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この手で与えられるものなら

 歌姫たるストレリチアは、十歳を迎えた時からこの空中庭園の外へ出た事はない。

 歌姫という役目を与えられた者は決して庭園の外に出てはいけない、という決まりがあるからだ。

 だから、一日に三度の食事さえ空中庭園にある私室で摂っていて、王城で作られた食事が届けられ、ストレリチアの口に入る時にはすっかり冷めてはいるものの、あたたかくはなくとも不味く感じられないよう、工夫を凝らしているのはよくわかるので、寧ろ、申し訳なささえ感じる程である。

 ストレリチアの半分も食事を摂らないくせに、一定時間おきにお腹が空いただなんだとアキレアが喚くので、この部屋には常に切らす事のないように焼き菓子や飲み物などを置いて欲しい、とストレリチアは侍女達に頼んでいる。

 彼は特に果物が好きなようなので、そこに時折、季節の果物をつけるように、とも。


「姫様って、わりと俺の事甘やかしてますよね」


 普通なら打首とかじゃないですか、などとアキレアが言うので、窓際で読書をしていたストレリチアは、本から視線を上げて思わず顔を顰めてしまう。

 一体何を言っているのかしら、と口にしなくとも理解してるだろうけれど、彼はテーブルに置かれた彩り豊かな果物を物色し、その中から真っ赤な苺を摘むと、何の躊躇もなくそれを口に放り込んだ。

 瑞々しく色鮮やかで甘酸っぱい香りがする苺は、彼のお気に召したのだろう、嬉しそうに顔を綻ばせては、小さく歌を口ずさんでいる。


『あなたを打首にしたら声の代わりがいないでしょう』

「打首って所は否定しないんですね? わあ、怖い怖い」


 そんな事をする筈ないわ、と呆れたように言えば、楽しそうに笑みを返した彼は、好奇心に満ちあふれた瞳で、テーブルの上にある見慣れない果物を眺めている。

 ストレリチアはその様子を横目で見つめて小さく息を吐き出すと、薄い金属で出来た栞を挟み、本を閉じた。


『それに、あなたは適度に我儘を聞いてあげないと、そうやって有る事無い事言うじゃない』


 ストレリチアが誰かと話をしなればならない時、アキレアは気紛れのようにストレリチアが話す言葉とは全く違う言葉を吐く事があるので、声の出せないストレリチアは気が気でない時がある、のだ。

 その瞬間、彼が潜んでいる分厚いカーテンの裾を勢い良く開け放ち、文句の一つも言いたくなってしまう程に。

 悪戯というよりは、彼が我慢ならなく感じた時にどうしても棘のある言い方をしたいだけのようで、それらは大抵、父や母がこの空中庭園を訪れた際に起こる事が多い。

 険悪なわけではないけれども、自分を道具としか見ようとしない彼らに、ストレリチア自身、あまりいい関係性ではないと自覚している。

 それが、アキレアにとってもきっと影響しているのだろう、とも。

 唯一仲の良い兄が来た時にも時折そうした事がまま起きるけれど、兄は温厚な性格をしている為か、怒ったり気を悪くする事はなく、くすくすと吐息混じりに笑いながら、お前の小鳥は主人が誰かをしっかり理解しているのだよ、と密やかに教えてくれていた。

 だからこそ、大事にしてやらなければいけないよ、と。


「勿論ですよ。だって、幾らお役目って言ったって、こんな所に閉じ込められてるんですから。姫様だって、少しくらいは言いたい事言っておかないとストレス溜まっちゃいますよ?」


 アキレアはそうして自分の事のように言うけれど、その言葉はいつだって、ストレリチアの罪悪感を緩やかに和らげてくれる。


(でもね、兄様)


 胸中で呟きながら、ストレリチアは緩やかに首を振った。


(でもね、兄様。わたしは、彼に主人だなんて思って欲しくはないのよ)


 出来る限り同じ位置で、同じように接していられる、一人の人間でいて、欲しい。

 それがどんなに我儘かを知っているから、決して口には出来ないけれど。


『わたしはいいのよ。あなたの我儘を聞いてると、胸がすっとしているし』


 だから、自分自身の為ならば躊躇してしまう事であっても、彼の為だと言ってしまえば、少しだけ許されるような気がしていた。

 それに、と言いかけて、ストレリチアは彼を見た。

 真っ赤な柘榴を手にしたアキレアは、不思議そうに首を傾げている。


『あなたの我儘は、何だか、つい聞いてあげたくなってしまうのよ』


 正直に思うがままに口にしてしまうのに、不満などないと言わんばかりに、いつも何だか楽しそうで。

 本来ならば、何処にでも行けるだけの自由があった筈、なのに。

 それなのに、彼は此処に閉じ込められ、歌えなくなってしまった歌姫の代わりに声となり他者を騙すだけの生活でも、毎日が気楽でいい、と屈託なく笑うのだ。

 どうしていつもそうして楽しそうなのかは、ストレリチアにはわからない。

 けれど、その底抜けの明るさに、正直な心に、いつも救われているのだ。

 だからこそ、自分だけが与えられているばかりのようで、せめて何かしてあげられたのなら、と願ってしまう。

 それがきっと、彼の我儘を聞いてしまう要因なのだろう。

 仕様がない、と言ってストレリチアが吐息混じりに笑うと、肩に頭がくっつく程に傾けて、彼は眼をゆっくりと細めている。

 やわらかなその仕草に目を逸らせずにいると、「光栄です、って言った方がいいですか?」などと言って、彼は珍しく苦笑いを浮かべている。


『あなた、照れ隠しは下手なのね?』


 新しい発見だわ、と真剣な面持ちで顔を覗き込むと、彼は呆れたように肩を竦めていて。


「姫様って、そういう所がありますよね……」


 そうして拗ねた子供のように顔を背けてふっくらと頰を膨らませているので、ストレリチアは可笑しくなって思わず声を零して笑ってしまった。

 次はあなたの好きな果物をたくさん用意するよう頼んでおくわ、と言えば、彼は困ったように眉を下げて笑っていた。

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