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華言葉の呪い -Freya-  作者: 衣吹
華言葉の呪い
6/24

【仲間の為か己の為か】

遅くなりましたが更新できました!!長くなりすぎるとチェックが大変ですね……。


 船に乗り、更に東へと進む。ヤンはこの大河を渡る事は不可能と言ったがレクイエは問題ないと進ませた。イレネーも危惧しながらも最悪ヘレーナの魔法でどうにか陸まで吹っ飛ばせるかと考えていた。セオドア達は大航海の恐ろしさを知らず、甲板で佇んでいる。


レクイエ「もう少し進んでくれればすぐ陸に着くわ。」


セオドア「どういうこと?陸までまだずっと先なんだろ?」


レクイエ「ええ、でも私の術でとべるからすぐよ。アカツキが設置した陣の魔力を感知できればそこまでとべるの。」


ヘレーナ「それがあなたの魔法?」


レクイエ「言ったでしょう、私は巫女の術であって魔法ではないの。そして陣に触れればどこからでもその地までとべるようになるわ。巫女として世界中を見て回ることがあると判断したから、きっとこの力を授けたのでしょうね。結局精霊の居場所はアカツキが発見して、私は忙しくて一歩も国から出ることはなかったけれどね。」


ヘレーナ「じゃあやっと外の世界に行けたんだね!」


レクイエ「……、そうね。」


ヘレーナ「?どうしたの?」


レクイエ「いえ……、その考え方は無かったから……。」


ヘレーナ「そっか!じゃあこれから一緒に旅するのが楽しみだね!」


レクイエ「……。えぇ、そうね。」


 レクイエは優しい瞳でヘレーナに返した。ヘレーナはレクイエによく懐き、セオドアとヨハンネスはその様子を見てヘレーナに年上の姉が出来たように見えていた。


セオドア「……、ヘレーナ楽しそうだな。」


ヨハンネス「男ばっかりだったから同性の友達が欲しかったんだろ。まぁ同年代では無いだろうけど。」


セオドア「レクイエに怒られるぞ?……いやでも2000年も生きてたらそんな事今更考えないのか?どうなんだレクイエ。」


 レクイエは腰に手を当ててこちらを睨んでいる。


レクイエ「気にしていなかったけれど、あなた達にそう言われると腹立たしいわね。」


セオドア「あ……。怒らせちゃったな。お前が変なこと言うからだぞ。」


ヨハンネス「止め刺したのはてめぇだろ!」


 二人が水掛け論をしていると呆れたレクイエは扇子を取り出し振りかざした。すると術の込められた紙が舞い散り、セオドアとヨハンネスに襲い掛かった。ダメージはほとんど無いがとても鬱陶しい攻撃に二人共心が折れた。


セオドア「……悪かった、レクイエ……。女性に年齢の話はするもんじゃなかった……。」


ヨハンネス「……だな……。」


レクイエ「そうでしょう?分かればいいのよ。」


 そのやり取りをイレネーは微笑んで見ていた。


レクイエ「楽しそうね。」


イレネー「いやすまない。少し微笑ましくて。それにしても面白い術を使うのだな。巫女の力を見るのは初めてだから驚かされる。」


レクイエ「私は巫女の魔力と巫舞によって戦うの。巫女の力なら傷を癒すことも出来るわ。」


ヘレーナ「凄い!私はよくわかってないから……。」


レクイエ「あなたは自分の魔法をあまり分かっていないのね。なら一度初心に戻って、何ができるのか一緒に確認しましょう。ほら、こっちへ来て。」


ヘレーナ「う、うん!!」


 レクイエはヘレーナを連れて船の中へと入っていった。甲板に男達を残しヘレーナに魔法を教える。


レクイエ「私からあなたの魔法がどういうものなのか説明するのは簡単だけど、どうせなら自分で気付きましょ。まずはあなたの魔法を見せて。」


ヘレーナ「じゃあ、私の取っておきの魔法を見せるね!!」


 ヘレーナは両手をかざし、意識を集中させた。両手の中から光が溢れ一つの美しい透明な結晶が出来上がっている。手の上で回転する結晶をレクイエに自慢した。


ヘレーナ「綺麗でしょ!!最近出来るようになったの。はい、プレゼント!」


レクイエ「えぇ、素敵ね。……ありがとう。それで、結晶を生み出すときに何を考えていたの?」


ヘレーナ「う〜ん、レクイエはどんな結晶が似合うかな〜って。」


 レクイエは相槌を打ちながらヘレーナの話を聞く。


ヘレーナ「なんとなくだけど、イレネーに言われて自分の中で納得がいったことがあってね。きちんと頭の中が整理できている事は成功するって言われて、確かに魔法が成功するときってどうしたいっていうのが明確なの。だからきっと……私の魔法は、想像すること?かな。」


レクイエ「そうね、そのとおりだと思うわ。あなたの魔法は想像したものを現実に作用させるもの。だからあなたの強い思いが現実になる魔法ね。だからこそ、大きな事をしようとすればその分魔力を消費する。自分の力を理解していないと危険な魔法だわ。」


ヘレーナ「そうだよね、水の精霊の暴走を止めて波を押し返した時とか、風の精霊を抑え込んだ時は物凄く疲れたもの。」


レクイエ「あなたには大きな魔力が眠っているように感じる。使いこなせるように頑張りましょう。……それじゃあ、治癒魔法も少し練習しましょうか。今後きっと役に立つわ。」


 レクイエは自分の腕に手をかざすと痛々しい傷がそこに現れた。ヘレーナは驚き、目を丸くする。


ヘレーナ「これは!!?どうしたの!?」


レクイエ「落ち着いて、ただの幻覚のようなものよ。あなたの魔法で消してちょうだい。それがあなたにとって実際の治癒魔法になるはずだから。」


ヘレーナ「う、うん……。本当に大丈夫なの……?」


レクイエ「心配しないの。大丈夫だから。」


 ヘレーナはその腕を額に当て、元の美しい白い肌を想像した。たちまち血は止まり、傷も跡形もなく消えた。最近はほとんど魔法を使った治療を行っていなかったので、久しぶりだった。ただ傷が癒やされ痛みが引くように祈る。


レクイエ「完璧よ、ありがとう。この程度の傷なら治せるようね。怪我が大きくなればなるほどショックで落ち着いて想像する事が出来なくなるわ。でも今日これくらいにしておきましょうか。そろそろ陣の魔力を察知できるはずだから。」


ヘレーナ「分かったわ!」


 その頃、甲板の方で男達は実戦想定で試合をしていた。セオドアとイレネーが木刀と木の棒で鈍い音を立てていた。


セオドア「はぁあああ!!」


 宙に飛び上がったセオドアの全体重と重力を掛けた攻撃はイレネーになんなく止められる。それどころか宙に浮いた分身動きが難しくなりイレネーの棒に振り払われ床に叩きつけられる。


セオドア「うっ……!」


 頭を上げた瞬間イレネーに棒を突き付けられ負けを認識した。


イレネー「全身を使って攻撃するのはとても良いけれど、飛び上がった時に生じる隙は大きいよ。それに攻撃の軌道も読めるから、獣相手には良いかもしれないが、人間や精霊にはきっと通じない。」


 セオドアはイレネーに手を差し伸べられ、立ち上がった。


セオドア「そっか、結構この技使ってたけどこんな簡単に止められるとはな……。獣相手にしか戦ってこなかったから分からない事ばかりだ。」


イレネー「その戦い方でも、防ぐことが難しい攻撃がある。相手が長物なら斬りかかるのではなく突いた方がいい。点と線では受け止めやすさが違うし、その方がダメージも大きい。だが、流石に精霊を破る力を持つ者なだけある。ちょっと危なかったよ。」


ヨハンネス「だとよ、歴戦の騎士様からお褒めの言葉貰えて良かったじゃねぇか。」


セオドア「あ〜、悔しいな。やっぱり騎士って強いんだな。イレネー、次は負けねぇからな。」


イレネー「今はただのしがない詩人さ。でも、私で良ければいつでも相手になろう。」


ヨハンネス「じゃあ次俺な!!」


レクイエ「続きは陸に降りてからにしてちょうだい?アカツキの陣を感じ取れたわ。ヤン!船ごと飛ぶから帆を畳むけど大丈夫かしら!?」


ヤン「はい!!かしこまりました〜姉御!!すぐそっちに行きます〜!」


 帆を片付けていくと船の進む速さが遅くなった。レクイエが船の床に陣を描いている。


レクイエ「さ、行くわよ。この陣を囲んで、皆手を繋いで。」


 6人で陣を囲むとレクイエはそっと目を閉じて呪文を唱えた。神の国で見たときのように辺りが光に包まれ気が付いたときには、もう陸は目の前に見えていた。手を離し、船からその光景を見る。新たな地に気分を昂ぶらせながらまた帆を広げ、陸地まで急いだ。ヤンが上手く陸に寄せて停泊させ、我先にとセオドアとヨハンネスが船から飛び降りる。その地は程よく乾燥し、空を見上げると太陽が力強く輝いている。気温は冬に掛かっている為それほど高くないが、太陽のおかげで温かい。砂浜で一度海を楽しんだ。


セオドア「なぁ、ヘレーナ!また足魚にしてくれよ!海の中行こうぜ!!」


ヘレーナ「いいよ!イレネーとレクイエも行く!?」


レクイエ「私は遠慮しておくわ。楽しんで。」


イレネー「私もいいかな。眺めているだけの方が好きかもしれない。」


ヨハンネス「よっしゃ!年寄りは置いて早く行こうぜ!!?」


レクイエ「あの小僧……いつか痛い目に遭わせてやるわ……。」


 イレネーとレクイエは近くの岩場に座り、海を眺めていた。イレネーも楽器を奏でて海を演出する。ヘレーナによってミコヌスで海に潜ったときの様に人魚になり、海を探索した。海の中はサンゴや海藻が美しく、沢山の魚が泳いでいた。人魚に興味を示す魚も多く、警戒はされていないようだった。人魚になっているおかげで水中でも呼吸が出来るためどんどん深くまで潜り、陸から離れていく。かなり時間が経ってセオドアがそろそろ戻ろうかと提案し、やっと陸へと戻った。水から上がり、ヘレーナに足をもとに戻してもらう。


レクイエ「早く身体乾かしなさい、風邪引くわよ。ほら、ヤンがタオル用意してくれたわ。」


セオドア「は〜い。」


 岩場に登ると丁度日が沈む所だった。濡れた体を拭きながら、夕陽を仲間と揃って見ていた。海に反射する光が眩しくて美しい。まるでこの地での旅を歓迎しているかのようだった。日が沈み切るまでその場で過ごし、夜の帳が降りた後は船の中で一晩明かした。翌朝には海岸を出発し、レクイエの案内のもと土の精霊のもとへと向かった。広大な土地は殆ど開けており、今までのように森の中を進む事は殆どなく、荒野を進んだ。精霊は大陸の中心にいる為、まだしばらく歩くことになりそうだった。一週間程はただ歩き続けた。途中にあるアカツキの陣を頼りに進んでいく。陣を見つけるとレクイエはそれに触れ、術式を発動させた。そのおかげで陣までであればどこからでもとぶことができた。ついに荒野を抜けると湿地帯が見えた。そして大きな街があったので、休息がてら寄ることにした。


セオドア「綺麗な街だな!」


ヘレーナ「ね!お花が沢山!」


レクイエ「ここはエディの街ね。アカツキから話を聞いたわ。話に聞いた通り素敵な街ね。あちこちで花が売られているわ。食事も美味しいらしいわよ。」


ヨハンネス「ホントか!?早く飯行こうぜ!!」


 街の門をくぐると一人の女性に声を掛けられた。花冠を被りフワリと膨らむドレスを着ていた。


街人「あら!旅人さん!!エディへようこそ〜!ゆっくりしていってな〜!!はい!リリーをどうぞ!」


女性はヘレーナとレクイエに一輪のユリの花を差し出した。


ヘレーナ「わぁ〜!ありがとう!!私ヘレーナ、あなたは?」


ソフィ「私はソフィ!よろしくヘレーナ!宿屋までご案内するわ!私酒場でウェイターしてるの!良かったら遊びに来てね!」


 明るいソフィが街の中を案内してくれた。市場にレストランに酒場に宿屋全て場所を教えてくれたため、迷わずに目的地へと着く。宿屋に着き、中にはいるとそこも花が飾られとても鮮やかだった。香りにも癒されながら部屋へと入る。荷物を置いて身軽になった後は揃ってレストランへと向かった。席につき、ガムボと呼ばれるスープを人数分注文した。セオドアとヨハンネスは追加で前菜をいくつか注文し、ヘレーナは食後にアップルパイを注文した。それぞれ興味のある料理を注文すると届いた物は結局かなりの量になり、一行を楽しませた。ガムボスープにコーンブレッド、ひき肉や野菜をパンで挟んだハムバーガーや大きなステーキ、サラダにローストチキンまである。ガムボスープには様々な具材が入っており、とても満足度が高かった。


レクイエ「これ、お米が入っているのね。ずっときになってたけど初めて食べたわ。」


ヘレーナ「うん!すっごく美味しい!!」


セオドア「最近辛い物ばっかりだけどやっぱり旨いな!」


ヨハンネス「おいお前の肉の方がデカい。一口よこせよ!」


セオドア「静まれヨハンネス、勘違いだ。そしてこれは俺のだ、絶対にやらん。」


 小競り合いをしている若者を横目にレクイエはハムバーガーにかぶりつきながら、なんだか懐かしい顔をしていた。付け合わせの芋のフライもとても美味しそうに食べている。


ヨハンネス「ハムバーガーってそんなに美味しいのか?」


レクイエ「2000年振りに食べたのよ?感慨深いわ。今の時代はハムバーガーなのね、ガムボスープもそうだけれど発音が変わったのかしら。これを食べていると、昔を思い出すのよね。」


セオドア「それは、過去の時代のこと?」


レクイエ「そう、皆は旅をして色々な国や土地の食事を食べてきたのだろうけれど、昔は一つの大きな街でそれらが全部食べられたわ。沢山お店があって、沢山の土地のご飯が食べられて……。このハムバーガーも、過去の時代はどこに行っても食べられるものだったわ。味も沢山選べて、セットにするか単品にするか、ポテトなのかナゲットなのか、飲み物はどうするのか、それだけじゃないわ。ソースを選んだり自分好みに具材を変えられたり……。お店も一つじゃないの、安い値段で買うことも出来る店もあれば、少し値は張るけれどよりおいしい物が食べられるお店もあった……。でも、一番楽しかったのは好きなご飯を食べながら友人と何でもない、どうでもいいような話をする事だったわ。」


セオドア「へ~、ますます興味出てきた。美味い物が一つの街で全部食べられるってすごいな。種類も沢山あるんだろ?毎日暮らしてても絶対飽きないじゃん!!」


ヨハンネス「レクイエが見せてくれた世界は賑やかで凄かったけど、やっぱり生で見てみたいよな。でも俺らが世界を変えても見れるのは何百年後だか。イレネーも興味あるのか?」


イレネー「あぁ、とても興味深いよ。でも、来世に期待するとしようかな。」


セオドア「でも俺たちがその世界を作ったって考えたら凄い話だろ!?これはやる気でるって。」


レクイエ「皆、ありがとう。」


セオドア「さ、早く土の精霊倒しに行こうぜ!!もう近いのか?」


レクイエ「えぇ、ここからほど近い沼の先にある洞窟に土の精霊、ノームがいるわ。彼女は小柄でシルフ達より活発ではないけれどその力は侮れないわ。途中の湿地帯も獣が多く出るから気を付けましょう。」


 皆そろって頷き食事の続きを楽しんだ。その日はそのまま宿に泊まって一晩明かした。翌日エディの街から北東の方角に進んでいくと湿地帯に入った。所々足場はあるが、ほとんどが沼地で足を取られて歩きにくい。レクイエの指し示す方向に従って進んでいくと遠くに子供の影が見えた。


セオドア「おい、あそこに誰かいるぞ。」


レクイエ「変ね、こんなところに一人でいるなんて。迷子かしら。」


 セオドア達がその子供に駆け寄ると奇妙な民族衣装を着ており、仮面をかぶっていたので顔は見えなかった。へレーナが子供の目線の高さになるようにしゃがみ、保護者の所在を尋ねた。


ヘレーナ「ねぇ、大丈夫?お父さんかお母さんは一緒かな?」


子供「※♪◆§〇〈±¶」


 ヘレーナの問いに子供は、レクイエすらも知らない言葉で答えた。意味は全くというほど伝わらなかったが子供が仮面の下から涙が滴ってきている辺りから迷子なのだろうと判断した。


セオドア「一人で放置するのは危険だし、とりあえず仲間が見つかるまで一緒に居ようか。へレーナ、ついてあげて。」


ヘレーナ「分かったわ。さ、手つなごっか!」


 ヘレーナが手を差し出すと子供は震えながらも小さな手で握り返した。へレーナの優しい表情から少し安心したのか涙は収まったようだ。子供を連れて沼地をしばらく探索した。子供は純粋で、沼地に咲く植物や穏やかな動物を嬉しそうに紹介してくれた。子供も一行を信頼し、彼らの言葉を沢山発していた。軽やかな足取りと共に沼地を進んでいくと、突然大きな集落についた。沢山の背の高い木を並べた塀に囲まれた集落の門には仮面を被った兵士が二人立っている。子供が兵士のもとに走って行き、事情を説明してくれたらしく、歓迎され集落の中に入るように促された。


セオドア「なんか歓迎されてるみたいだな。」


レクイエ「雰囲気は大丈夫そうだけれど……少し心配ね。」


ヘレーナ「どうして?」


レクイエ「このような民族には何をされるか分かったものではないのも事実よ。我々は言葉も分からない。いや、あの子供を見る限り心配はないのかもしれないわね。」


ヨハンネス「なんかあったらすぐ逃げればいいんだろ?でも確かに顔が見えないのは怖いな……。」


 集落の中ではテントのような三角形の建物が並び、人々の家になっていた。中央に広場があり、沢山の人が集まっている。ここに住むものは皆仮面を着けている為、全く表情が読めなかった。広場で待たされていると子供の母親らしき人物が駆け寄ってくる。仮面越しにも分かるほど焦っていた様子で、子供を見るなり力強く抱きしめた。子供の方もやっと母親に会えた事で安心し、腕の中で声を上げて泣いている。


セオドア「見つかって良かったな。」


ヘレーナ「そうね。なんか感動しちゃった。私まで泣きそうだよ。」


ヨハンネス「俺はもう涙出てる……。良いもんだなぁ……助けて良かったよ。」


レクイエ「さ、これで安心したわね。先を急ぎましょう。」


 レクイエがその場を立ち去ろうとすると集落の兵士たちが立ちはだかった。気が付いた時には囲まれており、逃げられなくなっていた。


セオドア「これって、何されるか分かんないってやつ?」


レクイエ「純粋なのは子供だけだったのね。さて、狙いは何かしら。」


 攻撃に備えていると、他の兵士に比べ豪華な仮面をつけた男が現れた。他の兵士が礼をして道を開ける。


豪華な仮面の男「マダ、行カナイ。コレカラ祭リ。」


ヨハンネス「言葉が分かるみたいだぞ。」


豪華な仮面の男「我ラガ長、魔術ノ力欲シイ。ソノ女、欲シイ。」


 豪華な仮面をした男は真っ直ぐにヘレーナのことを指差していた。


ヘレーナ「私を……?」


セオドア「彼女を渡すつもりはない。そこを通してくれ。」


豪華な仮面をした男「……ナラバ、女以外ハ華トナレ。」


ヘレーナ「そんな……!!」


 男は持っていた杖で地面を鳴らした。それを合図に兵士たちは一斉にセオドア達に襲い掛かる。すぐに武器を構え、攻撃に対処したが防衛以上のことはしなかった。


セオドア「待ってくれ!戦う意思はない!」


レクイエ「ヘレーナが魔術師と知られてしまったのは、きっとこちらにも魔術師がいるからだと思うわ!!すぐにここを離れましょう!!」


 殺意をむき出しにしている兵士の攻撃をかわし、セオドアはイレネーに教わった事を意識しながら戦い兵士を無力化させていた。ショックを受けたヘレーナを守りつつ、寄ってたかった兵士たちをイレネーが一気に兵士を薙ぎ払い突破口を切り開いた。


イレネー「逃げるぞ!!」


 仲間たちは集落の入口へと全力で走った。先頭をレクイエが走り、ヘレーナを真ん中で守りながらイレネーが殿をしてくれている。しかし、兵士たちの攻撃は止むことなく、槍や矢が飛んでくる。ある兵士が投げた重しを付けた縄がヘレーナの足に絡みつき、ヘレーナは転んでしまった。


セオドア「ヘレーナ!!」


 その瞬間ヨハンネスが転んだヘレーナを拾い上げ、その身軽な足で走り抜けた。止まらない攻撃にイレネーは立ち止まり兵士の方に向き直った。


イレネー「ここは私が引き受ける。皆は先に行け!!」


 その発言に驚いたセオドアとヨハンネスは逃げる足を止めてしまった。


イレネー「何をしている!!狙いはヘレーナだ、早く行け!!!」


レクイエ「彼の言う通り、今はイレネーに任せましょう!!早くいかなければ、得体のしれない魔術師の前で全員やられるわよ!!」


イレネー「今はヘレーナを護ることが第一だ。頼む、逃げてくれ。」


セオドア「……。後で必ず……!」


 イレネーは少しだけセオドア達に顔を向け、微笑んだ。目の前まで兵士たちが迫ってきている。背筋を伸ばし、長い槍を右手に構えた。先頭集団が間合いに入った瞬間その槍を振り払い、全て打倒した。その後に続く戦士たちも同様に次から次へと繰り出される攻撃に全て対処した。しかし、命は一切奪わず意識を落とすだけだった。


イレネー「ふっ……ちょっと多いな。」


 この人数を相手取るのは久しぶりだった。記憶はなくても、戦った事を身体は覚えている。懐かしさを胸に少しだけ抱きながら、目の前の敵を倒していく。イレネーの周りには兵士たちが山になって積み上がっている。大方の兵士を相手取った後、少し後方にローブを着た大男を見た。そしてまだ間合いにも入っていなかった兵士が目の前におり、腹部を穿たれた。


イレネー「くっ……!!」


 強烈な痛みが襲うが、槍を落とさず戦い続けた。自分を刺した兵士もすぐに振り払い周辺にいた兵士を数人落とした所で声が聞こえた。


ローブを着た男「止マレ。」


 気が付いた時には全身を貫き、斬られていた。血を吹き、槍を落として膝から崩れ落ちた。

セオドア達はあれから全力で走り、沼地の茂みの中に隠れていた。


ヘレーナ「ごめんなさい……。本当に……。」


レクイエ「あなたのせいではないわ。」


ヘレーナ「それだけじゃない……。私、何もできなかった……。」


 自分を責めるヘレーナは項垂れながら悔しさに震えていた。その肩をセオドアは優しく叩いた。


セオドア「大丈夫。あんなこと言われたら誰だって訳が分からなくなる。でも、もう平気だろ?イレネーを助けに行かないと。」


 ヘレーナは真っ直ぐセオドアを見つめた。その緑色の瞳が光を帯びて魔術師としての決意を感じた。


ヘレーナ「うん、絶対大丈夫……。絶対に負けないわ。イレネーは戻らなかった。きっと今頃私のせいで苦しんでる……。すぐにイレネーを助けに行きましょう。」


ヨハンネス「よし、我が妹がいつまでもめそめそするタイプじゃなくて助かる。で、どうする?」


レクイエ「魔術師がいるのはほとんど確定でしょう。我らが長とは、きっとその魔術師のことね。あのまま雁首揃えていたら本当に危なかったわ……。魔術師同士の戦いで、相手を倒せばその魔法を奪うことが出来る。目的はそれでしょうね。イレネーがそう簡単にやられるとは思っていないけれど、相手が魔術師ならきっと今頃……。」


セオドア「や、やめろよ……。とりあえず、二手に分かれよう。俺正面から入って兵士達の気を引く。潜入とかはヨハンネスの方が向いてるから救出は頼む。ヘレーナも、きっと魔術師はイレネーの側にいるからそっちを頼む。あと、子供には手を出すなよ?」


ヨハンネス「分かってるさ。そんな事しねぇよ。さ、そうと決まれば早く行こう。」


レクイエ「待って、最後にこれだけ共有させて。イレネーを救ったあとすぐに転送魔法を使ってエディの街へ戻りましょう。彼が無傷とは思えないし、きっと手当てが必要になるわ。でも転送魔法は身体に負担がかかるから、もし使えないと判断したときはヨハンネスに走って貰うことになるからよろしく。」


ヨハンネス「任せろ、足の速さには自信があるんだ。……じゃあレクイエは陣描くので精一杯か?」


レクイエ「陣なんて一瞬で描けるわ。その後はセオドアと陽動にまわる。二人はイレネーを助け出したら何かしらの合図をして頂戴。」


ヘレーナ「分かったわ!空に魔力を打ち上げるから、それが合図ね。」


レクイエ「それで結構よ。……さぁ、行きましょう。」


 セオドア達は作戦が決まり、集落へとイレネーを取り戻しに戻った。イレネーは集落の祭壇らしき場所に繋がれている。後ろ手に鎖で厳重に拘束され、足の腱が斬られて立つことも出来ない状態だ。ローブを着た男は魔術師だった。その鎖に魔法を掛け、どれほど力を加えても外れる事が無いように封印した。意識のないイレネーの顔を掴み、怪しい瞳で覗き込む。イレネーの身体が跳ね、意識を戻された。


魔術師「ナゼ一人モ殺サナカッタ。」


イレネー「うっ……殺した、方が…良かったか?」


魔術師「ナゼダト聞イテイル。」


 イレネーの首を持ち、長い爪を押し当ててくる。


イレネー「俺は……エルダーナの騎士だ!!騎士として、護る為のみに槍を振るう。誓いを果たすまで、その誇りを捨てはしない!!聞きたいことは、それだけか?」


 青い瞳は光を失わずまっすぐこちらを睨んでいる。魔術師もそれに竦むことは無かった。


魔術師「ソウカ、分カッタ。デハ次ノ質問ダ。アノ娘ノ魔法ハナンダ?」


イレネー「ふっ、知らないな。そもそも魔術師だったのか?」


魔術師「嘘ヲ付クナ。…マダ苦シミタイノカ?」


イレネー「知ってどうするつもりだ、なんの意味もないだろう?」


魔術師「意味ガアルカハ私ガ決メル。話セ、ソウスレバ少シハ楽二死ナセテヤロウ。」


イレネー「……秘密にするようなことは何もない。だが……癪だからな……。何も言うことはない。」


魔術師「………ヤレ。」


 魔術師の一声に戦士達が集まりイレネーを襲う。顔を棍棒のようなもので殴られ、身体も斬り刻まれ、爪もゆっくりと剥がされた。痛みに悶えながらも、うめき声一つ上げずただ耐え抜いた。


魔術師「ヤメロ。」


イレネー「はぁ……はぁ……はぁ…」


魔術師「大人シク従エバ、痛ミカラ解放シテヤルノダ。」


イレネー「無駄な事だ……。俺は……、死ぬまで何も教えることはない……。」


魔術師「オ前、美シイ髪ヲシテイルナ。マルデ女ノヨウダ。」


イレネー「そ、れが……どう……した…。ゲホッ…うっ……」


魔術師「モウ質問ハ終ワリニシヨウ。オ前達ハ真ノ名ヲ持ツモノ。故ニ女神様二捧ゲル贄トナレ。マズハコノ髪ヲ捧ゲヨウ。」


イレネー「真の……名……?」


 魔術師はイレネーの結ってあった髪を乱暴に切り落とす。首に刃が当たり血を滴らせながら、はらりとイレネーの顔に落ちる髪は尚も滑らかで美しかった。段々と呼吸が荒くなり、頭痛もする。目が霞み、魔術師の姿すらぼやけてしまった。


魔術師「死ンダラ華ダ。簡単ニハ死ナセナイ。少シズツオ前ヲ女神様ニ差シ出ソウ。キットオ前ヲ取リ戻シニ仲間モ戻ッテクル。ソレマデセイゼイ苦シメ。全員ノ首ヲ並ベレバ、女神様モキットオ喜ビニナル……。%≮∑∨∌∃∇∫∟∈。」


 魔術師は戦士達に何かを伝えどこかへ行ってしまった。痛む体を動かさず、目を閉じる。与えられる強烈な痛みの中で、突然脳裏に現れたのは唯一の記憶であるかつての旧友だった。


イレネー『……レオンは……、凄いなぁ……。魔術師に、勝ったんだからな……。』


 眠い、血を流しすぎたらしい。自分の下には血溜まりが出来ている。いつ死んでもおかしくない状態だった。だが、永遠の眠りにつくにはその場所は少々騒がしすぎる。集落の入口に人が集まっている。きっと、彼等だろう。安堵してしまった自分の生温さに嫌気が差した。だが、ここで生を諦める気も更々無かった。諦めては、ダメなんだ。


セオドア「イレネー!!!無事か!?!?おい、イレネーを返せ!!」


 戦士達は正面から堂々と侵入したセオドアとレクイエに襲いかかった。セオドアは大声をあげ、戦士達を入口へと集めていた。襲ってくる兵士は永遠と現れるが次から次へと順番に倒していく。レクイエは扇を持ち、まるで舞っているかの様に攻撃を繰り出す。扇には数多の刃が仕込まれている為、その舞に巻き込まれた時のダメージはとてつもない。セオドアは突然背後から殺気を感じ、振り返ると先程ヘレーナを寄越せと話し掛けてきた豪華な仮面の大男が斧を振り上げている。攻撃を受け止めるが、あまりに重い力が全身にのしかかる。押し潰されそうになったところをなんとか脱出した。


レクイエ「雑魚は引き受ける!あなたはそっちを頼むわ!」


セオドア「……了解!やってやるさ!!」


 豪華な仮面の大男と対峙し、セオドアは剣を構え直し真っ直ぐに向き直った。一瞬の隙も見せず、二人の間には沈黙が走る。二人は同時に地面を蹴り、打ち合った。セオドアは目に見えた特徴は無かった。ヨハンネスの様に特別素早い訳ではないし、イレネーの様に特別な戦い方が出来るわけでもない。しかし、彼は戦いに必要な能力の均衡が取れていた。速さも力も体力もバランス良く兼ね備えていた彼もまた、強力な戦士だった。地面が凹む程の激しい打ち合いが続き、遂にセオドアは空へと飛び上がった。空中で回転し、勢いをつけて刃を振り降ろす。その攻撃はイレネーに放った物と同じものに見えた。大男は斧で受け止めようと踏ん張った。しかしセオドアは刃が到達する寸前に身体を更に回転させ、大男の肩に剣を突き刺した。


豪華な仮面の大男「ウグッ……」


 剣を引き抜き、血飛沫が上がる。大男は斧を落とし、負けを認めて首を差し出した。レクイエに刃を打ち込まれた兵士達が騒ぎ立て、涙を流す者もいた。セオドアは大男の前へ進み刃を向ける。そして剣についた血を振り払い、鞘へと納めた。


セオドア「お前の命に興味はない。早くイレネーを返せ。」


 大男に兵士達が駆け寄った。レクイエを抑えようとしていた兵士たちも攻撃を止め、大男に駆け寄った。


レクイエ「よく抑えたわね。きっと殺していたら、兵士達の記憶から、あの人の事が消えて更に混乱していたでしょうから。」


セオドア「最初から殺す気は無かったよ。俺達は獣を殺すが、生きるためだ。彼を殺すことは生きるためじゃない……。ここはもう大丈夫そうだけど、ヨハンネス達はうまくやってるかな……。」


レクイエ「私達も行きましょう!!イレネーはまだ生きてるかしら……」


セオドア「イレネーの事ははっきり覚えてる。きっと大丈夫だ。」


レクイエ「急ぎましょう!」


 セオドア達は、祭壇のある集落の奥へと進んだ。


ヨハンネス「おいイレネー、生きてるか…!?」


 ヨハンネス達は集落の裏側から忍び込んでいた。突然耳元で仲間の声がして、イレネーは重い瞼を開けた。


イレネー「ヨハンネス…。どうやって……ヘレーナもいるみたいだな。無事で良かった……。」


ヘレーナ「えぇ、今助けるわ!!こんな……本当にごめんなさい……」


イレネー「……待て、魔術師が戻ってきている。気付かれたようだ。」


ヨハンネス「はぁ!?早すぎだろ…!」


イレネー「聞け、彼の魔法は、おそらく時間だ。射程……、範囲は広くない、距離を取って、戦え!!うぅ……ゲホッケホッ……」


ヨハンネス「分かった、助かる。だからもう喋るな、あとは俺達に任せろ。」


 魔術師に気付かれたことにより正面からイレネーを奪われないように警備していた戦士達も迫ってきた。ヨハンネスが戦士達を倒し、ヘレーナはイレネーの拘束を解こうとしたが魔術師が着々と迫る。


魔術師「時ヨ止マレ。」


気がついた時には魔術師はヨハンネスとヘレーナの眼の前にいた。一瞬固まるヨハンネスを差し置いて魔術師はヘレーナに杖を振り下ろした。


イレネー「退避!!!」


 イレネーの渾身の叫びの一言で我に戻ったヨハンネスは危機一髪ヘレーナを抱き上げ離脱した。いつの間にか魔術師の射程に入っていたらしい。広くはないが、射程に入り時間を止められたら戦いようが無かった。


ヨハンネス「あいつ、時間を止められるのは範囲内にいる全ての人物か。だからさっきあのおっさんが突然目の前に現れたように見えたんだろ。」


ヘレーナ「いったいどう戦えば……。」


ヨハンネス「あいつが魔法使えないように出来たりしないか?」


ヘレーナ「…あ、あの人自身を動けなくすることなら出来る。でも、魔法は止められるか分かんない。思考は想像出来ないの。」


ヨハンネス「いやそれでいこう、攻撃は俺がする。考えるより先に攻撃する。ヘレーナはサポート頼む!」


ヘレーナ「うん!」


 ヨハンネスとヘレーナは再びイレネーのもとに戻った。イレネーは厳戒態勢で警備されている。ヨハンネスは集落の外の背の高い木に登り、祭壇を狙って矢を放った。矢は見事に兵士と魔術師の気を引いた。矢の放たれた方向を見るとそこには既に誰もいなかった。そして魔術師ヘレーナは矢に意識が行った彼等に魔法をかける。


ヘレーナ「全員動かないで!!」


 ヘレーナの魔法により、周辺にいた兵士達は動けなくなった。ヨハンネスがその隙に魔術師の背後に回っていた。


魔術師「時ヨ止マレ。」


 ヨハンネスは斬り掛かろうとしたその体制で時が止められてしまった。しかし魔術師も兵士もヘレーナの魔法によって動くことはできない。


ヘレーナ「ヨハンネスの時を戻せ!!」


 ヨハンネスは時の呪縛から解放され、魔術師に致命傷を与えることが出来た。


魔術師「時ヨ戻レ!」


 そう言った魔術師の身体には既に傷はなかった。


ヨハンネス「おい……冗談じゃねぇって……。」


魔術師「時ヨ戻レ…。」


 その魔法はヨハンネスに掛けられた。ヨハンネスは一瞬のうちに子供の姿になっている。


ヨハンネス「うわあああ、ここどこだ…!!?誰だよお前ー!!」


ヘレーナ「記憶も子供に戻されてる!?……ヨハンネス!もとに戻って!!」


 ヘレーナは魔法を上書きし、ヨハンネスの姿はまたもとに戻った。自分の魔法をすぐに解かれた魔術師はヨハンネスとの距離を取りそこねた。ヨハンネスはすぐに状況を理解し一瞬で魔術師の足を狙った。靭帯を切り裂き、魔術師は立っていられなくなった。その様子を見てヘレーナは魔法を唱える。


ヘレーナ「全員眠れ!」


 ヘレーナが魔法で兵士たち眠らせ、イレネーに駆け寄った。


ヨハンネス「はぁ……はぁ……、止まったり動いたり混乱するぜ。……イレネー!!大丈夫か!!?」


 ヘレーナがイレネーの鎖に触れると瞬間的に強烈な痛みがその手に襲った。手が痺れ、ヒリヒリと痛むが魔法による封印に気が付き、魔法で対抗した。イレネーの鎖が粉々に砕ける様子を想像する。自身に流れる魔力を感じ、その手に集めた。鎖を握ると、魔力が拮抗し、火花が飛び散る。負けずと魔力を送り続け、遂に鎖は粉々に砕け散った。イレネーの身体は解放され、そのまま倒れ込んだ。


ヘレーナ「イレネー!!」


 イレネーに反応は無く、か細い呼吸の音が聞こえた。ヘレーナは祈った。この傷が癒され、回復することを願った。その祈りは魔力を帯び、イレネーを包み込む。出血が止まり、少しだけだがその手が動いた。


ヨハンネス「……転送魔法位なら耐えられそうだな。すぐに、セオドア達と合流しよう。ヘレーナ合図!」


ヘレーナ「ええ!!」


 ヘレーナは手を天にかざし、魔力を発射した。ヘレーナの想像により、魔力は天に咲く光となってセオドア達にイレネー救出を伝えた。ヨハンネスがイレネーを抱き上げ、集落に侵入した隠し通路から脱出に成功した。セオドア達もヘレーナの光を確認し、集落から脱出を完了させていた。レクイエの描いた陣の近くでヨハンネス達を待っていた。彼らはすぐに現れ、レクイエは転送魔法を発動させた。辺りは眩しい光に包まれ、目を開けた時にはエディの街の近くまで戻っていた。レクイエはすぐにイレネーの状態を確認した。


レクイエ「なんとか耐えられたようね。宿屋ですぐに治療しましょう。」


 すぐにエディの街へと入ると、街の人からの視線を感じた。


ソフィ「ちょ、ちょっと……大丈夫なの!?」


レクイエ「獣に襲われてしまってね。宿で休ませたいのだけれど良いかしら。」


ソフィ「勿論よ!!すぐに宿を取ってくるから!後でお医者さんも呼んでくるね!!」


 ソフィはすぐに走って宿の方向へと向かった。宿に着くと既に部屋が用意され、そのままイレネーを寝かせる事が出来た。ソフィに感謝を伝え、医者は大丈夫だと言うことも伝えた。


レクイエ「さ、治療を始めましょう。ヘレーナは傷を拭ってちょうだい。今はまだ私の方が治癒に慣れているわ。」


ヘレーナ「分かったわ!」


セオドア「俺達どうすればいい?」


レクイエ「……そうね。ここは私とヘレーナで充分だから……。イレネーの服、もう着れないから新しいの何か探してきてくれるかしら。」


ヨハンネス「あぁ、分かった。田舎者のセンスになるけどな!行こうぜセオドア。」


セオドア「分かった!じゃあ、イレネーの事頼む。」


 レクイエは頷き、すぐにイレネーの方に向き直った。全身傷付けられているが、脇腹の刺傷は特に深く、致命的だった。レクイエはイレネーの服を胸まで切り裂き、ヘレーナに拭わせた。その間にレクイエは彼が身に着けている飾りなどもすべて外した。服で見えなかったが彼の首には美しい指輪を通したネックレスを身に着けていた。丁寧に頭を持ち上げ、そっと外した。傷があらわになるとレクイエがすぐにその手をかざした。目を閉じて治癒の術を掛ける。傷はなんとか塞がっているが、それ以上癒やすことは出来なかった。傷や痣が酷く、足首は骨まで切り裂かれている。生命に関わる大きな傷から順番に癒やしていった。


レクイエ「結構酷いわね……。」


ヘレーナ「私のせいだから、絶対に助けないと……。」


レクイエ「あなたには大きな力がある。だけど、そこに責任はないのよ?……手が震えてる、少し休みなさい。この惨状をずっと見ているのは辛いでしょう。」


ヘレーナ「でもっ!!」


レクイエ「一度離れなさい。彼、助かったとしてもこのままでは一生歩くことが出来ないかもしれない。その時、必要になるのはあなたの魔法よ。今無理する必要はない。あなたは薬を調合出来たわよね?だったらそっちをお願い。」


ヘレーナ「分かったわ……。ごめんなさい、レクイエ。」


レクイエ「謝る必要なんてないわ。仲間なら、お互いが助け合っていればいいのよ。だから、言う言葉は違うわね。」


ヘレーナ「……うん、ありがとう!レクイエ!!」


 レクイエは少し微笑みを見せ、すぐにイレネーの治療に戻った。服を全て切り開くとイレネーの身体には、今回つけられた傷以外にも古い傷跡が露わになった。特に左肩の傷跡はあまりに大きく痛々しかった。


レクイエ「これは……。イレネーは左利きだったわよね……?なのに槍を握るときは右が前だったのはこれが理由……?」


ヘレーナ「どうしたの?」


 レクイエは咄嗟にシーツを掛けてイレネーの身体を隠した。なぜそうしたのか分からなかったが、あまり見られたくなかった様に思えた。


レクイエ「な、なんでもないわ……。」


 ヘレーナは怪訝そうにしていたが、なんとか誤魔化すことができた。イレネーに術を掛けて傷を塞ぎ、そこにヘレーナの調合した薬を塗って包帯を巻いていった。持っていた包帯は全て使い切ってしまってもまだ足りなかった。買い出し係のセオドアとヨハンネスに次の買い物を頼み、ヘレーナも別室で薬の調合をしていたため部屋にはイレネーとレクイエのみになった。レクイエはイレネーの手当を終えるとベッドの側の椅子に腰掛けた。ずっと気を張っていたので、疲れが出た。女神はなぜ私に生物らしい所を残したのだろうとよく考える。自分がただの化け物ならば、このように迷うことなどなかったのに。レクイエはイレネーを見つめていた。彼の状態が突然悪化した時、すぐに対応出来るように側にいた。ただそれだけだ。頬に掛かっている乱雑に切られた髪を撫でた。彼の胸にそっと手を乗せる。彼の温もりと、心臓の鼓動を感じて安心した。


レクイエ「あなたは……強いのね……。」


 部屋の扉がノックされる。誰かと尋ねるとソフィだった。彼女は自分の働いている酒場の料理を持ってきてくれたのだった。


ソフィ「沢山持ってきたから、皆で食べてね!イレネーさんにも、もし目が覚めたらスープ食べさせてあげてね!!別にしてあるから!」


レクイエ「ありがとう。助かるわ。お代はどのくらいかしら。」


ソフィ「いいのいいの!!今は大変な時でしょう!?元気になったらうちに飲みに来てくれればいいから!その時沢山食べていってね。」


レクイエ「ありがとう。そうするわね。」


 ソフィはすぐに部屋を立ち去り、またふたりきりになった。扉が閉まった音が聞こえたのか、イレネーが唸った。レクイエはすぐに気が付きその手を握り、祈るようにイレネーを呼び掛けた。


レクイエ「イレネー!?イレネー!聞こえる!?」


 イレネーはゆっくりと瞼を開けた。虚ろな瞳が覗き、レクイエを見つめる。イレネーは一粒、涙を流した。ハッとしたレクイエはその手を離そうと後ろへ身を引いてしまったが、イレネーに握り返され逃げられなかった。


イレネー「すまない……。」


レクイエ「い、いえ……。こちらこそごめんなさい。」


 イレネーはまた目を閉じ、その手を解放する。小さな声でレクイエに尋ねた。


イレネー「皆は、無事か……?」


レクイエ「えぇ、あなたのおかげでね。」


 イレネーはその手を胸に乗せた。そして少し焦ってレクイエに尋ねた。


イレネー「指輪……、あるかい……?」


レクイエ「えぇ、さっき取ってしまったけれどちゃんとあるわよ。」


イレネー「……、それなら、良かった……。大事な、物なんだ……。」


 レクイエはイレネーがしていた指輪を眺めた。その指輪はただの詩人や騎士が持つにしては、あまりに高価なものに見えた。銀の指輪には繊細な模様が刻まれ、台座には美しい宝石が埋め込まれていた。


レクイエ「この指輪に、なにか想い出があるのね。治ったら、いつか聞かせて。」


イレネー「……何も……覚えていないんだ……。騎士だった時ただそれを、何よりも護らなければならなかった人から貰ったということしか分からない……。」


レクイエ「そう……。あなたにもそんな人がいたのね。……ヘレーナが今痛み止めの薬を作ってくれているわ。少しは楽になると思うわ。」


イレネー「ありが、とう……。」 


レクイエ「それにしても、よく喋れるわね。頑丈で何よりだわ。」


イレネー「本当は……、結構辛いんだ……。でも……、今は、誰かと話がしたい……。」


レクイエ「……そう、それなら少し話しましょう。あと、その髪。あなたがもう少し回復したら整えてあげるわ。騎士の髪がボサボサでは格好がつかないでしょう?それとも、囚われのお姫様はその方がいいかしら?」


イレネー「フフフ……、それじゃあ、頼むよ。このままでは笑われてしまうからな……。」


レクイエ「誰に笑われるのよ。そんな人ここにはいないでしょう?」


イレネー「あぁ……、でも……会いに行かなくちゃいけないんだ……。」


 イレネーは声に音が乗らず、レクイエは聞き取る事に集中していた。


レクイエ「イレネーは、どうして旅を?騎士を辞めてまで、旅をする理由が何かあったのでしょう?」


イレネー「……いつかは、話さなくてはならないと。思っていた……。きっと君は、私の肩の傷も見たのだろう……。」


レクイエ「えぇ、見たわ。大きな剣で、穿かれたような跡をね。」


イレネー「君にだけは……見られたくなかった……。あれは、私の弱さの象徴だ……。」


レクイエ「あなたの過去に、何があったの……?」


イレネー「」


 イレネーの声はついに聴き取れなかった。寝息は聞こえないが胸は上下に動いている。気を失ってしまったのだろう。


レクイエ「これだけの大怪我で、あれだけ話せたほうが奇跡か……。」


 反応の無くなったイレネーの縛られた跡がまだくっきりと残っている手首をなぞり、自分の抱くこの感情に疑問を抱きながら彼の側を離れなかった。離れたくないと、思ってしまった。レクイエはそっとイレネーの額にキスをした。しばらくしてヘレーナが部屋に薬を置きに戻るとセオドア達も戻ってきた。


セオドア「イレネーの様態は?」


レクイエ「まだなんとも言えないわ。治癒の術で回復を促しても、最終的に生死を分けるのは本人の生きたいという意思よ。これがなければいくら術を掛けても弾かれてしまう。ま、その点は大丈夫そうだけれどね。一週間私の術とヘレーナの魔法を掛け続ければなんとかなるかもしれないわ。」


ヨハンネス「一週間でどうにかなるのかよ。」


レクイエ「さあ、ヘレーナ次第かしらね。ある程度傷は塞がれているし、ヘレーナの想像魔法でどうにかなるんじゃないかしら。まぁ傷が塞がれても肉体の負担は変わらないから、早く治ったとしても一週間は休息ね。」


ヘレーナ「私やるわ。だいぶ落ち着いたし、いつでも大丈夫。でも今日はきっともう何もしない方が良いと思うの。さっきレクイエが言っていたように肉体への負担は変わらない。傷が治っても、もっと内側の物は私達には干渉できないの。レクイエ、明日から任せて欲しい。」


レクイエ「もちろんよ。でもずっと診ているのは疲れるでしょうから交代で、ね?」


 ヘレーナは頷き、仲間たちも皆優しく頷いた。ソフィの持ってきてくれたご飯を皆で食べる。しばらくはエディの街で過ごすことになった。ヨハンネスは今回のことで妹のことを気にかけていたが杞憂だったようだ。翌日からヘレーナはレクイエが診ている時は薬を作り、交代するとすぐに魔法を掛ける。それでもショックは大きく、大怪我を前にしてはまだうまく想像できず魔法を使いこなすことが出来なかった。それでも何とか魔力を繰り、イレネーの傷が癒えるように祈る。ヘレーナの魔法によりイレネーの傷は瞬く間に治っていった。三日ほどでイレネーは起き上がれるほどに回復し、意識もはっきりするようになった。


レクイエ「もうかなり大丈夫そうね。」


イレネー「あぁ、おかげさまで。ヘレーナは?」


 レクイエは同じ部屋のソファで眠っているヘレーナの方を見た。毛布をかぶってぐっすりと寝息を立てている。


レクイエ「疲れ切って寝ているわ。かなり献身的な看病だったわよ。」


イレネー「なんとなく、彼女が魔法を使っている時の感覚を覚えている。彼女の魔法は、優しいな。」


レクイエ「そう……。その通りね。さ、髪切ってあげる。あっち向いて。」


 ベッドに座り、窓の方を向いた。肩ほどになってバラバラになった髪を短くハサミを入れられる。人に触られるのは苦手だった。暖かさを感じてしまう事が怖かった。だけど、今はなんだか心地好い。もう自らを騙す道化の詩人には戻れないと思った。


レクイエ「ほら、これでどう?」


 鏡を手渡しイレネーに見せた。


イレネー「ありがとう。短くしたのは久しぶりだ。」


レクイエ「気に入ったなら良かったわ。」


イレネー「……土の精霊を倒した後は、炎の精霊を倒しに行くのか?」


レクイエ「そのつもりよ。」


イレネー「そうか……。」


レクイエ「あなたは……いえ。なんでもないわ。」


 一瞬の沈黙の後、大きな音を立てながら扉が開いた。


ヨハンネス「よお、もう全然平気そうだな!!あ!髪も切ったのか!!すっきりしてていいぞ!」


セオドア「怪我人の前であんまりでかい声出すなよバカ。」


ヨハンネス「あそっか!!ごめんごめん。」


 そういったヨハンネスの声量に変化はなかった。イレネーは笑いながらヨハンネスを見る。ヨハンネスが騒いだためヘレーナも目が覚めたようだった。


ヘレーナ「あれ?私寝てた……。イレネー髪の毛短くなってる!!それも似合うね!!」


レクイエ「おはよう。ずっと魔法使っていたから疲れたのよ。魔力がほとんど残ってないんじゃないかしら。頭痛とかしない?」


 レクイエはヘレーナに近づいてその頭を撫でた。へレーナは上目遣いでレクイエを見つめる。頭にのせられた手からは優しくて心地よい何かを感じた。ヘレーナは瞳を閉じてレクイエに少しだけ甘えた。微笑みを見せるとまたイレネーの方へ顔を向ける。


レクイエ「イレネーもそろそろ立てるんじゃない?ヘレーナ特に頑張っていたのよ。」


 イレネーはうなずき、ベッドから足を下ろし床につけたる。立ち上がろうとすると一度よろけて手を着くが、その後きちんと立つことが出来た。


ヘレーナ「あぁ……良かったわ。」


イレネー「ありがとう。本当に……。」


 イレネーはヘレーナの座るソファまで歩いた。へレーナに跪き、その手を取った。その姿はまるで王女とそれに使える騎士の姿だった。イレネーの騎士としての影を強烈に感じる。


イレネー「信じてくれて、ありがとう。君が無事で本当に良かった。」


 へレーナはその真っ直ぐな眼に顔を赤らめてしまった。イレネーはすっと立ち上がり、テーブルに置いてある指輪のネックレスを自分の首に掛けた。


イレネー「さあ、詩人は終わりだ。私は、君たちの仲間でいるために、全てを話さなければならないと思っている。だが、まだ話せない……。私自身の中で、まだ折り合いを付けられていないんだ……。」


 イレネーは思いつめたように話した。レクイエはあの日話したことを想い出していた。胸が苦しくなる。セオドアはイレネーの顔を見ながら話した。


セオドア「待つよ、いくらでも。イレネーが何か隠している事はなんとなく分かってた。でも一緒に旅をして、イレネーのことも少し知れた。だからこれからも少しずつ知っていくよ。焦らなくて大丈夫だから、話せるようになったら話してくれ。」


ヨハンネス「そうそう、騎士の時代の話ほとんどしてくれない辺りから察しはつくけど、俺らはイレネーのこと仲間だと思ってるから安心しろよ。」


イレネー「皆……本当にありがとう。まずは土の精霊ノームを討伐する事に集中しよう。」


 仲間たちは頷き、イレネーに優しい表情を向けている。イレネーも安堵の表情を見せ、ベッドに腰を下ろした。


レクイエ「さ、土の精霊を倒したいならイレネーはもう寝なさい。へレーナも、横になっていた方が良いわ。あんたたちも、戦いに備えなさい。」


 途端に嫌な顔をする若者たちと、クスクスと笑うイレネーだった。


セオドア「じゃあ行くか。ヘレーナもベッドで寝ろよ。隣の部屋行こうぜ。」


ヘレーナ「うん!」


 3人が部屋を後にするとレクイエはイレネーに毛布を掛けた。


レクイエ「もうかなり良さそうだけど、油断は禁物だから治癒の術を掛けるわね。」


イレネー「ありがとう。レクイエは、この世界を変えたら何をする?」


 レクイエはその質問にすぐに答えられなかった。術を掛ける手も止めてしまった。


イレネー「レクイエ……?」


レクイエ「あ、あぁ。ごめんなさい……。そうね、しばらくは世界が混乱するでしょうしゆっくりはしていられないものね……。どうしようかしら。」


 レクイエはイレネーから目を逸らした。イレネーは寂し気にその表情を見つめている。そしてゆっくり目を閉じた。


イレネー「君のことも、教えて欲しい。」


 レクイエは遂に答えなかった。イレネーに眠りの術を掛けてしまった。イレネーの寝息を確認すると罪悪感に苛まれた。


レクイエ「ごめんなさい……。」

お読みいただきありがとうございます!!話が動いてくると書くのも難しくなってきますね!

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