第102話:どうかこの想いが響きますように(五)
申し訳ございませんが、今回は短めになります。年末年始で此処のところ忙しく、全体的に間延びしてしまっていますが、ご容赦下さい。
「おっめんー、たっこ焼き、わった飴、きんぎょー♪」
自作ソング『お祭りの歌』を歌いながら一人の少女は人混みを進む。
「おっ神輿担いで太鼓をどんどん♪」
否、少女の周りに人混みはなかった。少女の進む道からは人が退き、行く先々にはある程度の空間が確保される。しかしそれに気付くものは辺りには誰も居なかった。
「はっ!? この匂いはイカ焼き…!! イカ焼きが私を待っている!!」
匂いを嗅ぎつけ、勢いよく振り向くと金色のポニーテールがフワリと舞った。ターゲットを視界に収めると、浴衣の袖からお稲荷さんをイメージした財布を取り出す。お金は道行く人から少しずーつスった。ほんの少しだけ、幸せのお裾分けだ。問題ないだろう。
「おじさーん!! イカ焼きー!! イカ焼き二つー!!」
「お? お、おお……はいよ!!」
勿論二つ共自分用だ。成長期ゆえ、致し方なし。ダイエットは敵……後で考える。屋台のおじさんもいきなり目の前に現れた金髪美女に驚いた様子だったが、慣れた手つきでいか焼きを二つ用意してくれた。
「ありがとー!! こんこーん♪」
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「ねえ司羽、あれって……。」
「ああ、多分そうだな。なんかさっきと印象が全然違うけど。」
「スキップなんてしちゃって……余程お祭りが好きなのね。」
その金髪美女、写真に映ったキューと言う女性を、少し離れたところから司羽とミシュナは観察していた。ぴったりとくっついたままタコ焼きをお互いに食べさせ合うと言う、周りの人々が思わず舌打ちをしてしまう様な昼食を終えてから、司羽の力を頼りに捜索を開始して、数分で発見する事が出来た。
「うん、間違いない。しかし凄いなあれは、気術でも魔法でもない、近いのは妖術ってやつか。あれだけの人数が誰も気付いてないし、違和感も感じてないみたいだ。俺も詳しくは知らないけど、トワの力ともなんだか毛色が違うな。」
「それも凄いけど……『あれ』ってやっぱり、私達の思った通り……。」
「ああ、『あれ』なあ……多分、想像通りなんだと思うけど。」
「あからさまねえ……あの耳と尻尾。」
「だよなあ。」
二人の視線の先で、イカ焼きを頬張り、キラキラした瞳で大道芸を眺める美女は、写真に写っているキューと言う女性と外見はほぼ一致している。しかし、司羽達の持っている写真とは明らかに異なる部位がいくつか存在していた。
「あれ、狐の耳と尻尾よね? ……成る程、キューってそういう事ね。」
「フェニックスとペガサスの後は九尾の狐ってか? まあ、グロテスクな怪物が出てくるよりは眼に優しくて良いけどさ。」
キューと言う少女に生えた人間とは異なる部位。頭の上に生えているピンと立った耳と、ふりふりと御機嫌な調子で揺れる長い尻尾。それはもう完全に彼女が人でない存在である事を示していた。狐の耳と尻尾の形状に酷似している事もあり、彼女の名前から推測するに……恐らく、九尾の狐と言ったところだろう。
「美人な女の人だものね。でもトワと同じだとすると、まだ女の子って感じなのかしら。感覚が良く分からないわ。」
「レイレンさん達の話だと、まだ子供って印象を受けたし……あの様子だと、見た目よりも随分幼いのかも知れないな。大人の人間の姿を取っているだけなのかも知れないし。」
「……なんだかちょっと、連れ戻すのが可哀想に思えてきたわ。凄く楽しそうだし。」
「まあな。とは言え、他人の家の教育事情だ。あんまり首を突っ込むのは良くないだろう。」
「くすっ、そうね。うちはうち、よそはよそ。頼まれた以上はちゃんと連れ戻さないとね。」
芸人が何かをする度に、ややオーバーリアクション気味に前のめりで瞳を輝かせるキューの姿に、若干心が痛まないでもないが、頼まれた以上はその役目は果たさなくてはならない。……まあ、少しの間とは言えこの星読み祭を楽しむ時間は取れただろうし、後の事はレイレン達に任せればいい。
「さて、それじゃあ取り敢えず、あの二人に連絡をしないと。」
「分かったわ。えーっと、此処を押して……もしもし、エリィさん聞こえますかー。」
『はい、エリィです。もしかして……見つかりました!?』
「ええ、見付けました。場所はE区画のバラード通り4線目……あれ?」
『…………? どうかしましたか?』
通信機を使ってエリィに場所を伝えようとして気付いた。さっきまでそこに居た筈のキューの姿が何処にもない。周りを見回しても見当たらない。人払いの様な事をしている為、近くに居れば逆にミシュナ達からは丸見えになる筈なのだが。
「……居ない。司羽、あの子は?」
「……500メートル先だな、どうやら気付かれたらしい。地図で言うと、この辺りだ。いつの間にか隙を突かれたみたいだな。」
『き、気付かれた!? キューのやつ逃げちゃったんですか!?』
ミシュナの持っている通信機越しにこちらの会話が伝わったらしく、エリィの隣に居るであろうレイレンの声が響いた。
『もう勘だけは良いんだから……もうちょっと私達の言う事も聞いてくれないものかしら。』
「まあまあ、もうこっちで彼女の居場所は追えますので、後は適当に捕獲しますよ。ねっ、司羽?」
「ああ……だが少し面倒だな。」
「面倒って、あの子の逃げた場所は分かってるんでしょう?」
「それ自体は問題ない。でもこの人ごみの中で追いかけっこをするのはな……。」
「そう言えばそうだったわね。」
そう言って司羽は星読み祭でごった返した人ごみを指さした。500メートルと言う距離は普段であれば大した距離ではないが、この混雑の中であればいつもの何倍もの時間がかかる。
「あの子の周りは何らかの力で人が避けて行っていた。追い掛けるなら、こちらも同じような事をする必要があるだろう。それにあの子の探知自体はこちらが気配を消せば問題ないけど、ガムシャラに逃げ回られたら捕まえるのは至難だぞ。」
「うーん、困ったわね。もういっそ、気絶させちゃう? 司羽ならこの距離でも平気でしょ?」
「そうだな……。」
『ちょ、ちょっと待ってください!! 余り手荒な事は……それに、あの子は凄く力が強くて、下手な事をすると大騒ぎになるかもっ。』
「確かに騒ぎになるのは避けたいな。この人ごみでパニックなんて万が一にも起こされたら大変だ。怪我人が出るだけじゃ済まないかも知れない。」
「そうなると、どうしようもないわね。あの子が一箇所に留まってくれることを祈って地道に近付くくらいしか……。」
流石に司羽とミシュナも発見する事までは考えていても、その先までは考えていなかった。普通に迷子を探す感覚でいたので、逃げられることまでは考慮していなかったのだ。しかし、こうなってしまってはもう仕方がない。向こうが諦めるまで地道に追いかけ続けるしか……。
「……そう言えば、お狐様ってお稲荷さんが好きなのよね?」
「ん? お、お稲荷さん? あー、そう言えばそんな話があったな……本当なのかは知らないけど、狐って言えばお稲荷さんって感じがするな。」
ミシュナが突然そんな事を言い出したので、司羽は疑問符を浮かべながらも自分の記憶の中にあるお狐様のイメージを呼び起こした。確かに童話の中に出てくる狐は殆どがお稲荷さんが大好きだと言う事になっている。九尾の狐はどうだか知らないが、イメージ的にはそんな感じがしないでもない。
「レイレンさん、エリィさん、あのキューさんって実はお稲荷さんが大好物だったりしませんか? いや、お稲荷さんじゃなくても良いんですけど、何か興味を引けそうなものとかあります?」
『え? 確かにあの子はお稲荷さんが大好きですけど……あ、あの何故それを……。』
「まあまあ、良いじゃないですか。それで、他には何かあります?」
『他に興味を引けそうな物って何かあったっけ? キューちゃんが好きなのってお稲荷さんとお祭りと……ユーくん?』
『団長もその二つと並べられるとは思ってなかったでしょうね……後は……太鼓の音とか? 騒がしいのが好きだから。』
お稲荷さんに、お祭りに、団長に、太鼓の音。その四つがあのキューと言う子の好きなものらしい。とは言えその内の団長とやらは今不在との事なので、除外せざるを得ないだろう。
「なるほど。なら使えそうなのはお稲荷さんと太鼓ってところね。」
「どうしたんだ? お稲荷さんと太鼓で何かするのか?」
「ええ、大したことじゃないけどね。司羽、耳を貸してくれる?」
「ああ、いいけど。」
「ふふっ、あのね……。」
くすりと悪戯っぽく笑うミシュナの顔の近くに司羽が顔を寄せると、ミシュナは司羽の耳にそっと唇を寄せて囁いた。周りから見たら抱きついている様にしか見えない体勢の為、舌打ちが聞こえてきそうな状態だったが、ミシュナは気にした様子もなく司羽に作戦を伝える。
「どうかしら、司羽なら出来るでしょう?」
「……なるほどな、でもそれ、本当に上手くいくのか?」
「さぁ? でも、なんか素直そうな子だったし、引っかかってくれそうじゃない?」
ミシュナの伝えた作戦はそう難しいものではなかった。寧ろ単純明快で、思わず本当に実行するのか迷ってしまうくらいだったのだが……。
「うーん……まあ、やるだけやってみるか。他にいい方法もないし、ミシュナがそういうなら引っかかる気もするし。」
『あ、あのー……出来ればその作戦を私達にも教えていただけると……。』
「え? ああ、ごめんなさい。司羽、言っても良いわよね? 盗聴されてたりしない?」
「ああ、別に構わないぞ。捕まえる時に傍に居てくれないと困るし。そういう心配もない。」
『…………?』
司羽に、キューに何らかの方法で探知されていないかを確認すると、ミシュナは今回の作戦を無線機越しにエリィ達に伝えた。単純な作戦なので、そう説明する事も多くない。ミシュナの話が終わると、無線機の向こう側からクスクスと言う笑い声と、呆れた様な溜息が漏れた。
『あーうん、成功すると思います。ほぼ確実に。』
『あははっ、キューちゃんは素直だからねー。』
『欲望に素直なのは美徳と言っていいのかしら……。まあなんにせよ、了解しました。それじゃあ私達は指定の場所に居ますので、後は宜しくお願いいたします。』
「ええ、分かったわ。それじゃあ司羽……お願いね?」
「ああ、幼気な子供を罠にはめるようで心が痛むけど……仕方ないな。」
その一言を以て、ミシュナは無線機の通信を終えた。そしてミシュナ発案の、九尾のキューちゃん捕獲作戦が始まったのだった。




