(1-3)バルルの記憶、又は黒歴史
7歳の時、バルルは1度だけ王都に行ったことがある。王に謁見している父を待っていたが、母とブティックに居続けることに飽きたため、1人で外に出た。広場の噴水を見たり、賑わう市場を見たり。そして気になった路地裏に行ってみたところ、1人の少年を見つけた。
野良犬だろうか、数頭の大きな犬に唸られて、動けなくなっている彼。金髪と青い瞳は、一瞬人形のように見えた。今にも噛みつかれそうなことを恐れているのか、青ざめた顔で涙を浮かべている。
バルルは直感で、助けなきゃと思ったらしい。野良犬に小石をぶつけておびき寄せて、スカートなんて気にせず高く飛び、少年の手を引き路地裏を走り回った。数分間の鬼ごっこの末、野良犬の視界から消えることに成功する。
「ふぃー、危なかったな!でも良かった。オレも急に野良犬なんかに絡まれたら、動けなくなるし。昔イタズラしまくって、逃げるのに慣れてて良かったぜ~!」
と前世の自分を諸に出した時、自分は今は男爵家の令嬢だったと思い出す。一応女の子っぽい見た目だというのに、ダラダラと汗を流し、服装も気にせず走り回り、さらには男口調で話してしまった。やべっ、と思い少年を見ると・・・フフッと微笑んでいた。
「ありがとう、僕を助けてくれて。城下町で遊んでたら、急に野良犬に絡まれちゃって・・・うぅ、迷惑かけちゃってゴメン」
さっきからずっと謝ってばかりの彼。どうやら、バルルの口調は気にしていないようだ。嫌な顔されないなら良いかと、バルルはそのまま話し続ける。
「いやいや!怪我が無くて本当に良かった~。あっ、オレはバルル!」
そう言った途端、無防備にグゥ~と鳴ったバルルのお腹。「バルル、お腹空いてるの?」と少年に連れられた出店で、とても美味しいパンを奢ってもらった。とにかく腹ペコだった彼女は、本能のままパンをムシャムシャ食べていく。
「旨ぇ!こんなにフカフカで甘いパン、オレ初めて食ったよ」
「本当?僕、このパン好きなんだ」
その後も本当に思うままに、沢山のことを話した。まぁ一方的にバルルが自分のことを話す展開だったが。「オレ、王都に来るの初めてでさ~」「にしても野良犬、怖かったな」「でも助けられて良かったぜ!」なんて色々言っていると、少年はふと呟く。
「エヘヘ・・・何でだろう。君といると、すっごく楽しい」
ふと少年が言ってくれた言葉に、バルルは一瞬ドキッとした。前世では、そんなこと言われたことなんて無い。同級生や友達からも、一緒にスポーツをした男子からも。
直接褒められるコトって、こんなに嬉しいんだ・・・。そんな夢見心地のバルルに次に聞こえたのは「ジェステル様!」と、眼鏡をかけた赤髪の女性。この人の身なりから侍女であるのだが、当時のバルルが知る由もない。
「こんなところにいたのですね。旦那様がお待ちですよ」
「ん?誰、この人」
「サリー、分かった。じゃあねバルル、本当に助けてくれてありがとう」
え、待てよ!と思わずガシッと手を掴んでしまう。その瞬間、侍女が静かにその手を離しに掛かる。
「申し訳ありませんが、ジェステル様はこれから色々しなければならないのです。どうかご理解を」
「ん?ジェステル?お前、そう言う名前なのか?」
「まぁ、なんて無礼な・・・!スイーパー公爵家のジェステル・オージェ・スイーパー様にため口とは。まさかジェステル様、自己紹介をしていらっしゃらないのですか!?」
侍女の血相に、ジェステルと呼ばれた少年は申し訳なさそうに、コクコク頷くだけ。長すぎる名前は覚えられない。だが、野球の変化球であるスイーパーだけは、バルルは聞き取れた。
「はぁ、良いでしょう。今回ばかりは不問とします。どこの子だか分かりませんが、彼は軍人公爵家の者。使命がありますですので」
当時貴族制の知識がさっぱりだったバルルは、何も分からぬまま、去って行く彼を見るしか無かった。
そして時が経ち・・・貴族制をなんとなく知り、公爵家と男爵家の違いが分かった瞬間。この記憶は一気に黒歴史になった。幼さ故の過ちとはいえ、とんでもない失敬をしてしまった。
まぁ数秒後には「仕方ないかー」「もう関わること無いんだし」で済ませるのが、彼女のやり方だが。幸い両親には気付かれていないので、記憶の奥底に封印しよう。
・・・・・・だが、どうやらこの瞬間、ただの記憶として片付けることは出来なくなったようだ。