【永い眠りは覚めて】
時間が開いてしまいましたが投稿できました!長いですがよろしくお願いします!
森の中に住む獣たちはレクイエの言った通り、影を見掛ければ襲ってきた。なかなか前へ進むことが出来ず、無駄に時が過ぎてゆく。獣は正面からだけではなく横からも背後からも突然現れる。そして容赦なくその爪を揮い、対応できずに切り裂かれる。ヘレーナが治癒の魔法を掛けてくれるためすぐ回復するが、楽ではなかった。一歩一歩、ゆっくり先へと進んでいく。
セオドア「なんでこの森は獣が沢山住んでいるんだろう。」
レクイエ「人間が来ないからね、ここは本当に自然だけの世界なのよ。」
ヨハンネス「にしてもだろ。数が多すぎて全然先に進まねぇ。」
獣を振り払い、一行の足が止まった。へレーナが立ち止まったのだ。彼女はずっと何かを考え、悩んでいた。
セオドア「どうした?ヘレーナ」
ヘレーナ「獣たちを眠らせてみる。きっとここで大きな魔法を使っても泉にたどり着くまではまだ時間があると思うから、消費は大きいけれどこの森全体に魔法を掛けるわ。」
ヨハンネス「そんなに魔力があるのか?」
ヘレーナ「大丈夫、きっと。皆が怪我するのも、無駄に獣たちの命を奪うのも嫌だから。」
セオドア「そうだな。頼む。」
ヘレーナ「うん!」
ヘレーナは両手を胸の前で組み、瞼を閉じた。そして祈るように魔力のこもった言葉を紡ぐ。
ヘレーナ「……森にすむ獣たち、私が皆を楽しい夢の中へ案内するわ。だから、どうか目を閉じて。」
ヘレーナの魔力が奔ったのが分かる。ヘレーナを中心に優しい風が吹いた。森の中が静まり返る。獣たちは皆眠り、木の上にいた大きな鳥が落ちてきた。セオドアが何とか空中で受け止め、優しく地面へ下ろした。
セオドア「本当に、皆眠ったみたいだな。ヘレーナは大丈夫か?」
へレーナの呼吸はすでに上がっていた。使う魔法が壮大でも、それに見合う魔力量を持たない彼女は、魔力が枯渇する事が旅の中でも何度もあった。
ヘレーナ「大丈夫。すぐ回復するわ。先に進みましょ!」
イレネー「辛くなったら遠慮なく言ってくれ。」
森の中を進んでいくと本当に獣に襲われなくなった。ヘレーナの魔法はしっかりと森の中全体に効果を出していた。そして、ついに泉の場所が何処にあるのか分からないまま日が暮れ、今日はここでキャンプをしようと少し開けた広場に火を焚いた。
レクイエ「さ、ご飯にしましょうか。」
地面は少し湿っていた為、レクイエは敷物を出してくれた。
セオドア「雨降ってないのに濡れてるんだな……。」
ヨハンネス「そうだな。……ん?」
ヘレーナ「それって水辺が近い……つまり泉の近くなんじゃない!?」
3人は確信をもってレクイエに迫った。しかしレクイエは淡々と夕食の準備を進めている。
レクイエ「ええ、川の近くなだけね。泉ではないわ。泉が近い時、朝でも夜でもその場所は明るいの。光に満ち溢れてて眩しいくらいだわ。」
ヘレーナ「レクイエは見たことあるの?」
レクイエ「この目で見た事はないわ。ここの主に夢の中で呼び出されただけ。お魚持ってきたかしら。」
セオドア「ほら、船で暇だったから釣ったやつ。天日干しで美味そうだよ!焼けばいい?」
レクイエ「お願い。」
セオドアとヨハンネスは器用に魚を捌いて焚き火に添えた。レクイエは米を研ぎ、鍋に水に浸し蓋をして火の中へ置く。魚の焼ける香ばしく良い匂いが広がり、食欲を唆る。
ヘレーナ「うーんお腹空いてきた。このお米も凄くいい匂いがするね。」
レクイエ「そうよ、私の国の米だもの。どこの国よりも美味しいという自信があるわ。多めに炊いて、明日のおにぎりも作りましょうか。」
ヨハンネス「そういやアカツキもおにぎり好きだって言ってたぞ。なんだおにぎりって。」
レクイエ「米を固く握って中に具を詰めたものよ。アカツキっておにぎりが好きだったの?確かに食事のときはいつもおにぎり食べてたわね……。」
焼けた魚の身をほぐし、米が炊けるのを待った。蓋がカタカタと音を立てて揺れている。ヘレーナが蓋を開けようとするがレクイエが制止した。それからもうしばらく待つとレクイエが遂に蓋を開けた。米独特の甘い香りが広がる。仲間たちの顔がほころぶ。熱々の米をそれぞれによそい、魚の身を載せた。上から少しの塩をかける。
セオドア「見た目地味なのにこれはうまそうだ!!」
セオドアとヨハンネスはご飯をかきこんだ。一気に炊きたての米をかきこんだらどうなるかなど想像に容易い。盛大にむせている。
レクイエ「馬鹿ね、もう少しゆっくり食べなさいよ。ヘレーナ、お茶も入れましょうか。」
ヘレーナ「うん!たまには別のお茶も淹れてみようかな。」
レクイエ「それは楽しみね。」
ヘレーナの鞄の中には瓶に詰めた沢山のハーブや発酵させて乾燥させた茶などが溢れている。それに最近はスパイス等も合わさってカラフルだった。鞄を漁り4つほど選んで瓶の蓋を開けた。ポットに湯を沸かしてそこに茶葉をいれる。また優しい匂いが漂う。
レクイエ「いい香りね。」
ヘレーナ「明日も沢山歩くことになると思うから今日は疲れとか緊張がほぐれる効果のあるお茶にしてみたよ。」
ヘレーナはお茶を蒸らしている間に食事を取っている。シンプルだが沢山の旨味が溢れる食事は疲れた身体に染み渡った。レクイエは箸と呼ばれる食器を使って食べていたがあまりに難しそうで、レクイエ以外はスプーンやフォークを用意していた。それぞれが食事を終えて、ゆっくりとお茶を飲んでいる。ずっと気を張り詰めていたイレネーも少し安らぐことができたようだ。ヨハンネスが大きく息をつく。
ヨハンネス「今、どこにいるんだろうな……。」
セオドア「いつ終わるか分からないって確かに気がめいるな。でもまあ、ヘレーナの魔法のおかげでかなり進むの楽になったし、まだ余裕だな。」
一息ついて仲間達は眠りにつくことにした。明日に備え、身体は十分に休めなければならない。平和な夜を過ごした。朝目が覚めた者から支度をしていく。なかなか目を覚まさないヨハンネスをセオドアが起こしに行った。ヨハンネスは何故か汗をかいていた。冬が近くて気温は下がっているためむしろ寒い位である。
セオドア「大丈夫か?ヨハンネス。顔色悪いぞ。」
ヨハンネス「あぁ……。大丈夫。」
ヨハンネスは怠そうに起き上がるとヘレーナも駆け寄った。そして額と首に手を当てる。
ヘレーナ「お兄ちゃん熱あるみたい。眼充血してるし脈も早いね、さっきまではなんとも無かった?」
ヨハンネス「やめろよ、俺は平気だから。」
ヘレーナ「じっとしてて……。」
妹に圧をかけられ大人しくなる兄の額に手を当てる。熱が引くように魔法を使うが効果は無かった。
ヘレーナ「魔法が効かない……。どうして。それどころか、どんどん熱くなってる……?」
イレネー「大丈夫なのか。」
ヨハンネスの呼吸が明らかに荒くなっている。苦しそうだと見てわかるほどだった。
レクイエ「馬鹿は風引かないって聞くけれど、馬鹿ではなかったのかしらね。」
ヨハンネス「言ってくれるじゃねぇかレクイエ……。俺は本当に平気、早く先進もうぜ。」
ヨハンネスが立ち上がろうとすると強烈な目眩に襲われ、倒れそうになったところをセオドアに支えられた。
ヨハンネス「悪い、先行ってくれ……。」
セオドア「本当に馬鹿だな。置いてくわけ無いだろ。俺が背負うから、ちょっと寝てろよ。この前の借りがあるからな。」
ヨハンネス「うるせぇ……。」
イレネーは着ていた上着を脱ぎヨハンネスに着させた。
イレネー「身体は冷やさないほうがいい。」
ヨハンネス「わりぃ、暖かいなこれ。俺服選ぶセンスあるわ。」
キャンプの片付けをし、森の奥へと進んでいく。セオドアはヨハンネスを背負っているため、戦うことがほぼ出来ない状態だった。ヘレーナの魔法が解けた獣に何度か遭遇したが全てイレネーが振り払ってくれる。方角を確かめながら、なんとか進んでいった。しかし今、同じ景色をまた見ている気がしてならなかった。
セオドア「ここ、さっき通らなかった?」
ヘレーナ「でもひたすらまっすぐ進んでいるはずよ。」
イレネー「いや、ここは間違えなく一度通った場所だ。あの木の特徴的な曲がり方はそう同じものはない。」
レクイエ「方角を変えましょうか。同じ地に戻されたという事は泉近くになったから戻されたのかしら。今は北東に進んでいるから、南東に行ってみましょう。ループさせられた地点を越えてから北に向かえば泉につくかもしれないわ。」
セオドア「遠回りでも、確実な道を行こう。」
イレネー「少し休むか?交代するよ。」
イレネーはセオドアに言った。
セオドア「そうだな、水も飲ませたいし。起きろヨハンネス。」
ヨハンネス「ん……、な“ん“だ……。」
掠れた声で反応したものの、ぐったりとしている。セオドアは地面にヨハンネスを降ろし、その背を支えながら水を渡した。
セオドア「飲めるか?」
ヨハンネス「そんな心配すんなって……。お前の顔笑えるぞ。」
セオドア「汗びっしょりで顔真っ青のやつに言われてもな。ヘレーナ、服乾かせる?」
ヘレーナ「うん、出来るよ。」
ヘレーナは周囲に漂う風を集め、ヨハンネスを包み込んだ。服の水分が弾け、一瞬にして服が乾く。ヨハンネスは少しずつ水を口に含み、失った水分を補給した。
セオドア「じゃあイレネー、先頭交代だな。彼を頼む。ヨハンネス、よだれ垂らして寝るなよ?」
イレネー「フフフ。さ、行けるか?」
ヨハンネス「あぁ、大丈夫。」
セオドアが先頭を歩き、イレネーがヨハンネスを背負った。南東方面へしばらく進んでいった。しかしイレネーがヨハンネスの異常に気が付き足を止めた。イレネーの足元には血がポツポツと垂れてきている。
イレネー「ヨハンネス!?しっかりしろ!!」
イレネーはヨハンネスを地面に降ろした。彼の鼻と目から血が溢れている。
セオドア「なんで、どうなってるんだ!!」
ヘレーナ「お兄ちゃん!!」
ヘレーナが魔法を掛けようとしても、ヨハンネスには効かない。意識もなく、ただ血を垂らしていた。
ヘレーナ「レクイエ、なにか知らない!?」
レクイエは考え込んでいる。しかし、少し沈黙したあとで答えてくれた。
レクイエ「これはおそらく、泉の主の力だと思うわ。私達を試しているの。でも、こんなに酷いなんて聞いていない。主に会えれば彼の様態は良くなるはずよ。きっと……、ね。」
ヘレーナはヨハンネスの脈や体温を確認した。
ヘレーナ「脈が細い……。早くしないと危ないわ。」
セオドアはヨハンネスの身体を抱き上げた。
セオドア「急ごう。背負うよりは揺れないはずだし、顔色も確認できる。」
ヘレーナ「うん!」
進んだ道を戻された時と同じくらいの距離を南東に進み、北へとルートを変えた。しばらく進んでいくと濃い霧が発生し、先が見通せなくなってしまった。ヘレーナは光を発生させ、仲間達がバラバラにならないように声をかけながら進んだ。
ヘレーナ「皆!霧が晴れるよ!」
霧を抜けた先にあったのは真っ白な世界だった。木も大地も空までもが白く眩い。
セオドア「ここは……。」
イレネー「辿り着けたようだな。泉へ急ごう。」
白い空間を、更に眩い光の方向へと進んでいった。そして、目の前に飛び込んできた景色はあまりに美しく神秘的だった。泉とそれを彩る木々に上流から流れる透き通った水、そして晴れ晴れとした空だった。
ヘレーナ「ここが、魔法の泉……」
皆がその景色に見惚れる中、レクイエは泉の前へと進んでいく。セオドアはヨハンネスをおろした。唇に赤味が抜け、貧血を起こしている。レクイエは着物の内側から細い笛を取り出し一吹きした。泉の水が渦を巻いている。そこから現れた主はあまりに大きく、真っ白で狐のような姿をしていた。
レクイエ「ウォル!!聞いてないわよ!!すぐに彼を解放しなさい。」
レクイエは主に対して剣幕に言い放った。ウォルと呼ばれた大岩のように大きく白い狐はレクイエに萎縮し、その背を丸める。
ウォル「仕方ないじゃないか、これも試練のひとつなんだから。君達の行動はずっと見させて貰ったよ。この泉の水を飲ませてやってくれ。すぐに良くなる。」
セオドアは言われた通り泉から水を汲み、ヨハンネスの口に含ませた。その水の効果か彼の顔色はたちまち良くなった。
セオドア「ヨハンネス……?」
ヨハンネス「……。あ、治った。」
ヨハンネスの意識も戻り、彼は何もなかったかのように立ち上がる。跳ねてみたり、走ってみたりして自分の体を確認する。そして泉の光景を見て遅れて感動した。
セオドア「治って良かったよ。死ぬんじゃないかと思った。」
ヨハンネス「俺も死ぬかと思った。でも、助かった。ありがとな、皆。」
泉に浮くウォルはうなずきながらその様子を見ていた。セオドアも泉の主に対して厳しい表情で問い詰める。
セオドア「なぜヨハンネスを苦しめたんだ?」
ウォルは浮いたり沈んだりしながら答えた。
ウォル「ただ力を求めることだけに執着している者は、病人が出たりなんてしたらすぐに置いていくからね。君たちは仲間のことを思い合い、助け合った。それに終着点の分からない地で、君たちは焦りからくる負の感情に惑わされる事なくここに辿り着いた。それだけでも十分評価できる事なんだ。力を求めてここに来ようとする連中は、大抵ろくなものがいない。」
ヨハンネス「それで、俺がハズレくじ引いたって訳か。」
ヨハンネスはセオドアの肩に腕をまわしてニタニタと笑っていた。その顔を見てセオドアも少し表情が綻んだ。
ヘレーナ「あの!私……」
振り絞るような声でヘレーナがウォルに言った。ウォルもゆっくりとヘレーナの方へ向く。
ヘレーナ「ここで、魔力が得られるって聞いたわ。私は力がほしい、私に試練を受けさせて!」
ウォル「あれを試練というのか分からないけど、この泉には確かに過去の魔術師達の魔力が集まっている。でも、そこにあるのは魔力だけじゃない。そこは僕の管轄外だからね。泉の奥深くに、その力はある。どうなっても知らないけど行きたかったら行けばいいさ。」
セオドア「つまり、今までのは魔力を得るための試練では無かったってこと?」
ウォル「僕が与える試練は力を欲する者にその器があるかどうか見極めた上で課すものだ。試練を乗り越えれば確かに相応しい力を授けよう。だけど、魔力を僕は与えてあげられない。ここで朽ちた魔力を外に出さないように見守るのがせいぜいだからね。」
ヘレーナ「それじゃあ、魔力を得たいなら泉に入ればいいのね。」
ウォル「そうだね、どうなるかは分からないけど。行くのかい?」
ヘレーナ「えぇ、今のままでは苦しんでいる人一人救えないから。」
ウォル「そうか。じゃあ残ってる君たちには僕から試練をあげるよ。準備ができたなら、皆泉においで。」
ウォルは音も立てずに泉の中へと消えていった。
レクイエ「ごめんなさいヘレーナ。私も、思っていたのと違っていたみたい……。」
ヘレーナ「大丈夫。私は必ず力を手に入れるわ。さ、行きましょ!」
ヘレーナは水の中へと飛び込んだ。それに続いて仲間たちも皆泉へと飛び込む。バシャーンと大きな音が立った。音は立ったが、水泡の音はせずすぐに静寂に包まれた。恐る恐る瞼を開く。魔法を使っていないにも関わらず、呼吸が出来る。視界は真っ青で何もなかった。仲間達もそれぞれの試練へ向かったのだろう。水の底の方に何やら光が見える。深く潜っていき、やっとの思いでそこに辿り着きその光に触れた。光は結晶だった。ヘレーナが触れた瞬間内側の光を失い、ただの石へと変化してしまった。石を握りヘレーナか前を向くとそこには、人の形をした大きな影が現れている。周りを見渡すとヘレーナは沢山の影に囲まれていた。正面に立つ影がヘレーナに言葉を掛けた。
影1「何故我らの力を求める。」
ヘレーナ「私は、仲間の皆を助けたい。そのための力が欲しいの。」
影2「魔術師は、長年虐げられ屈辱の歴史を辿ってきた。お主にも記憶があるだろう。我々の力を恐れ、意味もなく命を奪ってきた低俗な者共をひれ伏させる為に我々は力を溜めている。この力は人間を滅ぼす為にあるのだ。その人間をお前は助けようと言うのか。」
ヘレーナ「魔術師への偏見は根深いけれど、全ての人が私達を嫌っている訳ではないわ!私は……!」
ヘレーナは影に訴えかけた。四方にいる影らも声を上げる。
影2「黙れ、我々の願いを踏みにじるのか。魔術師ともあろうお前が何の才能も持たない人間に屈服するのか。」
影は昂った感情に身を任せヘレーナを貫く。あまりに大きな負の感情に押しつぶされ、自分の意思を失いそうになる。
影3「さぁ、お前もこっちにこい……。我らと共に、人間を根絶やしにするのだ。」
ヘレーナ「わ、私達も同じ人間よ!!分かり合える人だっているわ!魔術師と精霊に全てを奪われた人は、私を救うために命を懸けてくれた!すべての人に好かれるなんてできない。だから私は、私を大切にしてくれる人を助けるためにこの力を使いたいの!!」
影1「お前は利用されているだけだ。目を覚ませ、力のない人間は我らの力を使うだけ使って捨てるのだ。」
ヘレーナ「違う、手を取り合うのを諦めたのはあなた達も同じよ。確かに、私は出会う人に恵まれてた。魔術師としてではない差別はあったけれど、それでも手を差し伸べてくれる人はいたわ!!あなた達は、嫌われて、虐げられた者同士で集まって人を悪く言っているだけじゃない。人間と何が違うのよ!?」
影2「黙れ!!お前は長く人間と時を過ごしすぎたのだ。我らの叫びを聞け!!」
ヘレーナを囲っていた影は次から次へとヘレーナを貫いていく。暗い気持ちや胸が締め付けられるような記憶に襲われるが、それでもなおヘレーナはそこに自分の意思を主張した。
ヘレーナ「あなた達は、きっと辛い目にあってきたんだと思う。だけど、ここで人のことを呪っていても何にも解決しない。私はこの世界を変える。精霊に苦しめられられている人を救い、女神を倒すの。魔術師はきっと、目指すその世界には存在しない。それでも、私は魔術師として戦いたい。私に力を貸して。私達は存在したんだ、この世界で強く生きていたんだって証明する。私たちの力で、この世界を取り戻したんだって、何もせずにただあなた達を虐げた人間たちに叩きつけるの。私が、あなた達の思いを全部持って行ってあげる。」
凛と立つその姿は、旅をする前には無かったヘレーナの姿だった。影達は啖呵を切ったヘレーナの前に立ち尽くしていた。正面に立つ影が声を発した。
影1「そこまで言うのならやってみろ。我々は負そのものだ。お前に受け止める技量があるのならここにある力全て持っていくがいい。」
その発言に対して他の影から意見が出る。
影2「この小娘に我らが怒りを託すというのですか!?」
影3「こんなものの言葉に惑わされてはいけません!!」
影1「我々は長い事この泉に浸りすぎた。この娘のいう事には一理ある。お前は、勝つんだろう?」
影に表情はないが、声色から優しさを感じた。ヘレーナは影をしっかりと見つめ、答えた。
ヘレーナ「もちろんよ。私は……私たちは、必ず世界を変えて見せる。」
影1「ならば、耐えてみせよ。私を信じてゆけ、我らが同志たち。」
正面に立つ影が合図をすると他の影達はヘレーナの身体に入り込んでゆく。意見していた影もヘレーナの身体に被さっていった。魔術師一人一人の想いが全てヘレーナに圧し掛かっていく。胸が苦しく、全身が重い。ただ、魔力だけは漲っているのを感じた。周りにいた影達を全て吸収し、残ったのは正面に立つ影のみである。
影1「耐えたか……。」
ヘレーナは過呼吸になりながらも、全ての意思を受け止めた。
ヘレーナ「えぇ……。あなたは、一緒に来ないの?」
影1「この泉は、死した魔術師の魔力の溜まり場だったのだが、心を踏みにじられた魔術師が最後によりどころを求めて来る場でもあるのだ。私はここに残ろう。お前が世界を変える前に、また迷い子が来るかもしれぬ。だが、ここに漂う魔力は全て与えてやる。」
影は、その暗がりを広げヘレーナを覆った。暗闇が晴れたそこには、青々としていた空間ではなく、どこまでも透明な世界が広がっている。
影「皆の想いを、無駄にはするな。さあ行け。仲間を助けるのだろう?」
ヘレーナ「ありがとう……必ず皆の想いを乗せていく。」
ヘレーナは影を抱き締めた。影は受け入れた。ヘレーナがその身を離すと、影はヘレーナを地上へと押し上げた。泉を飛び出し、宙に浮く。突然外の世界に出た事で眩しかった。
セオドア「ヘレーナ……!?」
ヘレーナの姿は泉に入る前とは明らかに変化していた。茶髪だった髪の毛は金色に輝き、純白のドレスは胸元に美しい刺繍が施され、腰から下がふわりと広がり大きなリボンで絞めている。青い瞳は翠が合わさり、宝石のような眼になっている。ゆっくりと地面に足を着く。皆驚きから声が出なかった。
ヘレーナ「皆!ただいま!……魔術師たちの魔力は手に入れたわ。でも、約束したの。この力で世界を変えてみせるって。彼らの声は、決して優しいものではなかった。必ず、成し遂げなければならないわ。」
レクイエ「おかえりなさい。よくやったわね。」
ヨハンネス「お前……本当にヘレーナか……?」
ヘレーナ「失礼ね、私は私よ。でも、本当に力が漲ってるわ。ドレスもすごく綺麗だし……。皆はどうだったの!?」
仲間と話していると泉からウォルが現れた。ウォルはヘレーナの姿を見て感心した。
ウォル「影たちをなだめたのか!?それに大魔道士の装束。君は凄いね。さすがエイルだ。」
ウォルはヘレーナに対して知らない名を呼んだ。
ヘレーナ「エイル……?」
ウォル「どうしたんだ?君はエイルだろう?」
ヘレーナ「私は……ヘレーナ·ヴァリよ。エイルなんて初めて聞いたわ。」
ウォル「そっか、君達は知らないのか。」
レクイエ「私も知らないわよ。何の話?」
ウォル「気にしないでよ。レクイエは旅を続ければいいさ。フレイヤ様には僕が適当に言っておくから。」
レクイエ「あなた、女神と交信できるの!?それに、あなた私の旅の目的を知っているならなぜ。」
レクイエは驚き、ウォルに迫った。
ウォル「僕はレクイエより神に近いからね。人間は自然を支配しようとして罰を受けた。そして、死した自然を蘇られせる為に精霊は生まれたね。だけど、世界はもう十分自然を取り戻した。なら少なくとも理はもとに戻すべきだろう。精霊は力が大きすぎるからね。現状ただ暴れているだけだし、居てもいなくても世界の存続に影響はない。でも僕は人間が受ける罰には賛成だ。」
セオドア「ならどうして、ここで人間を待ってるんだ?」
ウォル「君みたいな人が来るからだよ。君は自然と共に生きてきた。だから自然の偉大さも恐ろしさも、美しさも知っている。そんな人は自然をコントロールして世界を破壊しようなんて思わないだろう?彼らがそれぞれの理由で力を求めてここを訪れた時は、きちんと向き合うべきだ。だから人としての成を見る。そのための試練だ。あの時代に生きていた全ての人が悪だなんて思っていない。君たちは力を得るに値した。その旅路を、見守ってるよ。」
ウォルはそういうとまた波一つ立てずに泉の中へと潜っていった。仲間たちはそれぞれ顔を見合わせ、泉を後にした。帰り道は全く迷うことなく森を抜けることが出来た。船でヤンが迎えてくれるのも、帰ってきたという気持ちにさせてくれる。船に乗り込み、出発する。炎の精霊を目指して船は南西へと進んでいく。
レクイエ「ヘレーナ、魔力に慣れるためにも少し練習しましょうか。」
ヘレーナ「うん。お願い!」
レクイエは甲板で遠くを見つめるイレネーの魂に触れた。
イレネー「っ!!」
レクイエ「ボーっとしてるからよ。動かないで。」
イレネーの魂はそっとレクイエによって体外に引っ張られていく。レクイエはそこに魂の代わりとして自分の魔力を絡めた。
レクイエ「ヘレーナ。やってみて。」
ヘレーナ「えぇ。」
ヘレーナは複雑に絡まった魔力を一つずつ解いていく。少しずつ丁寧に解いていくと、段々とイレネーの魂一本だけになり、レクイエの魔力をほどききる事が出来た。レクイエはイレネーの魂を解放し、一息ついた。
レクイエ「どう?疲れ具合は。」
ヘレーナ「全然平気。魔力を消費してないみたいだわ。」
イレネー「これは……かなり苦しいな。」
イレネーはその苦しみに曝され続けている友のことを想った。そして、彼はさらに複雑な感情を胸に抱いている。それらの胸の苦しみが、今の彼の原動力だった。
レクイエ「その苦しみから助けに行くんでしょう?」
イレネー「あぁ、その通りだ。」
しばらくは船に揺られ、それぞれ過ごした。イレネーは武器の手入れをしている。セオドアとヨハンネスは甲板に置いた座り心地の良いソファで話をしていた。
セオドア「なあ信じられるか。俺達、もう世界一周したんだぜ。」
ヨハンネス「本当だよ。こんな短期間で回ることになるとはな。でもやっぱりいいな。知らない場所に行って、景色を見たり、皆で飯食ったり、戦って傷付いて、励まし合って助け合って。あの村に居たら、見れなかったものだ。」
セオドア「俺達、運命だったのかもな。イレネーやレクイエに出会って旅をするのも、なんだか必然だったような気がする。」
ヨハンネス「馬鹿、運命なんてもんは存在しねぇよ。現実はいつだってそこにあるし、いつだって未来は変わっちまう。この経験は、俺たちが選んで、俺たちでつかみ取ったもんさ。」
セオドア「いい事言うじゃん。イレネーの友達、助かるといいな。」
ヨハンネス「そうだな……。そういやお前試練の内容何だった?」
セオドア「盗賊1000人斬り。あの狐に弱点しっかりバレてるよ。ヨハンネスは?」
ヨハンネス「俺崖昇り。体力ねぇのどこでバレたんだろうな。……フフフッ、でもちゃんと乗り越えたんだろ?」
セオドア「あぁ、何とかな。あれのおかげでさすがに対人戦も強くなったよ。ヨハンネスも体力ついたろ?」
ヨハンネス「あぁ、全力疾走しても全然疲れなくなった。」
二人は笑い合ってそれぞれの試練の内容について語り合った。二人の話を邪魔する物は波の音だけだろう。その波の音さえ、彼らにとっては美しい青春の思い出になる。ヘレーナとレクイエは船内の片づけをしていた。レクイエはアルバディアの王からもらった杖を発見し、ヘレーナに尋ねた。
レクイエ「これは?随分美しい杖だけれど。」
ヘレーナ「あぁ、風の精霊を倒したときに王様からもらったの。でも山登りに使うにはもったいないでしょ。」
レクイエ「この杖、あなたが使ったら?今は手に魔力を込めているようだけど、外部の物に力を流しいれる方が操作は簡単なのよ。それに、この杖は魔術師の物ね。きっとアルバディアの偉大な魔術師の物なのでしょう。大魔導士になったあなたに相応しい一品だと思うわよ。」
ヘレーナ「試してみてもいい?」
レクイエ「ええ、ならこの杖を使ってここを片付けたらどうかしら。」
ヘレーナはレクイエから先端に装飾が施された長い杖を受け取り、魔力を込める。媒質を介する事で、どう放てばよいか不明確だった魔力を自在に操る事が出来た。部屋は一瞬で片付き、埃一つ残っていない。
ヘレーナ「すごい、こんなに使いやすかったのね。」
レクイエ「昔の魔術師は皆杖を持っていたけれど、杖を持っていれば魔術師だと迫害されたりもしたから段々と持たなくなっていったのね。でも今のあなたなら、そんなことも関係ないでしょう。」
ヘレーナ「うん。ありがとう!!私これで練習してくる!」
レクイエ「えぇ、そうなさい。」
ヘレーナは颯爽と甲板の方へと走って行った。代わりに入って来たのはイレネーだった。レクイエは微笑みかけ、優しい表情を見せる。
イレネー「ヘレーナは順調そうだな。」
レクイエ「えぇ、あの子純粋でとっても可愛いのよ。……昔ね、私にも友達がいたの。その子は、ヘレーナのように活発で、心優しい子だった。よく笑って、なんでも話して、嫌な物は嫌とはっきり言えて……。とにかく素敵な子だったわ。いつも一緒にいた。その子といると、世界は輝いて見えた。」
イレネーは静かにその話を聞いていた。
レクイエ「ごめんなさい、こんな話。あなたには関係ないわね……。」
イレネー「いや、聞かせて欲しい。君の話を聞きたいんだ。」
イレネーはレクイエに座るように促した。イレネーもその隣に座り、少し間を置いてから話をつづけた。
レクイエ「世界が滅びると女神から伝えられたその日、私は決断しなければならなかった。神の国のある、あそこは精霊の影響を唯一受けない場所なの。そこにいれば、結界によって世界の崩壊から免れることが出来た。それでも、そこに立ち入ることを許されているのはわずかな人々だけ。そこに、彼女は含まれていなかった。私は、その日……巫女としての使命を選んだ。分からない……間違っていたとは思っていない。だけど、正しかったとも思っていないわ。ただずっと、こうして2000年も引きずっているのはやっぱり後悔しているのかもね。」
レクイエは顔を逸らして、うつ向いた。イレネーはその背を抱き、ただ静かにそこにいた。何も言わずに、ただその事実を受け入れる。レクイエは震え、イレネーにその身を預けた。レクイエが落ち着くまで、そうしていた。
レクイエ「あなたは……救ってあげてね。」
イレネー「話してくれて、ありがとう。」
レクイエ「あなたの話も聞かせて。あの時話したことが全てではないでしょう。その指輪、とっても大切な物みたいじゃない。」
イレネーは首から下げ、胸にしまっている指輪を取り出した。
イレネー「やはり私は、誰も覚えていないんだ。エルダーナの城下町を脱して、街が見渡せる丘の上だった。ただ、言葉は受け取っていたんだろう。幸せになって。あなたが愛した人にこれを渡して……それだけは覚えているんだ。失礼なことを言うかもしれないが、あの時……エディの街で目が覚めた時、一瞬その人の顔が見えた気がした。だがそれはあなただった。それはきっと……。」
レクイエはイレネーの口に手を当てた。
レクイエ「まだ言わないで。」
レクイエは立ち上がり、船内から出て行った。かかとの高い靴のカツカツという音が波の音と共に鳴り響く。船内に残されたイレネーはそっと指輪をしまい、一人天井を見上げる。外はすっかり夜になっていた。レクイエの指示により陸へと船を進めていく。陸につくのは3日程かかった。
セオドア「また新しい土地だな。ここに炎の精霊がいるんだろう?」
レクイエ「えぇ、ここからすぐに炎の精霊の領域よ。彼女は荒々しくて、人々を一番殺しているのも彼女。手下を作るのは多く作るのは好まないから、戦いは精霊だけになるかもしれないわね。」
ヨハンネス「手間が省けてよかったじゃねぇか。さっさとぶん殴りにいこうぜ。」
セオドア「準備は満タンだしな。行こう、皆!」
乾燥した荒野を進んでいく。土が赤く、空が遠く感じる。しばらく歩いていると空気も、景色も変わった。息をするとその熱から喉が焼ける。ヘレーナは杖を地面につき環境そのものを変化させる。
ヘレーナ「これで、進めるでしょう。」
ヨハンネス「……強。」
セオドア「戦いになったら、ヘレーナの力は魂の解放に注力する。この力には頼れないんだからな。」
ヨハンネス「わかってるよ。俺達だって試練を乗り越えたんだ、やれるさ。」
セオドア「だな。」
レクイエ「あれは……」
遠くの方に人影が見える。その身体程の大きな剣を持った青年の影だ。
イレネー「レオン……!!」
セオドア「彼が!?」
イレネーの顔が暗くなる。しかし、その顔はすぐに戦士の顔へと変わった。
イレネー「違う、あれはレオンじゃない!!構えろ!!」
レオンと呼ばれた影は大きな剣を軽々と振り上げ、一瞬でイレネーの前に現れた。大きな剣を槍で受け止める。肩の傷が疼き、痛みに歪む。何より友の身体を弄ばれるのは不快だ。
イレネー「消えろ……!!今すぐに!!!」
イレネーは友の胸を槍で貫いた。その目に迷いはなく、閃光のような攻撃であった。ガラガラと影の身体が崩れ消えていく。
ヨハンネス「よく見抜いたな。」
イレネー「……わかるさ。」
セオドア「進もう。」
影のいた方に進んでいくとついに炎の精霊の姿が見えた。大きな椅子に腰かけ、長い脚を組んでいる。真っ赤なドレスに身を包んだその姿は情熱的で美しかった。
サラマンダー「やっと来たのね。迎えのお友達は殺してきちゃったのかな?でも……待っていたのよ、王子様。レクイエも一緒?楽しそう。」
サラマンダーの背後には若い男が磔にされている。暗くてよく見えないが、イレネーにはそれが旧友だとすぐに分かった。
イレネー「レオンを解放しろ。今すぐに!!!」
レクイエ「ヘレーナ!!」
ヘレーナ「えぇ!!」
レクイエは精霊とレオンのつながりを可視化する。二つの線の絡まりはあまりに複雑で固く締められていた。精霊もすぐに気が付き、ヘレーナへの攻撃を開始した。炎の球が無数に飛んでくる。ヘレーナはバリアを張って防ぎ、セオドアとヨハンネスはそれらを全て避けて炎の精霊の目の前までたどり着く。激しい打ち合いをするも、精霊が身体に炎を纏い距離を取った。その瞬間リーチの長いイレネーがスウィッチした。
イレネー「俺はお前を許さない!!!命に代えてもお前を殺す!!!!」
身体が炎に包まれてもその手を止めることはなかった。
サラマンダー「アハハハハハハ!!!いいよ!もっと、もっと!!!」
イレネーの攻撃は衰える事無く続く。あの時アルバディアで見た殺人鬼のような顔だ。普段温厚で優しい彼も、内面には夜叉を抱えていた。
セオドア「俺達はイレネーのサポートに回ろう!!」
ヨハンネス「あぁ、あれじゃああいつ死んじまう!!」
レクイエ「彼に向く炎の風向きを変える!皆、お願い!!」
レクイエは扇を振りかざし、言った通り風下の向きを変化させた。炎の中から精霊の姿を出すことに成功し、セオドアがヨハンネスを空中へ投げその勢いのままヨハンネスは短剣を精霊に投げる。イレネーの攻撃と挟み撃ちになり精霊は短剣に当たる事を選んだ。
イレネー「サラマンダー!!!」
その傷から溢れた血は炎となって襲う。それらをものともしない程、彼らも成長していた。
一瞬の瞬きすら隙になるその戦いはあまりに激しい物だった。
サラマンダー「楽しいねぇ。すごく痛い。すごくそそられるよ。ねぇ、そこの君。この子と私を引き離そうとしてる君だ。」
サラマンダーはヘレーナへと狙いを定め直した。イレネーはそれを許さず、攻撃の手を止めない。ヘレーナは繋がりを解きつつも、仲間全員にバリアを張った。ヘレーナの瞳孔は小さく狭まり、圧倒的な集中からくる魔力操作は精密で一つずつ交わりが解けていく。
サラマンダー「やっぱりこっちにしよ。」
磔にされて意識の無いレオンの身体が燃え始める。その光景を見たイレネーは悲痛な叫びをあげる。まるで一度その姿を見たことあるかのような、自身のトラウマを再現されたような表情を見せる。
イレネー「やめろ……。やめろ!!!!!」
サラマンダー「あああああ、いい表情だ。本気の君とやりあえて本当に楽しい。私と彼が繋がっている限り、彼の攻撃で私が死ななかったように私の炎で彼は死なない。でも、あの子が私とのつながりを解いたら、彼の身体はそのまま燃え尽きる。どうする?あの時みたいにただ燃え尽きるのを待つ?あの子は最後まで君を護っていたね。でも君はまたなにも守れないまま残っちゃうんだろうね。」
イレネーの辛い過去を抉られ、彼の精神にも傷を与えていく。その表情が曇っていく。戦いに集中したくても、過去が枷となって鈍らせた。
セオドア「黙れ!!!」
セオドアはイレネーの苦悶の表情を見て許せなくなっていた。サラマンダーを切り裂き、炎が溢れる。
セオドア「ヘレーナは続けて!!君が彼を解放した瞬間に俺達がこいつを倒す!!」
ヘレーナ「分かった!!」
ヨハンネス「イレネーしっかりしろ!!挑発に乗るなんてらしくないぞ!!」
イレネー「っ!!すまない!!」
レクイエ「ヘレーナがもうすぐ彼を解放させられる、それまでに削って倒すだけにするわよ!!」
全員が頷き、それぞれが戦いを始めた。イレネーも我を取り戻し、冷静な戦いが出来ている。ヨハンネスの速さで精霊の注意を引き、セオドアとイレネーの重い攻撃を精霊に叩き込んでいく。だんだんと精霊を追い詰め、ついにその腹にイレネーが刃を突きつけた。そして、ヘレーナもレオンとサラマンダーの繋がりを解くことに成功した。
ヘレーナ「皆!!!!」
ヘレーナの合図によって刃を深く刺した。精霊の急所を突き、指先から形を崩していく。
サラマンダー「あぁ……。人間……また……いつの日か……。魂の滾る戦いを……。」
精霊は消え、環境を変化させるほどの力も消えた。レオンを磔る力も消え、その身体は自由になり、地へと落下した。
イレネー「レオン!!!!」
炎に包まれ大火傷を負った上、その半身には炎のような紋様が刻まれている。イレネーはレオンの首に触れ、生死を確認する。幸い脈はあるようだった。
イレネー「レオン……、目を覚ませ……!レオン!」
レオンはその呼び掛けに応じたのか、指先が動きイレネーは更に呼び掛けを続けた。レオンはゆっくりと瞼を開き、7年ぶりに友と再会を果たした。
レオン「……また……夢……か……?」
イレネー「……夢なわけあるか。生きてて良かった……。良かった………。」
イレネーは友を抱き締める。長い間姿の変わらない友はその暖かさに安心し、涙が溢れる。レオンは身体に力が入らずイレネーを抱き返すことは出来なかったが、共に涙を流した。
レオン「何度も……お前が死ぬ夢を見た……。何度も、何度も……。でも……、お前は、生きてるんだな……。そこに居るんだな……?」
イレネー「あぁ……、俺は生きてる。ここにいる。」
レオン「……なら良かった……。本当に……。」
レオンはまた瞼を閉じてしまった。イレネーの腕の中で何度呼びかけてもそれに応じることはない。だが幸い呼吸はしていた。
レクイエ「精霊を倒して、彼も救えた。一度私の国へ帰りましょう。彼はそこで預かるわ。ここに陣を書いて飛ぶ。彼を置いたらヤンを連れて行くから。」
イレネー「わかった。頼む。」
ヘレーナ「転送に耐えられるかな。せめて火傷だけでも……。」
ヘレーナはレオンに杖をかざし、癒やしの魔法を掛ける。
レクイエ「行くわよ。」
陣を囲んでワープする。次に景色が見えたときには既に神の国だった。突然の帰還に人々は驚いている。アカツキもすぐに駆け寄って来た。
アカツキ「レクイエ様!おかえりなさいませ。……すぐに部屋をご用意いたします。」
アカツキはレクイエの返事を待たずに去った。そして指示を出してすぐに戻ってくる。
アカツキ「今準備をさせておりますので、向かいましょう。皆様お疲れでしょうし、彼は我々で運びましょうか?」
イレネー「いや、大丈夫だ。私が運ぶ。お気遣いありがとう。」
アカツキ「かしこまりました。ご案内いたします。」
アカツキが奥へと進んでいく。この国に以前訪れたときは神殿と泊まった家しか見ていなかったが、ここは美しい所だった。緑に囲まれ、木造の家々が立ち並ぶ。通りを抜け、宿屋に案内された。アカツキの迅速な指示により、到着した頃には用意が済んでいた。レオンを布団にそっと降ろす。
レクイエ「治療はとりあえずここの者たちにやらせるわ。」
ヘレーナ「私まだ魔力残ってるから手伝うわ。レクイエはヤンを迎えに行ってあげて。」
レクイエ「ありがとう、無理はしないで。セオドアとヨハンネスは私と一緒に来て。船に載せたい物もあるし、手伝ってちょうだい。」
セオドア「了解!」
レクイエ「ここに戻ったら休息にしましょ。それまでもう少し頑張って。」
ヨハンネス「俺たちついてくだけだからそんなに疲れねぇよ。ヘレーナ、頼むぞ。」
ヘレーナ「勿論。……イレネーはここにいてね。レオンさん凄く傷付いてるの。」
ヘレーナは遠い目をしてそういった。彼女は表面的な事ではなく何か深い意味でそういったような気がする。自分に何ができるのだろうかとイレネーは考えた。レクイエ達が補給物資を持って船へ飛び、ヤンを連れて帰ってくる。船を海岸に停め、ヤンも神の国へ案内した。ヘレーナは一通り出来る治療を終え、この国の住人と交代で彼の様態を見守った。イレネーはレオンの側についている。炎の精霊の印が刻まれた手を握り、彼の目が覚めるように祈っている。セオドア達は部屋には入らず、外からその様子を見守った。
レクイエ「どう?」
ヘレーナ「大丈夫だと思うよ。切れかけてた魂もイレネーのおかげで少しずつ繋がるわ。でも、本人が自分を憎んでるから、回復には時間が掛かると思う。」
セオドア「祖国を自分の手で滅ぼしたって言ってたもんな。自分のせいじゃ無くても、本人はそんな事認められないよな。」
ヘレーナ「うん……とても難しい問題だから、彼らに任せるしかないわ。……みんなご飯は食べた?」
ヘレーナに言われてしばらく何も食べていない事に気がついた。セオドアとヨハンネスの腹の虫が鳴る。レクイエは吹き出した。
レクイエ「フフッ仕方ないわね。ご飯にしましょうか。ニホンの料理、美味しいわよ。」
レクイエはアカツキに食事の用意を頼んだ。アカツキはすぐに下がった。レクイエは一度神殿へ戻り、旅装束から巫女としての衣装に着替えた。その姿はやはり美しく、神秘的な雰囲気を漂わせている。レクイエがセオドア達のもとに戻るとアカツキが食事の用意を済ませ、戻っていてた。
アカツキ「レクイエ様、お待たせいたしました。イレネー様とレオン様にもお出ししております。」
レクイエ「そう、ありがとう。レオンはどう?」
アカツキ「未だ覚醒の兆しは見えません。私はニレと共にイレネー様についております。また何かあれば御用達ください。」
レクイエ「ありがとう。助かるわ。」
アカツキ「失礼致します。」
アカツキは滑らかに立ち上がり、足音を立てずに部屋を出ていった。
セオドア「ニレって?」
レクイエ「この国の医師よ。若いけれど腕は確かだわ。」
ヨハンネス「にしてもレクイエはここじゃちゃんと長なんだな〜。旅してるときはそんなふうには感じねえけど。」
レクイエ「それは馬鹿にされてるのかしら……まあいいわ、ほら冷める前に食べなさい。」
御膳には色とりどりで、沢山の種類の食材が様々な方法で調理されている。別で提供された小さな器は蓋を開けた瞬間出汁のいい匂いが広がる。入っていたのは蒸した卵に三つ葉が載せられているものだった。庭を眺めながら柔らかい床の上に座布団を引いて箸を進めていく。アカツキは箸が使えない事にも配慮し、フォークとスプーンも添えてくれていた。
ヨハンネス「これ……美味いな!!」
セオドア「あぁ……、なんだこれ……。毎日食いたい。」
ヘレーナ「なんか、繊細な味だね。最近スパイシーなものしか食べてなかったし、身体に美味しさが染み渡るわ。」
ヨハンネス「ちくしょーレクイエ、毎日こんないいもん食べてたのか。」
レクイエ「ええ、でも口に合って良かったわ。ご飯や漬物ならおかわり沢山あると思うから、満足するまでどうぞ。」
セオドアたちは言われた通り満足するまで食事を楽しんだ。野菜や海鮮を衣につけて揚げた天ぷらはサクサクな食感が素材を引き立てる。煮物は発色が良く美しい。イレネーに提供されたのはお茶漬けとお浸しだった。イレネーの心境をアカツキなりに察し、楽に食べることのできるものを選んだ。鯛の頭から出汁を取ったそれは、運ばれてきたその瞬間から食欲を唆らせた。アカツキに礼を言い、またレオンの隣に戻った。相変わらず友の瞼は重そうだ。イレネーは付きっきりでレオンの側にいた。あれから何日か経った。イレネーは眠っていたようだった。自分が座っていたはずの座布団が隣にある。ならここで眠っていたはずの友はどこへ消えたのだと勢いよく起き上がる。あたりを見渡すと、この国の服を着て縁側に座り、遠い空を眺める友を見つけた。
イレネー「レオン……」
レオン「……、起きたか。」
レオンは振り返ることなく言い捨てた。
イレネー「私のほうが眠ってしまったのか……。すまなかった。」
レオン「俺に対してその話し方気持ち悪いからやめろよ。いや……お前が変わっただけか……。」
イレネー「そりゃ悪かったな。」
二人の間には気まずい空気が漂っている。何を話せばいいのか分からず、両者動けずにいた。
レオン「……なんか話せよ。」
イレネー「いや……、久しぶり過ぎて何を話せばいいか……か、身体はどうだ?」
レオン「はぁ、そこは相変わらず堅物だな。あの魔術師の女の子のおかげで、もうなんともなさそうだ。あの事件以来魔術師は恨んでいたんだが、一括にするのは間違っていた。」
イレネー「そうか……それなら良かった。」
レオン「……俺も……何話せばいいか分からん。」
イレネー「………。」
レオン「分からんが、言わなくちゃいけないことはある。」
レオンは一息をついて話をした。レオンは気だるそうに背を向けたままイレネーに手を見せる。その手には突然炎が宿った。
レオン「俺に、まだ炎の精霊の力が残っている。炎を操れるし、死者の記憶もある。もしかしたら俺を媒介にやつは復活するかもしれない。だから、俺が抵抗できないうちにさっさと殺すんだな。」
イレネー「それは復活したときでいい。そうなったとしてもまた救ってみせる。ま、もしだめなときは、その時俺がお前を殺す。」
レオン「何かあってからじゃ遅いんだよ!!甘えたこと言ってんじゃねぇ!うぅっ……ゲホッ……。」
レオンは胸を抑えて苦しんでいた。イレネーがその背をさする。
イレネー「復活したとしても、器がこれじゃあ何もできないな。」
レオン「クソ……。うぅ……。」
イレネー「まだ全然動ける状態じゃないじゃないか。ちょっと待ってろ。」
レオンを布団に戻し、外にいたアカツキに声を掛けるとニレとレクイエが部屋に訪れた。
ニレ「あーあーすぐ動くから。ほらもう寝て下さい。治るもんも治りませんで?」
レオン「床で寝てるやつの隣で寝れるか。」
レクイエ「少しも罵倒になってないわね……。」
レオン「あ?」
イレネー「あんまり喋るな。レクイエ、精霊の眼を通じて視ることが出来るって言っていたな。なら、レオンの眼を通じて視る事はできるか?」
レクイエ「……無理ね。余計な要素が多すぎるわ。精霊は純粋な存在だけど、あなたは人間だから精霊の力を受け継いでも、精霊という存在になることはない。」
イレネー「良かった。ありがとう、レクイエ。」
レクイエ「えぇ。……アカツキ、彼等に食事の用意を。」
アカツキ「承知致しました。」
アカツキがすぐに下がって行った。
レオン「いらねぇよ。」
レクイエ「食べなきゃ死ぬわよ。それとも自分から化け物になりたいわけ?あなたを助けるためにこちらも命懸けでやってるの。簡単に死ねると思わないで。」
レオン「助けてくれなんて言った覚えはねぇ!!勝手にやったくせに指図すんなよ!」
レクイエ「あら、イレネーの顔見て泣いてたくせに、よく言うわ。」
レオンが言葉に詰まり、悔しそうな顔をする。レオンは昔から感情が全て表情に出る。あのときイレネーに殺せと言ったときの覚悟も、今ここで悔しがっているレオンも、どちらもレオンの本心だった。イレネーはおかしくなって、少し笑った。
イレネー「フフフ、レオンお前の負けだ。レクイエ、そういえばセオドア達は?」
レクイエ「彼らならきっと村の外よ。ヘレーナは薬草集め、二人は訓練でもしてるんじゃないかしら。何か用でも?」
イレネー「いや、特にないよ。皆何をしてるのかなと思っただけだ。」
レクイエ「そう、じゃあ私も行くわ。すぐにアカツキが戻ると思うから、レオンの事見張っていてね。」
イレネー「あぁ、ありがとう。」
レクイエが去り、ニレも診察を終えて部屋を後にした。上半身を起こしていたレオンが両手を広げて後ろに倒れこんだ。
レオン「あー、クッソ。おいイレネー。あんなのの何が良いんだよ!あのツンツン女!ルーよりきつそうだぜ。どこが好きなんだよ。」
イレネー「な、何の話だ……?ルー?」
レオン「そっか、ルーはもう分かんねぇのか。」
イレネー「俺なんか、その……言ったか!?」
イレネーは顔を赤くしながらレオンに聞き返す。
レオン「言わなくてもなんとなくわかる。彼女を見るお前は、どういう意味にしろ愛しい人を見るときの目だ。」
レオンの言葉にイレネーは俯く。イレネーも座り、頭を抱え込む。
イレネー「……。そもそもこの感情が何なのか分からない。例え愛だったとしても、他の誰かを愛してはいけない気がするんだ……。誰か、大切な人の事を忘れてしまうようで。」
レオン「違うな。あのおてんば王女に何言われたか知らないが、あの人は本当に心からお前の幸せを願ってんだ。……指輪、まだ持ってるよな?」
イレネー「あ、あぁ。これは……王女様がくれたものだったのか。思い出そうとすると、言葉だけは分かるのに、その姿はぼやけてしまうんだ。お前は、全部覚えてるのか?」
レオン「あぁ、忘れたい程にな。お前は?どこまで覚えてる。」
イレネー「あの日以前の人の記憶は、お前の事しか残っていない。それでも、お前がどうにか俺を救おうとしてくれたのは分かるよ。」
レオン「お前にだけは、忘れられたくなかっただろうな…。」
イレネー「だから、今戦っているんだ。お前を助けることもできた。次の道は決まっている。呪いから解放されればエルダーナの事を思い出せる……。」
レオン「そうか…。あの頃の記憶が戻れば、お前は俺をきっと憎むだろうな。だが忘れるなよ、お前は、愛していいんだからな。」
イレネー「もう憎んでないよ。お前がしようとした事は分かってるつもりだ。その行為を、許すとか許さないとか、きっとそういう問題じゃないと思うんだ。お前はお前の意思を貫いた、それだけの事だろ?俺が護れなかっただけだ。」
レオン「どこまでもお人好しだな。7年も経ってるのか……。エルダーナはどうなってんだろうな。」
イレネー「仲間がエルダーナを通ったらしいんだが、今は獣やならず者が蔓延ってるらしい。廃墟になった建物に、草木が生い茂っていたと聞いた。」
レオン「そうか……。」
二人が話しているとアカツキが食事を持って来た。静かに部屋に入って二人の前に食事を置く。
アカツキ「側におりますので、何かあればすぐにお声掛けください。」
イレネー「ありがとう、アカツキ。」
アカツキはまた音を立てずに部屋を出ていく。イレネーの前に置かれた食事は、以前セオドア達に出したものと同じような、色とりどりの食材が並んでいる。レオンの膳には米を具と味噌で煮込んだ雑炊と野菜のお浸しや漬物だった。
レオン「おい……、俺にもそれよこせよ。」
イレネー「ダメだ、怪我人は大人しくしてろ。」
レオン「差ありすぎだろ!ズルいぞイレネー。」
イレネー「そもそもお前いらないってさっき言ってただろ!?お前の分はそっちだ。」
レオンは口をへの字に曲げながらも出された食事を口にした。イレネーも食事に手を付けた。レオンは7年ぶりの食事だった。口に入れた瞬間、優しい風味が広がる。無意識に口を抑え、身震いしてしまった。
イレネー「だ、大丈夫か!?」
レオン「いや……、なんだこれ……。」
イレネー「そっか、久しぶりだもんな。もっとゆっくり食べろよ。」
イレネーはレオンに笑顔でそういった。その肩を優しく叩き、落ち着かせる。その光景をセオドア達はこっそり戸の隙間から覗いていた。
ヘレーナ「レオンさん、目が覚めて良かった。まだ本調子じゃないけど、このまましっかり休んでいればすぐに良くなるわ。」
セオドア「ほんと、助けられて良かったよ。イレネーが、あんなに笑ってる。」
ヨハンネス「やっと会えたんだもんな……。」
セオドア「さ、俺達は次の精霊を倒しに行かないとな。早くこんな被害に遭う人を無くす、それが最初の目的なんだから。」
セオドア達は次の目的地を聞こうとレクイエのいる神殿へと向かった。残る精霊は後二体。精霊を倒し、女神を倒せば、呪いは解ける。そう信じて、進んで行くのだった。
キャンプでご飯とお魚を食べるシーンを書いた後、自分も食べたくなって夜中にコンビニに買いに行ったら大雨が降ってきてびしょ濡れになりました。