プロローグ:世界が変わった時の話
初めまして、こんにちは、お久しぶりです。『異世界隠れんぼ』のリメイク版+続きになります。隠れんぼからもう数年経ってしまったので修正を含めて書き直しますので既読だった方は申し訳ありません。初めましてな方も久しぶりな方も、是非、空いた時間にでも見てくれれば幸いです。
それでは、ごゆるりと。
「この世界で私を見つけ出して、私の事を認識した上で名前を呼ぶ事。それが貴方の勝利条件。どう、分かったかしら?」
夢か現実かも判らないような真っ白い空間の中で、目の前に突如現れた長く美しい白銀髪の美少女は、にこりと笑ってそう告げた。それはあまりにも、突然の出逢いだった。
「は、はぁっ……? な、何だいきなり。それより、さっきの子供は……?」
「子供、何の事? ……まあ良いわ。心配しないでも、ちゃんと貴方が見つけられる範囲にいるから安心して。それじゃあ、後は適当に頑張ってね!」
「は? お、おいっ!!」
少年が動揺するのも気にせずに、少女は少年の声を無視して、目の前から突如姿を消した。そして、何も分からない状態の少年一人がその場に残される。
「冗談、だよな……?」
呆然としたまま少年が周辺を見ると、今度は突然見た事のない木が生えていて、見た事のない木の実が落ちている。そんな光景が広がっていた。
今少年が分かる事と言えば、ここは確実に少年が元居た世界ではないと言う事と、ここが森なのだろうと言う事くらいだ。
「はぁっ。どうするかなぁ、これから……。」
森の中で少年は、自分が何故こうなったのかを整理する様に、今に至る事を思い出し始めた。
この少年の運命の歯車を、絶対的に狂わせる出来事が起きたのは、体感で今より三十分程前の事になる。
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「はあっ、かったりぃ事になったなぁ。」
溜息を吐いている黒よりも赤みが強い瞳を持った一人の少年、『萩野 司羽』は、地元に掛かる橋から川を見下ろしながら、そう独り言を漏らしていた。
「非公式とは言え、流石に父さんに勝っちまったのは不味いよなぁ……暫くは道場にも戻れないか。」
司羽の父の誠は『萩野流武闘術』の七代目師範、実質上の頂点である。
その萩野流というのは、分家を海外にまで進出させる程の名のある武道の一つだ。それがここまで広まった理由は、戦争の様な銃弾飛び交う戦闘でも難無く使える強さに有る。『気』と言う今まで不確かであった存在を利用したその武術は、ありとあらゆる方面でその圧倒的な汎用性と強さを知らしめていた。
……まあ、今はそれはいいのだ。当面の問題は、その武術を最も使いこなせている筈の人間を、その息子、つまり司羽が萩野流を使わずに難無く倒してしまった所にある。何故そんな事になったのか、理由は簡単な事である。ただ一人の息子である司羽が萩野流の八代目となる事を拒否した、それが元でケンカになり、
「どうしても継ぎたく無ければ俺を倒してみろ!!」
と言うので、本当に倒してやったまで。代々の技である萩野流を使わずに、割りとあっさりと。だが、どうやらそれが不味かったらしい。
「萩野流でなくても良いから、俺に自己流武術の師範になれなんて……あの戦闘狂め。門下生の見てる前でケンカしたのは俺の責任でもあるけど、押し付けは止めろよな。」
今さっきの事だから、まだ完全には伝わっていないだろうが、それも時間の問題だろう。萩野流は現在世界最強を誇る武術である。その崩落は直ぐに世界中に伝わり、外国に何らかの優位を欲する政府から圧力をかけられて、司羽の青春の自由は終わりだ。……さて、何処へ逃げようか。
「はぁ、しかしなぁ、ただでさえ父さんの息子ってだけで周りから避けられるのに、これ以上かよ……。」
父である誠はこの町の英雄的存在で、その息子と言うだけで周りからは期待と嫉妬の視線を向けられる。更に司羽は長身で顔立ちが良く、母親からの遺伝である意思の強そうな紅い目と艶がある黒髪を持っている。しかし、これだけモテそうな要素が揃うと逆効果で、学校でも皆からは常に外れて生活する事になっていた。
司羽自身が海外での生活が長い為、旧友と呼べる存在がいないのも司羽を孤独にしているのだが、今更それをどうにか出来る訳でもない。
そして今の問題は、それがこれから更に酷くなるかも知れないと言うことだ。致命的な程に。
「俺は一体どうしたら良いんだろうな。いや、それどころか、どっかにいる神様とやらは俺に選択権を残してくれているんだろうか……。」
そんな事を呟きながら、ふぅっと自嘲している様にも聞こえる溜息をついて、司羽は橋の下を何の気なしに見た。
……するとどうした事だろう。年端もいかない幼い少女が、崩れかけの段ボールの様な箱にに入って、ドンブラコドンブラコと上流から流れてくるでは……ない……か……?
「えっ…………おい、ちょっと待て………冗談だろ!?」
それを見て、司羽は直ぐに橋の上から少女を救出すべく飛び降りた。ここの川はそんなに深くない筈とか、流れもそんなに早くない筈だとかを考えるくらいの余裕はあったが、実際その時の司羽は気が動転していて、その時の事はよく覚えていない。
………だが、見間違いだろうか? 司羽には、その少女が優しく、そっと微笑んだ、そんな気がした。
そして次の瞬間、世界は光に包まれた。
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「まったく、貴方寝過ぎよ? 起きなさい、ネボスケさん。」
パチンッ
「……っ……な、なんだ?」
誰かに頭をデコピンされた様な感触と共に、司羽は目を覚ました。どうやらいつの間にか気絶していたらしい。橋から飛び降りて……その後からの記憶がなかった。
「……何が起こった……君は?」
司羽は辺りを警戒する様に見渡しながら起き上がり、デコピンをして来た少女へと取り敢えず質問をする。
少女の外見は十四、五歳程度だろうか。白銀の髪は腰に届く程長く、その色素の無い大きな瞳は宝石の様だった。まだあどけなさの残る容姿には、僅かな大人っぽさが同居している。幼い少女であるようで、確かな力強さがそこに存在していた。
「うーん、普通ならそうじゃなくて、自分が何でこんな所に? とか、俺に何をしたっ!! とか言って狂い出すんじゃないの? いや、私もそんなの見たくないけど。」
「……………。」
「……何をジロジロ見てるの? 私、そんなにおかしいかな?」
そう言って少女は真っ白いワンピースをチェックし始める。どうやら司羽が固まっているのが、自分の格好がおかしいからだと思ったらしい。
「ああいや、ごめん、気が動転しててね。別に格好は変じゃないよ。……ところで、君はいくつ? 見た所、十四、五歳に見えるけど。」
司羽は少女の仕草に我に返ると、少女の思考を訂正してから、取り敢えず彼女の年齢を聞いてみた。もっと先に聞く事がある筈なのだが、なんとなくまだ落ち着いてないのだろう。何かしら、会話がしたかった。
「ああ、貴方とそう変わらないと思うわ。十五だもの。貴方は?」
「十七だ。成る程、見た目と年齢は一致してそうだな。」
「……変な人……変に落ち着いてる。」
「そうでもないさ。会話をして落ち着こうとしてるだけだよ。」
「…………。」
少女の事を聞いた後に少女に聞き返されて、司羽は同じ様に年齢を話した。
しかしその会話で、やっと自分が落ち着いていると判断出来た司羽は、周りを見回して、一層真面目な表情になった。
今この場には自分と少女しか居なかった。更に言うなら、他には『何もない』。
「……俺をここまで連れて来たのは君だろう? 俺をどうする気なんだ、君は誰で何者だ。ここは何処だ。答えろ。」
どうやら今自分が、『自分の理解の範疇を超えた場所』にいるらしいと分かった司羽は、淡々と質問の嵐を少女に投げ掛けた。すると少女は、その反応にクスッと笑って答えた。
「ここはエーラと呼ばれる世界……の、狭間の世界かな。エーラは貴方のいた世界とは随分違うけど、それでも物質構成とかはかなり酷似している筈よ。」
「……エーラ……それで、君は?」
「私の事は教えてあげない、難易度を上げる為だもの。簡単過ぎちゃ困るわ。」
「……難易度? ゲームでもするのか?」
「大正解。そして、あなたをここに連れて来た理由だけど……。」
と、そこまで言ってから少女は少し悩むように間をおいて、やがて笑顔で言い放った。
「これも教えてあげない。だってゲームには必要ないでしょう? ただ、私は貴方をこっちに無理矢理呼んだ代わりに、貴方の願いを一つ叶えてあげようと思ってる。但しこれは、私にゲームで勝てればだけど。」
「ゲーム……いや、ちょっと待て、俺は別に……。」
「貴方に拒否権はないよ? それじゃあ、楽しいゲームの内容だけど……。」
少女は楽しそうに、嬉しそうに笑い、強引に全てを進めていく。司羽はその少女の勝手な物言いに表情を顰めたが、なんとなく素直に聞くしかない様な、そんな気がした。
そしてこの司羽の全てを変える事となるゲームは、唐突に始まりを告げたのだった。