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遅すぎた自覚  作者: 小町
6/9

side:F ③


 この人となら、そう思えたの。


 彼とお店でご一緒した後程なく約束を果たす機会が訪れた。友人に招待されたパーティーにお兄様と伴って参加し、そこで彼と再会した。


「先日はどうも」


「こちらこそ。お兄様、こちらは隣国からいらっしゃっている方なの」


「ああ、父から聞いてるよ。妹が世話になったようで」


「いえ、寧ろ私の方がご令嬢にお世話になってまして。⋯⋯それで、その⋯⋯」


「ええ、覚えてますよ。お兄様、私この方にエスコートをしてもらう約束をしていたの」


 そう言うと、お兄様は片眉を上げて訝しんだ。


「⋯⋯どういうことだい?」


「先日こういうことがありまして――」


 簡単に先日の件について説明をすると、お兄様は更に機嫌が悪くなったようだ。


「友人達のところに行ってなさい。僕は彼と少し話すことがあるから」


 そう言われ心配になって彼を見ると、大丈夫とにこやかに頷かれたので仕方なく友人たちの方へ向かった。


 お兄様たちは隅によって何かを話している、というよりお兄様が一方的に捲し立てているように見えた。彼がお兄様に謂れの無い非難を受けていたらどうしよう、と友人と話している最中も気が気ではなかった。


 やがて二人の話が終わったようで、お兄様がこちらに合図をしてきた。友人たちに一言ことわり、その場を離れた。

 二人の元へ行くと、お兄様は顔を顰めながらも「彼にエスコートしてもらいなさい」と言い、彼の耳元で何事かを囁いた。


「では、妹を頼みます。僕は知人に挨拶をして来るから、彼の側を離れるんじゃないぞ」


「ええ、分かったわ」


「お任せ下さい」


 そう言い残して去っていくお兄様の背中を見送っていると、彼が手を差し伸べてきた。


「お手をどうぞ、マドモアゼル」


 らしくない気取った仕草にふふっと笑いが漏れる。彼も気恥しいのか顔が微かに赤くなっていた。


「ええ、お願いしますわ、ムッシュ」


 差し出された手にそっと自分の手を乗せると、軽く握られた。


「私と踊っていただけますか?」


「もちろんです」


 そのままフロアにエスコートされ、曲が切り替わったタイミングで踊っている人達に交ざって一曲踊った。踊り終わった後会場の熱気にあてられて火照ってしまい、また手を引かれてバルコニーに出た。

 彼のエスコートは前回感じたようなぎこちなさがなく、とてもスマートなものになっていた。私の驚きが伝わってしまったのか、彼が苦笑して言う。


「そんなに変わりましたか?」


「ええ、なんといいますか⋯以前より堂々としていてとても素敵だと思います」


 思ったままを口にすると、彼は一層顔を赤らめてしまった。


(いけない、お気に障ってしまったかしら)


 ついつい彼の優しさに甘えて余計な事を言ってしまう、と自分を戒める。


「申し訳ありません、また失礼なことを――」


「い、いえ、そうではなく⋯⋯嬉しかったもので」


「えっと⋯⋯?」


「あなたに素敵だ、と言われたのが嬉しくて」


 真っ赤な顔でそう言う彼をぽかんと見つめてしまう。だって、それは、つまり――


「そんな迂闊なことを言ってはいけませんわ、ムッシュ。普通の女性はそんなことを言われては勘違いしてしまいますもの」


「してください」


「え⋯⋯」


「勘違いでは終わらせませんから。今日のエスコートが堂々としていたと感じられたのなら、それはあなたが相手だったからです。私も男ですから、好意を寄せる女性には格好良く思って欲しい」


「なにを、言って――」


「あなたが好きです。数える程しか会っていないのに何を、と思われるかもしれませんが、自然に他人を褒めてしまうところも、私の情けないところを簡単に受け入れてくれたのも、私はとても好きです」


「そ、そんな、突然言われても――」


「はい、もちろんです。今答えを求めている訳ではありません。私は来年のシーズン前には帰国致します」


「来年、ですか⋯⋯」


 彼が帰ってしまう、と考えると胸がツキンと痛んだ気がした。


「はい。ですから、それまでに時間の許す限りあなたに私のことを知って欲しいし、あなたの事をもっと知りたいと思っております」


 真っ直ぐこちらを見つめる彼とその真摯な言葉に胸の鼓動が高鳴る。


「⋯⋯もし、この先私を好ましいと思っていただけたなら、国に戻る時にはあなたに隣にいて欲しい」


「⋯⋯こういったことは、私の一存では決められません。家長であるお父様や後継のお兄様の許しが必要です」


「はい。ですので、先程あなたに求婚する許可をいただきました」


「え!?じゃあさっき話していたのは――」


 無言で頷く彼に驚愕する。この方は本気で私に求婚しているのだ。私などよりもずっと好条件の女性を迎えられるであろう彼が、隣国の一貴族の令嬢でしかない私を。


「⋯⋯冷えてきましたね。そろそろ戻りましょう」


 手を差し伸べる彼に戸惑いながらも頷き、中へ戻った。


「疑われても仕方ありませんが、私は本気です。帰国までの間、全力であなたにアプローチをするつもりです。⋯⋯お嫌ならそう言ってください」


 尚も呆然としている私の様子を嫌がっていると捉えたのか、肩を落としてそう言う彼に慌てて首を振った。


「い、嫌などと思ってはおりません!」


 そう、嫌では無い。寧ろ――


「良かった⋯⋯。どうか、迷惑ではないのなら私との事を真剣に考えていただきたい」


 そう優しげに微笑む彼に、私の胸はうるさいくらいにバクバクと鳴っていた。先程までは彼が真っ赤に顔を染めていたのに、今は自分がそうなっているのだろうと分かるくらい顔が熱い。


 柔らかな笑みを浮かべて私を見つめる彼に、帰国までの間と言っていたがひょっとしたらそんなに長く待たせることはないのかもしれない、と予感した。

 


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