閑話:愛深き彼女との一日
「んふふっ、えへへへぇ~っ♪」
ぎゅーっ
「なんだか、今日のルーンはいつもよりも甘えん坊だな。どうしたんだ?」
「だって、久し振りのデートなんだもん。司羽と二人でデートっ♪」
星読祭の5日目。お昼頃にルーンと共に目を覚ました司羽は、留守番は自分に任せて大丈夫だから、二人で行ってこいとミシュナに背中を押されて、ルーンと二人で街へと出て来ていた。人通りは昨日がピークだったらしく、今日は昨日よりも人が減って、かなり歩きやすくなっている。
しかし減ってもかなりの人混みなので、人混みが嫌いなルーンに配慮して、今は出店の少ない休憩スペースのベンチに避難している状態だ。ちなみにルーンは、ベンチに座った司羽の膝の上に、お姫様抱っこの様な状態で抱きついているので、周りからの視線を凄く集めてしまっている。本人は全く気にしていない様子だが。
「星読祭の準備中から、まともに二人で出掛けられなかったし、楽しみにしてたんだから。」
「そうだったな、こうして出掛けるなんて、一ヶ月以上振りになっちゃうか。」
「一ヶ月と一週間振りだよ。ミシュナに譲ったりしたのは私の意思だけど……寂しかったんだからね?」
「……そうだったな。一人にする事も多かったし……ごめんな。ルーンには色々心配かけたよ。」
「うん……良いよ。でも、沢山褒めて?」
思えば、準備期間中からルーンはずっとミシュナの事を気に掛け、四日目もミシュナの為にと自ら提案してくれた。きっと、その間もずっと寂しかったのだろう。ルーンが本来とても甘えたがりな性格をしているのは、司羽も良く分かっている。
「ありがとう、ルーン。全部ルーンのお陰だ。美羽と仲直り出来たのも、リア達の件に集中出来たのも、全部ルーンが俺を信じてくれてたからだ。」
「んっ……あぁっ……ふふっ、撫でるだけ? 私、ちゅーして欲しいなぁ。でも撫でるのも止めちゃ駄目………んっ……。」
左腕でルーンの体を支えながら、右手でルーンの頭を撫でる。それだけでルーンは蕩けた様な声を、小さく耳元で、司羽にだけ聞こえるように上げた。腕の中で司羽を見上げているルーンの瞳は熱っぽく潤んでいる。ルーンの瞳が早く早くとおねだりしているようだった。
いや、しかし……見ず知らずの他人ばっかりなこの場所で、そんな風紀の欠片もない行動は……だが、ルーンのお願いだし、ここは男として……むぅ。
「……そ、そうだな。どこか人の居ない場所は……。」
「今日はそんな場所ないよ? ほら、私は司羽の女なんだから……それにこれからは、本当にただの恋人じゃなくて、司羽の奥さんなんでしょ? だったら、皆の前でキスくらい恥ずかしがっちゃ駄目だよ?」
「……それ、奥さんとか関係あるのか?」
「そりゃあるよ。人前で、ちゅーも出来ないなんて夫婦じゃないよ。司羽は私のこと、奥さんとして自慢出来ないの?」
「い、いや、それは勿論出来る。ルーンは俺の自慢の恋……いや、妻になってくれる筈だ。」
「ふにゃぁっ……こ、こほんっ、司羽、週末になったら、私達と一緒に、お役所に婚姻届け出しに行くんでしょう? そこでキスも出来なかったら、きっと疑われちゃうよ? 認めてくれないかもよ?」
「そ、そうなのか!? まさかそんな……ああ、いやでも有り得なくは……ないのか。」
そう言えば、そういう冠婚葬祭に関しては元の世界でも地域差があった。もしかしたらこの世界でも……最近慣れすぎていて頭から抜けていたが、此処では自分の常識は通用しない事が多い。自分の常識は、此処では非常識な場合だってある。
「ほら、あそこのカップルもキスしてる。夫婦になるんだから、ただのカップルに負けちゃ駄目だよ。」
「そうか……だったら、そうだな。うん、夫婦になるんだもんな。」
「うん、負けないように、沢山して? ほら、ナデナデ止まってる。」
「ああ悪い悪い。……ルーン、良いか?」
「うん…………ちゅっ……ぅんっ……。」
再び髪を梳くように撫で、小さな唇に優しく触れると、ルーンはぴくんと腕の中で可愛らしく反応した。首に回されたルーンの腕に力が入って、献身的に応えてくれるのが嬉しい。周りの視線がひしひしと感じられるが、ルーンの方はいつも通り……いや、いつもよりも心なしか嬉しそうだ。
「……んぅ……ちゅ、んっ……ちゅぅっ……ふっ。」
……しかしこれは……本当に良いのだろうか。スイッチが入ったルーンを止められる気が若干しないのだが……。早めにストップかけないとその内……。
「あっ……れろっ……んくっ……んぁっ……はぁぁっ……。」
「ん……待って、待ちなさい。舌は外では止めなさい。流石に外でしていい限界を越えてきてるから。ただでさえ目立つルーンが更に人目を集めまくってるから。」
「だってぇ……こんな風に司羽が人前で抱き締めて、キスしてくれるなんて初めてなんだもん、嬉しくなっちゃったんだもん。……これは、ミシュナの指導に感謝かな?」
「……俺は、いつの間にか指導されてたのか。」
「まあまあ、あ、ほら、あそこのカップルみたいにさ。もっと司羽だけのモノって見せびらかして良いよ?」
「……うっわぁ。あれは俺にはちょっと早い気が……。」
揉んでるじゃん、あれ。でもルーンはああ言うの好きそうだよなあ。人に見られるのが好きって言うより、俺の物って見せびらかされるのが好きみたいだし。所有印とか知ったら絶対にやりたがる。……そういう知識を与えないようにしないと後が怖そう。
「これからは奥さんになるんだよ? 名実共に司羽だけの女になるんだよ? キスとか、ちょっとエッチな牽制くらい皆の前で恥ずかしがってちゃ駄目!! 私だって、司羽は私のモノだから近付かないでって周りに示しとかないといけないし。」
「いやー、流石にあそこまで行くと公然猥褻に引っかかるしなあ……。ルーンは知らないと思うけど、世界には他人っていう存在が居てだね……。」
「司羽と私と家族以外の人でしょう? それって居るって言うの?」
「いや、哲学な話はしてないんだけど……。後、リアってルーンの親友じゃなかったか? 入ってなくなかった?」
「あっ……忘れてた。親友はイるよね。」
「それ本人の前で言うなよ? 忘れてただけで悪気がないのは分かるけど、リア泣くからな?」
そしてイるとは『居る』なのか『要る』なのかどっちなんだろう。でも膝の上で首を傾げるルーンが可愛いからもうどっちでも良いかな……。
「さて、そろそろ何処か行くか? 大道芸とか、サーカスの代わりに演劇とかやってるぞ。後はそうだな、お酒はまだ駄目だから、この地域別お魚展覧会とか、世界の面白喫茶店通りとか……あ、この『てぃんだろす』ってお店で珍しいわんわんと触れ合いが出来るらしいぞ。うちの学園の理事長が一言コメント書いてる、オススメだってさ。うん、触れ合いにしよう。可愛いと触れ合おう。」
わんわん喫茶『てぃんだろす』と、ニャンニャン喫茶『ばすてと』の第23回星読み祭売上対決か……うーん、やっぱ俺は犬かな。何処までも付いてきてくれそうな忠犬が良い。猫も捨てがたいけど、やっぱここは犬推しか……?
「……わんわん触れ合い……わんわんかぁ……。」
「ん、どうした? ルーンは猫派だったか? まあ確かに猫も可愛さは他の追随を許さない所あるしな、悔しいが人気は一番あるし。しかしな、俺達の貢献が犬派を勝利に導く鍵になる可能性も……。」
「もう、撫で撫で止まってるよ? あのね、司羽の手は犬じゃなくて私を撫でるべきだよ? 私の方が、わんちゃんより可愛く鳴けるよ?」
「可愛く鳴けるって……いや、まあ間違いなく可愛く鳴けるとは思うけど。」
何だか俺の鳴くとルーンの鳴くにはかなりの違いがある気がするけど……しかし、ルーンの犬耳か……。あれ、凄く似合うかも知れない。ルーンって犬っぽい気がするし。
「……うーん。これは、新しい発見かも知れん。」
「ふふっ、ねぇ司羽、夜のパレードって確か……地図のこの辺りの道だよね。ほら、この建物の中とか良く見えるかもよ?」
「……あれ、ここって。」
「お城みたいなホテルだね。」
「なるほど。」
そういうのもあるのか。パレードが見えて、触れ合いも出来て、ルーンもとても喜んでくれる。最近二人きりになる時間も余りなかったし、人混みもない……ふむ。
「うーん……わんわんも気になるけど、今日はいいか。」
「あのね、さっきあっちに仮装用の付け耳が売ってたよ?」
「お祭りだし、仮装くらいしても良いかもな。よし、犬耳買ってパレードの場所取りするか。」
「……えへへっ、一挙両得だね。」
「流石はルーンだな。」
星読み祭でもルーンは相変わらずマイペースだが、それがルーンの良さでもある。特別なお祭りだからこそ、本当にしたい事をするべきなのかも知れない。……まあ、ルーンは多分二人になれれば何処でも良かったんだろうけど。それがルーンの可愛い所だ。
「ふふっ、ミシュナが可哀想だから、二、三日間はお預けだもん。今日は沢山触れ合いしよ?」
「本当にルーンは出来た奥さんだなあ……。」
「まだ出来てないよ? 今年中にはって思ってるけど。」
「わざとなのか天然なのか分からない所が、ルーンの可愛いところだな。」
「わざとだよ? ……私、悪い子だから。」
「ふむ、なるほど。今日のルーンは、お仕置きが必要なルーンだな。」
「……うん、最近司羽が躾てくれないから、悪い子になっちゃったの。」
久しぶりのデートなのもあって、やっぱり今日のルーンはノリノリだ。そして今日のノリノリルーンからすると、確実に帰りは遅くなるだろう。……つまりミシュナには、お土産くらい買っていかないといけないと言うことだ。
「美羽へのお土産、どうするかな……。」
「私が選んであげるから平気だよ? ……ふふっ。」
「……うん、なんか嫌な予感がするなあ。」
「気のせいだよ。それに、幸せは三人で分け合わないと……でしょ?」
「ああ……なるほど。俺ビンタくらいは覚悟しておこうかな。」
「平気だって。多分。」
そんな事を話ながら、結局お土産はルーンが選ぶことになった。夜に二人が帰った後で、そのお土産を見たミシュナから呆れた様な視線を向けられたものの、何とかルーンが言いくるめて、ネコミミシュナが爆誕したりするのだが……それはまた、別の話である。