side:M
あの日言ったことに偽りはなかった。
無邪気に懐いてくる彼女を可愛く思っていたが、それは友人の妹としてでしかなかった。好かれていることは薄々感じていたが、告白された時も彼女を"女性"として見ることはできなかったし、なんなら友人との付き合いに支障が出るな、と多少面倒にも感じていた。
告白を断った後、彼女が見せた笑みに胸がザワついたのは気の所為だろう。
次に彼女に会ったのは、彼女のデビュタントでだった。友人である兄の方にはその間に何度か会っており、彼女の事で何か言われるのではと構えていたが、彼女は伝えていなかったのか友人の態度は以前と変わらず、特に何も言われることはなかった。
遠目から踊っている二人を見つけた時、デビュタントの白いドレスに身を包んだ彼女を見て、呆然とした。
あの子はあんなに綺麗だっただろうか、と。
無意識に沸き起こった感想に動揺するが、気飾れば誰だって綺麗になるさ、と気を取り直し、踊り終わったであろう二人に声を掛けに行った。
同じようなドレスを着た沢山の女性の中で、彼女だけが一際輝いて見えたことには目を背けて。
近くで見ると、彼女は殊更綺麗に見えた。動揺を気取られないように取り繕ってお決まりの台詞を言う。
「デビューおめでとう。見違えたよ、とても綺麗だね」
口に出してからしまった、勘違いさせてしまうだろうか、と後悔した。しかし彼女の反応は予想していたようなものではなく、何故かホッとしたような顔をした。
「ありがとうございます。光栄です」
私からの賛辞などなんて事ないように流され、少し気に食わない。
(君は私が好きなのではないのか)
振っておいて身勝手なことをとも思うが、気に入らなかったのだ。
それを彼女に気取られたのか気を遣われるが、慌てて取り繕い、ダンスに誘った。飛びついて喜ぶのでは、などと思ったがそんなことは全くなく、彼女は兄に伺いを立てて、じゃあ⋯と躊躇いつつも私の手を取った。その反応も気に食わなかったが、踊っている最中に私ではなく何か他のことを考えていたようだったのも私を苛立たせた。
(今日は何故こんなに心が乱れるんだ⋯⋯)
踊り終わった後、彼女を兄の元まで送り届けると、それを待っていたかのように他の男が寄ってきて、彼女にダンスを申し込んできた。彼女は私の時と同様に、兄に伺いを立ててから男の手を取ってホールに向かっていった。
(何故私と知らない男が同じ扱いなんだ⋯⋯)
納得がいかず、機嫌が悪くなっていくのが分かる。
「あぁ、いつの間にかあんなに綺麗になって⋯⋯あれじゃあ直ぐに誰かの目にとまってしまうじゃあないか!」
友人が嬉しいような寂しいような複雑な表情で言う。
(こいつは昔から彼女に過保護だったしな⋯⋯)
だが、彼の心配が頷けるくらい、今夜の彼女は美しかった。目が離せなくなるくらいに。
それ故に、隣にいる友人が彼女を見つめ続ける私に眉を顰めていたことには気づかなかった。