第9話:手掛かり
「やだやだやだやだぁっ!! 司羽も一緒の班が良い!!」
「大声を出すな、子供かお前は……。」
駄々を捏ねるルーンに溜息混じりで苦笑する。ちなみにルーンの班には他にもリアにミシュがいるので、別の意味でも入る訳にはいかないんだなーこれが。いや、ルーンなら良いってのはまるでないんだけどね? 十分過ぎるくらいに美少女だし。俺も色々とある年頃なのでね。別に自分自身がそこまで最低男であるとは思っていないが。
「だって私まだ十五歳だもん、子供でいいもん……。」
「行動班は一緒なんだしいいだろ、別に。」
正直好かれて悪い気はしないが、一応家じゃないし、公衆の面前だし、家で誰もいなければ良いわけではないけどな?
『私は構いませんよ? 司羽さんなら大丈夫だと思いますし。』
「私も。あんな物見た後じゃちょっと不安だけど、別にいいわよ。……寧ろ楽しそうだし。」
いや、そこでOK貰っても困るんですが……というかミシュに関しては本音駄々漏れだな。ルーンのお願いを聞いたら精神攻撃まで確定されたぞ。
「ねぇねぇ司羽。二人もこう言ってるんだし……。」
そんな懇願されても……困る。既に決まった周りの班からも好奇の視線を感じるし。よし、やっぱりダメだ。今了承しようものなら一発で在らぬ噂が立つからな。それに俺が来る前は普通に寝てたんだし、一人だと寂しくて発狂するようなとんでも設定もルーンにはないだろ。そもそも一人って訳じゃないし。
「うん。やっぱり、俺は一人……。」
「私、司羽が一緒にいてくれないと寝れないよ……。」
ザワッ!?
その瞬間、司羽の声が遮られて一瞬の沈黙……そして………。
「つ、司羽君っ、もしかして本当にっ!?」
「嗚呼神様、私にも素敵な彼氏を……。」
「何かあるのは分かってましたけどもうそこまで……いやん♪ 宿泊が楽しみですわ♪」
『司羽さん、ルーンをお願いします。』
教室に不穏当な発言が飛び交う。もう先生も止める気は皆無な様でルーンにボイスレコーダーを持って詰め寄っている。ああ、止めるのももう面倒だ。
「司羽、貴方も苦労するわね?」
「ミシュ……分かってくれるのか。」
「避妊は大事よ。」
「ミリク先生みたいな事言うな………っていうかお前も楽しんでるだろ!?」
数分後、騒ぎが弱まった際に司羽は皆の誤解を解いてからルーンを30分かけて説得し、結局就寝は個別に行う事になった。ミリクやミシュナは不満そうだったが。
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「それにしてもルーンの奴にも困ったな……。毎回こんなんじゃ周りの眼が恥ずかしくてかなわない……。」
俺はそういって嘆息。ルーンは言っても聞かないし、ミシュは面白そうにしてるだけだし、先生の方はというと、シノハ先生はそういう話は駄目らしく何も言わない上、ミリク先生に関しては煽って来る始末だ。溜息もつきたくなるってものさ。
「まぁ良いじゃないか。司羽だって好意を寄せられて嫌なわけじゃないのだろう?」
現在ムーシェと学院内の喫茶店で昼食をとっている。まぁ、確かに嫌なわけはないんだけどな。まだ黄色い悲鳴をあげる人はいいんだけど、中には別のクラスの男子だが嫉妬の視線を送ってくる奴がいるしな。
「それが何か問題なのかい? 司羽の想像通り、あれでいて人気は高いぞ? 彼女は。そんな子を噂が立つなら構わないだろう?」
「問題なのかって……大問題なんだよ、俺としてはな。」
まぁ司羽から見てもルーンはかなり美少女な部類に入るから人気は出るだろうとは思っていたが、何と言うか、男の友人がまるで出来ないのは問題だろう。実際今のところ男の友人と呼べるのはムーシェだけなのだ。
「大体、ルーンと俺はそんな風に意識し合ってない。好意だって、もう家族見たいなもんだからそういう好意だ。勘ぐり過ぎなんだよ、面白半分にな。」
「ふぅん、家族ね……。そう言えば、司羽が来た場所を聞いてなかったな。僕はここの街で育ったんだけど。………ねぇ、司羽はどうなのかな? 故郷や家族は?」
ムーシェが思い出した様に言った。家族……思い出すのは父親の顔だ。別に俺の周りに人が集まらなかったのは父親のせいだけじゃない。学校を休学して海外に飛ばされたりしたのは確かに大きく関係してるんだろうが、中学に入ってからはそれもなくなった。親父なりに気を使った面もあったのかもしれない。だが憎まずにはいられなかった父親の顔。今はどうしているのだろうか……。
まぁホームシックはここまでにして、どうしたものか? 上手く誤魔化してもいいんだが。
「家族に故郷か………そうだな……別に隠し続けても実際仕方ないし、何よりマスターだけに任せるのもな……。」
あまり言い触らしても向こうにいた時の様に奇異の視線を向けられるだけだが、ムーシェになら大丈夫だろう。それなりに親しくしてくれてるし、Aクラスならかなり魔法にも詳しいだろう。下手に先生に聞いてどこかに勝手に話されるよりも友人の方が安心だ。
「……実はなムーシェ、真剣な話だから真面目に聞いてほしいんだが………俺は、このエーラで育ったんじゃないんだ。魔法のない星で育ったんだよ。親も、そっちにいる。」
「…………はい? 司羽? 何の冗談だい? 真面目な話じゃないのかい?」
いやまぁ、そうなるだろうね普通は……。俺でもまず病院に連れて行くだろうしな。
「冗談でも何でもないんだよ。俺はこのエーラに来たばかり……いや、連れて来られたばかりだ。ついこの前、数日前に。」
「…………君は魔法の無い星と言ったが………つまり、星間移動をした……と?」
ムーシェは俺の眼をジーっと見た。まぁ、これを信じてもらえない事には次にいけないし、信じてもらうしかないな。
「嘘……は、ついてないみたいだね?」
「おお、本気の話だ。」
俺がそう言って水を飲み干すと、ムーシェは何か考える様に唸った。
「本当だとしたら凄いな……でも、誰にどうやって連れて来られたんだい? 気になるな。」
「んー、多分魔法で来たんだと思うんだが……。」
本当にアイツ、名前も教えてくれなかったし、どうやって捜せって言うんだよ……。うん、やっぱりマスター一人に任せるのは無理がありすぎたな。
「……どうしたんだい?」
「いや、すまん。誰だか名前は分からない。ただ、銀髪のロングヘアーで十四歳から俺くらいだと思う。んで、俺はそいつを探し出さないといけない。」
本当にこれぐらいしか分からないからな。
「その年齢はまだ魔力が強くなる時期なのに……それなのに星間移動を……? しかも自分でなくて他人を魔法で送るなんて……いや、でも……。」
ムーシェがブツブツと何かを呟く。うん、何だか好感触の予感がするぞ。……あー、何だかんだで魔法に関しちゃ本当に周りに頼り切りだな。
「どうした? 心当たりでもあるのか?」
俺が苦笑しながら聞く。まぁいくらなんでも、あれだけの情報で分かるわけ……。
「なるほど。いや、誰がやったかは分からない……けど、手掛かりならある。」
「…………は?」
今度はこっちが間の抜けた声をあげる番だった。予想外過ぎて一瞬理解が遅れたが、本当に手掛かりがあるならこれは初めての手掛かりって事になる。それをムーシェが知っている。これは話して正解だったかもしれない。
「ほ、本当か!?」
「ああ。かなり有用な情報だと言う自身があるよ。」
ムーシェがニヤリと笑みを深めた。そこから見て取れる様にかなり自信があるみたいだな。
「ハッキリ言って、そんな大層な魔法は普通は使えないんだ。無理だね、不可能だ。まさに神の奇跡だね。だからこそ見つけられるのさ、その魔法使いをね。」
「……えっと……どういう事だ?」
実際に使えているから困っているんだがな……。まぁ、凄い魔法だって事はなんとなくわかるけど。使用された以上不可能ってことはない筈だ。そこから見つけるってのはつまり………。
「あー、説明が長くなるけど聞いてくれ、つまりだね………。」
ムーシェは頭の中で知識を整理しながら言った。
「普通は不可能なくらいの魔法を使うって事は、人間の本来使える以上の魔力量や技術が必要だ。そしてこの世界にはそれをサポートする要因がある。つまりその様々な要因からその魔法使いを絞る事が出来るんだ。先ずは地形だね、エーラには魔法を使うのに有利な地形が存在するんだ。一つは、長年魔法を使い続けて来た場所、もしくはその地形自体が魔法的な効果を持っている場所だ。理由は魔法を受け入れやすい土地になるからなんだがね。」
「なるほど、あの森に落とされたのにも理由があったのか……。」
司羽がそう言って納得すると、ムーシェは森になんて落とされて大変だったね、と同情し、話を続けた。
「他にもあるよ。人の身体と魔力もその地に馴染むし、その逆もまたある。つまりこの辺りに落ちたなら、この辺りに住んでる人間って線が高いね。」
……おお、何だか見つかりそうな気がして来たな……。最悪しらみ潰しにやれば見付かるかも知れない。
「後は司羽の言ってた事を総合すると、『この辺りに住んでて、十四から少し上くらいの、銀髪のロングヘアー』って事になる。」
「へぇ、かなり絞れてるじゃねぇか……。」
もう今直ぐにでも見つかりそうな気がして来たな。いや、気が早いのは分かるが、いきなりこれだけ絞れたのだ、かなり見付かる可能性は上がった。後気になるのは……。
「それで、さっき言ってた、星間移動が無理ってのはなんだ? 魔力とかが関係してるのか?」
「ああ、それはね。他人を星間移動させる所か自分自身の短距離テレポート自体も魔法では不可能だとされてるからだよ。」
「……不可能って言われても……。事実やられてるんだぞ?」
それを言われてしまったら俺がされた事自体が矛盾してしまうしな。
「テレポートに関しては理論的にはまぁ……条件が提示されている。そうだな、司羽は……例えば、違う何かに、まぁこの場合は魔法なんだが、それに集中した状態で、こっちに転移する前の場所でそこにいた自分自身をイメージした上で、転移した場所に居る自分を完全にイメージする事が出来るかい?」
「それは……無理だな。確実に人間の脳の容量を越えてるし。今言った三つとも集中を必要とする物だしな。自身の把握に関しては、今いる場所の自分だけならいけるかも知れないけど、転移先の自分と周りを全て把握なんて出来ない。それを別の事をしながら二カ所同時なんて確かに不可能だ。」
「……一箇所の自分を全部掴める司羽のそれだけでも、僕は十分にとんでも能力だと思うけどね。まぁ、正直これが出来ても恐らく無理だと言われてるんだけどね。意識だけ飛ばされたりするって予想が立てられてるし。」
一応その場自分なら読み取るのは俺にとってそこまで難解な事じゃない、つまり自分を世界の一部とする様な意識を持った後、自分の意識と体を正確に感じ取ればいい。しかし、それは恐らく別の事をしながらでは無理だろう。さらに言えばそこに居ないはずの場所と、そこに存在する自分を客観的かつ正確に知覚するのはそれだけでも無理だと断言出来る。
「成る程な、つまりテレポート以外の方法で連れて来られたのか。」
「ああ、テレポートは何か別の場所に無理矢理入るって事だからね。世界の理と言う言葉があるが、これに違反する事は出来ないと言われている。まぁ、その世界の理がなんなのか、全体が全く掴めていないんだけどね? それでも記憶を植え付けたりとか、相手の意思を奪う事は出来ないとされているんだ。でも、世界の理を信じていない人は、心周辺の魔力は無意識に近づくほど強く、人の意識で操る魔力ではとうてい他人や自分の心、無意識と繋がる意識に近づく事は出来ないからだって言う人もいる。他にも、記憶を植え付けるには相手の記憶を全て把握しなくちゃいけないし、操作するには相手の体と意思を把握する必要がある、とかね? そんな感じで、人間には到底無理な障害があるんだ。 っと、長くなってしまったけど結論を言うなら、世界の理を侵す事なく、司羽の身体の自由も奪う必要がない魔法。つまりは『召喚』されたんだよ、司羽は。まぁ、これも正直凄い魔法なんだけどね。」
「召喚……。」
「ああ、これなら可能だ。テレポートと違って身体のある空間自体を直接入れ替えるわけじゃないから転移先にある物の存在を侵す事がないし。道を創ってそこを移動させるってだけで、歩いて移動するのと概念はあまり変わらない。普通はワープホールに使ったりするんだけど、別の空間を作ってその中を移動するんだよ。まぁ、一緒だと言ってしまえば結果は同じ様な物なのだが、こちらは緻密な思考がいらないんだよね。相手や物の場所を想像する必要がないからね。それどころか相手すら想像する必要がない召喚もある。やり方としては、まず『自分が考えた場所』を何でもいいから創造する。一応空間に空間を織り込んでいるから、これを維持するのが一番大変だし、途中で集中が切れると次元の狭間に放置される様な危険な魔法だけど、無理と言うわけじゃないよ。自分の魔力で自分の一番想像しやすい場所を創れば良い。勿論さっきも言った様な自分の得意とする場でね? 後は簡単さ、相手を問わないなら空間の入口を開けて中に入って、適当な場所に出口を作ればいい。海の底とか火の中かも知れないけど何処かには繋がるからね。後は……。」
ムーシェは言葉を区切って息をついた。長く話しすぎて少し疲れたのかも知れないが、なんとなくは理解出来た。それと恐らく、テレポートではなく召喚だと言うところにも重要な部分があるのだろう。
「後はなんだ、ムーシェ。」
「後は……相手を指定する時は、召喚者とされる者の間に繋がりや想いの同調があると召喚されやすい。これについては全く分かっていないが、そもそも魔法は心の力だとされるからかも知れない。例えばお互い愛し合っていたり、使い魔と使役者としての相性が抜群だったり、同じトラウマを持っていたり。後は相手を自分の作った空間まで呼び寄せ、司羽の様に入口から出れば、道を通り抜けた事になり召喚は成功する。テレポートと違って、狙った者を召喚出来る確実性にかなり欠けるが、これは今の魔法技術では唯一星間移動が出来る魔法だ。そしてこれは専門に勉強していないと構築が危険過ぎて出来ない。魔力もかなりの量がいる。つまりは先程の情報に、召喚技術と強大な魔力を持ち、司羽と何かしら同調する物を持った人間と言う手掛かりが新たに加わる。」
「……成る程な、それは大した手掛かりかもしれない。」
するとかなり明確な人物像が出来る。銀髪で少女の様な外見に加え、この近くに住み。強大な魔力と技術を保持し、さらに俺と何かしら通じ合う物を持っている人物。これだけ絞れれば探すのも容易だろうな。この街がいくら広いと言っても限界はあるのだから。
「……ただ、問題があるとすれば……。」
「……なんだ?」
「……僕達くらいの年齢の魔法使いは全てこの学院に編入されているんだが、銀髪の者は一人もいないんだ。さらに言うなら、召喚が出来る程の技術と魔力を持つ者は学院に入っている様な年齢の者には一人もいない。技術だけならば幼い頃から才能があり、密かに練習していたならばいるかも知れないが、魔力に関しては絶対にいないと断言出来る。首席のルーン嬢レベルが全力で魔力を使ってギリギリだろうね。そもそもそんな魔力の持ち主がいたらこの辺りに住んでいなくても学院側がとっくにスカウトしてるだろう。」
「それじゃあまるで意味ないじゃないかっ!?」
それはつまり、今までのムーシェの推理が間違っているという事だ。全く、長々と話していたからかなり期待しちまったじゃねぇかよ……。
「いや、それについてはまだ不確定要素があるのだよ……。」
「不確定要素……? もしかして、髪を染めてるとかか? それは俺も考えたんだが、そもそも見付かる場所にいるとか最初に宣言して自分に縛りを掛けてる奴がそんな事するかね? ……まぁ、名前も何も教えてくれないのはかなり意地が悪いと思うけど。」
「同感だね。僕もなんでわざわざこんなゲームみたいな事してるのかは興味あるよ。目的も分からないし、条件の付け方も意味不明だよ。司羽を呼ぶのが目的なら、変な条件付けないで普通に姿を消せばいいってのに。まるで司羽に見付からない物を探してくれって言ってるみたいだ。ただの愉快犯だとしたら尚更自分の特徴を掻き消す様な事はしないだろうね。向こうは司羽に探すのを諦めないでいい、見付かるかもしれない最低限の手掛かりを残している気がする。見つかりたくないけど、探してほしい様な……。まぁ、僕が言う不確定要素はそれじゃないんだけど。」
まぁ、取り敢えず聞くとしよう。俺も折角ここまでそれっぽい手掛かりが揃ったのを無下にしたくない。
「一人いるんだよ。現状十五歳程度だと思われる人間で謎の人物がね。………司羽も知ってるだろう? 君の同居人の親友さ。」
「謎の人物でルーンの親友………まさか、リア!?」
俺が思い出したのは、親友のルーンにも姿を見せない謎の人物、リアだった。
「御名答。だが確認をせずにそうだと言うのもな……。確かにルーン嬢並の魔力がある様だし、魔法の技術もかなりの物と聞いたが、何せ銀髪の人自体が珍しいからあの子がそうだとは断言出来ないし、あの子が召喚したとしても理由がないからな。」
確かにムーシェの言う通りだ。だが、リア以外には今のところ考えられないし。駄目なら駄目でまた同じ所に戻るだけだ。調べる価値はある。
「……そうだな。司羽、課外学習が近いし、そこで何か手をうって見ようか?」
「うーん、そうだな。確かに課外学習は調度良いかもしれないな。」
俺とムーシェは顔を見合わせて、うんうんと頷きあった。周りから見るとかなり変な光景であったが、二人はあまり気にしていない。二人は取り合えず、課外学習でリアを調査する手順を相談するのであった。