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異世界と絆な黙示録  作者: 八神
第六章~生命よりも、作法よりも~
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第97話:願っていた今日が来て

「……もうっ、本当にデリカシーないんだから。」


「ぐっ……す、すまん、その、あれはルーンとの約束があってだな……。」


「……はぁっ…。」


 星読み祭4日目の朝、朝食を済ませ、二人で家を出た司羽とミシュナだったが、最初から二人の間には気不味い空気が流れていた。街に出るまでの長い森の道で、言い訳をする司羽をミシュナはジッとジト目で睨んでいたが、暫くそうした後で仕方がないとばかりに溜息をついた。


「分かってるわよ。でも私とのデートの前なのに、ルーンと行ってらっしゃいのキスって、ちょっとおかしいと思わない? これが私じゃなかったら一発殴られてるわよ?」


「いやー……本当にすまん。もう癖になってて……気がついたらしてた。」


「……完全にルーンに染まってるじゃない。お願いだから家でだけにしなさいよ? 外でし始めたら私も距離を置くからそのつもりで。」


「わ、分かった。それに俺だって一応分別はある。外ではあんな事はしないよ、恥ずかしいし。」


「本当かしら…? なんだか最近の司羽ってルーンがおねだりしたら何処でも始めちゃいそうなくらいルーンに甘々なんですけど?」


「……ソンナコトナイダロウ?」


「なんでカタコトなのよ……。」


 どうやら、もう既に何度か前科があるらしいとミシュナも察した。誤魔化すのが下手と言うか、誤魔化す気がないのかも知れないがバレバレである。実際司羽がここで隠しても、ルーンに聞けば嬉々としてその時の事を語りだすだろうし、ミシュナに対しては無駄な足掻きになるに決まっているのだが。


「ま、いいわ、今回は許してあげる。二人の仲が良いのは私だって嬉しいもの。」


「え、そうなのか? ……確かに、身内が仲悪いよりは良い方が良いとは思うけど、ミシュからそんな風に言われるのって、なんか新鮮だな。正直、俺とルーンには霹靂してると思ってた。」


「そりゃあ、たまにはね。いつでもどこでもベタベタくっついてるし、食事は毎回食べさせ合うし、出掛ける時と帰って来た時には必ずキスするし、最近のルーンに至っては私達の前で発情するし……。」


「……すいません、自重します、させます。」


「別にもう慣れたから良いわよ。ユーリアさんに至っては、いつルーンが身重になっても良いようにって今から心構えも支度もしてるくらいだし。」


「マジかよ……感謝しておいた方がいいんだろうか。それとも突っ込むべきなんだろうか。」


「感謝しておきなさい。実際、そういう可能性はあるんだから。いつ何が起こっても、ちゃんと対応出来るようにしておくのが大人よ?」


「……はい、肝に銘じます……。」


 正論で痛いところを突かれては司羽も素直に謝るしかなかった。事実としてミシュナには感謝してもしきれない程に助けてもらっているし、『責任』と言う事を考えた時に、やはり男がちゃんとしていないといけないと司羽も思う。ミシュナやユーリア達が用意をしてくれるのは心強いが、ただそれに甘えてはいけない。


「……はい、じゃあ、お説教はこれでおしまいっ!!」


「んっ、もう良いのか? なんだか…やけにあっさりって言うか。」


「なーに? まだ怒られたりないの?」


「い、いや、もう結構です、はい。」


「今日はデートだって言ってるじゃない。ルーンの話してたら、司羽がいつまで経っても私を見てくれないでしょ?」


「えっ……あ、ああ、それもそうか。」


「………もうっ…。」


 『デート』の一言に対してなんだか反応の鈍い司羽に、ミシュナは分かっては居ても溜息をついてしまう。……でも、それがなんだと言うのだ。


「本当、女心が分かってないわね。ちゃんとエスコートして欲しいんだけど?」


「……そうだな、うーん……エスコートか……。」


「……ちょっと、貴方まさか、ルーンとのデートの時に手も繋がないわけ?」


「あっ、そうか。そういうのをすればいいのか。いや、いつも大体ルーンからくっついて来るし、行く場所もルーンが決めてるからな。」


「えぇっ……それは男としてどうなのよ……。」


「しょ、しょうがないだろ!! 俺だって恋人はルーンが初めてなんだ。こういうデートのルールなんて分からないんだよ!! ……悪かったな。」


「ふふっ、冗談よ。司羽がそういうの慣れてないって事くらい分かってるわよ。……だから。」


 自分の経験のなさに司羽はバツが悪そうにしたが、ミシュナはさして気にした様子もなく表情を和らげた。そして。


「……いつもよりちょっとだけ、分かりやすい女になってあげる。」


 そう言って、そっと司羽との距離を縮めると、さり気なく自分の左手を司羽の右手に触れ合わせた。


「……これなら、分かる?」


「あ、ああ……。」


「……じゃあ、早くして。私だって恥ずかしいわ。」


 そう言ったミシュナの表情は逸らされて見えなかったが、その横顔はほんのりと赤く染まっていた。……ここまでされたら、鈍い司羽にだって分かる。だから寂しげに触れてくるその左手を、出来るだけさり気なく、優しく握った。


「……っ……。」


「………えと、ミシュ……?」


「こ、こっち見ないでっ!! ……少しだけ時間を頂戴。」


「わ、分かった。」


 ……いつもであれば、このくらいの距離は何も問題ないはずだった。ミシュナが司羽をからかったり、司羽が酔ったミシュナを介抱したり、お互いに触れ合う機会は一緒に暮らしていれば何度だってある。それこそ、風呂場で偶然鉢合わせた事だってあるのだから。……だと言うのに、ミシュナだけでなく司羽もまた落ち着かない感覚を味わっていた。これは何故だろうか、ミシュナの赤い横顔を一瞬見てしまって、その動揺が伝わっているのか……。


 二人は無言で手を繋いだまま、少しだけ歩調を緩めた。お互いに気を遣い合っているのが分かって、何となく気恥ずかしい。


「…………。」


「…………。」


「……ねえ、司羽。」


「な、なんだ?」


「あのね。私、初めてのデートなの。一緒に男の人と遊びに出かけるのも、こうして手を繋ぐのも……全部初めてよ。」


 ミシュナはそう言うと足を止めた。司羽もそれに合わせて立ち止まり、そこで改めてミシュナの顔を正面から見る事が出来た。相変わらず頬が朱に染まり、僅かに潤んだ瞳が司羽を見上げている。……そこに居たのは、司羽の知らないミシュナだった。


「……嬉しい? 司羽だけなのよ、全部。」


「……あ、ああ、嬉しいよ……凄く。」


「……そう、よかった。私も、嬉しいわ。ずっと夢見ていたから。」


「ずっと? 夢見てたって……デートをか?」


「ええ、司羽とのデートを、ね。手を繋いで、一緒に歩いてみたかった。」


「……それは……。」


 それはあまりにも直球な返しだった。司羽に向けて、もう一切の躊躇はないと宣告するような発言。……正直な所、あの蒼き鷹の一件以前からも、ミシュナの気持ちの片鱗は司羽も感じていた。しかしルーンの存在から、司羽もミシュナもお互いに触れないでいようとしたデリケートな部分だったはずだ。少なくとも司羽はそう思っていた。


「そんなに驚くこと? 私、好きでもない男とデートなんて行かないわ。言ったでしょ、司羽だけよ。」


 拗ねたようなミシュナの声は甘く、甘える様な空気を含んでいた。いつもとは全然違う声、態度、表情、目の前に居るのは本当にミシュナなのだろうかと司羽が自問してしまう程に今日のミシュナは蠱惑的だった。甘く甘く、司羽を揺さぶろうとしてくる。


「……か、からかうな。そんな顔で言われたら本気にするぞ。半年前とはお互いに違うだろう。」


「そう、まだ本気だと思われてないのね。でも今日は駄目よ。デートが始まる前に、ちゃんと知っていて欲しいの。」


「…………。」


 司羽は困惑していた。数日前……ほんの少し前まではミシュナはこんな事を言ったりしなかった。好意は感じても、本気で言葉にするような事はしなかった筈だ。それはミシュナも今の関係を心地よく思っていて、一種の擬似家族として、これからも一緒に居たいと感じているからだと、司羽は思っていた。


 なのに一体、この数日間で何があったのか。


「もう、考え込まないで疑問に思ったら聞けばいいでしょ? なんでいきなり態度を変えたのかって。司羽だって、何も気付いてなかった訳じゃないんでしょ? 私の事、特別扱いしてくれてるもの。」


「……聞けばいいって、簡単に言うな。俺だってこういう事には疎いと言っても、それなりに勘は鋭いんだ。特に視線なんかは直ぐに分かる。……だから、もしかしたらって思ってたよ。」


「私が司羽の事、好きだって?」


「うっ……ああ、そうだよ。ただの自意識過剰だろうと思ってたけどな。」


 今日のミシュナは、ぐいぐい来る。まだデートに出かけたばかりだと言うのに、司羽は完全にミシュナの掌の上に居るような感覚だった。……これで本当にリードが出来るのだろうかと不安になる。


「……じゃあ聞くけど、何があったんだ?」


「簡単な話よ。昨日ルーンと話して、喧嘩して、お互いの気持ちがちゃんと分かったの。そこで私の情けない誤解も解けたわ。だからもう遠慮しないって決めたの。それだけの事よ。」


「……そう、か。」


 そのミシュナの言葉だけでは昨日の事を細部に至るまで知ることは出来ない。だがミシュナの晴れやかで、何処か自信に満ちたその笑顔は、司羽を納得させるのには充分だった。司羽の感じていた感情は自意識過剰などではなかったらしい。


「…………。」


「私ね、司羽が何を考えてるのかちゃんと分かってるわ。私の気持ちは受け入れられないって思ってる。だって、ルーンが居るもの。そうでしょ?」


「……ああ。ルーンもどうやら本当に一夫多妻に賛成みたいだけど、俺にはそれは出来ない。俺は、裏切ることは出来ない。」


「ええ、そうでしょうね。ちゃんと分かってるわ。愛している人の事ですもの。」


「だったら……。」


「……ふふっ。」


 今日この日も、無意味なんじゃないか? そんな事を司羽が思った時、ミシュナはクスリと微笑んだ。本当に司羽の考えていることが分かっている様なタイミングだった。だがミシュナは、悲しむでもなく、怒るでもなく、逆に表情を綻ばせる。


「本当に変わってないわ。分かっていたけどね。」


「………?」


「さってと、私の気持ちも知ってもらったし、これでちゃんとデート出来るわね。」


「え? ……そう言うものなの……か?」


「そういうものよ。言ったでしょ、始まる前に知っていて欲しいって。何も知られないままデートしても、ただ遊びに行くのと変わらないもの。」


「……あ、ああ。」


 司羽はミシュナの言葉に逆に混乱していた。本当に気持ちを伝えただけで、ミシュナはそれ以上、司羽に何かを求めるような事はしない。更に言えば、明確に付き合えないと言っているにも関わらず落ち込む様子もない。普通は、もっと違う態度になるのではないだろうか。デートを始める前に振られているにも等しいと司羽には感じられるのだが。


「ねえ、司羽。」


「な、なんだっ?」


「……えいっ!」


「……!?」


 ミシュナの小さな掛け声と共に、司羽と繋いだ方の手が少し引っ張られ、暖かく柔らかい感触が司羽の腕を包み込む。ミシュナの方から手を繋ぐだけじゃなく腕組みまでしてくるとは思っていなかったので、ミシュナの意図について悩んでいた司羽は不意を突かれて動揺した。


「どうかしら? こっちの方がデートらしいわよね?」


「……う、それはそうかも知れないけど……さっきまで手を握っただけで照れてたのに。」


「あ、あれは心の準備が出来てなかっただけよ!! それに、してもらうのと自分からするのじゃ全然違うのっ!!」


「そ、そうなのか。」 


 どうやらそこには乙女の感性からするととても大きな違いがあった様で、司羽はミシュナの剣幕に押され気味になった。……結局、それによって司羽はそれ以上ミシュナの想いについて深く聞く事が出来なくなってしまった。


「ふふっ、ねえ司羽? 私に抱きつかれて、どんな気持ち? もっと強く押し付けてあげましょうか?」


「……ノーコメントだ。」


「照れなくてもいいのに。司羽の為に薄着にしてきたのよ? まあ、今日一日堪能させてあげるから、たっぷり楽しんでいいわよ? 今日は私の全力で司羽を惚れされてあげるって決めてるから。」


「ほ、惚れされるって……。」


 ミシュナの言葉通りに、ミシュナが抱いた司羽の腕にミシュナの体温と感触が伝わってきた。普段から一緒に居るとはいえ、最近はこういったスキンシップはしていなかったので、司羽は久しぶり過ぎる感触にドギマギしてしまう。

 しかし、それはどうやら司羽だけではないようだった。


「お、おい、あんまり無理するな。顔赤いぞ。」


「なっ!? しょ、しょうがないでしょ!! 今まで冗談でした事はあったけど……今日は、意識しちゃうんだもの……。」


「っ……そうか。」


「……私のする事全部、司羽の為なんだからね? ……だから、そういうのには突っ込まなくていいのっ。」


「……あ、ああ、分かった。」


 そんな事を、真っ赤な顔で上目遣いに言われたら司羽も何も言い返せなくなってしまう。普段触れることのなかったミシュナの女の子としての一面は、新鮮な上に、やはり強烈に魅力的だ。……ただでさえルーンに並び立つほどのルックスの持ち主だと言うのに、いきなり意識させられるのは反則だと思う。


「司羽、ほら、早く行きましょ? 星読み祭は4日目が本番だって、凄い混み方なんだから!!」


「ああそうか、それもそうだな。折角早めに出てきたんだし、目一杯楽しむか。」


「そういうこと。……いっぱい混むから……手、放さないでね?」


「お、おう……また唐突にそういうことを……。」


「良いでしょ? 今日はお祭りだけじゃなくて、ちゃんと私の事も見てもらうから。」


 そういったミシュナの顔はやはり赤かくて、司羽と視線が合うと耐え切れずに逸らしてしまう様な状態だったが、それでも手と腕を強く抱きしめてくるのは止めなかった。二人の間に僅かな沈黙が流れても、祭囃子の音が聞こえてきても、ミシュナの感触と香りがそんな些細な事を思考の外へと追いやってくる様な感覚だ。


「あら、お祭りの音、するわね。この音がこんなに楽しく聴こえてくるの、私初めてだわ。」


「………そうか。」


「……ええ、全部、司羽のお陰ね。」


 司羽がそんなぶっきらぼうな応えしか返せなくても、ミシュナは幸せそうにそう言って微笑む。本当に、本当に待ち遠しかった今日にやっと出会えたと、二人で手を繋いで、腕を組んで歩く先を眩しそうに見つめていた。




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