side:F ②
その出会いは突然で。
デビュー以降、お母様とお茶会に赴いたり、お父様やお兄様のエスコートでパーティーに参加したりと社交に勤しんでいた。
縁談の話などはまだ出ていないが、お父様たちが選ぶ方ならきっと大丈夫、とそこまで不安を感じていない。
その日もお父様にエスコートされてパーティーに参加していた。主催者の方にお父様と一緒に挨拶に行き暫し歓談に興じていると、一人の男性が会話に入ってきた。なんでも彼は、主催者の親戚で隣国の侯爵家の嫡男だそうで、見聞を広めるためにこちらに来ているらしい。
物腰が柔らかで言葉遣いも丁寧な彼は少し話しただけで穏やかな人物なのだろうと分かる。そのままの流れでダンスに誘われ、お父様に許可を取ってエスコートされながらホールに向かった。
ダンスが終わった後、踊ってる最中にどうしても気になった事があるので失礼とは思いながらも尋ねた。
「あの、お気を悪くされたら申し訳ないのですが、もしかしてエスコートに慣れておられないのですか?」
彼はキョトンとした後、気まずげに視線をウロウロさせた。手元のグラスを一気に飲み干すと、深い溜息をついた。
「⋯⋯分かりますか?」
観念したように認めた彼に違うのだ、と慌てて言う。
「少しだけ、ぎこちない感じがしまして⋯⋯こういった場でも落ち着いていらっしゃいますし、社交に慣れておられると思ったものですから気になってしまったのです。失礼な事を言ってしまって申し訳ありませんでした」
「いえ、謝られるようなことは何も。⋯⋯仰る通り、些か苦手ではありますね。落ち着いて見えるのは取り繕っているだけですよ。昔からあがり症なもので、他人との会話も緊張するのにましてや女性のエスコートなどとんと駄目でして」
「そうなのですか?とてもそうは見えませんが⋯⋯」
「これでも侯爵家の者ですから。隠すのは得意なんです。⋯⋯ですが、あなたには見破られてしまいましたね」
照れくさそうに笑う彼に、胸がキュッと締まった気がした。胸に手を当てて首を傾げると、彼が心配してくれた。
「どうかされましたか?」
「い、いえ、少し酔ってしまったようで」
「それはいけない。直ぐにお父上のところに戻りましょう」
そう言ってそっと腕を差し出し私に合わせて歩く彼は先程よりも手慣れているように感じた。
(意識してない時の方が自然に振る舞えるのね。心配が緊張を上回っているのかしら)
だとしたら、本当に優しい方なんだな、とお酒で少しボーッとする頭でそう思った。
その後は、彼にお父様の元まで連れて行ってもらい、挨拶をして帰宅した。帰りの馬車でお父様に彼はどうだった?と聞かれたが、何と言えばいいのか分からず「優しそうな人だったわ」とだけ返した。お父様はそうか、と頷くだけでこれが正解だったのかは分からず終いだった。
次に彼にお会いしたのは街で有名なカフェテリア。珍しいお菓子があると聞いて侍女と連れ立って行ったそこで、彼は地味な服装をして店の前をウロウロしていた。
「あの、どうされましたか?」
ここで無視をするのもどうかと思い声を掛けると、彼はビクッと肩を跳ねさせこちらをそろりと伺い、私と分かって安心したように息を吐いた。
「あ、せ、先日はどうも⋯⋯」
「いえ、こちらこそ。それで、どうされましたか?お店に入られないのですか?」
「い、いや、その、女性ばかりで入りにくいというか⋯⋯私のようなものが入ってはいけないのではないかと⋯⋯」
なるほど。確かに店内は女性客ばかりで男性で尚且つあがり症だという彼には入りにくいかもしれない。
「もしご迷惑でなければ私たちとご一緒致しませんか?」
「え、いいのですか!?」
すごい食いつきに驚きつつも、「もちろんです。侍女も同席でよろしければ」と返す。
「あ、ありがとうございます!」
ぱあっと明るい笑顔を浮かべる彼を、可愛い方だなとぼんやりと思う。
三人で席につき、注文がサーブされるまでお話をしていた。本来の彼は話すのがゆっくりであまりお喋りな方ではないようだ。ワイワイ話すよりも落ち着いて会話する方が好きなため、私としてもちょうど良かった。
「お恥ずかしながら甘い物に目がないもので」
「あら、何も恥ずかしいことはありませんよ。好みは人それぞれですもの」
「⋯⋯そんなこと、初めて言われました。今まで女々しいとか軟弱とか言われていたので」
なるほど、それなら余計に店に入りにくかったことだろう。それに、気性が穏やかな彼がそんなことを言われてしまうと萎縮してしまっていたに違いない。優しいが故に周りに言い返せないでいたのだろう。
「確かに周りの言う事は気になるかもしれませんが、いいではないですか。好きな物は好きで。少なくとも、私は今日ご一緒できて楽しいですよ」
思ったままを言うと、彼はぽかんとして一気に顔を真っ赤に染めた。
「まあ、どうされましたか?ご気分を悪くされましたか?」
「あ、い、いえ、なんでも⋯⋯」
真っ赤な顔でしどろもどろに話す彼を心配するが、本人が大丈夫だと言い張るので取り敢えずは引き下がった。素知らぬ顔で紅茶を飲んでいた侍女が「流石はお嬢様ですね」と呟いていたがなんの事か分からなかった。
運ばれてきたお菓子を三人で美味しい!とはしゃぎながら食べた後家人用にいくつか包んでもらい、支払いをしようとしたところを彼に止められた。
「どうかここは私に支払わせていただけませんか」
「そんな!こちらは数もありますし、お気遣いいただかなくても大丈夫ですよ」
「いえ、貴女方がいなければ私は今日食べることができませんでしたから。ここは私の顔を立てていただけませんか」
謙虚なようで一切譲る気の無さそうな彼に、渋々厚意に甘えることにした。
「ご馳走様です。家人の分もお礼を申し上げます」
「気にしないでください⋯⋯と言っても貴女は気になさってしまいそうですので、こうしませんか?」
「何でしょう?」
「次にパーティーでお会いした時はまたエスコートをさせてください」
「え、そんな事でよろしいのですか?」
「はい、次はこの前よりも上手くエスコート出来ると思いますよ」
片目を瞑ってそう言う彼に、クスッと笑ってしまう。こういうチャーミングな面も持ち合わせているのだなと感心した。
「それでは、次の機会を楽しみにしておりますね。今日はありがとうございました」
「はい、こちらこそ。お気をつけてお帰りください」
彼に見送られ、侍女と共に帰りの馬車に乗り込む。発車後も彼がこちらに手を振っていたので、見えなくなるまで振り返した。
「⋯⋯素敵な方ですね。とてもお優しそうです」
「そうね。ああいった方と結婚できると幸せかもしれないわ」
侍女の中でも彼は好印象らしい。まあ、あの方に悪い印象を抱く人はそういないだろうな。そんなことを考えていたため、侍女の意味深な視線には気づかなかった。