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華言葉の呪い -Freya-  作者: 衣吹
華言葉の呪い
9/24

【また黒い夜に誘う】

なかなか投稿できませんでしたが何とか6月中に間に合いました!!また長くなっておりますが、どうぞよろしくお願いします!!

 神殿ではレクイエが何やら書き物をしていた。何を書いているのかとその書物をセオドアが覗くと、知らない文字で何かがびっしりと書いてあった。


セオドア「すげえ、一つも読めない。なにこれ。」


レクイエ「古の言葉よ。2000年も生きてると、昔の事なんて忘れてしまうから、こうして書き留めておくの。呪いなんて無くても……ね。」


ヨハンネス「いわゆる日記ってやつか。マメだな。」


ヘレーナ「私も書いたことあるよ!なぜかいつも1日しか書かないけどね。」


レクイエ「それはもう続かないわね。それで、どうしたの?」


セオドア「あぁ、次の精霊のことを聞こうと思って。あと2体だろ?闇と光?」


レクイエ「えぇ、まずは闇の精霊を倒しましょう。闇の精霊を倒したあと、光の精霊の方が都合がいいのよ。女神の住むアールヴヘイムへの扉は光の精霊が守ってるから。」


ヨハンネス「なるほどな、そのまま行けるって訳か。」


レクイエ「その通りよ。残る2体の精霊は4元素の精霊より遥かに強いわ。試練を越えたことで炎の精霊には楽に勝てたかもしれないけれど、闇のクロユリと光のローダンセは手強いわよ。」


ヘレーナ「それでも勝つだけよ。絶対負けられないんだから。」


レクイエ「いい顔になったわね。さ、レオンの目も覚めたし明日には出ようかしら。クロユリはここから丁度南にある島にいるわ。ここからでもアカツキの引いてくれた陣が読み取れるから、すぐに着くわよ。」


ヘレーナ「じゃあヤンはお休み?」


レクイエ「そうね、船を使うことにはならないと思うわ。」


ヨハンネス「どんなやつなんだ?その、クロユリってのは。」


 レクイエは少し考える。手に持っていた筆をそっと机に置き、話を始めた。


レクイエ「彼女は……、とても性格が悪い。しかも呪いを操るわ。魔法との違いと言えば、効果が永続的なところかしら。魔法は一度魔法を掛けても、掛けた分の魔力でしか働かないのに対して、呪いは解呪するまで永遠に効果が持続する。」


ヘレーナ「呪い……。私達が死んでしまったときに華になるのも呪いなのよね。」


レクイエ「えぇ、でもこの呪いは女神が私達に直接掛けたものだからここまで効果があるけれど、クロユリの物はそれよりは劣るの。ヘレーナの魔法で充分対抗できると思うわ。」


ヘレーナ「うん、ちょっと安心した。」


セオドア「じゃ、出発は明日だな。イレネーにも伝えておくよ。」


レクイエ「お願いね。」


 イレネーのもとへ行こうとまたレオンの部屋を訪ねた。レオンは眠っていたようなので、そっと声をかけた。


イレネー「やぁ、皆。どうかしたのか?」


セオドア「明日闇の精霊を倒しに出るよ。イレネーはどうする?」


イレネー「勿論行くよ。武器の手入れをしておく、連絡ありがとう。」


ヨハンネス「そう言うと思ってたぜ。じゃ、また明日な!」


イレネー「うん。また明日。」


 イレネーは憑き物が落ちていた。もともと表情は柔らかかったが心の中で笑っていなかった。彼もまた一つ前へ進めたのだろう。誰かが笑っていると、こちらの気持ちも晴れて笑顔になる。人の感情とは不思議なもので、強い感情に人は引っ張られる。一人の笑顔は仲間の笑顔に繋がる。逆に言えば負の感情も伝染するものだ。楽しい空気の中で、一人が強力な負の感情を抱けばそれだけで空気は変わってしまう。イレネーは自分の不安を極限まで抑えてくれていた。それを常に出来るのは、良いことなのだろうか。セオドア達も部屋に戻った。ヘレーナは集めた薬草を分別し、瓶に細かく分けている。


セオドア「明日はまた討伐だな。ヘレーナも早く寝ろよ。」


ヘレーナ「うん、これ仕分けしてちょっとレオンさんの様子見たら私も寝るよ。」


ヨハンネス「結構掛かりそうだな。」


セオドア「仕分けなら俺達も手伝うよ。どれ使えばいい?」


ヘレーナ「ほんと?助かる〜。」


 ヘレーナにどっさりと薬草を渡され、一つ一つ分別していく。似たような種類のものも多いので、分からなくなったらすぐに聞いた。ヘレーナは薬屋から教わった知識に加えて、レクイエから東洋の医学も教わっていた。魔法を使えばすぐに治せるかもしれない、しかし人本来のあり方としては自然そのものの力を借りる方が今後のためにもなるだろうと考えていた。長い時間を掛けて仕分けを終えると、ヘレーナはレオンの様子を見に行った。


ヘレーナ「すぐ戻るから、先に寝てて!」


 セオドアとヨハンネスは布団に入り、懐かしい想い出の話をしていた。話は盛り上がり、お互い眠れなくなってしまっていた。ヘレーナもレオンの部屋から戻り、布団に倒れ込む。


ヘレーナ「まだ起きてたの?」


セオドア「あぁ、眠れなくなっちゃってね。」


ヘレーナ「私はもう眠いな〜。あ、でもホットミルクが飲みたい。蜂蜜たっぷりのあまーいやつ。」


ヨハンネス「それいいな……。昔よく飲んだなぁ。」


セオドア「あ、絶対また長くなる。」


 ヘレーナは倒れ込んだ状態から向きを変えることなくフワッと体を起こして立ち上がった。


ヘレーナ「よし、行ってくる。」


ヨハンネス「ヘレーナ、俺の分も頼む〜。」


ヘレーナ「やだ!」


 ヘレーナはそそくさと部屋を出ていってしまった。ヨハンネスとセオドアは顔を見合わせ、自分たちも部屋を出ることにした。ヘレーナを追いかけ蜂蜜ミルクにありつけた。3人でミルクを飲み干し、温まった所で部屋に戻る。とても良い夢が見られそうだった。日が昇り、身支度を済ませてレクイエのもとへ行く。イレネーが既に待っており、レクイエもまた伝統衣装から旅装束に着替えていた。ヤンも見送りに来てくれており、言葉を受け取った。


レクイエ「さぁ、行きましょうか。」


 仲間と陣を囲み、手を繋ぐ。レクイエが呪文を唱えれば、景色が変わる。慣れてきたものだ。着いた場所は夜だった。どこまでも続く荒野には所々木々が生えている。そして季節が変わったのかとても暑い。空を見上げると満天の星空が広がっていた。


ヘレーナ「綺麗。」


レクイエ「ほんとね。」


 少しの間、皆で空を見た。同じ世界で、見る場所が違えば景色も違う。


レクイエ「行きましょう、ここからすぐのところにいるはずよ。」


ヨハンネス「サクッと行こうぜ。」


 レクイエの案内で夜道を進んでいく。しばらく歩いていると進む先に街の光が見えた。


セオドア「見ろよ、街がある。クロユリは?」


レクイエ「どういうこと……?クロユリは、間違えなくこの付近にいるはずよ。精霊のこんなに近くで暮らす街があるなんて……。」


イレネー「アカツキからは何も情報はないのか?」


レクイエ「アカツキがこの場所を見つけたのは100年も前のことなの。その時は、何もなかったはずよ。」


ヨハンネス「100年も経ってんのか!?」


レクイエ「精霊は基本その場所に縛られているから、召喚や精霊同士の衝突がない限り一度見つけてしまえばそこから動くことはないのよ。」


セオドア「でも、なんで精霊と暮らせるんだよ。」


イレネー「とりあえず、行ってみないか?どちらにせよ、見てみなければ何も分からない。」


レクイエ「そうね。行きましょ。」


 街に入ると本当に平穏な街だった。酒場が騒がしく、家々は既に静まっている。旅人は珍しいのだろう、視線を感じるがそれ以上はなかった。


セオドア「何もなさそうだな……。でも、この圧迫感は確実に精霊の力だ。」


ヨハンネス「俺達でこんなに押し潰されそうなのになんでここの住人は平気な顔してんだ。」


セオドア「とりあえず酒場にでも行ってみようか。何か分かるかもしれないし。」


 酒場に入るととても賑やかで、人々が音楽に合わせてダンスをしたりお酒を楽しんだり賭けをしている者達もいた。それぞれで夜のひと時を楽しみ、明日の英気を養っている。セオドア達は半分に分かれることにした。セオドア、ヨハンネス、ヘレーナとイレネー、レクイエで分かれそれぞれ話を聞いていく。イレネーは持ち前の容姿と吟遊詩人としての話術で次から次へとこの街の情報を入手していった。レクイエはその隣で睨みを効かせていた為、若夫婦と客達から言われていた。セオドア達はカウンターの席に座り、バーテンダーに話を聞いた。


バーテンダー「やあお客さん。珍しいね、旅人さんかい?」


セオドア「あぁ、北欧の方から来たんだ。とりあえず麦酒を。彼女には何かジュースを頼む。」


バーテンダー「了解だ。それじゃそこのお嬢さんにはこの土地で採れる名産のジュースを作るとしよう。」


 バーテンダーは手際よくセオドアとヨハンネスの前に麦酒を置き、ヘレーナのジュースを作り始めた。フルーツの皮を剥くと中には宝石のようにキラキラと輝く細かい粒が溢れんばかりに詰まっていた。その実の半分ほどをつぶしてオレンジのジュースと合わせる。そして残った果肉を混ぜ合わせ、オシャレなグラスに注いで提供した。


バーテンダー「はいお待たせ。楽しんで。」


 しばらくは様子を見ようと、適当に会話をしながら酒を楽しんだ。ここの酒はかなり美味しかった。ヘレーナも美味しそうにそのジュースを飲んでいる。精霊の気配は感じながらもやはり人々は普通に暮らしていた。違和感が恐ろしいほどない。ヨハンネスは遂に真意を問うた。


ヨハンネス「この街って誰が作ったんだ?」


バーテンダー「あぁ、この街はクロユリ様が興したんだ。歴史は浅いが、いい街だろ?最初は誰もいなかったが、この荒野で迷う人々を救ってくださったのが始まりらしい。」


 三人は顔を合わせた。その名は確かに自分達の追う精霊の名だった。


セオドア「その人って今もいるの?」


バーテンダー「あぁ、街の外れに城があるんだ。そこにいらっしゃるよ。」


ヨハンネス「そいつに、会ったことあるのか?」


バーテンダー「あぁ、顔は見たことないけどこの街に住んでるやつは、皆一度は会ってるはずさ。」


セオドア「見たことないのにいい人だと分かるのか?」


バーテンダー「俺もクロユリ様に救われてるからな。荒野で迷っちまって水も食料も尽きていつ死ぬのかも分からん時に声が聞こえたんだ。その声に導かれてこの街に辿り着いたって訳さ。」


ヘレーナ「へ~凄い人なんだね。この街は暮らしやすい?」


バーテンダー「そりゃもう。故郷には帰れないよ。クロユリ様はきっと魔術師なんだろうけど、そんなの関係ないくらいいい人だ。故郷は魔術師の差別がひどくてね。君も魔術師だろう?ならきっとこの街が気に入る。そうだ、明日クロユリ様に会ったらいい。俺に声を掛けてくれたら案内するよ。」


 三人は一瞬の沈黙の後、答えた。


セオドア「それは助かる。一晩考えてみるよ。」


バーテンダー「そうかい、それじゃ答えを楽しみにしているよ。」


ヨハンネス「酒ごちそう様。美味かったよ。」


 ヨハンネスは銀貨を3枚置いて席を立った。もしものために集合場所は街の外にしていた。セオドア達が集合場所に着いてからしばらくしてイレネー達も戻ってきた。


イレネー「待たせてしまったか。」


セオドア「いや、そんな事ないよ。それで?そっちはどうだった?」


イレネー「街の人々はクロユリに心酔しているようだった。だが、クロユリは本当に何も手を下していなさそうなんだ。」


ヨハンネス「それはこっちでも聞けたよ。荒野で彷徨う人を助けてこの街に住まわせたって。でもそれだけでそんなに崇めるかね。」


セオドア「自分が死ぬかもしれないってときに助けてくれてそのまま住む家までくれたらそりゃ信頼するだろうけどさ。」


イレネー「私が気になったのはそれだけではない。話を聞く限り、ここに住む事を決断した者は皆家族がいないんだ。つまり、外の世界へ引き留める者がいない。」


レクイエ「クロユリは身寄りのない者を集めて、ここに居場所を与えた。人は孤独に耐えられないから、救ってくれたクロユリは彼等からしたら崇拝に値するのでしょうね。人は苦しい時程、力のある者を称えて持ち上げる。あまりに過激で、大勢からして正しくなかったとしてもね。」


セオドア「バーテンダーのおじさんが明日クロユリのもとへ案内するって言っていた。クロユリは、俺達がここに来ていることに気付いてるのかな……。」


レクイエ「恐らくね。私がもっと彼女の眼を視ていれば……、この事態にもすぐに気付けたはずなのに。ごめんなさい。」


ヘレーナ「クロユリは、人と会うけれど姿は出さないって言っていたわ。そのバーテンダーの人も声だけだって言ってたから。だから、レクイエがクロユリの眼で視ていても、分からなかった事だと思うよ。」


レクイエ「ありがとうヘレーナ。でも、どうしましょうか。」


セオドア「精霊は倒さなければならない。クロユリが人々を救ったのは本当に真実なのか?都合の良い人々を集めて何がしたいのかは分からないけど、彼らは本当の意味で救われてない。クロユリに依存している以上は、自由とは言えない。」


ヘレーナ「でもここの人は自由を求めていない。きっと今が一番楽なのよ。死ぬような思いをして、救われて……変わろうなんて思えないよね……。」


イレネー「人々はクロユリを信じている。そんな中で、クロユリを殺せば街は混乱するだろう。」


ヨハンネス「どうすれば良いんだろうな。クロユリの真意も分からん。なんでこんな手間の掛かることしてまでなんで人を集めてる?」


レクイエ「それを知らないと戦えないわね。でも街の人から聞けることはもう無いと思うわ……。」


セオドア「一人でもいないのかな。クロユリを心から信じているわけではない人って。」


 仲間達は少し考えた。そしてイレネーが何かに気が付き声を上げた。


イレネー「子供達は?この街で出会った男女から生まれ育ったのであればクロユリの教えを受けるだろう。だが、直接救われたわけではない。少しでもその教えに疑問を持つことは無いか?」


セオドア「なるほど、確かにそれはあるかもしれない!」


レクイエ「その教えを当たり前に過ごしていたら疑問すら覚えないような気もするけれど……。」


ヨハンネス「その点は問題ない。俺たちがそうだったんだ。あんな村早く抜け出したくて仕方なかったもんな。家族は良いんだ、でも風習が気に入らねぇ。」


セオドア「だから幼い頃からいつか村を出るって決めていたんだ。俺達が正しいとは思ってないけど、少しでもこの街に疑問を持つ人が居てくれれば。」


ヘレーナ「少しは希望があるかもね!でもクロユリは私達のこと放っておくかな。」


ヨハンネス「大丈夫、あっちから手を出すつもりならもう出されてるって。」


イレネー「明日、昼間なら子供達もいるだろう。もう一度話を聞いてみよう。」


セオドア「そういうことだ!日の出まではもう少し時間がありそうだし、街で宿屋を探すか?」


レクイエ「いや、街に長居するのはあまり良くないと思うわ。もう少し離れたところで野宿しましょう。」


ヨハンネス「おっし、さっきまで寝てたのに空が暗いと眠くなってくるな〜。」


 岩場の影に腰を下ろし、特に話す話題もなくただ空を見上げる。なんでもない時間だが、いい時間だった。会話と静寂を繰り返すうちに、朝日が登ってきた。街に戻ろうかと立ち上がり、来た道を戻る。街では、既に子供達が楽しそうに走り回っていた。


ヨハンネス「お〜やってるやってる。じゃあヘレーナ、あとは頼む。」


ヘレーナ「私!?」


ヨハンネス「ガキ相手なら適任はお前しかいないだろ。イレネーはおっさんだしレクイエは顔が怖い、セオドアはギリギリいけるけど女の子には声を掛けるなよ?」


 ヨハンネスはイレネーとレクイエに挟まれて強烈な一撃を食らった。


イレネー「確かに大人が声を掛けるよりは若い君達が声を掛けるほうが適任だろう。さ、早く行ったらどうだ。」


レクイエ「私、別の所で話聞いてるわ。そっちはやっといて。」


 レクイエはスタスタと街の外れの方へ歩いて行った。イレネーも悪い笑顔で背を向ける。


ヨハンネス「いちち……。やられたぜ。イレネーのやつ、完璧フェイスが崩れてきてるな。……おいヘレーナ見てみろよ、もうあんなに仲良くなってる。」


 ヨハンネスが指差す先には子供と目線の高さを揃えてゆっくりと話すヘレーナの姿がある。子供がヘレーナの手を引いて走り出した。ヘレーナは純粋な笑顔で応じている。


セオドア「目的覚えてるかな……。」


ヨハンネス「ま、いいんじゃないか?仲良くなったほうが情報は聞き出せるだろ。」


 セオドアとヨハンネスはヘレーナの様子を遠くから見守っていた。イレネーは一人では危ないと思いレクイエを探しに行き、一方そのレクイエはうまい具合に話を聞いて周っていた。


ヘレーナ「君たちは、クロユリ様のこと好きなの?」


元気な少年「もちろんだよ!!クロユリさまはとっても優しくて僕たちに美味しいご飯をくれるんだ!」


元気な少女「そうそう!!あと……おもちゃもくれるよ!!一緒に遊んではくれないけど、いっぱいくれる!」


 子供達は楽しそうに話していた。とてもそれについて疑問を抱いているような様子はない。ヘレーナは頷きながらその視界の端に、遊びに参加していない少し大人びた子供が見えた。彼は本を読んでいる。ヘレーナはあの子供に次は声を掛けようと考えた。


ヘレーナ「そう、良かったわね〜。じゃあお姉さんもう行くね。皆も、沢山遊ぶのよ!」


 ヘレーナは笑顔で両手を振った。子供達はジャンプをしながら大きく手を振っている。そしてヘレーナは本を読む子供に声を掛けた。


ヘレーナ「こんにちは、私昨日この街に来た旅人のヘレーナっていうの。もしよかったら、この街のこと教えてくれない?」


 子供はじっとヘレーナの眼を見つめた。ただじっとその虹彩に惹かれたあと、返事をくれた。


アズール「ぼくアズール。お姉さんは……自分で生きてるんだね。だからお話ししてあげる。」


 ヘレーナはアズールという少年の言っていることが良くわからなかった。


ヘレーナ「皆は違うの?」


アズール「みんなにはないしょだよ。僕思うんだ、皆生きてない、生かされてるんだって。」


ヘレーナ「クロユリ様に?」


アズール「しー!……、そうだよ。お母さんもお父さんも友達もみーんなクロユリ様に生かされてるんだ。みんなクロユリ様は優しいっていうけど、僕は優しくないと思う。なにもかもくれるのは、僕たち何もできないままだもん。」


 ヘレーナは心から驚いた。この子はまだ10にも満たないように見えるが、考え方はあまりに大人びている。この街に生まれ、たった一人で疑問を抱き自問自答を繰り返した結果だろう。


ヘレーナ「私も、そう思うわ。クロユリ様に頼ってばかりじゃ楽かもしれないけど何も成長しない。」


アズール「うん、だから僕は早く大人になりたい。そして、この街で皆が一人で生きていけるようにたくさん教えてあげるんだ。」


ヘレーナ「へ〜、素敵ね。クロユリ様は誰にでも、そうして与えてくれるの?」


アズール「ううん、年を取った人は助けてないと思う。今でもクロユリ様が助けた人がこの街に来ることはあるけど皆若い人なんだ。それに、絶対死んじゃいそうになるまでは助けないよ。ここに来るのは皆ボロボロで今にもお華になりそうな人ばっかり。きっと自分の事を信じさせる為にそういうことしてるんだと思う。」


ヘレーナ「どうして、信じさせるんだと思う?」


アズール「それが分かんないんだ……。何度も考えてるんだけど、どうしても答えがわからない。この本にも書いてないし。」


ヘレーナ「難しい問題よね。私達も今それを知りたくて皆に話を聴いているの。その本には何が書いてあるの?」


アズール「この本にはご飯の作り方とか、家の建て方とか沢山載っていたんだ。」


 アズールが大事そうに抱える本はよく見ると見覚えのある字だった。


ヘレーナ「この本……どこで手に入れたの?」


アズール「ずっと向こうだよ。散歩してたら見つけたんだ。」


 アズールの指さした方向はアカツキの描いた陣の方向だった。アカツキがこの地に陣を描いた時はまだこの街は存在しなかったはずだが、丁寧に書かれた本はいつかこの地に降り立った人に向けたものだったのだろうか。


ヘレーナ「私この本を書いた人を知ってるかもしれない。」


アズール「ほんと!!?僕会いたい!」


ヘレーナ「今度連れてくるよ。だからそれまでしっかりお勉強するんだよ。」


アズール「うん!僕しっかりやるよ!!お姉さんも、気を付けてね。ここの人、怖いから。」


ヘレーナ「えぇ、ありがとう。」


 ヘレーナは遠くで見守るセオドア達のもとへ戻り、今の話をした。イレネーとレクイエはまだ戻っていないようだった。


セオドア「なるほど、結局クロユリの真意は掴めず……か。」


ヨハンネス「やってる事は多分良くない事なんだろうな。なんか難しくてよく分からん。あのガキすげえな……。」


ヘレーナ「ホント、凄い子だったわ……。あ、イレネー!」


 セオドアとヨハンネスの視界にイレネーはいなかった。ヘレーナの視線の先にもイレネーはいない。キョロキョロと辺りを探していると、血相を変えたイレネーが空から降ってきた。その手には一輪の花と簪が握られている。


セオドア「うお、びっくりした……!どうしたイレネー、レクイエは?」


イレネー「街の裏路地にこれが……。おそらく、レクイエの物だ。」


ヘレーナ「レクイエの簪と……スノードロップ?」


 その花は咲いていたのではなく、簪に添えられていたらしい。明らかに人為的に置かれていた上、この街を全て見たがレクイエはいなかった事をイレネーから聞いた。


ヘレーナ「死華では無さそうね。レクイエの事はしっかり分かるし……誰かに拐われちゃったのかな。」


ヨハンネス「でもレクイエが拐われるなんて事あんのか?あいつだって結構やりてだぜ?」


イレネー「クロユリが現れたとなれば話は別だ。精霊は、私達がここにいることを知っていた。そして、誰かが一人になるのを待っていたんだとしたら……?」


セオドア「まずいな、とにかくレクイエを助けよう。クロユリの城は近いって言ってたけど……。」


ヘレーナ「案内してもらう?バーテンダーさんに。」


ヨハンネス「精霊信じてるやつに案内させんのか?殺しに行くんだぞ?」


イレネー「城ならさっき見えたから大丈夫だ。私が案内出来る。」


セオドア「なら急ごう。頼むイレネー。」


 街を飛び出し北へと走った。岩山の上に大きな城が見える。クロユリの城なのだろう。岩山にかかる階段を駆け上り、大きな扉をイレネーが蹴破った。内装はどれもホコリを被り蜘蛛の巣が張っている。とても誰かが住んでいるような場所には見えなかった。正面には大きな階段があり、その先にはまた大きな扉があった。


セオドア「酷いところだな……。」


ヘレーナ「気味悪いわね。でも早くレクイエを助けなきゃ。」


 城の中を進もうとすると、突然激しい耳鳴りがした。激しい頭痛が起こるほどの耳鳴りの中声が聞こえる。


クロユリ「よく来てくれたわね。皆せっかく来てくれた所で悪いけれど、簡単にお目当てのことをさせるわけにはいかないわ。それじゃあ、ね。」


 突然床が抜け、全員が地下へと落ちていった。地下は深く、いつまでも落ちていく。


ヘレーナ「飛べ!!!」


 床にたどり着く寸前、ヘレーナの魔法によってなんとか助かった。あまりに地下深いそこは光が何もなく、真っ暗だった。


ヨハンネス「助かった……。あ、助かってねぇか……。」


ヘレーナ「光よ!!」


 ヘレーナのもつ杖の先端が明るく輝き、あたりの景色が見えてきた。その場所は牢獄に見えた。太い鉄格子と、身の毛がよだつ様な拷問器具が並んでいる。その中には、まだ乾ききっていない血がついた器具や、レクイエが着ていた服の破られた端切れが落ちている。


セオドア「レクイエ!!?まさか……!!」


ヘレーナ「すぐに地上に戻ろう!私が破壊する!皆離れて!」


 ヘレーナが魔力を杖に込め、それを鉄格子に向かって放った。鉄格子にはクロユリの力が奔っていたが、魔力を手に入れたヘレーナの魔法が優った。


イレネー「すぐに上へ!!」


 牢を抜け出しあまりに長い螺旋階段を駆け上がる。地上への長い長い道のりの中、天井から沢山の矢が降り注いだ。誰よりも早く反応したヨハンネスがその身に当たるより先に全て回収し、自分の矢筒に入れた。


ヨハンネス「矢切らしてたんだ、助かったぜ。」


セオドア「余裕だな。」


ヨハンネス「買うと高いんだよ。そっちに余裕がねぇ。……おいマジか。」


 ヨハンネスが上を見上げるといくつもの大きな岩がゴロゴロと螺旋階段を転がってくる。それに気が付いたイレネーは前に躍り出た。


イレネー「下がって、破片に気をつけろ!」


 槍を構えて一呼吸置く。ギリギリまで引き付け、一気にその力を開放して岩を突いた。岩はその衝撃を次の岩に伝え、その岩はまた次の岩に伝えた。岩は全て一瞬で粉々に砕け散り、破片はヘレーナのバリアによって防がれた。


イレネー「はぁ……はぁ……。」


ヨハンネス「すんげえパワー。」


イレネー「……さぁ、行こう!!」


 長い槍を背中に戻し、階段を駆け上がっていった。やっとの思いで元の場所に辿り着き、大きな扉へと進んでいくと、ひとりでにその扉は開いた。回廊の先には玉座に座り、ぐったりと項垂れるレクイエがいる。髪は乱れ服は裂けて肌が露出し、その胸には『裏切り者』と刃物で刻まれていた。


セオドア「レクイエ!!」


 レクイエのもとへと走るとその玉座の裏から精霊が現れ、その圧力に足を止められた。


クロユリ「いらっしゃい、余興は楽しんでもらえたかしら。」


イレネー「クロユリ……!!」


クロユリ「この子綺麗でしょう?だから私の作品にしようとずっと思っていたの。でも私はここから離れられないから、来てくれるのをずっと待っていたのよ。もうすぐ完成するから、楽しみにしていてね。」


 クロユリがレクイエの方を向いた瞬間、イレネーが飛び掛かりその手を貫き落とした。レクイエを玉座から抱き上げ、間合いを取った。クロユリはイレネーに攻撃を放つがセオドアが受け止め、弾き返した。その隙にクロユリから更に距離を取る。レクイエを下ろし、声を掛ける。


イレネー「レクイエ……!レクイエ!!」


 身体を揺らすが反応がなく、氷のように冷たかった。その首に触れても、脈もない。ヘレーナが急いで治癒の魔法と服を直す魔法をかけると外傷は消えたが、その瞼は固く閉ざされたままだ。クロユリは微笑んでその様子を見ている。


クロユリ「この子は凍ってるの。私の呪いでね。」


ヨハンネス「じゃあお前を殺せば呪いも解けるな。死ね、クロユリ。」


クロユリ「いいえ、ほとんどの呪いは術者が死ねば解けるけど、この術は特別。さぁ、私から聞き出してごらん?」


 クロユリは失ったはずの手が再生しており、攻撃を始めた。セオドアとヨハンネスで攻撃を受け、反撃を開始した。


セオドア「イレネーとヘレーナはレクイエを護ってくれ!!」


ヘレーナ「任せて!!」


 ヘレーナは自分を中心にしたバリアを張り、杖をセオドアとヨハンネスに振りかざし、筋力を増強する魔法を掛けた。


ヘレーナ「レクイエは、まだ魂は凍ってない。大丈夫、護り抜こう!!」


 セオドアとヨハンネスの猛攻は確実にクロユリを抑えていた。二人の息はピッタリと一致し、リズムを生んでいた。もはや指示など出さなくても、互いの動きが分かる。クロユリが二人同時に攻撃を仕掛けては、どちらにも避けられてしまう。クロユリがセオドアに攻撃を放てばその呪いを両断し、隙間からヨハンネスが回転をかけながら両手に持ったナイフで切り裂いた。ヨハンネスに攻撃を仕掛ければ、見事にその呪いを避け後ろにいたセオドアに命中しダメージを受ける。一度当たればその痛みはクロユリを倒すまで続く。ふざけんなと罵り合いながらもしっかりとクロユリを追い詰めていくのは20年以上、共に育ち共に戦ってきたからこそなせる技だった。試練を乗り越え、それぞれが成長し二人を止められるものはいない。刃と呪いが入り交じる戦いで遂に、クロユリの急所を避けながら刃で挟み撃ちにしてその動きを封じた。


クロユリ「殺すの?」


セオドア「殺すさ。俺達は、世界を変える。それが人の為になると信じてるからな。」


クロユリ「危険な思想……。でもいいの?私を殺したら、彼女の助け方も分からないでしょ?それに、あの街の人達は?私が消えたらどうなるかな。」


ヨハンネス「レクイエは絶対助けるさ、解く方法はあるらしいし。なんとかなんだろ。で?街の人がなんだって?」


クロユリ「いいのよ、これこそ私が見たかった景色。あなた達は完璧だったわ。街の人々よりも、仲間を優先する。美しい絆ね。素晴らしい……さ、私は女神の一部に戻ってそのフィナーレを見る。じゃ、頑張ってね。」


 クロユリはセオドアの刃を自ら急所に突き刺した。クロユリの身体は砂のように消えていく。セオドアに掛けられた呪いも解けて闇の精霊を倒したはずだが、実感が沸かない。二人は目を合わせて頷き合い、イレネーとヘレーナのもとに戻った。イレネーの腕に抱かれたレクイエは相変わらず目を覚まさない。ヘレーナが戦いの間に一通り診たが原因は分からなかった。


ヘレーナ「魔法も効かないし、どうしたら……。」


 イレネーは悔しさに唇をかみしめていた。自分が護りたいと思った人は皆この手をすり抜けていく。そもそも、手を伸ばしてすらいなかったのかもしれない。今の幸せを失うのが怖くて、何も行動出来なかったのかもしれない。大切な人を結局誰も護れない自分に怒りを覚える。レオンを助け出し、なんのためにこの旅についてきたのか目的さえ見失っていた。全身が騒がしく、動悸がする。


イレネー「何も出来なくて……、すまなかった……。」


 レクイエの顔に掛かった髪を撫で、冷たい唇にキスをした。その光景を見たヘレーナは両手で口を覆い、顔を真っ赤にしている。セオドアとヨハンネスも驚き、開いた口が塞がらない。熱いキスを交わし、イレネーが体を起こす。腕にレクイエの熱が伝わる。そしてゆっくりと閉ざされた瞼が開いた。イレネーはその美しい眼を見つめて微笑みを返した。


レクイエ「信じてたわ。」


 レクイエはイレネーを力強く抱き締めた。イレネーも抱き返し、その頭を優しく撫でた。若者達は目のやり場に困っていたが、それをなんとか受け入れ二人に寄り添った。


ヘレーナ「目が覚めて良かったわ。でも安心してはいられない。クロユリが気になること言ってたから。」


セオドア「そうなんだ。街が心配だ、すぐに戻ろう!」


 イレネーが差し出した手を取り、レクイエは立ち上がる。身体はもう何ともないようだ。辺りを見渡し、圧力が無くなり軽くなった実感を得る。


レクイエ「クロユリは倒したのね。」


ヨハンネス「あぁ、俺とセオドアでな。さ、行こうぜ。何もなってないといいけど。」


レクイエ「あの街に陣を描いておいたわ。飛びましょう。」


ヘレーナ「力を使って大丈夫なの?」


レクイエ「えぇ、やられたところはヘレーナが治してくれたし、呪いも解けてる。多分今私が一番元気だわ。さ、手を繋いでて。」


 レクイエが速攻で地面に陣を描き、街とつながるように術をかける。手を繋ぎ合い、景色が変わる。街の裏通りに辿り着くと、騒がしい人々の声が聞こえる。表通りに出ると人々は自らその命を断っていた。


セオドア「な、何してるんだ!!」


 首を切り裂こうとしていた男を抑えた。包丁を奪い解放すると、取り返そうと迫ってきた。


男「クロユリ様が……居なくなってしまった……。もう誰も生きてはいけない……。クロユリ様のもとへ行くんだ……。」


セオドア「しっかりしろよ!クロユリなんて居なくても生きていける!!こんな所で死ぬな!!」


男「もう俺達にはクロユリ様しかいない……死なせてくれ……。」


 男は自ら自分の舌を噛み千切った。男は倒れ苦しみ、やがて華になった。彼が何を言っていたのかもう分からない。仲間達もそれぞれ人々の後追いを止めてくれている。母親は子供の喉を切り裂き、自分の胸にナイフを突き刺す。セオドアは間に合わなかった。街は次から次へと鮮やかな華々に彩られていく。通りを脱力したように歩くバーテンダーを見つけた。セオドアが駆け寄り、様子を聞いた。


セオドア「マスター!ねぇ、街で何があったんだ!」


バーテンダー「……クロユリ様から声が聞こえたんだ……。ここを訪れた旅人に私は殺された……と。これが最後の声だと……。なぁ、お前達なんだろ?旅人はお前達だけだった。なんでクロユリ様を殺したんだ!!お前達がなんの目的で来たのか知らないけど、俺達にとってたった一人の救世主なんだよ!!許せない……、許さない……!!」


 バーテンダーは割った酒瓶の破片をセオドアの胸に叩きつけた。セオドアは避けも受け止めもせずにただその小さな刃に刺され、服に血がじわりと滲んでくる。


セオドア「悪かった……。」


 クロユリに善意などなく、人々を選別した上でここに集め、自分の思う通りに動かせるようにしてこの日を迎えさせた事も全部分かっている。彼女の言っていたフィナーレがまさに完璧な状態で行われている。全ては自分が消えた時に、人々が自ずと後を追うようにさせたのだ。分かっていても、純粋な彼らにそれを伝えることは出来ない。ただ、自分の行いそのものを間違っていたとは思えない。しかし、他に出来ることはなかったのかという言葉が頭を埋め尽くす。結果的に人々を苦しめた事実は変わらない。その点についてはただ謝る事しか出来なかった。クロユリはセオドア達が一番苦しむやり方を知っている。ついに街には火の手が上がり木造の家が次々と燃えていく。ヘレーナは大雨を降らせた。火が弱まると共に、頭に浮かぶのは人々を助けるべきなのか、むしろそのまま何もしないのべきなのかという選択だった。無くなって良い命などない。だが本人がそれを望んでいるとしたら。彼らに手を差し伸べるものが本当に誰もいないのならば、それが幸せなのか……。頭の中を思考が巡っているうちにバーテンダーはセオドアに刺した破片を引き抜き、遂に自分の首に押し当てた。セオドアは頭で廻る言葉を振り切りその手を固く握った。


セオドア「クロユリは、君達に不自由のない生活を与えてくれた。でも甘さだけが真の優しさか!?クロユリに騙されていたとは言わない。でもこれだけは言える。死んでもクロユリには会えない!!そして死など選ばなくても、世界はそんなに悪い所じゃない!生きてさえいれば、何度だってやり直せる……!俺達が皆を自由にする……!だから……」


 セオドアは突然大きな衝撃を受けた。隣に建っていた家は家主が自分から火を着けたようだったが、先程まで火は収まっていた。しかし窓が割れ、酸素が入って爆発したのだ。セオドアの影にあったバーテンダーは衝撃を免れたが、セオドアは通りの向かいに建っていた建物に叩きつけられた。全身が痛みながらもなんとか身体を起こす。バーテンダーはセオドアの手から解放され、首を掻ききってしまった。咲いた華はすぐ火に呑まれて燃えてしまった。なんの華が咲いたのかも分からない、もう、自分がなんの言葉を送ったのかも分からない。言葉は届かなかった。


セオドア「なんで……。」


 セオドアが顔を歪める。街の記憶が消えていく。昨日話した人々を思い出せない。頭が痛い。立ち上がれない。暗い考えだけが頭に残る。残り続けて暴れている。呼吸の仕方も忘れてしまうほど脳がうるさい。涙が勝手に溢れてくる。どうしたらいいのか全く分からない所に、誰かの手が肩に触れた。


ヨハンネス「セオ!!しっかりしろ!!」


セオドア「はぁ……はぁ……ヨハンネス……。」


ヨハンネス「……酷いな。立てるか?」


 差し出された手を取る。温かい。温かいんだ。友は生きている。負の流れに呑み込まれそうになっていた所を助け出してくれた。ただ傍にいてくれるだけで、良かったんだ。悩みは消えなくても、まだ諦めるわけにはいかない。


セオドア「ありがとう。……少しでも、まだ出来ることがあるはずだ。」


ヨハンネス「それでいいさ。行こう。」


 ヨハンネスに導かれ、広場へと向かった。そこにはヘレーナとレクイエが護る子供達と、まだ最近この街に移住した者達がいる。アズールもそこにおり、誰よりも落ち着きをみせていた。イレネーはそこにいる者達を道連れにしようとする者を止めている。まるで地獄絵図だった。きっと道連れにしようとするものは、それが正しいと、救いだと信じている。だから、その行動を止めるすべなど無いのだ。セオドア達はイレネーに加勢した。襲ってくる人の武器を奪い、気絶させた。目が覚めたら、悪夢は終わっていると信じる事しか出来ない。それでも、今この一瞬の負の流れに囚われて命を落としてほしくない。戦いは陽が沈むまで続いた。美しく大きな満月が昇り、街を照らしている。それに反して、心は沈んでいた。仲間たちも疲弊し、声を発さず皆俯いている。ヘレーナの手を誰かが小さな力で握る。


アズール「ヘレーナ……。大丈夫?」


 ヘレーナは我に返った。自分の前にはあまりに沢山の華が咲いている。でも、その背にもまた沢山の救えた人がいるのだ。月に照らされた人々は恐怖に怯えながらも、私達を受け入れていた。


ヘレーナ「ありがとう、私達は大丈夫。皆こそ、怪我はない?」


アズール「うん、ヘレーナたちが守ってくれたから。お父さんと、お母さん、助けてくれてありがとう。」


ヨハンネス「わりぃな、お前の父さんと母さんぶん殴って。」


アズール「ううん、お華にならなかったから。いいの。」


 セオドアも行動を起こそうと、前を向いた。ヘレーナとレクイエにクロユリの城へ行ってもらった。この街は復興が必要なうえ、しばらくは休める場所もない。城が主を失い、もし安全ならそこに滞在しようと考えたのだ。自分達が守る事の出来た人々に声を掛ける。


セオドア「皆……、日常を奪って、本当にすまなかった。ここは家が崩れるかもしれない、今仲間がクロユリの城を見に行っている。もしそこが安全なら、一度そこに移動しようと思う。少し、待っててほしい。」


 人々が混乱しているのが分かる。暴言も暴力も、何も起こらなかった。人々はただ静かにそこに座る。ヘレーナたちを待つ間に、気絶している人々を敷物の上に運んだ。すると、一人体格の良い男性が立ち上がった。そしてまだ倒れている人を、セオドア達と共に運んでくれた。その様子を見た他の人々も動き出し、意識の無い人を運んでいく。レクイエの置いていった敷物が足りなくなるとまだ倒壊していない建物に住んでいた者が自宅から敷物や薪を持ってきてくれた。セオドアはその結果に驚いていた。人々と協力し、全ての人を運んだ。感情が壊れる。自分達のしたことを許してくれているわけではない事も分かっている。でも、涙が止まらない。あのまま終わらせてたまるか、クロユリの思い通りにはさせないと、今からでも出来る事を全力でやる事を誓った。まだ心は罪に囚われている。でも、何もしなくていい事にはならない。悩むのは後にしよう。今はただ、やるだけだ。段々と人々は自分たちにどうすればいいかを聞いてくるようになった。イレネーが指示を出し、人々を導いてくれる。やがてヘレーナとレクイエも戻った。


セオドア「城はどうだった?」


ヘレーナ「うん、特に問題はなさそうだった。精霊の力は何も感じなかったから大丈夫だと思うよ。」


ヨハンネス「じゃあそっちに移動しようか。」


セオドア「うん。俺たちは先に気絶してる人たちを運ぶから、イレネーは住人を案内して。」


イレネー「分かった。じゃあ、そっちは頼む。」


 イレネーが一仕事終えた住人たちに城へ向かうように促した。大人は子供から離れないように指示し、人数を確認する。城ではヘレーナとレクイエがけが人の手当てにあたり、セオドアとヨハンネスは城を何往復もしてやっとすべての人を城へ運び込むことが出来た。イレネーは人々の周りを巡回した。何も起こらなければ良いが、何が起こるか分からない。それでも武器を持っていては恐れられると考え、槍は預けてある。やがて月も沈み朝が訪れる。だが陽は雲に隠れ空からは雨が降っている。この地は雨が少ないと住人が話していたが、今日はその少ない日に当たってしまったようだ。人々が食事できるようにレクイエは神の国からアカツキと料理人と沢山の食材を持ってきた。こちらからは勧めず、用意があるという事だけ人々には伝えた。アカツキはレクイエとヘレーナを手伝い、怪我の手当はあらかた終了している。セオドアとヨハンネスは意識の無い人々の傍にいた。目が覚めた時、すぐに説明できるように待機している。


ヨハンネス「せめて晴れなら気分もマシだったのにな。」


セオドア「そうだな……。」


 何も考えられずに空を眺めていた。すると、端の方で眠っていた男が目を覚ました。アズールの父だ。


セオドア「大丈夫か?気分は?」


アズールの父「ここは……。いったい何がどうなって……オ、オリヴィア、しっかりしろ!!」


 アズールの父は母をゆすった。オリヴィアと呼ばれた女性も目を覚ました。


オリヴィア「ああ、あなた。アズールは!?アズールは無事なの!?」


 オリヴィアはセオドアにつかみかかった。自分達を襲い、倒されたことを覚えていないのだろうか。


ヨハンネス「お、落ち着けって。アズールは無事だ。怪我もない。」


オリヴィア「あぁ、良かった……。私達……どうかしていたわ。ごめんなさい、あまり覚えていないのだけど、きっと何かひどい事をした気がするわ。」


セオドア「俺達は大丈夫。俺達こそ、皆には謝らなくちゃならない。」


アズールの父「クロユリ様のことは本当に君たちがやったのか?」


セオドア「あぁ……俺の剣がクロユリを貫いた。」


アズールの父「そうか……。」


 アズールの父はセオドアにこぶしを揮った。精霊と戦ってきた身体にその攻撃に痛みはほとんど感じない。だが胸が締め付けられる。息が出来ないほど苦しかった。


オリヴィア「あなた!!何てこと……!!」


ヨハンネス「セオドア!」


 ヨハンネスは唇を噛んでアズールの父を睨みつけた。


ヨハンネス「……俺も同じだ!!殴るなら俺も殴れよ!」


アズールの父「許せない……だが、君たちは命がけで我々を救ってくれた。いっそ見殺しにしてくれたなら……永遠に憎めたものを……。どうしても、お前たちが悪い奴だとは思えない。ならこの怒りはどうすればいい、この悲しみはどこへ行く?どうしたらいいんだ!!」


 アズールの父が叫ぶ。オリヴィアはその頬を叩いた。部屋中にその音が響き渡る。


オリヴィア「生きるのよ!!私達は生き残った。アズールもいる。私達は十分楽をしたわ。なら今度こそ、自分の足で立って、自分の考えを持って、苦しみながら生きていくしかないのよ!!」


 オリヴィアは涙を流しながら夫に訴えた。その声を聞きつけたのかアズールが部屋に飛び込んできた。アズールは真っ直ぐに母のもとへ飛び込み、共に涙を流す。その姿を見て、父も一緒に涙を流した。


ヨハンネス「母は強いな。」


セオドア「あぁ……。そうだな。」


 セオドアの心は晴れない。アズールの父の言葉が胸にぐっさりと刺さったままだ。きっと、言わないだけで皆そう思っている。あの雨が憎い。まるで自分を表しているようだ。情けない、自分だって、どうしていいのかなんて分からない。セオドアの様子を見たヨハンネスはセオドアの背を優しくさすった。そして同じように空を見上げ、まるで独り言のように呟いた。


ヨハンネス「正しい事って……なんだろうな。世界を元に戻す。それが俺たちの大義名分だ。そのために精霊を倒すことは、俺たちにとって正しく、人々にとっても良いと思った行動だ。だがこの街の住人にとって正しい事ではなかった。それどころか、彼らにしてみれば、救世主を、神様みたいに大好きだったクロユリを倒した俺たちの方が敵だ。どっちも正しくて、どっちも間違っている。一番苦しいのは、倒したらこうなると、分かっていたことだ。でも見ないふりをした。俺たちは、人間だ。答えなんてどこを探しても見つからない。だから……苦しみながら答えのない問いの、その答えを探そうと……生きるしかないんだろうな。」


 ヨハンネスはセオドアをゆっくりと見た。この声は、セオドアに届いていた。セオドアはヨハンネスを見なかったが、その目からは涙が溢れている。胸が熱い。鎖で締め付けられた心を、解放してくれる。その手が息をさせてくれた。しばらくそのまま泣いていた。ヨハンネスは何も言わず、落ち着くまでただそこにいてくれた。


ヨハンネス「やっと泣き止んだか。もう大丈夫だろ?」


セオドア「あぁ。もう大丈夫。少しだけ軽くなった。」


ヨハンネス「それでこそセオドアだ。ここは邪魔になる、彼らももう大丈夫だろ。後は任せよう。」


 ヨハンネスはその背を勢いよく叩く。


セオドア「いった。てめえ、覚えてろよ?」


 その表情には、少し笑顔が戻っていた。ヨハンネスも安心し、アズールたちに食事がある事やまだ目を覚まさない人のことを頼むと伝えヘレーナたちのもとへと戻った。


アズール「僕お腹空いた!!」


セオドア「じゃあ何か持ってくるよ。それとも一緒に行く?」


 アズールはやはり子供だった。純粋で、素直で両親の前では甘えを見せる幼い子供だ。


アズール「行く!!」


セオドア「じゃあ、行こうか。」


 オリヴィアはセオドアに微笑かけた。父親は俯いていたがアズールがセオドアと行く事を許した。大広間の方へ行くとまだ食事は誰も食べようとしなかった。ヘレーナと料理人がその場で待機している。ヘレーナはアズールを笑顔で迎えてくれた。


ヘレーナ「ご飯食べる?」


アズール「うん!」


ヘレーナ「じゃあどれにしよっか。これさっき味見させてもらったんだけどすごくおいしかったよ!!」


 ヘレーナはまたしゃがんでアズールに目線を合わせてメニューの説明をした。アカツキおすすめ鮭のおにぎり、鳥の照り焼き定食、魚の煮つけ、さらさら食べれるお茶漬け、うどんと色々だった。アズールは鳥の照り焼きを選択し、両親にはヘレーナがうどんを持っていくことにした。ついでに身体の具合も見ることにしている。料理人が手際よく鶏肉を焼き、皮目がパリパリになったところで裏返し、もう一つの鉄板でたれを作っている。鶏肉の火を消して蓋をして蒸らす。その隙にうどんをゆでた。出汁と合わせネギを散らす。大広間にはあまりに良い匂いが広がっている。誰も食事をしようとしなかったが、皆疲れてお腹が空いていた。子供たちがその両親と共に食事に並び始めた。料理人がその行列を見てにやりと笑った。


レクイエ「良かったわ。皆、ご飯を食べる気になってくれて。」


アカツキ「シュウを手伝いに行ってきます。」


レクイエ「お願い。そういえば、鮭のおにぎりあったから頂いて来れば?」


アカツキ「いえ、今はここの人々が優先です。私は帰ってから頂きます。」


 アカツキは姿勢よく、音を立てずに歩いて行く。シュウという料理人が料理を作り、アカツキが人々に渡した。子供の笑顔にアカツキの無表情の顔も少し和らいで見える。ヘレーナがアズールの両親を診た後、他にも数人目が覚め診察をした。ついでに何が食べたいかをアンケートを取り、アカツキに渡す。アカツキの顔を見てヘレーナはハッとした。


ヘレーナ「アカツキ!!ねぇこっちに来て!イレネー!アカツキ借りるから変わってくれない!?」


イレネー「わ、私か!?」


ヘレーナ「じゃあよろしく!!」


 ヘレーナはアカツキの手を引っ張って行ってしまった。扉がバンッと開いてすぐに閉じる。置いて行かれたイレネーは人々の視線を集めていた。とりあえず料理人のもとへ行き、人々の希望を聞いた。しかし、彼も料理のことをほとんど知らない。加えて料理人は寡黙だった。ヘレーナは確かに神の国の滞在中色々な物を食べていたような記憶がある。メニューを見てもおにぎりとお茶漬けしか分からない。料理人にどういう料理か聞くと静かに睨まれた。


イレネー「なんて理不尽……。すみません、何か希望はありますか?」


子連れの女性「あの……何か温かい物を。」


イレネー「それならお茶漬けがオススメだ。とても温かくて食べやすい。お子様にも、小さい物で用意しよう。」


子連れの女性「ありがとう、優しい方。」


 イレネーはなんだかんだ上手く人々を捌いていた。人々の希望を聞き、一番良いと思うものを勧めた。寡黙な料理人から元気な者にはぜひ肉や魚を勧めろと鋭い目で訴えられた。いい塩梅に食事が行き渡り、料理人も満足しているように見えた。イレネーは慣れない仕事に疲弊していた。しかし、最後には料理人の方からシュウと名を名乗り握手を交わした。


シュウ「その人にあった料理聞く。とても良い。」


イレネー「あぁ、ありがとう。」


シュウ「国に戻ったら特別な料理作る。食べにこい。」


イレネー「ぜひ、楽しみにしているよ。」


 一方ヘレーナはアカツキを連れてアズールのもとへ行っていた。アズールは口いっぱいにご飯を頬張っている。その膝には大切に本が置かれていた。


ヘレーナ「アズール。彼はアカツキ。」


アカツキ「その本は……。」


 アズールはまん丸の目をアカツキに向けている。そして自分が持っている本とアカツキの顔を見比べた。


アズール「この本、書いた人!?」


アカツキ「……えぇ、私が書いたものです。」


ヘレーナ「どうしてこれを?」


アカツキ「ここから少し離れたところに街がありました。だからこの荒野を迷う人々が必ず現れると考え、この本を残しました。例え道に迷っても、生きていく術がそこには書かれています。まさか、このように幼い方に拾われ、熟読されるとは思っていませんでしたが。」


アズール「僕、この本でたくさん勉強した!!この本から、新しい世界のことを知ったんだ。」


アカツキ「そうでしたか。立派ですね。ですが、世界は自分の目で見て周るのが一番です。あなたの世界はまだまだ広がると思いますよ。沢山の物を見て、考えなさい。そして、その世界のことを知らない誰かに教えてほしい。そうすればきっと、君の胸も水を得る。」


 アカツキはアズールの頭を優しく撫でた。アズールは全力で笑顔を見せる。ヘレーナはその二人を見守っていた。二人の姿はまるで教師と生徒だった。アズールの両親も微笑んでいる。


オリヴィア「さ、これからどうしましょうか。もういつまでもあなた達の力を借りるわけにはいかないわ。まずはどうやって家を建て直そうかしら。」


アズール「僕分かるよ!この本に書いてあるんだ!!」


アズールの父「そうなのか。」


アカツキ「えぇ、家を建てるときの基礎構造を書き記してあります。火の起こし方、森の中に生える植物の食べられるものや毒のあるもの、魚や肉の捌き方など、生きるために最低限必要なことは書き記してあります。それがあればしばらくはしのげるかと。」


オリヴィア「なんて素晴らしい。あなたも救世主ね。」


アカツキ「私は……皆さんに家を造りません。食事を与えるのも、今困っているから手を貸しただけです。私はやり方を教えるだけです。全て与えてくれた、あなた達の言っていた救世主とはかなり異なりますよ。」


オリヴィア「いいえ、今の私達の必要なのは教育。私達は自立しなければならないわ。そんな時にやり方を教えてくれる方がいるなんて、それはもう救世主よ。厳しい現実が待っているのは分かっている。でも、私には家族がいる。どんな困難だって、昨夜を超えるものはないはず。私達は乗り越えていけるわ。」


アカツキ「それなら、その本を活用してください。たまに、見に来ますので……。」


 アズールたちのように、人々は次々と再起していった。セオドア達をいつまでも恨むものはおらず、生きようと心を入れ替えた者たちは手を貸してくれたことに感謝していた。アカツキやシュウは先に荷物を持って神の国に撤収した。セオドア達も最後に街の人と別れを告げ、少し後にこの地を後にした。光の精霊討伐は一度神の国に戻り、レクイエが光の精霊を視て様子を確認してから行く事になった。レクイエと手をつなぎ景色が変わる。青々とした緑豊かな神の国。既に出迎えが来ており、レクイエはすぐに神殿へと連れていかれた。

 

 セオドア達は一度宿で身体を休めるとこになった。シュウはセオドア達の為に美味しい料理を作って待っていた。アカツキに促され、部屋ではなくシュウの店でその食事を食べることにした。店に入ると明朗な女性が迎え、席に案内された。メニューが普段は沢山あるようだがその女性にも今日は決まっていると選ばせてはもらえなかった。シュウはイレネーにアイコンタクトを取ると悪い笑顔でウィンクして見せた。苦笑いで応えると、満足したのかすぐに調理に戻った。しばらくして目の前に出されたのは一人一人に大きな鍋が与えられたすき焼きという料理だった。甘辛く煮た肉や色とりどりの野菜はあまりに美味しそうな匂いを漂わせ、その腹を鳴らせる。さらに野菜は様々な形に切り取られていた。その可愛さもまた楽しめる。そういえばあれからまともに食事をしていなかった。シュウは完全にしてやったりという顔をしている。肉は柔らかく、口に入れた瞬間とろけた。野菜は芯まで味が染み込み、柔らかく食べやすい。なんて美味しさだとそれぞれが与えられた鍋の中身は一瞬で空になった。その様子を見たシュウはにやにやとしながら次の料理を出した。ご飯ものと赤だしをだす。ご飯は炊き込みご飯というらしい。出汁や醤油で味のついた米もまたとても美味しい。赤だしはレクイエが旅の中で作る味噌汁によく似ているが味が違った。これもまたとても美味い。赤だしでほっと一息ついた所でデザートが運ばれてきた。デザートには黄色いモチで餡を包み、その形を月に見立てたものが出された。柔らかいモチの中に甘い餡が口に広がる。シュウの料理を骨の髄まで味わったところで、身も心も満たされた。シュウはまた不機嫌そうな表情をしているが、初めて会った時よりも柔らかい。何とも分かりやすい男だった。


 今回の度は本当に疲弊していた。部屋に戻ると布団が敷かれており、そのまま倒れこむように眠った。セオドアとヨハンネスは翌日もずっと眠り、目が覚めたのは二日ほど経っていたさすがに寝すぎたのか起きると骨がボキボキと音を鳴らしている。セオドアとヨハンネスは開けたところで試合をした。鈍った身体を元に戻すにはこれが一番効く。


ヨハンネス「おせぇぞセオドア!!」


セオドア「お前こそ!全部攻撃が軽い!!」


 その様子を、打掛を着たレクイエとこの国の着物を着たヘレーナがお茶を飲みながら眺める。着物は普段来ているドレスに比べて身動きがとりにくかったが鮮やかで沢山の柄のついた着物は着ていて楽しかった。


ヘレーナ「元気だね。さっきまで寝てたのに。」


レクイエ「それ位がちょうどいいわ。良く立ち直ってくれた。……全ては私が皆に頼んだ事。私に心配する権利なんてないのは分かってる。だけど、本当に良かった。」


ヘレーナ「うん!良かった良かった。レクイエのこと、誰もそんな風に思ってないよ。レクイエは、あの状況で一言だって弱音を吐かなかったでしょう?だから、頑張ろうって思えたのよ。……にしてもこのお茶初めて飲む味だわ。なんていうの?」


レクイエ「えぇ……抹茶よ。苦くない?」


ヘレーナ「ううん、すごく美味しい。お菓子と合うね!」


 ゆったりとした時間を過ごしているとヨハンネスが吹っ飛んできた。ヘレーナとぶつかり、飲んでいた抹茶が服に掛かってやけどをする。すぐに服についた緑のシミは消え、赤くなった肌も白く戻ったがその目は穏やかではない。


ヨハンネス「ヘ、ヘレーナ……わりぃ……。」


ヘレーナ「あっち行って……!!」


 ヨハンネスはトリイの先まで吹っ飛んでいった。セオドアもさすがに委縮してそっと視界から外れた。


レクイエ「あら、魔力のコントロール上手になったわね。」


ヘレーナ「でしょ!沢山練習したのよ。」


レクイエ「じゃ、私は行くわね。後で神殿にいらっしゃい。早いうちに出ましょう。光の精霊を視たけれど、彼は大きな変化はなかったわ。」


ヘレーナ「それは良かった。じゃあセオドア達が戻ってきたら行くわ。」


 セオドアがヨハンネスを連れて戻ってくると仁王立ちするヘレーナが目の前に現れる。既にドレスに着替え、いつでも相手になるぞという強い意思を感じた。


ヘレーナ「レクイエの神殿に行こ。イレネーも多分いる。」


セオドア「はい、すぐに……」


ヨハンネス「分かったですヘレーナさん……。」


 ツンとヘレーナは清まして神殿へと歩いた。神殿にはレクイエとイレネーが既に三人を待っていた。


レクイエ「光の精霊のことだけど、明後日発とうと思うわ。今日と明日で準備する。場所は北の果て。とても寒いところだから皆にコートを渡すわ。途中までは船ごと飛んで、しばらく海を渡り、陸地についたらそこはもう光の精霊の領域よ。確認したけれどあの地に人はいなかった。きっとクロユリのような事にはならない。でも、そこは……華に囲まれたところよ。光の精霊ローダンセはクロユリのように人を弄ぶようなことはしない。だけど、その分容赦がないわ。彼を倒せば、アールヴヘイムへの門も開く。旅もついに終盤ね。」


セオドア「じゃあ、明日に備えるよ。ヤンにも伝えとかないと。」


レクイエ「えぇ、お願い。少し距離もあるし、物資も補給しないとね。」


ヨハンネス「じゃあその辺はやっとく。また明日な。」


レクイエ「皆、無理はしないでね。日にちはずらせる。」


 セオドア達三人が神殿を去る。イレネーは立ち上がったものの、まだその場に残っている。固く口を噤んで、何か思いつめた様子だった。


レクイエ「イレネー、どうしたの?」


イレネー「レクイエ、何か隠していないか?ずっと疑問に思っていたことがあるんだ。女神を倒した、その後のこと。」


レクイエ「それが……どうしたの?」


イレネー「とぼけないでくれ……。君は、女神を倒したらどうなってしまうんだ。レクイエは、女神の呪いによってこの長い年月を生き延びた。なら、その呪いが解けたときどうなる?……君は、消えてしまうんじゃないのか……?」


 イレネーは振り絞るような声で言った。言いたくはなかった、言ったら現実になってしまう気がした。だけど、現実から目を背けたところで結果は変わらない。なら少しでも行動したい、そう考えた。レクイエは落ち着いている。目を伏せ、暗い顔をしている。


レクイエ「いつから、気が付いていたの?」


イレネー「君からこの世界の話を聞いた時から、疑問には思っていた。女神を倒し、世界を戻す。そのための旅。だけどレクイエは、死にに行くような顔ではなかった。この日々を力強く、優しく、楽しみながら生きていた。そして、私も、きっと皆もこの日々が楽しかったと思う。だからこそ、クロユリに拐われ倒れる君はあまりに静かで、儚かった。」


レクイエ「……そうね。私は、女神を倒せば共に消える運命。それでも、この革命を起こしたい。誰も忘れない世界は、もうすぐそこなの。私が夢見た懐かしい日々を取り戻すためには、あと少し。……黙っていてごめんなさい。でも、私はもう充分生きたわ。この命を終わらせたい。だから、どうか悲しまないで。」


イレネー「私は……。ただ前だけを見据えたその瞳が美しかった。出会って間もない私を救おうと必死になってくれた。優しく傷を拭い、癒してくれた。何もかもが嬉しかったんだ。私は君を失いたくない……。愛してる。」


 イレネーはレクイエを抱き寄せた。感じるその鼓動は紛れもなく生の証拠。レクイエも彼を受け入れた。その胸に身体を預け、このひと時を愛した。


レクイエ「私が人間ならば……、どれほど良かったか……。でもごめんなさい、私は死ぬわ。だから、あなたの愛を……受け取ってはいけない。あぁ……私達が女神を倒してしまったら、あなたは私のことを忘れることが出来なくなってしまうのね。なんて残酷かしら……。」


イレネー「忘れたいものか。忘れたくても、忘れられない。記憶が消えても、その空白は何にも埋める事は出来ないんだ。私は君のもとで最後まで槍を揮おう。そして、奇跡を信じる。だから、君もどうか……生きることを諦めないでくれ。」


 イレネーは更に力強くレクイエを抱き締めた。そして、レクイエを解放すると自分の首に掛かる指輪を白い指に通す。ぴったりだった。指輪はまるで最初からそこにあったかのように、しっくりと輝いている。


イレネー「これは、私が騎士だったころに王女から託されたものだ。レオンと話して、やっと分かった。この指輪が彼女の想いと共に受け継いだエルダーナ王室最後の品だ。いつかあなたが出会った素敵な人にこれを渡して……それに相応しいのは、君しかいない。」


レクイエはしばらくその指輪を眺めた。その輝きは、何年も経っているにもかかわらず美しさを保っていた。


レクイエ「綺麗な指輪……。沢山の想いが、込められているのでしょうね。……それを受け取るのは本当に私でいいの?これからもっと素敵な人に出会えるかもしれない、人生はまだ長いわ。何よりも、私はもうすぐいなくなる。あなたをこれ以上苦しみに溺れさせたくはない。」


イレネー「ここで、レクイエに思いを伝えられない方が苦しい。例えレクイエが消えてしまったとしても、私はこれでいいんだ。何よりも、そうならないと信じている。だから、受け取ってくれ。」


 レクイエは想いが溢れた。手が震えてしまう。人々から慕われ、この国を二千年間治め続けた彼女は、一人の人間として愛される喜びを感じる事がなかった。レクイエもイレネーが好きだった。それが愛なのかはまだ分からない。それでも、この気持ちを受け入れたいと心から思った。


レクイエ「なら、今だけは……この瞬間だけは、私を一人の女として、愛してくれる?」


イレネー「もちろん……。今だけじゃなくて、これからもずっと……。永遠に君を愛し続ける。」


レクイエ「あなたは宝物をくれたわ。私はあなたにあげられるものが何もない。この身すら、女神に奪われるもの。あなたが信じていてくれるなら、私も信じたい。……私は、マユキ。私の名前は、橘待雪。あなただけには、覚えていて欲しい。」


イレネー「マユキ……。君に、ぴったりの名前だ。大切な名前を教えてくれて、ありがとう。」


 イレネーは再びマユキを優しく抱き締める。そして、唇を重ねた。外にはもう月が昇っている。月は少しだけ欠けている。宿の縁側で、セオドア達はその月を見ていた。暖かいお茶と、お菓子が添えられている。そして、皆もまた同じ月を見ていた。優しい光が静かで長い夜を照らしている。

お付き合いいただきありがとうございます!後2話で完結予定なので、最後までよろしくお願いします!


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