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遅すぎた自覚  作者: 小町
4/9

side:M ③


 まだ別れが近づいている実感が湧かない。


 彼女の結婚が近づいてきた。

 あの夜以降、以前までの熱の篭った視線で私を見つめていた彼女のことばかりが思い出される。


(隣国など、大丈夫なのだろうか。あんなに甘やかされて世間知らずな娘が⋯⋯)


 友人にそれとなく彼女の様子を尋ねるも、あまり詳しい事は語られず、延々と友人の妹愛を聞かされるばかりだった。



「なあ、君は確か彼と仲が良かったよな?もし出来ればこれを届けては貰えないか」


 そう言って上司に渡されたのは書類の入った封筒。態々そう言うということは、急ぎの案件だろう。友人宛のそれを受け取った私は、彼の屋敷に向かった。


 屋敷で執事が出迎えてくれ、応接間に通される。出された紅茶を飲みながら、屋敷内の慌ただしさを感じ、胸がチクリとする。


「やあ、待たせて済まない。どうしたんだい?」


「上司からこれを預かってね。急ぎだったようだから持ってきたんだ」


 現れた友人に書類を渡すとその場で中身を確認し、眉を寄せた。


「⋯⋯これは、確かに急いだ方がいいか。君はこの後どうするんだい?」


「直ぐに確認してもらえるならそれを持って職場に戻るよ」


「分かった。申し訳ないが暫く待っててもらえるだろうか」


「ああ、分かった」


 そう言って友人は書類を持って引っ込んだ。暫く手持ち無沙汰になった私は使用人が持ってきてくれた軽食を摘みながら自分の書類に目を通していた。


 どれくらいそうしていただろうか、エントランスの方から「お帰りなさいませ、お嬢様」と聞こえてきた。


(彼女が帰って来たのか)


 胸がドクン、と大きく鳴る。

 気になった私は書類を仕舞い、応接間から顔を覗かせた。


「まあ!いらっしゃいませ。お兄様はどうされたのですか?」


「ああ、急ぎの書類を届けに来ててね。彼は今執務室に籠っているよ」


「そうでしたか。何もお構い出来ず申し訳ありません」


「いや、私も仕事を持って来ていたからね。だが、一区切りついたんだ。良かったら話し相手になってくれないかい?」


 何を言うんだ私は。婚前の彼女にそんなことを頼むものでは無い。だが、そんな思いとは裏腹に、私から訂正の言葉が出ることは無かった。

 彼女は流石に戸惑ったようで侍女と顔を見合わせていたが、長時間待たせていることに罪悪感を抱いたのか、困ったように了承した。


 応接間に戻って紅茶を入れ直してもらい、彼女と向かい合って座る。扉は開けてあるし、彼女の側には侍女と執事が控えている。⋯⋯これが今の私たちの距離感なのだろう。


「それで、結婚の準備は順調かい?」


「はい、慌ただしくて申し訳ありません。大変ではありますが大分進んでおりますよ」


「⋯⋯そうか、隣国となると勝手も違うだろうしその辺は大丈夫なのか?」


「多少不安はありますが、向こうでお義母様が教えてくださると張り切っておられまして。それに、自分でも少しずつですが学んでいるのです」


 嫁いで暫くは文化の違いに戸惑いそうですが、と微笑む彼女にカップを持つ手が震える。


「あちらのご家族とは上手くやれそうかい?」


「ええ!皆様とてもお優しくていい人ばかりでして。一緒に暮らせるのが楽しみです」


「⋯⋯そうか」


 私は彼女からどんな言葉を引き出そうとしているのだろう。少しでも嫌がってる様子を見たいのか?⋯⋯心がざわめいて煩い。


「あんなに小さかった君がもう結婚とは、月日が経つのは早いね」


「ふふ、あの頃は大変お世話になりました」


 私への恋慕はどうしたんだ、とでも言うように昔の話を出すが、彼女は笑って流すだけでそこにかつてのような熱は感じられない。


(どうして、昔は私をキラキラした目で見ていたのに)


 再び口を開こうとすると、扉が慌ただしく開いた。


「すまない、随分待たせたな!」


 友人が書類を持って入って来た。友人は私と向かい合っている妹を見て、微かに眉を顰めたように見えた。一瞬だったし、直ぐにいつもの表情になっていたので見間違いだろうと気に留めなかったが。


「妹の相手をしてくれていたんだな、ありがとう」


「いや、私が無理を言って話し相手になってもらっていたんだ。書類は?」


「ああ、これだ。すまない、よろしく頼むよ」


「⋯⋯確かに。それでは失礼するよ」


 書類を受け取り、彼女に何か声を掛けようとするが、結局何も出てこず、それじゃあと告げるだけで、玄関先で見送られ馬車に乗り込む。


(随分大人っぽく見えたな)


 昔のようなふんわりと可愛らしいドレスではなく、派手さは無いがきっちりと引き締まったドレスは彼女の身体のラインを際立たせていて、とても――


(な、何を考えているんだ!年齢相応の格好をしていただけだ!)


 慌てて首を振るが、悶々とした気持ちは晴れず、職場に戻った後もしこりの様なものが心に残り続けた。


 また会える機会があるだろうと高を括っていた私は、ついぞ彼女に祝いの言葉を述べることは無かった。

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