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遅すぎた自覚  作者: 小町
3/9

side:M ②


 この言い様もない不快感はなんなのだろう。


 デビュタントで感じたモヤモヤを忘れられないまま月日が流れた。近頃友人は何やら忙しそうにしていて会う機会がグッと減ったし、彼女には一度も会っていない。


 久々に見かけた友人は何やら疲れきった顔をしていた。息抜きに飲みに行かないか、と誘ったら多少渋ってはいたが了承を得られた。

 仕事終わり、行きつけの酒場で乾杯をした。


「それで、どうしたんだ?今の時期は繁忙期でもないだろう」


「⋯⋯⋯⋯妹の婚姻が決まったんだ」


「⋯⋯は?」


「まだまだ先の事だと思ってたのに!婚約期間もほぼ無しで、しかも隣国に嫁ぐなんて!おいそれと会うことも出来なくなる!」


 友人がまだ愚痴を叫んでいるが、私の頭は"彼女の婚姻"でいっぱいになっていた。


「どういうことだ。この間デビューしたばかりじゃないか、いつの間に婚約者が――」


「3ヶ月くらい前に招待されたパーティで主催者の親戚だとかいう隣国の侯爵家の嫡男に見初められてね。連日の熱烈なアプローチに妹が折れたんだ」


「だからって、よく知りもしない相手によくお前とお父上が許したな」


「流石に調査はしたさ。だが、隣国でも評判が良く目立った欠点も他に女の影もないとなればな⋯⋯家にとっても妹にとってもこれ以上ないくらいの好条件だ」


「だ、だが⋯⋯」


「最近忙しかったのは妹の輿入れの準備でね」


 そう言い切った友人はジョッキの酒を飲み干し、またさめざめと泣き出した。


「あ〜愛しのマイシスター、お兄様は寂しいよ⋯⋯」


「おい、飲み過ぎだぞ」


「いーんだよ、愚痴らせてくれ!飲まなきゃやってられん!」


 止めても飲み続ける友人に呆れ、好きなだけ飲ませることにした。どうせこうなった以上は私が送って行かねばなるまい。


(彼女には、会えるだろうか)


 ふと湧いた考えに慌てて首を振る。


(何を考えているんだ!婚前の女性に会うのは控えるべきだ!)


 それに、彼女にとってこの婚姻が不本意な場合、自分に迫られでもしたら迷惑だ。


(だが、昔からの知人として祝いくらいは言っておいた方がいいよな)



 酔い潰れた友人を揺さぶり起こすが、ふらふらとしていて危なっかしい。


「まったく⋯⋯ほら行くぞ。送って行くから」


「あー⋯⋯すまん」


 ふらつく友人に肩を貸し、馬車に乗り込む。


「気分は大丈夫か?」


「ああ、すまんな。屋敷の前までで大丈夫だ」


「何言ってるんだ。まともに歩けもしないくせに」


 呆れて言う私に友人は眉を寄せて思案すると、やがてハァとため息を吐き、「すまん、ロビーまで肩を貸してくれ」と観念して言った。



「ほら、しっかり歩け。誰か起きているか?」


「⋯⋯ああ、いるはずだ」


 ふらつく友人を支えながら玄関の扉を叩く。暫し待つと、仲から控えめな声がした。


「⋯⋯どなたですか?」


「僕だ。遅くなって済まない」


「お兄様!今開けますね」


 彼女だ。

 友人の声に慌てたように仲からカチャカチャと鍵を開ける音がする。何故か友人を支える手に汗が滲み、胸がバクバクする。


(何故こんなに緊張するんだ⋯⋯何度も遊びに来ていたじゃないか)


 ガチャと扉が開き、簡素なワンピースを身に着けた彼女が出て来た。


「お兄様お帰りなさいませ⋯⋯まあ!態々送ってくださったのですね。ありがとうございます」


「あ、ああ、誘ったのは私だったからな」


「もう、お兄様ったらご迷惑をお掛けして!」


「すまんすまん」


「どうぞ良かったらお茶でも飲んで行かれますか?」


「あ、いやそれは「こら、婚前の娘がいくら兄の友人とはいえ異性を家に上げては駄目だ」


 私の言葉を遮って友人が彼女を窘めた。


「あ、そうですよね、ごめんなさい。でも、お兄様がこんなに酔うまでお飲みにならなければ良かったのでは?」


「うっ⋯⋯それは、そうなんだがな⋯⋯」


「んもう!⋯⋯兄がご迷惑をお掛けしました。送ってくださったのにおもてなしも出来ず申し訳ありません」


「い、いや、気にしないでくれ。⋯⋯その、婚姻が決まったと聞いたよ」


「あら、お兄様が話したのですね」


 ふふ、と頬を染めて微笑む彼女はとても可愛らしい。だが、他の男との婚姻を嫌がらず、寧ろ喜んでいる様子に私は少なからずショックを受けた。

 私は彼女がどういう反応をしていれば満足だったのだろうか。彼女が婚姻に不満を持っていれば良かったのか?⋯⋯私は、一体何と言って欲しかったのだろう。


 馬車の中で先程の彼女の様子を思い起こす。婚姻の話を出すとまるで夫となる相手に恋をしているような顔をする彼女。

 胸に穴が空いたようなこの気持ちは一体何なのだろうか。

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