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華言葉の呪い -Freya-  作者: 衣吹
華言葉の呪い
7/24

【力を欲して進まんとする】

初めてブックマークやいいねを貰ってとっても嬉しいです!!これからも頑張ります!

 イレネーの身体はほとんど回復し、ヨハンネスと実戦で戦ってみても充分戦えるほどだった。新しい服を身に纏い、腕を試している。


ヨハンネス「全然平気そうだな。あの瞬間移動するやつももう出来るのか?」


イレネー「あぁ。試してみたけれど、もう充分動けそうだ。それにしても君は速いな。私も全く追いつけない。」


ヨハンネス「へへ、だろ!?ずっと獣と競争してたからな。」


イレネー「ま、非力だから急所以外大したダメージにはならないがね。」


 ムッとするヨハンネスの傍らセオドアは腹を抱えて笑っている。


セオドア「あははは、言われてやんの!でもやっぱり強いなぁイレネーは。さ、次は俺な!!」


 セオドアとヨハンネスのおかげで身体能力の回復も早く、明日には精霊討伐へと向かおうと話していた。イレネーと戦う事で実践の訓練にもなるため二人自身も休むことを忘れて剣を交じらせていた。その頃魔術組のレクイエとヘレーナはエディの街のカフェでゆっくりとお茶を飲んでいた。一緒に食べているクッキーもナッツが入り、しっとりとしていてとても美味しい。


ヘレーナ「この街は平和だね……。」


レクイエ「そうね……。この平和がずっと続くといいわね。」


ヘレーナ「このお茶も美味しいし、このクッキーも美味しい。お兄ちゃん達はまだ戦ってるのかなぁ……。」


レクイエ「そのようね。本当に一週間で完治するとは思ってなかったわ……。鬼みたいなリハビリしてるし。」


ヘレーナ「魔法にも限界あるし、動けるようになったとしてもあそこまで完璧に戦えるとこまで戻るとは私も思わなかったよ。」


レクイエ「精霊と戦えるだけあって常人ではないと思っていたけどここまでとはね……。土の精霊も、明日出発するから今日はソフィの店に行きましょうか。」


ヘレーナ「やった!!」


レクイエ「ヘレーナはジュースだけよ。」


ヘレーナ「分かってるよ。差し入れで貰ったご飯すごく美味しかったな〜。寂しくなるね。……あ、でも陣を描いたからいつでもここに戻ってこれるのか!!」


レクイエ「えぇ、私が自分で描いた所はいつでも戻れるわよ。また食べたくなったら、来ればいいわ。」


ヘレーナ「うん!アルバディアのご飯もまた食べたいな〜。」


レクイエ「アラビアの方か、行ってみたいわね。」


 二人がお茶を飲み終わっても男達は戻って来ないため、迎えに行った。エディの街の裏に向かおうとその門をくぐると見覚えのある子供がヘレーナに抱きついた。


ヘレーナ「え!?……、君は……。」


 その仮面はあの集落に返した子供のものだった。レクイエはすぐに扇を抜いたが、ヘレーナは子供を受け入れていた。顔を上げるとそこには母親と思われる人が立っていた。


子供「∏∅∆∝∈√ψΕ」


レクイエ「なんのようかしら。」


 レクイエが厳しい目線を送ると母親は集落の仮面を外して答えた。


母親「この度は私達の村がお仲間の方を攻撃して、申し訳ありません。私達の顔など見たくないとは思いますが、どうか受け取って欲しい物があるのです。」


ヘレーナ「あなたは、言葉が分かるのね。」


母親「私はこの街の出身です。あの方は無事でしたか……?」


レクイエ「えぇ、むしろ今まで以上に活発よ。」


母親「良かった……。いや、私に安心する権利などありませんね……。アニ、∷∆∇∞∬∵。」


 アニと呼ばれた子供は小さな手で握っていた小刀を両手でヘレーナへと渡した。


ヘレーナ「これは?」


母親「私の家に伝わる刀です。エディから嫁ぐときこれだけはと持ち出しました。真の名を持つ者が我等のもとに現れし時、この刀を授けよ……と。きっといつか、旅の役に立つと思います。どうぞ受け取って下さい。」


レクイエ「小刀……。ありがとう、受け取っておくわ。それにしてもあなた達この街へ来て大丈夫なの?」


アニ「∑∇∫⊃α∈⊗∏∵」


母親「アニは迷子になった、と言っております。私達は大丈夫です。ありがとう。」


 母親は深々とお辞儀をして、子供と手をつなぎ去っていった。


ヘレーナ「真の名ってなんだろう……。イレネーは何も言ってなかったけどな。」


レクイエ「私も知らないわ。真の名……。後でイレネーに話を聞きましょうか。」


 ヘレーナは小刀を握り締め、セオドア達のもとへと向かった。


ヘレーナ「みんな!」


ヨハンネス「よお、どうした?」


ヘレーナ「どうしたじゃないよ、戻って来ないから何してるのかなって。」


ヨハンネス「今セオドアとイレネーがやってる。ほら、そこ。」


 ヨハンネスが指さした場所ではセオドアとイレネーが激しい戦いを繰り広げていた。先日甲板で戦った時よりも激しくぶつかり合っている。


レクイエ「死にかけてたのが嘘みたいね。心配して損したかしら。ヘレーナの魔法がよっぽど効いたのね。」


ヘレーナ「にしても効き過ぎよ。大丈夫かな……。」


ヨハンネス「いやヘレーナの魔法はよく効くよ。俺らの怪我だって昔から次の日には治ってただろ?」


ヘレーナ「軽い怪我ならすぐ治るけどあんな大怪我しても治るものなのね。」


ヨハンネス「ヘレーナがもとのイレネーを想像して治した。それがお前の魔法なんだろ?」


ヘレーナ「そうだけど今回は本人の回復力もあるよ。生きたいって意思が強かったんだわ。」


レクイエ「何が彼を動かしているのかしらね。」


 セオドアとイレネーはなかなか決着が着かなかった。しかし、互いに息が上がってきた為引き分けとして終わらせた。レクイエは彼らの戦いを見て思っていた。少なくともレクイエの生きていた時代に自然を操る精霊と戦えるような人間は自分を含め存在しなかった。彼らの存在は稀ではあるが確実に人間としての一線を凌駕している。なぜ、彼らはこんなにも強いのか疑問だった。


セオドア「ああ、腹減った……。」


イレネー「そうだな。今夜はどうする?」


レクイエ「ソフィの店はどう?沢山お世話になったからね。」


ヨハンネス「賛成!あの焼いたサンドイッチ美味かった!」


セオドア「もう日も暮れるし行こうか。明日には出発するだろ?」


レクイエ「そうね、今夜は早めに休みましょ。」


ヨハンネス「もう3体目か……。早いな〜。」


 その夜はソフィの店で楽しんだ。セオドアとヨハンネスはイレネーに飲み勝負を持ちかけた。ヘレーナ以外はエディの地酒を楽しみつつ、料理を味わった。イレネーは途中で飲むのを控え、結局最後まで潰れなかったのはレクイエだった。フラフラになりながら宿へと戻り、ヘレーナの魔法でなんとか復活した。セオドアとヨハンネスはすぐに眠りについた。イレネーとレクイエはヘレーナの淹れたハーブティーで胃を休めている。


ヘレーナ「二人は緊張感ないね……。明日はまた大きな戦いになるっていうのに。」


イレネー「そのくらいが丁度いいさ。ずっと気を張っていては疲れてしまうからね。眠りたくても眠れないよりずっといいよ。」


レクイエ「えぇ、そうね。……このお茶本当においしいわね。すごくほっとできるわ。」


イレネー「風の精霊を倒した後も、このお茶を飲んだな……。君にはいつも驚かされる。」


ヘレーナ「ありがと。このお茶も教えてもらったものだから、私の力じゃないの。だけど、皆といるから出来る事も増えたわ。この旅についてきて良かった……。」


 ヘレーナは温かいお茶で頬を赤らめ、笑顔を見せた。イレネーとレクイエも表情が柔らかくなる。


レクイエ「これから起こる事は分からないけれど、私も……あなた達と出会えてよかったわ。さぁ、このお茶を飲んだら私達も休みましょ。」


イレネー「うん。そうしようか。」


ヘレーナ「あ、そういえばイレネー。真の名ってなんだか知ってる?昼間にあの時の子供が来てこの小刀を渡されたの。その時、真の名を持つ者に渡すって言われたんだけど何のことだか分からなくて。」


イレネー「私も、囚われた時に同じことを言われた。お前たちは真の名を持つ者だって。私も知らないんだ。真の名を持つ者の話は聞いた事が無くてね。」


レクイエ「一体何のことなのかしらね……。」


 その後もしばらくは優しい時間が続いた。お茶を飲み干し、ベッドに入る。朝日が昇るとレクイエとイレネーは既に用意を終えていた。


セオドア「二人とも早いんだな。」


ヨハンネス「仕方ねぇよ、年寄りは目が覚めるのが早いからな。」


 レクイエの強烈な鉄拳がヨハンネスに直撃した。珍しくイレネーも哀れみの目を向けている。


ヨハンネス「いてててて……。」


レクイエ「マジでうざいわよ。」


ヨハンネス「……え?なんて?」


レクイエ「さ、バカは置いて早くいきましょ。」


セオドア「そうだな!じゃあなヨハンネス!!」


ヨハンネス「ちょっ、待てって!!」


 街を後にして、またあの沼地へと入っていく。例の集落をなるべく避けながら土の精霊のいる洞窟を目指した。彼らの影が短くなった頃、洞窟へと到着した。


レクイエ「ここよ。中で何が起こるかは分からないわ。注意して進みましょう。」


セオドア「よし!皆、行こう!」


 洞窟内は沼地の延長戦な為湿気がすごく、暗い中でぬかるんだ地面に足が取られて身動きがとりにくくて仕方なかった。


ヘレーナ「環境変えられないかな……。あ!皆、ジャンプして!!いくよ!」


 全員がヘレーナの指示に従ってジャンプをした。低めにとんだヘレーナが誰よりも先に地面に足を付ける。仲間が地面に足を付けた時には既に地がしっかりと固まっていた。その現象に興奮したヨハンネスとセオドアは固くなった地面の上で飛び跳ねていた。


セオドア「よっしゃ!!これで動ける!!ヘレーナさすがだな!!」


ヘレーナ「……あれ、思ったより疲れたかも……。」


レクイエ「この地はきっと精霊の力が流れていたんだわ。だから精霊の力を押し返して地面を固めたから余計に魔力を消費したのね。少し休む?」


ヘレーナ「ううん、大丈夫。」


イレネー「だが本当に助かった。あのまま戦えと言われたらかなり不利だ。ありがとうヘレーナ。前よりかなり想像できるようになったんじゃないか?」


ヘレーナ「そうかもしれない。それじゃあ、先に進もう!」


 風の精霊の時のように道中で異形の物に襲われることはなかった。ただ、水の精霊の力のようにそこに住む獣が凶暴になり、何度か襲われたが倒して進んだ。時々地面が揺れるが、問題なかった。そしてついに大きく開けた場所に出た。天井が丸く穴が開いており、太陽の光で明るかった。子供のように小さな体で足をぶらつかせた土の精霊ノームはそこにある祭壇に座っている。まだ距離があるのに大きな力を感じ、武者震いした。


ノーム「あれ?レクイエ?なんで来たの?」


レクイエ「あなたを倒しに来たの。そこにずっと居なさい?すぐに終わらせてあげるわ。」


ノーム「どうして?レクイエは私達と一緒に人間に罰を与えるのが仕事でしょう?」


 ノームは何も考えていないかのように飄々と質問を繰り返している。レクイエは真っ直ぐに殺意を伝えた。両手に扇を広げノームに刃を飛ばす。


レクイエ「その仕事に嫌気がさしたの。退職する前に上司もろともぶっ殺そうって訳。」


ノーム「怖いよレクイエ。でも、レクイエがもう私たちの仲間じゃない事は分かったよ。君は人間に戻ったんだね。じゃあ、罰を与えないといけない。さよならレクイエ。」


セオドア「来るぞ!!」


 ノームが両手を広げると大地が唸りを上げて揺れ動いた。立っていられないほどの揺れと、大きな力による衝撃派が襲った。これだけ地面が揺れればあの集落もエディの街すら影響が出ているかもしれない。ヘレーナが地面を魔力で押さえつけ、地面の揺れを止めた。宙に浮かぶ土の精霊に対し、ヨハンネスは弓を引いた。その矢は真っ直ぐにノームに向かって飛んで行ったが当たる直前にノームの視線によって泥となって地に落ちた。イレネーが槍を投げ、ノームと空で打ち合っている。レクイエの刃の後援がかなり大きく、精霊の動きをうまく抑えていた。


ヨハンネス「やられたっ!セオドア!!行けるか!?」


セオドア「上げてくれ!!」


ヨハンネス「任せろっ!!」


 セオドアは助走をつけてヨハンネスの元へ走った。ヨハンネスは飛び込んできたセオドアを空へと打ち上げる。重力で地に降りたイレネーの代わりにセオドアが飛び上がり精霊のもとへたどり着き、剣を振り上げた。ノームは大きな岩をセオドアの頭上に発生させた。その岩を叩きつけて攻撃を回避し、直撃したセオドアは頭から血を流し、目の前が真っ暗になって地面へと落ちていった。


ヘレーナ「セオドア!!飛べ!!」


 ヘレーナの魔法によりセオドアは重力の影響を受けなくなり、地面に叩きつけられる前に止まった。岩が頭に当たった事でまだ脳が揺れているが、なんとか意識を取り戻した。


ヨハンネス「あれ羨ましいな。」


ヘレーナ「静かにしてて!!集中しないとセオドア落としちゃう!」


ノーム「気持ち悪い人間……。なんでここに居る?」


セオドア「うわ、軽く気絶してた……。ヘレーナが大変みたいだ。ノーム、人間の土俵に降ろさせてもらうぞ。」


 セオドアはノームに斬りかかり、ノームはそれを受け止めた。ヨハンネスの矢とレクイエの刃、そしてイレネーが飛び上がって一斉攻撃を与えついにセオドアの刃がノームを斬り付けた。


ノーム「くっ!!」


 ノームは体制を崩し地面へと落ちた。ヘレーナもセオドアを支え続け、そっと地面へ下ろそうとしたが、ノームに攻撃をしようとしたヨハンネスとぶつかって気が散り、セオドアを落とした。


セオドア「うっ……!!」


ヘレーナ「ゴメン、セオドア!!」」


セオドア「だ、大丈夫!!ヘレーナも攻撃を!」


ヘレーナ「分かったわ!」


 ノームが地に降りるとレクイエの舞は激しくなった。レクイエはノームの攻撃をものともせず詰め寄り、ヨハンネスの投げたナイフの死角に入り、刃を避けたノームの隙をついて閉じた扇を精霊の急所に押しあてた。


レクイエ「私達の勝ちよ、ノーム。ウィンディーネとシルフによろしく。」


 閉じた扇から刃が突き出し、精霊を貫いた。精霊は瞬く間に形を崩し、悲鳴を上げて消えていった。レクイエは最後までその姿から目を離さなかった。戦いが終わり、仲間たちは呼吸を整える。


セオドア「倒せたな。」


レクイエ「ありがとう、皆のおかげよ。セオドア、傷の手当てをしなくてはね。出血が多いわ。エディの街まで戻りましょうか。」


セオドア「分かる?まだクラクラするんだ。やっぱり、精霊は強いな……。」


ヨハンネス「大丈夫か?歩ける?」


 ヨハンネスはセオドアの腕を肩に回して支えた。


セオドア「半分はお前のせいだけどな……。」


ヨハンネス「悪かったって。まあそのおかげで倒せたんだし。」


ヘレーナ「お兄ちゃんの攻撃が効いたのはその後でしょ。」


レクイエ「さ、帰りましょうか。」


 帰り道は精霊の影響がなくなったおかげで獣も静まり、攻撃を受けることはなかった。街へ着くころには日も暮れ、宿屋へ直行した。傷を拭い、ヘレーナの魔法で治療を受けた。傷はすぐに塞がり、明日には消えているだろう。夕食を食べる前に皆はすぐに寝てしまった。やはり精霊と戦うのは、特別体力を使う普段の戦いとは疲労度が別ものだった。レクイエだけが眠る事なく、窓辺から夜空を照らす金色の明かりを見ていた。


レクイエ「フロリダの空は……広いわね。」


 明かりの動きをただ眺めていたら、いつの間にか東の空からもっと明るい光が現れた。その光が現れると、反対側の空から光が消える。レクイエは身支度を始めた。


セオドア「おはよレクイエ。」


セオドアが目を覚まし、半開きの目で呟いた。


レクイエ「早起きは年寄りなんじゃなかったかしら?」


セオドアは返事をしようとしたのか少しだけ唸った。


セオドア「うん……。水……。」


 ベッドから起き上がるとフラフラと部屋を出て行った。セオドアが出て行ったのに気が付いたのか仲間たちが目を覚まし始めた。


ヨハンネス「どこ行くんだ……あ~、まだ眠い。おやすみ……」


イレネー「もう朝か、気が付かなかった。」


ヘレーナ「イレネーが起きるとこなんか初めて見た気がする……。さ、おきるかぁ。」


 ヘレーナもベッドを出てきた。レクイエは胸のつかえが取れたような気分だった。朝日が昇ってくるにつれて意識がはっきりしてきた。宿屋を後にし、レクイエの魔法で船まで戻った。海岸は雨が降っており、到着した瞬間濡れた。ヤンが船の整備をして待っていてくれた為すぐに船へと入っていく。


セオドア「便利な術だな。」


レクイエ「私もそう思うわ。さて、次に倒すべきは炎の精霊サラマンダーよ。」


イレネー「そのサラマンダーについて……話したい事がある。どうか、聞いて欲しい。」


 イレネーは覚悟を決めていた。緊張しているのか少しだけ息が上がっている。


レクイエ「立ち話もなんだし、中に入りましょうか。」


ヘレーナ「私お茶入れるよ。ゆっくり聞かせて。」


イレネー「……ありがとう。」


 温かいお茶を淹れ、皆カップを持って船の中で一息ついた。雨の音が響く。外はかなり激しい雨が降っているようだ。イレネーが大きく息をついた。


イレネー「この前話せなかったのはすまない。事件のことを私自身がほとんど覚えていないんだ。私は、エルダーナ王国騎士団副長イレネー・シュバリエ。7年前、エルダーナが陥落した日、王国は炎の精霊に襲われたんだ。」


セオドア「エルダーナ!?しかも、精霊って……。隣国と戦争してたから滅んだんじゃないのか?」


イレネー「確かに戦争をしていた。だが、我々は護るだけだった。決して相手の領土に攻め入ったりはしていないし、敵の命を奪うことも許されていない。勿論、民の命は最優先だがな……。陥落したのは、戦争が原因ではないんだ。……あの日のことは、ほとんど分からない。王都だけでなく、エルダーナ全ての国土が焼かれた。炎の精霊と、友によって……。」


ヨハンネス「と、友って……。」


イレネー「私が覚えているのは彼のことだけだ。名はレオン。騎士団の隊長の一人だった。何かの式典で私は城にいた。突然街に火の手が上がり、私は焦ってどこかへ向かっていた。でも次の記憶には、既に友と刃を交わしている。レオンは、炎の精霊に魂を握られて、精霊と力を共有していた。そして私はレオンに破れた。……その後全てを燃やし尽くした精霊が現れ、私を下したレオンをやっと信用したのだろう。その隙きをついた彼は精霊を貫いたが、魂を握られていたレオンの攻撃は無効だったんだ。……彼は、精霊を連れてどこかへ消えてしまった……。私が覚えているのは、それだけだ……。次に目が覚めた時には、私はカイルという酒場の店主に助けられていた。」


セオドア「記憶がないのは本当に苦しいな……。」


イレネー「あぁ……。あの日、私の記憶のほとんどが消えてしまった。だが何をしなければならないのかはすぐに分かった。私はその酒場で出会った吟遊詩人ハーレイと共に旅に出た。精霊を追えば、きっと彼に辿り着く……。彼はきっと……この7年間炎の精霊に苦痛を与え続けられているだろう。私は彼を忘れていない。魂を握られている以上、精霊を倒せばレオンも死ぬ。だからせめて、私が彼を解放しようと……、そう思っていたんだ。ハーレイと分かれた後も独りで精霊を追い続けた。少ない手掛かりで、なんとか精霊のもとにたどり着いたら、君たちと出会ったんだ。私と違って、君達は旅を楽しんでいた。君達と出会って、新たな知見を得て、沢山の話を聞いて、もしかしたら彼を救えるんじゃないかと……そう思ってしまったんだ。私は弱くて、臆病で、大切なものを何一つ自分の力で護りきれた試しがない。それでも彼を救いたい。もう一度、話がしたい。頼む……どうか、みんなの力を貸してほしい。」


 イレネーは真剣な眼差しを向けた。少し震えた声で彼が抱え続けていた最も大きなものを全て吐き出した。外で響く雨の音も聞こえないほど心臓がうるさい。セオドアはイレネーの眼を見て重い空気を切り開いた。


セオドア「助けてと言えるのも勇気が必要だったと思う。イレネーは弱くなんかない。長い間戦って、仲間を得たんだから。ずっと、独りなんかじゃなかったんだ。俺達を信じてくれてありがとう。……助けよう、絶対に。」


ヘレーナ「イレネーは、私の事を……、私達皆のことを護ってくれたじゃない。私の力、持てる限り尽くすわ。」


ヨハンネス「まずはその魂が握られてるってとこを解明しないとだよな。魂ってのがそもそもよく分からんけど、レクイエはなんか分かるか?」


レクイエ「そうね、精霊に魂を握られているというのは、とても複雑な服従の術でしょう。人が命を終えるとき、肉体は華になって記憶と魂の器になる。魂の説明をするのは難しいのだけれど……。」


イレネー「皆……」


セオドア「俺達仲間だろ?」


イレネー「あぁ……。ありがとう。」


 イレネーは仲間たちを一人ずつ見ていた。ヘレーナは微笑み、ヨハンネスは全力で笑顔を見せてくれている。レクイエは真剣に考えてくれている。これほど嬉しいことはなかった。


レクイエ「例えばセオドアとヨハンネス、あなた達は同じ人間だけど、同じ意志や考えを持っているわけではないでしょう?話し方も違うし、性格も違う。魂は、その人を表わす最も基礎的なものとでもいいましょうか。魂は自分の内側だけのものなのだけれど、それを無理矢理外部に出してきっと、言葉の通り本当に握っているのでしょうね。やってみましょう。……簡単にだけれど実践するわ。ヨハンネス、そこに立ってて。」


ヨハンネス「なんで俺?ってか実践出来るのかよ。」


レクイエ「サラマンダーと同じ術では無いわ。けれど、口で話すより伝わるでしょう。」


 レクイエはヨハンネスを立たせると閉じた扇を向けた。


レクイエ「そのまま動かないで、苦しむことになるわよ。」


ヨハンネス「えぇ!?先に言えっt…、っう…!なんだこれ……。」


 ヨハンネスの胸からレクイエの扇は鈍い光で繋がれた。


レクイエ「皆見える?これがヨハンネスの魂。今は、ヨハンネスの魂だけよ。炎の精霊は、ここに自分自身の魂を複雑に絡ませているんだと思うわ。そうすることでお互いの力を共有し、逃げることが出来ないようにしているのね。」


 レクイエは術を解き、鈍い光はヨハンネスへと戻っていった。ヘレーナはその状況を見て考えた。


ヘレーナ「じゃあ、その絡まった魂を解くことができればレオンさんは解放出来るって事かな。」


レクイエ「おそらく、ね。私の術で魂を可視化することは出来るわ。」


セオドア「それじゃあ、レクイエがみえるようにして、ヘレーナが魔法で絡まってるところを解けば助けられるってことか!?」


ヘレーナ「今見せてもらったから想像もできると思う。イレネー!助けられるかもしれないよ!?」


イレネー「本当に……なんてお礼を言ったらいいのか……。」


レクイエ「まだ早いわよ。それに問題は、ヘレーナの魔力ね。あなたは操る壮大な魔法に自分の魔力が追いついていない。炎の精霊は、今までの精霊の中では1番強いわ。今後戦う光と闇の精霊はそれ以上……。」


ヘレーナ「魔力って……鍛えられないのかな。」


レクイエ「魔力は基本生まれ持ったものなのだけれど、それを強化する方法は一つあるわ。ただ、失敗すればあなたは二度と魔法は使えなくなるし、戻って来れるかも分からない。」


ヘレーナ「それでもやるよ。どっちにしても、今のままじゃ私は皆の足を引っ張ってる。強くなりたいの。やれることがあるならなんでもやるわ。」


 ヘレーナはずっと悩んでいた。自分の力が劣り、何度も仲間たちに迷惑を掛けたと。彼女は力を臨んでいた。


レクイエ「うん、その覚悟があるなら大丈夫ね。それなら、あなたには試練を受けてもらうわ。魔法の泉に行きましょう。」


ヘレーナ「魔法の泉?」


レクイエ「そう。場所はここからまた船で東に進むわよ。どちらかというとあなた達の出身地に近いわね。魔法の泉は最初の魔術師が生まれてから今日までの魔術師達の魔力が全て集まっている所。そこで試練を受ければ、きっとあなたの望む力を得られるはずよ。」


ヘレーナ「行きたい……!私やって見せるわ。」


レクイエ「さ、出発よ。イレネーもいいわよね?」


イレネー「勿論だ。私の望みの為に、申し訳ない……。」


ヨハンネス「違うぜ。誰もお前が悪いなんて思ってねぇんだからよ。」


イレネー「フフフ、そうか。皆、ありがとう!!進もう、魔法の泉へ。」


セオドア「よっしゃあ!!ヤン!行くぞ!!」


 セオドアが声を張り上げると遠くからヤンの返事が聞こえてきた。大雨の中船は出発した。またかなりの距離を移動するため、レクイエの瞬間移動術を頼る。


レクイエ「とりあえず欧州の方へ行きたいから……、このあたりね。……皆、飛ぶわよ!」


 視界が眩しい光に包まれる。そっと目を開けると陸が遠くに見える。


セオドア「飛びすぎてもうどこにいるのかさっぱりだ。」


レクイエ「言ったでしょう、あなた達の出身地に近いって。」


ヘレーナ「見て!!あれミコヌスじゃない!?」


ヨハンネス「あ!ホントだ!!もう懐かしいな。あそこからアルバディアに行ったんだ。」


イレネー「そうだったのか。ミコヌスを訪れたのはもうかなり前だな。白い町並みがとても美しかった。」


レクイエ「いいわね。私も行ってみたいわ。」


セオドア「じゃあ行こうよ!」


レクイエ「そんな時間無いでしょ?」


セオドア「目の前にあるんだから陣描いてけばいいじゃん。そしたらいつでも来れるようになるだろ!?」


レクイエ「……そ、そうね。いいの?」


ヨハンネス「逆になんでダメなんだよ。拠点も増えるし悪い事なんてねぇよ。」


レクイエ「ヤン!!そこの港に泊めてくれる!?」


ヤン「かしこまりました!!ついでに食料補給も兼ねましょう!!」


 港に船が着きレクイエはさっと船を降りて砂浜に埋まる大きな岩に陣を描いた。その間にヤンは食料や水を船に積み込んだ。用が済むとすぐに立った。ミコヌスを訪れたのは一瞬だったが、これでいつでも来られると思うとレクイエも嬉しそうだった。北へと船を進めていく。しばらく波に揺られているとレクイエはこの辺りだと船を陸へ向かわせた。


セオドア「ここからは歩きか?」


レクイエ「えぇ。この森のどこかに魔法の泉があるわ。どこに、あるかは泉の主次第。言っておくけれど、すでに試練は始まっているの。ここに住む獣は常に荒々しく血に餓えている。ヘレーナだけではなく、私達の力も試されているわ。」


ヨハンネス「主次第ってなんだよ。」


レクイエ「言葉の通りよ。主の気分で泉の場所は変わるわ。」


セオドア「大変だな……。まあ試練だもんな……。」


イレネー「私が先頭を行こう。道は分からないが、拓くことは出来る。」


 イレネーを先頭にセオドア達は森の迷宮を進んでいった。魔法の泉に何が待ち受けているのかという探求心と、力を求める向上心が彼らを動かしている。そして、友を必ず助けると誓った男も、世界を変えると突き進む女もまた、世界を知りたいという気持ちは同じだった。

実はイレネーの過去篇は半年くらい前の本編を書き始める前から完成してました。今後出していきたいなと思ってます!

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