表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遅すぎた自覚  作者: 小町
7/9

side:F ④


 不安だらけだけど、幸せの予感しかないの。


 あのパーティから彼は本当に私にアプローチをし続けてきた。お父様もお兄様の判断に異論はないのか彼と連れ立っても何も言ってこなかった。

 私はというと、日を追うごとに彼の良いところが見えてきて惹かれているのを自覚している。勿論、良いところばかりではないが、将来を共にするのならそういったところも知った上で付き合うべきなのだろう。


 あれは何回目のパーティだったか、彼からエスコートの申し出が届き、他に誘いもないため一も二もなく了承しようとしたところ、お父様とお兄様に呼び出された。用件は彼に関しての調査結果が届いたそうだ。

 通常、貴族である以上清廉潔白とはいかなくとも他家の令嬢にアプローチをするのならそれなりに身綺麗でなくてはならない。故に相手の身辺調査を行うのは特に珍しいことではなかった。だが、調査結果に目を通すかどうかは私の判断に委ねられた。

 

 私は自室に持ち帰った資料を前に、それを開くのを躊躇していた。他者から伝えられたことではなく自分の目で見た彼自身で判断すべきなのではないか、と。迷いに迷った私はお母様に泣きついてしまった。

 だが、お母様ならば私の考えを肯定してくれるのではないかなどという甘い考えはお母様の手厳しい言葉により砕かれてしまった。


「貴族であるなら取り繕うことなど容易なのよ。それがあなたのようなデビューしたての世間知らずの令嬢ならば尚更。その上であなたは主観だけで決めた相手と結婚して後悔しないと言い切れるのかしら?」


 何も言い返せなかった。私のような小娘を騙すことなど造作もないだろうから。私の浅はかな判断で縁を結んでしまったら、自分とは合わない相手だった場合も生家に逃げ帰ることも出来ず耐え続ける未来になっていただろう。


「申し訳ありませんでした、お母様。間違った判断で一生を棒に振ってしまうところでした」


「あなたは同世代のご令嬢に比べたらしっかりし過ぎているくらいだわ。貴族令嬢であるなら状況に応じて正しい判断をして然るべきだけれど⋯⋯今くらい間違ってもいいのよ。そういう時に道を正すのが親の役目なんだから」


「⋯⋯はい。ありがとうございます、お母様。私、まだまだお母様達から学ばなくてはならないことがたくさんあるのですね」


 厳しいだけではないお母様の思いやりに触れ、自分が色々な人に甘やかされているのだと実感させられた。それと同時に、自分はまだまだ一人前には程遠いのだということも。

 お母様の部屋を辞して自室に戻り、恐る恐る調査資料に目を通した。


 記されていた調査結果に、私は目を丸くしてしまった。

 悪い結果だったのではない。寧ろ逆で、良すぎたのだ。

 彼は次期侯爵という立場でありながら驕ることはなく、自分の立場や影響力を十分に理解した上で敵という敵を作らずに貴族社会を生きているらしい。彼の生家である侯爵家も同じような立ち位置で、それ以上の権力を望むことなく王家に仕えているようだった。

 ずっと気になっていた彼の人間関係も後暗いものは無く、恋の噂なども全くみられなったようだ。


(ど、どうしてこんな方が今まで独身でいらしたのかしら⋯⋯)


 彼が女性との交流に苦手意識があったとしても、(言い方は悪いが)これ程の優良物件は引く手数多であるだろうに。

 その理由も資料に記されていた。彼は幼少期より王女殿下に気に入られていたらしい。だが、王女殿下には既に婚約者である他国の王子がいた上に彼の侯爵家は王家と血が近しく、これ以上縁を結ぶ必要性は無かった。そして彼や侯爵も王女殿下及び王家に対して臣下の礼をとり続けていたため、周りからは王女殿下の空回りとしか受け取られておらず、殿下は予定通り他国に嫁いでいったそうだ。だが、嫁ぐ直前まで殿下は諦めていなかったらしく、他の令嬢と殆ど関わることがないまま同世代の令嬢達は軒並み結婚してしまったようだ。


(そういうことだったのね⋯⋯)


 正直、今の彼なら少し下の女性でも大喜びで婚約するだろう。そんな人と結婚するのが私でいいのだろうか、と思う。その一方で彼が他の女性と結婚するのが嫌だ、と言う自分もいるのだ。


「⋯⋯こんなことを思う時点でもう決まっているのかしら」


 その日の晩餐で、私は両親とお兄様に彼からの求婚を受けたい、と伝えた。

 反応は三者三様で、お母様は分かっていたとばかりに静かに頷くだけだった。お父様は目を閉じて眉間に皺を寄せて暫く唸った後「⋯⋯分かった」とだけ述べ、ワインを呷っていた。お兄様は――号泣していた。


「うっうぅ⋯⋯可愛い妹が、こんなに早くお嫁に行くなんてえええええ」


「もう、お兄様ったら。まだ何も決まっていないのですよ」


「あら、もう決まったようなものよ。あとはあなたの気持ひとつだったんだから。これからはトントン拍子でしょうよ」


「⋯⋯私、隣国でちゃんとやっていけるでしょうか」


「そうねえ、あなたは勤勉だしそこまで心配はしていないわ。それに、侯爵家の方々もいい人だと聞いてるわ」


「ふん、妻を助けられないような男だったら直ぐ帰って来ればいいのだ」


 そう酔いで顔を赤くして言い切るお父様にお兄様はウンウンと泣きながら頷いているし、お母様はあなた!とお父様を窘めた。


「頑張りなさい。隣国で生きると決めたのなら必死になって自分の居場所をつくるのよ。⋯⋯私たちはもう、簡単に助けには行けなくなるのだから」


「お母様⋯⋯はい。やってみせます。私、頑張ります」


 そう決意を固めた私を、三人は感慨深げに見つめていた。


 

 彼には次に参加した夜会で二人で庭園を歩いている時に求婚の返事を伝えた。

 彼は私の言葉により目をこれでもかという程丸くして固まった後、突然私を抱き上げ歓声をあげながらクルクルと回り始めた。――彼の目元に月明かりで煌めく雫か見えたのは、黙っていた。


 その後はお母様が言っていた通りトントン拍子で、彼からの知らせを受けた侯爵ご夫妻が顔合わせにいらっしゃり、思いのほか大喜びされたことや、早々に婚姻の日程が決まったりと私の周りは大忙しとなった。

 結婚の準備だけではなく、隣国のマナーや諸々も義母となる侯爵夫人にはきちんと教えるから任せて欲しい、と言ってもらえたが嫁ぐ前にできる限り学んでおく必要があるため、本当に時間がなかった。


 その一方で忙しいはずのお父様やお兄様が出立までの間を少しでも私と過ごすために屋敷にいることが増えたのはとても嬉しかった。⋯⋯もうすぐお別れなのだと思うと寂しいが。


 仲の良い友人達にも、隣国での式ではあるが来てくれたら嬉しい、と伝えると皆が当たり前よ!と言ってくれた。


 今になって、私はこんなにも人に恵まれた幸せな人間なのだ、と実感した。

 祖国を離れる寂しさと隣国に行くことに不安は勿論あるが、新しい生活や出会いがとても楽しみだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ