(1-1)貴族令嬢の在り方って?
とある時代、とある場所。西洋の文化を持つトーポスト王国、その郊外地にカーブ男爵家の屋敷がある。男爵家といっても、かなり貧乏だ。王都までは馬車で片道2週間の辺境地、小さな屋敷だけを構えて、生活はほぼ自給自足。豪勢や煌びやかとは無縁の生活を送っている。
この邸宅の庭では早朝から、誰かが鍛錬をする音がする。「やっ!」「せいっ!」という掛け声に合わせて、大きな木の棒を振り回して出る、空気を切る音だ。とはいえ、やっている側は鍛錬とは思っていない。彼女の価値観から言うと、「野球の素振り」か「剣道の面」なのだから。毎朝やっておかないと、体が鈍りそうなので。
続けること10分ちょっと、鬼の形相をした母がドタドタと駆け寄ってきた。大体100回か、今日は比較的多く出来たなと、彼女は汗を拭いながら満足げだ。
「バルル、何をしているの!?男爵令嬢が汗水垂らしてるなんて恥ずかしい。そんな性格だと良い人は寄ってこないって、何度言えば分かるのよ。そんな軍人がやるようなこと、貴女には必要ありません」
「でもさー、体はそれなりに強い方が良いだろ?農作業には体力もあった方がやりやすいし、風邪も引きにくいんだし」
「言い訳は結構。ほら、さっさと戻って野菜の収穫するわよ」
木の棒を取り上げられ、代わりに渡されたカゴ。まぁ作業すること自体は良い、体を使うことは楽しいから。
「作業後はちゃんと身だしなみ整えなさいよ、貴女はれっきとした“男爵家の令嬢なんだから”。これ以上野蛮な振る舞いをしたら、怒りますからね!!」
そして母親のお決まりの台詞、これがどうもバルルには嫌だった。勿論、周囲にもそれが望まれていることなど、なんとなく分かっている。分かっている、けれど。
(「貴族=大人しい淑女」みたいな考え、母さんは強すぎるんだよ。明るい子だって沢山いるはずなのに・・・オレの性格、本当にダメなの?)
そんな心のわだかまりを抱えつつ、今日もバルルはグッと堪えているのだった。
○
バルル・カーブは15歳、カーブ男爵家の一人娘。本を読むよりも外で遊ぶことが大好きな、天真爛漫な令嬢。普通の貴族と比べて、結構やんちゃだ。生みの親ですら「こんな元気すぎる子にした覚えはない」と頭を抱えるほど。
それには大きな理由が1つ。彼女は「そういう前世だった」からである。
名前も顔も覚えていないが、バルルはハッキリと「ニホンのジョシコーセー」だった記憶を持っているのだ。しかもその前世というのも、男兄弟に囲まれて育った一般家庭。そのため、かなりやんちゃなお転婆娘だった。
兄弟と共に木登りや川泳ぎ、イタズラをしまくる行動力。冒険と題して何処までも行った好奇心旺盛さ。有り余るエネルギーで、様々なスポーツに打ち込んできた体力。遂には一人称が「オレ」になり、男子と混ざってスポーツをする日々を送っていた。おそらく死ぬまで、世間で言う「オレっ娘」として生きたのだ。
周囲には色々心配や迷惑をかけたりした一方で、その明るさで逆に皆を笑顔にしたり。オレっ娘だった彼女を受け入れてくれる、恵まれた環境だった。どうして死んだのかは覚えていないが、そこまで関係ないだろう。
問題はその性格を持ったまま、男爵家の令嬢として転生したこと。カーブ男爵家の名前も「野球の変化球だ~」としか感じないくらいに。この世界での両親(特に母親)は厳格な貴族で、落ちぶれていくカーブ男爵家を維持しようと、バルルをもっと上位の家と繋がる政略道具として産んだのだ。そして10年以上、バルルには徹底的に「貴族淑女の在り方」を叩き込んでいく。
ーーー汚い言葉は使わない。一人称は「私」でしょうが。
ーーーやんちゃであるなんて、みっともないわ。落ち着きのある子になりさない。
ーーー露骨に感情を出さないの。常にお淑やかでいないと、いい男は寄ってこないわよ。
ーーーどうして貴女は、いくら言っても直らないの!そんな性格で産まれたの!もっと相応の態度をなさい、貴女は“男爵家の令嬢なんだから”!!
そう言っている本人からは、そんなに淑女の雰囲気は無いのだが・・・曰く「私は貧乏男爵家に嫁いで失敗したから、貴女にはもっと良い家に行って、私たちを救って」とのこと。王族までは行かなくてもいいから、公爵家・・・せめて勢いのある伯爵家の子息に嫁いで頂戴!という根端らしい。
別にこのままで良くない?今でもそれなりに暮らせてるんだし、このまま自給自足してれば良いじゃん。そんな庶民的な価値観のバルルだが、両親は産まれた頃から貴族。平民と同じなんて懲り懲りという、それなりのプライドがあるようだ。
(まぁ・・・仕方ないと言えば仕方ないよな。ここはそう言う世界なんだし。オレだってもう15歳、社交界デビューも目前だ。でも・・・オレ、やっぱり貴族に向いてないよな)
ボフンと1人、オンボロなベッドに横になる。こういうところも母に見られれば「やめなさい、男爵家の令嬢なんだから!」と口うるさい説教が始まるのだ。まぁ自室なので、そういった心配は無いが。
「あーあ、本気で家出るのを考えるかぁ」
といっても、バルルは考え事が苦手。学生時代の試験のように、何とか計画は立てても実行できなかった彼女だ。いつも勢いで動いては、成功するかの賭に出るくらいなのだから。
「まぁ、明日も収穫あるし。今日は寝ようっと」
そしていつもの「まぁ良いか」で、悩みは一旦なかったことにするのも、前世から変わらない。
とはいえ、本当にこの先どうしよう?自分の今後について煮え切らないまま、バルルはただうるさく言われる日々を過ごしているのだった。