空は、見上げる場所でもなければ、飛ぶ場所でもない。」
司羽がそういうと、その瞬間、司羽の姿と気配が消えた。そして、ルーンは背後に何かを感じ、そこから飛び去った。
「やるなぁ、ルーン。」
「くっ……飛んでる!? 何で司羽が……。」
「飛んじゃいないさ。」
そう言った司羽は地上にいた。そして、またルーンに向かって肉薄する。表情には微かに笑みが浮かんでいた。子供を相手に遊んでいるように。
「滑ってるだけさ、自分の気を使って、気の海を。」
「……あっ……。」
咄嗟に張られた光の壁は消滅し、そのままルーンは、司羽に抱き抱えられる様にして、地上に降ろされた。
「………俺の勝ちだったな?」
「……こんなの狡い……反則だよ……。」
光の柱は最後にルーンが壁に魔力を集中させた時に消えている。その壁すらも溶ける様に消滅したのだ。ルーンは唇を噛み締めた。
「確か勝ったら望む通りにしてくれるんだよな?」
「ねぇ……司羽。私……誰にも抱かれた事ないよ? キスも………初めて、だから……お願い……もうあんな魔法使えないの………前回の魔法でずっと溜め続けてた魔法陣の魔力も無くなったし、魔法具も壊れて無くなったの……。」
「ルーン、俺がそんな事言うお前を、分かったって言って傷付けると思うのか? そんな事言うんじゃない。………分かるな、ルーン?」
「………なんで………司羽は私と同じ寂しさと傷を持ってる筈なのに………だから呼べたのに……なんでよぉ……。」
優しく諭すように言った司羽に、ルーンは泣きそうな顔で答えた。これは決闘、問題解決法。ルーンはそう宣言している。
「ルーン、遠慮はしないぞ。……俺の願いはな。」
そして、ルーンの涙と共に隠れんぼは終わった。