side:F
初恋だったの。
彼はお兄様のご友人で、私が幼い頃からずっと優しくしてくれていた。お兄様は口には出さないけれど、きっと私の気持ちに気づいていたのだと思う。偶にさり気なく彼と会う機会を設けたりしてくれていたように思う。
私も遂にデビューの年になり、そう遠くなく縁談などが舞い込んでくるだろう。その前にと、勇気を振り絞って想いを告げた。
「幼い頃よりお慕いしておりました」
みっともなく声が震えてしまったが、私の告白を聞いた彼の反応をちらりと覗き見ると、少しも表情を変えることはなく、この次に何と言われるかが容易に想像できてしまう。
「すまない」
(聞きたくない)
「君のことは、友人の妹としてしか見ることができない」
それを告げることになんら心を揺さぶられるような素振りもない彼に、私の初恋が終わったことを悟った。
(泣いてはだめよ。笑顔でお別れするの)
気を抜けば涙が零れてしまいそうな中、絶対に泣いてたまるかと堪え、渾身の笑みを見せる。
「お時間を頂戴してしまい申し訳ありませんでした。どうか、この事はお忘れください。──さようなら」
最後まで笑顔を絶やさず、できる限り優雅に歩いて去った。屋敷の自室に戻ってからは、寝台に突っ伏して只管涙が涸れるまで泣き続けた。家族や屋敷の者達も察してくれたのか声を掛けずに放っておいてくれたのがとても有難かった。
大好きだったの。初恋だったのよ。⋯⋯でも、それもお終い。明日には全部過去のことにしてみせる。だから、今だけは──
「流石は我が妹。一番綺麗だよ、僕の妖精さん」
デビュタントの日、私はお兄様にエスコートされて会場に赴いた。
お兄様は私と彼がどうなったか分かっているのだろうに、そんなことは関係ないとばかりにおちゃらけながらも、心から私を褒め讃えてくる。
お兄様と一曲踊った後、二人で飲み物を飲んでいたら、告白の日以来でお会いする彼とお会いした。
彼が私を見て目を少し見開いたのが分かる。そんなにおかしな格好だったかしら⋯⋯。
「デビューおめでとう。見違えたよ、とても綺麗だね」
そう言われて、ドレスが似合っていなかった訳ではないことにホッとした。
「ありがとうございます。光栄です」
お世辞だと分かっているため、当たり障りのない返答をする。彼が少しムッとしたのが分かり、何か失礼なことを言っただろうかと焦ってしまう。
「あの、何か失礼を?」
「い、いや何でも⋯⋯そうだ、一曲私と踊っていただけませんか、レディ?」
エスコートの手を差し出され、誘われるとは思っておらず、お兄様をちらりと伺うとにこやかに笑って小さく頷いた。じゃあいいか、と思い差し出された手を取る。
「⋯⋯願いします」
踊ってる最中、ふとさっきのお兄様が微かに苛立っていたように感じ不思議に思ったが、彼の後にも数人の男性にダンスに誘われ、踊り終わった頃には疲れきっており、忘れてしまった。