第12話:課外学習(後編)
「キャー♪ 夜這いよ、夜這い♪」
「ルーンちゃん、良いなぁ……。」
司羽の部屋には同じクラスの女子生徒が集まり、司羽と、司羽の布団の中で眠るルーンを取り囲んでいた。司羽が起きたら既にこの状態だった。というか、元よりこの状態に気付いて目を覚ましたのだが、起きるに起きられなかったのでじっとしていたら、状況が悪化した。同じ部屋の女子の一人が、ルーンがいないのに気付き、ミシュナが口を滑らせたのが原因らしい。
「……おいルーン、起きやがれ。何度このやり取りをすれば気が済むんだよ。」
「うにゃ……。」
さて、なんでこの馬鹿な首席はこんな時でも布団に潜り込むのでしょうか? 鍵をかけたような気がするんだけどな。さては魔法で開けたな? それじゃあ鍵の意味ねぇじゃねぇか。
「おいルーン、昨日絶対忍び込まないって約束したよな?」
「だってぇ……司羽がいないと眠れないんだもん。」
ルーンがそう言って司羽にしがみつくと同時に周りからは黄色い悲鳴が上った。そしてその人だかりの中からミリクが割って出て来た。怖い笑顔と一緒に。
「ルーンちゃん?」
「…………?」
ミリクはルーンを自分の方に向かせると真面目な、教師らしい顔をして言った。
「司羽君は優しかった?」
「……司羽は優しいよ?」
再び歓声。司羽は疲れた様に……実際疲れていたのだが、布団から起き上がった。
「ルーン……あのなぁ……。ミリク先生もいい加減にして下さい。着替えるから皆さっさと出てって出てって。」
司羽がそう言うとルーンが名残惜しそうに見つめて来たが、サラッと無視して追い払った。さて、あの興味深々で隠れながらこっちを見てる奴らはどうしてやろうかな。
「全く……。さてと、今日は登山にバーベキューだっけか? なんだか小さい頃を思い出すなぁ……。ああ、でも結局は親父に海外に放り出されていけなかったんだっけ……はぁ……。」
司羽はそう言って、一人で落ち込みながら着替えを始めた。
「それでは、頂上でバーベキューをするので、各自自由にまったりと自然と触れ合いつつ登って来て下さいね♪ 茂みの深くで男女の触れ合いも悪くはありませんが、たまにはね?」
ミリクがそう言って旗をパタパタと振りながら説明する。説明に紛れて余計な事まで言っているが。シノハはと言うと向こうで食材を確認しつつ他の教師に指示を出していた。
「では、かいさーん。」
ミリクがそう言ってシノハの方に走って行くとシノハは何か恐ろしい物を見るかの様な眼をして逃げて行ってしまった。昨日、何かあったのだろうか?
「さて、じゃあ登るか。この距離なら十分掛からないかも知れないが。」
「……それは司羽だけだと思うなぁ……。」
「同感ね……この運動馬鹿……。」
司羽が山を眺めてそう言うと、隣りでルーンとミシュナが何だか怠そうに言った。
「ああ、そう言えば魔法は使えない様に結界這ってるんだっけ?」
「そうなんだよぉ……自然と触れ合うなら何も坂道じゃなくても良いのに……はぁ……。」
『たまには良いじゃないですか。ね? ルーン』
「良くないよぉ……運動は苦手なの〜。」
ルーンは子供の登山に適しているあまり勾配がキツくない山を恨めしそうに見ながら溜息をついた。
「ほらほら、俺の布団に忍び込んだ罰だと思って登るぞ。」
「登ったら、一緒に寝ても良いの?」
「ダメだ。てかどっちにしろ入って来るくせに何を言う。」
人混みから司羽を見付けて、そんな会話を聞き取ったムーシェが二人を訝しげに見て言った。
「ねぇ司羽、あんまりそう言う会話を人前でしない方がいいよ。ただでさえ、今朝の噂……かなり広まってるよ? かなり脚色されつつね。」
それを聞いて司羽は苦い顔をした。ルーンの方を見ると何でもない様な顔をしている。視線に気付いて首を傾げるルーンに司羽は諦めた様に溜息をついた。
「司羽、諦めなさい。そして責任を取るか取らないかハッキリした方が良いわよ。子供出来ちゃってからじゃ遅いもの。」
「俺は無実だ……。」
そんな事を言いながら五人は山に入って行った。
「さて……迷った。」
「うん、迷ったね。」
周りには誰もいない。そしてそんなに高くない山だと言うのに雲の中に入った様に視界が悪い。濃い霧の様な物が視界を埋めている。
「ルーン、ミシュナ達はどうした?」
「わからない。でも、何か変だよ。この感じ。でも多分、魔法だと思う。」
「だろうな……それもこの感じ、極最近に感じた気配の魔力だな……白銀の少女の物だろう。俺も油断してた訳じゃないんだが、いつの間にかけられたんだ? 近くに俺ら以外の気配はなかったんだが。」
司羽にも魔法がかけられているのは何となく分かった。この霧からは何か別の力を感じるのだ。そして、かけたのは恐らく……あの白銀の少女だろう。こちらに飛ばされた時と同じ様な魔力の感じを受ける。司羽にも魔力の気配の差が段々分かるようになってきていた。
「ふぅ。なぁルーン、これは何とかならないのか? 正直無理矢理この場から脱出は出来るが、出来れば、出所を探りたいし。一応手掛かりになるからな。……まだ魔法の出所を掴める程には慣れてないんだ。」
「出来るならとっくにやってるってね♪ まぁ、無理矢理出なくても大丈夫だと思うよ? 山自体結界の中だからその内解けるだろうし、その白銀の少女さんのいたずらじゃないかな?」
「いたずらねぇ……。」
何となく俺とルーンを故意に二人にさせようとしてる気がするんだが。いたずらなんかじゃなくてそれ自体が重要な様な……。考えすぎかも知れないが。
「ねぇ、司羽。歩いたってしょうがないし、魔法が解けるまでここらで休もっか?」
「ああ……。」
司羽はルーンに何か違和感の様な物を感じた。霧で髪が少し白く染まった様になったルーンはまるで……。
「司羽、昨日リアの髪の毛見たんだよね?」
「ん、ああ。教えちゃいけないらしいから、ルーンには言えないけどな。」
輝く水色、あれは銀髪とは違った。それに、何となくだけどリアはあの少女とは雰囲気が違う気がした。
「そっか。まぁ、そんな事はどうでもいいんだけどね。」
「ルーン? どうしたんだ、変に笑って。」
「ううん、何でもないよ♪」
一瞬だけ、ルーンが別人の様に見えた。姿だけが同じ、別人の様に。
「司羽、帰る当てが無くなっちゃったね。これからどうするの? むやみやたらに探し回る?」
「どうするって言われてもなぁ……。どうしようもないよなぁ……。適当に探してもどうせ見つからないし。」
手掛かりはない、と言うよりも、今は何も分かっていないに等しい状況だ。世界単位で手掛かり無しの隠れんぼなんて、正直見つかる気がしない。目的も分からないし、これは海に捨てた指輪を探す事よりも難しいだろうと思う。なんせ、見付けた指輪に人違いだと言い張られれば、司羽にはどうしようもないのだ。
「……じゃあ、ずっと居ても良いからね? 多分もう無理だよ。何にも手掛かりがないんだから。」
「ルーン? 何言ってるんだ? 昨日はあんなに手掛かり探しに協力的だったのに。」
「…………。」
司羽の返答にルーンは沈黙する。まるで聞き分けのない子供を見る様な眼でルーンは司羽を見た。
「諦めた方が良いんじゃないかなって思ったんだよ。だって特に帰らなきゃいけない理由なんてないんでしょ?」
「まぁそりゃあ、そうなんだが。でも、いきなりどうしたんだ?」
「別に……ただ、無理だろうって思ったから……。司羽が頑張らなくてもいいんじゃないかなって。」
ルーンは何かもどかしそうにそう言うと司羽に背を向けた。
「私が言いたいのは無理しないでねって事だよ。司羽はずっと僕の家に居てくれていいんだって……ね……。」
「ルーン……。」
「ねぇ、司羽……。私達って、もう家族だよね?」
「一緒にご飯食べて、一緒に学校行って、一緒に寝てるんだし。私は司羽の一番の味方になるよ。だから、家族だよね。私達は。」
「……そうだな。家族……だな。」
「司羽………。」
司羽がそういうと、ルーンは安心した様に微笑んだ。……そして、空を仰いで、何かを呟いた様に、司羽には見えた。
「ほら、司羽。魔法が解けるよ…………これからは、私達……一人じゃないよね。」
ルーンがそう言うと同時に霧が晴れていった。