第99話:どうかこの想いが響きますように(二)
「中々見応えあったわね、火が生き物みたいだったわ。……って言うか、あれ生き物なんじゃないの? なんか生命を感じたんだけど。」
「ああ、俺も感じたな。火の鳥というと……フェニックスってやつか? こっちの生物事情は良く分からないけど、綺麗だったな。マジックって言うよりも、動物のサーカスショーだった気がするけど。」
「ふふっ、確かにそうかも。でも空飛ぶ馬は不思議だったわ。本当に種も仕掛けもなしで飛んでるみたいだったし、あれってどうやってるのかしら。」
「それは俺もさっぱり分からなかったな。確か司会の女の子がペガちゃんって呼んでたけど……ペガ……ペガサスって事はないよな? なんか、ちっちゃい羽がついてたし。」
「あははっ、まさかー。フェニックスもペガサスも流石に居ないわよ。両方ともきっと何かのトリックでしょ? でも可愛かったわ、やっぱり動物って良いわね。」
大奇術ショーという名のサーカスショーが終わり、司羽とミシュナは興奮冷めやらぬといった状態でショーホールから退出した。人混みに流されないようにと、司羽は自然にミシュナの身体を支え、ミシュナもギュッと司羽に抱きつくように腕を回す。なんだか最初はぎこちなかったそんな態勢も、二人には徐々に自然になりつつあった。
「………ふふっ。」
「どうした? なんか嬉しそうだな。」
「いいえ、なんでもないわ。司羽は気にしないでいいのよ? ……うふふっ、そのままで居てね。」
「……なんか、そう言われると余計に気になるんだけど。」
ミシュナが上機嫌な理由は、普通ならば直ぐに分かりそうなものだったが、どうやら司羽にはまだまだ難しい事の様だ。……何はともあれ。
「さて、取り敢えずどうする? 少し早いが飯にするか、それともまた何か見に行くか……。」
「そうねえ、私はどっちでも良いけど、折角だしまた何か……あら?」
「ん? どうかしたか?」
「……うーん、なんだか向こうの方で何か揉めてるみたいよ? ほら、あっち。」
「………んー? あれは……。」
劇場から立ち去りながら、今後の予定を話し合っていたミシュナの指さす先へ司羽が視線を向ける。そこは『関係者以外立入禁止』と大きく書かれた看板の更に先だった。人混みからも離れ、数人の男女が何やら険しい顔で密談している。離れているので内容までは分からないが、確かに揉めていると言う様な雰囲気であるのは確かだ。
「……あれは確か、ピエロの人とマジシャンの子だな。後の数人はスタッフか?」
「ええ、そうね。どうしたのかしら……。」
「………『なんてことだ、公演どころじゃないぞ。』、『まだ時間はある、とにかく警備の者に確認を。』、『エリィにも伝えないと。まさか逃げ出すなんて。』……どうやら割と深刻そうだな。何かが逃げ出したらしい。」
「この距離でなんで分かるのよ……。」
「集中すればこれくらいはな。訓練すれば誰でもできる。声も結構大きいし。」
なんだか気になって会話を聞き取ってみたのだが、どうやらかなりの緊急事態らしく深刻そうなトーンで話しているのが分かった。……しかし、それをミシュナに話すと何故かジト目で睨まれてしまったが。
「……それ、家でもやってないわよね? 私達の内緒話とかに聞き耳立てたりしたら……。」
「誤解だ!! そんなことはしてない、断じてしてない!!」
「……えっち。女の子の秘密は無理矢理暴いちゃ駄目よ?」
「……ひどい濡れ衣だ……。」
なんだか凄い理不尽を味わった気がするが、それはそれ、この際一先ず置いておこう。それよりもミシュナの興味は、その会話の内容の方に改めて向いたらしい。
「逃げ出したって……ちなみに何が?」
「うーん、なんだろうな。聞いてても良くわからないが……さて、どうする?」
何かが逃げ出したらしいと言うところまでは分かったものの、結局その揉め事の詳細までは分からなかった。だから司羽は、取り合えずミシュナに向かってそう聞いた。
「……どうするって?」
「決まってるだろう、これからの予定だ。飯か、別の見世物か……その何かを探しに行くか。」
「………私達、部外者よ?」
「ああ、だから俺は別にどっちでもいい。ミシュナが……楽しそうな方を選んでくれ。俺はそれが一番いい。」
確かに、気になると言えば気になる。だがあくまで他人の問題だ。首を突っ込む義理もない。このまま何処かで飯を食って、大道芸でも見に行って……それでも全く構わない。だが、今日の主役はミシュナだ。他人の事はどうでも良くても、ミシュナの事なら話は違う。それだけの話だ。
「……もう、格好付けちゃって…………格好良いけど。」
「ぐっ……そ、そうストレートに言われるとなんか照れるな。キザ過ぎたか……。」
「……ふふっ、司羽、格好良いわよ♪」
「止めてくれ、なんかムズムズしてきた……。」
「くすくすっ。んー……どうしましょうか? 確かにちょっと気になるけど、司羽は気になる? 私は探し物でもなんでも、司羽が隣に居てくれればなんでもいいわ。」
「そうだな……まあ確かに俺も気になると言えば……。」
「あのー……。」
「「ん?」」
「楽しくお話中の所、非常に申し上げ難いのですが……。」
二人の今後の予定に割り込むように、申し訳なさそうな声が会話を遮った。いつの間にか司羽達の目の前には、ピエロの帽子をかぶった妙齢の紳士と、派手で露出の多めなキラキラとした水着の様な服を来た女性が立っていた。先程のピエロとマジシャンだ。
「あら、私達が何か?」
「俺達に何か用でも?」
「………はい、その……此処、立入禁止なんですが……。」
「「…………。」」
マジシャンの女の子にそう言われて、気付く。周りを見回すと、そこには自分達以外の人は居ない。先程見えた『関係者以外立入禁止』の看板もいつの間にやら司羽達の後ろにある。……どうやら、これは。
「もう、司羽ったら。人助けしたいなら素直に言えばいいのに。司羽がしたいなら、私は嫌だなんて言わないわよ?」
「いや、これはミシュだろ。俺はミシュがこっちに歩いたから一緒に……。」
「違うわ、絶対に司羽よ。だって私、今身体を司羽に預けてるのよ? 司羽に抱きしめられてるのに、自分で歩く方向なんて決められないわ。全部司羽任せよ。」
お互いに、相手の先導だと思ってしまっているらしい。しかしまあ、どちらの想いが関与したにしろ、無意識の行動であるのは確かだ。
「うーん……おかしいなあ……ミシュに合わせて歩いていた筈なんだけど……。」
「ふふっ、不思議ね。でも、きっと司羽が私の気持ちに合わせて進んでくれたのね。」
「ああ、なるほど。そういう事かも知れないな。確かにそんな気がしてきた。」
「流石司羽ね。やっぱり素敵よ、司羽のそういう所。」
「……あのー……!!」
再び、会話を遮るような声が響いた。今度は先程とは違い、少し大きめだ。声を上げたマジシャンの子も、ほんの少し涙目になって顔を赤くしている。……一体何故、そんな顔をしているのだろうか?
「「………?」」
「………いえ……話……終わりましたか?」
「……ああ、そうだったな。」
「ええ、忘れてたわ。」
「………ええぇっ……。」
何にせよ、お昼ご飯はもう少し先でいいだろう。二人の意見も一致しているようだし、取り敢えずの方針は決まった。
「ミシュ、良いよな?」
「ええ、構わないわ。ふふっ、司羽が手を貸してくれるなんて幸運な人達ね。」
「………あー……はい、アリガトウゴザイマス……?」
なんだか疲れた様な顔で頭を下げたその女の子の心の叫びは、その場に居た司羽とミシュナ以外の者達の心に響き渡った。口に出さなくとも、間違いなく皆の心は一つになっていたに違いない。
面倒くさいバカップルだな……と。