【果ての無い旅】
旅ってやっぱり楽しいですよね。想像だけじゃなくて、色々な文化を体験したいなと思っています!!
ジョンと別れ、国王からもらった船に乗り込むと甲板にいた男が大袈裟にお辞儀をした。
ヤン「皆様どうも!!この船の操縦を国王陛下より仰せつかった私、ヤンと申します!ご挨拶が遅れましたことをお許しください!さてさて、この船向かいますはこの星のもっとも東にある日出の国、またの名を神の国。到着までは1か月程を予定しております。到着までどうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ!」
セオドア「1ヵ月!?」
ヤン「はい!めっちゃ東ですので!!波の状態にもよりますが、大体そのくらいかと。」
ヨハンネス「ずっと船旅か?」
ヤン「はい!島国ですので!途中いくつか港に食糧補給などで寄りますが基本船で1ヵ月過ごすことになるかと!」
セオドア「マジか……。絶対飽きるな。」
ヤン「国王陛下は少しでも船旅を快適にと、ありとあらゆるものを船に乗せていただいております。でも陸路よりかはマシかと!あの道には面倒な商人が余るほどいましてね、とんでもねぇ値段で売り付けてきやがるんですよ。」
イレネー「ああ、シルクロードのことか。あの辺りは確かに面倒かもしれないね。東方で戦があって今は人売りも横行している。近づかない方がいいかもしれない。」
へレーナ「ねぇ魔法でもっと早く着かないかな。やってみてもいい!?」
ヤン「もちろんいいですが変な方向に力かけると……」
へレーナの大きな魔力はヘレーナを支点に船のみを垂直に作用させ船が大きく傾いた。立っていた者は船の壁に打ち付けられ、焦ったヘレーナは魔力を一気に解き船は勢いよく海に戻った。その衝撃にヘレーナ以外海へと放り出された。すぐに船から顔を出すとセオドアは爆笑し、ヨハンネスはこちらを睨んでいる。あまりの衝撃に気絶したヤンをイレネーが回収し、全員無事ではあった。
ヘレーナ「ゴメンみんな!!大丈夫!?」
ヨハンネス「へレーナてめぇ……」
セオドア「いやぁ~スリル満点だね。」
イレネー「へレーナ!そこに縄梯子がついてるから降ろしてくれないか!?」
へレーナが辺りを見渡すと木と縄で作られた梯子が目に入った。梯子の留め具を外し海へと降ろす。その縄を受け取り、セオドアとヨハンネスを先に船へと促した。最後にイレネーがヤンを担いで船に戻る。船へ乗り込むとヤンも目を覚ました。
ヤン「あれ……なんで濡れてるんでしたっけ。」
へレーナ「ごめんなさい!私の魔法が暴走しちゃったみたいで……。」
イレネー「力は海に対して平行にね。あと、船を動かすよりも水を動かすイメージの方が良いかもしれない。泳ぐときも水をかいて水流を起こすだろう?」
へレーナ「確かに!試してみるね!」
イレネー「いやちょっとまっt……」
へレーナは集中しイレネーの制止も聴こえず水流が船を押し出す様子をイメージした。すると船は勢いよく発進し、今度はその速さに立っていられず皆よろめいた。船の床に体制を低くして衝撃を和らげたが圧倒的な速さにヤンはまた気を失っている。吹き飛ばされるヤンを今度はセオドアとヨハンネスがキャッチした。ゆっくりと魔力を弱め、船を自然の流れに戻す。
ヘレーナ「ふぅ……出来たわ!!」
へレーナが振り返ると、既に疲れ切っている仲間が倒れ込んでいる。
ヨハンネス「へレーナ……分かった。もう、大丈夫だ……。」
セオドア「1ヵ月かけようか……。」
イレネー「ははは……今のは私も悪かった。大丈夫かヤン。」
ヤン「あれ……?はい……なんとか……。現在地を調べたいのですが、今のがどれくらいの速さで進んだのか分からないのでとりあえずどこか港に泊めますね。船の中、ぐちゃぐちゃかもしれませんがどうぞごゆっくり……。」
ヤンがふらつきながら操縦室に入り、船を動かす。セオドア達も船の中に入ると確かに荷物が散らばったり、ベッドがひっくり返っていたりと悲惨な状態だった。
セオドア「片付け大変だな……」
ヨハンネス「いや、今回は大丈夫だろ。へレーナ、これは頼む。」
へレーナ「任せて!」
3度目の正直と、ヘレーナは集中する。頭の中で綺麗に整えられた部屋をイメージした。散らばったものが宙に浮き上がり、元にあった場所へと戻った。
イレネー「これは……。」
ヨハンネス「へへ、俺の部屋はこうやって片付けてもらってたんだ。」
へレーナ「威張れる事じゃないよ。でもやっと役に立てた気がする!」
セオドア「まぁへレーナが散らかしたんだけどね。」
へレーナ「違うよ!!いやまぁそうだけど!!」
イレネー「きちんと頭の中でやりたい事を整理できれば成功するんだね。」
へレーナ「ね!そうみたい!」
ヨハンネス「さて服乾かさないと。さっきのでだいぶ乾いたけどなんか変な感じするし。着替え入れといてくれたりしないかな。」
イレネー「そうだね。海水の匂いがついてしまう。そこの木箱に入ってないか?」
セオドアの近くにあった箱を開けてみると新しく綺麗な服が何種類か入っていた。
セオドア「あったよ!これヤンにも持って行ってやるか。」
ヨハンネス「そうだな。俺行くよ、もう着替え終わったし。」
セオドア「はっや。」
ヨハンネスに服を渡してセオドアも着替えた。ヘレーナは異性の着替えに居た堪れなくなり甲板へと戻る。申し訳ない気持ちもあるが、やはり面白かったという気持ちの方が大きい彼女はやはり兄と同じ血を引いているようだ。甲板で海を眺めているとセオドアが飲み物を持ってやってきた。
セオドア「何か見つけた?」
へレーナ「ううん、何もないよ。」
セオドア「そっか~。何もないか~。ヨハンネスとイレネーはヤンと操縦室にいるよ。」
へレーナ「お兄ちゃんこういうの好きそうだもんね。ミコヌスで乗った小さい船とかでも結構楽しそうだったし。でもここもすごく良いよ。太陽の光、直接浴びてるって感じ。暖かくて気持ち良いの。セオドアもどう?」
セオドア「じゃあ俺もここで一休みしようかな。中から椅子持ってこようよ。あの椅子すっごく座り心地良いんだ!」
セオドアが走って椅子を取りに行く。すぐに大きな椅子を抱えて戻ってくるとその背にもたれかかった。へレーナもスカートを後ろから綺麗に整え椅子に座る。そこから見る空と海はとても美しかった。
セオドア「最高だな……。」
ヘレーナ「そうだね〜。」
二人がのんびり風に当たっていると後ろから足音が聞こえた。イレネーかヨハンネスかと予想していたが、整った歩調の音はイレネーだろうと考えていた。
イレネー「随分素敵な事をしているね。」
セオドア「そうだろ!?イレネーも来いよ!席あいてるよ!」
イレネー「じゃ、お言葉に甘えて……。」
イレネーもセオドアの隣に腰掛けると、フカフカな椅子は浮き沈みをした。セオドアはイレネーの身なりをみて呟いた。
セオドア「そういや思ってたんだけどさ、暑くないの?」
イレネーは南洋の海を渡っているにも関わらずかなり厚着だった。基本肌が出ておらず、アルバディアの柔らかい服に包まれていた。普段の服も肌の露出はかなり少なかった。
イレネー「あぁ、あまり日焼けしたくなくてね。君達も、元が白いから気を付けないと特に真っ赤になるよ。この太陽では、身体中痛くなるから程々にしておいたほうがいい。」
ヘレーナ「え〜、真っ赤にはなりたくないな……。でも気持ちいいからな〜。」
セオドア「日除けになるものがあればいいのか?探せば傘とかあるんじゃないか?」
イレネー「そうだね、探してこよう。」
倉庫にあった大きなパラソルをイレネーが持ってきてくれたのでその後もそこで海と空を見続けた。結局日除けがあろうともイレネーは服を脱がなかったが二人共特に気にもならなくなっていた。しばらくするとヨハンネスも操縦室から出てきた。
ヨハンネス「陸が見えてきたな。ヘレーナがぶっ放して現在地が分かんないから一旦そこに泊まるってさ。実はもう結構進んでたりしてな。」
ヨハンネスは悪戯っぽさを含ませながら笑顔でヘレーナに言った。彼は笑うときいつも全力で笑っている。それがまた、いい雰囲気を作っていた。
ヘレーナ「そしたら私のおかげだね!」
ヨハンネス「ちょっとだけな。そろそろ腹減らね?港についたら飯食おうぜ。」
セオドア「賛成〜。さっきまで結構動いてたしな。」
ヘレーナ「次はどんなところなんだろうね。ご飯たのしみだなぁ~。」
ヤン「皆さん!もうすぐです、もう少々船でおくつろぎください!」
船が港につくと大きなヤシの木がそこらかしこに生えており、壁の無い大きな屋根の建物が沢山あった。場所の調査などはヤンに任せ、セオドア達は港から見えた屋台へと向かった。屋台はにぎわっており、そこかしこに店が並び簡素なテーブルや椅子が置いてある。建物はどれも色鮮やかで、屋根が大きく植物が敷き詰められている。道は入り組んでいた為、港にすぐに戻れるようにあまり遠くには足を伸ばさず近辺で食事を探した。天候も温暖で過ごしやすく、にぎやかな通りを目移りしながら歩いていると一軒の屋台が目に留まった。とても美味しそうな匂いが漂い、屋台の奥では炭火で豚の丸焼きを調理されていた。
店主「いらっしゃいお客さん!!バビグリンはどうだい!?出来立てだよ~!」
ヨハンネス「あ、俺これ食べたい。セオドアもどう?」
セオドア「いいね、俺もこれにする。」
へレーナ「私はもう少し屋台を見てみようかな。奥にもまだお店ありそうだし。」
イレネー「では私はヘレーナについて行くよ。後でそこのテーブルで落ち合おう。」
ヨハンネス「了解!」
セオドアは店主に二人分のバビグリンと呼ばれた料理を注文した。店主は手際よく豚を切り分け、皿に乗せる。部位を様々分けられ、肉だけではなく皮や腸も盛り付けてくれた。付け合せとして米と豆のスープが付き、ボリュームとしてはとても満足出来そうだった。
店主「まいど!!沢山食べてくれ!」
セオドア「ありがと!ヘレーナ達、すぐ戻って来るかな。」
ヨハンネス「結構かかるかもな。どうする?」
セオドア「ヤンってご飯どうするのかな。買っとく?後で船でも食べれるようにさ。もし先に食べてるなら俺達で食べればいいし。」
ヨハンネス「そうだな。何がいいかな。」
屋台を見渡し、さまざまな匂いに釣られてあちらこちらの店へと足を運ぶ。二人がヤンに選んだのは肉団子の入ったスープと全粒粉のパンだった。席へと戻るとヘレーナ達も丁度戻ってきていた。
セオドア「やぁ、何にしたんだ?」
ヘレーナ「これ!ナシレンっていうの。美味しそうでしょ!?」
ヨハンネス「いいなそれ、俺のもちょっとやるから一口くれよ。」
ヘレーナ「いいよ!そのお肉も食べたいし!」
セオドア「イレネーは?」
イレネー「ヘレーナと同じものだ。付け合わせが色々選べて楽しかったよ。」
ナシレンは焼飯と卵が乗っており、ヘレーナには海老を焼いたもの、イレネーのものには焼いた魚の切り身もあった。付け合わせは様々で店によっても特色が違うようだ。イレネーのナシレンの入った皿を見てヨハンネスは自分の分と比べた。
ヨハンネス「イレネーってあんまり食べないのか?」
イレネー「いや、君達がよく食べるだけだよ。」
イレネーはクスクスと笑いながら言った。その様子を見てヘレーナも苦笑いでコメントした。
ヘレーナ「私もそう思うわ。」
ヨハンネス「え!そう!?」
どっと笑いが起こる。何気ないただの日常会話だが楽しい食事の時間を過ごしていた。食事の味付けはかなり辛く、アルバディア王国の味付けとはまた違う辛さだった。クセになるその味から手を休めることなく食べ終えてしまう。沢山の食文化を知ることが出来るのも旅の醍醐味だった。食べ終わったあとも少しの間4人は雑談を続けた。
セオドア「そういえばイレネーっていくつ?」
イレネー「今年で32になるかな。」
ヨハンネス「え!?おっさんじゃん!!」
イレネー「失礼な。でも、君達に負けてはいないと思ってるよ。」
セオドア「俺27位かと思ってた。」
ヘレーナ「イレネーは若すぎないよね。いいな〜好きな人とかいた!?」
イレネー「さぁ〜、どうだろうね。」
セオドア「気になる言い方するな〜。」
ヨハンネス「教えてくれよ、いいじゃん!!」
イレネー「フフフ嫌だね。」
談笑で更に仲が深まったように思えていた。やはり食事を仲間と共にするのは楽しい。誰もがそう感じていた。
セオドア「さ、そろそろ戻るか。」
イレネー「そうだね。ヤンも土地を特定出来た頃だろう。」
席を立ち港へと戻るとヤンが出迎えてくれる。
ヤン「おかえりなさいませ!こちらの場所が分かりました。にわかには信じられませんでしたが、ヘレーナ様の魔法の効果で既に半分程の海を渡っておりました!なので目的地までは2週間掛らないほどかと!……はい!」
ヨハンネス「やるじゃん。」
ヘレーナ「へへへ、進んでたみたいで良かった。」
セオドア「あ、ヤン!飯買っといたよ!船で食えよ!」
ヤンはセオドアに渡されたご飯を両手で受け取ると、その体が震え始めた。そして突然セオドアに抱きつき大粒の涙を流している。
セオドア「な、なんだよ!!」
ヤン「うわ〜〜、こんな、こんな事初めてで!!うわ〜〜!!!」
セオドア「ちょ、分かった!分かったから……落ち着いてくれ。」
ヤン「私今まで沢山の方の船を操縦させて頂きました。様々な立場の方がいましたが、私の事を気遣ってくれる方など一人もいなかったんです!でも……うわぁあああ。」
セオドア「お、おう……。良かったな?ほら、さっきちょっと操縦の仕方ヨハンネスに教えてんただろ?真っ直ぐ進むだけのときあいつ変わるから、ゆっくり食えよ。」
ヨハンネス「おう、任せろ!」
ヨハンネスもセオドアの振りにウィンクで応えた。
ヤン「まだ気遣ってくれるんですかぁああ。」
ヨハンネス「なんか……今までよっぽど酷い目にあってきたんだろうな。」
ヘレーナ「そうみたいね……。」
イレネー「いい主人に出会えて良かった。」
ヤン「はい!一生ついていきます!!!」
ヤンをなだめながら船に乗り込み、港を出た。しばらくはヤンが操縦し、落ち着いた所でヨハンネスに操縦が変わった。その間にヤンを休ませ部屋で食事を摂ってもらった。肉団子のスープを飲みながらもまた涙を流しながら美味い美味いと何度も感謝していた。ヘレーナがハーブティーを淹れるとそれもまた物凄い勢いで感謝された。
セオドア「なんか、悪い気はしないな。」
ヘレーナ「そうね。もっと気軽に接していいのよ?」
ヤン「そんな事出来ませんよ!我が国を救ってくださった英雄の皆さんの船を操縦させて頂けるだけで最高の喜びです。」
セオドア「そんな大層なもんじゃないから気にしないでくれ。君が船を操縦してくれるから俺たちも先に進めるんだし。」
ヤン「このヤン、全てを皆さんに捧げるつもりでございます!!今後とも、よろしくお願いいたします!!」
イレネー「さ、君も使用人ではなく仲間なのだ。出来る事があれば遠慮なく言ってくれ。」
ヤン「イレネー様……!!」
イレネー「様はやめてくれ。さ、冷める前に食べてしまいなさい。」
ヤン「……!!はい!!!」
暫くはそのままヨハンネスが船を操縦していた。ヤンはセオドア達から与えられすぎたのか対応に困っていた。それでもいつかは当たり前に自分達と接して欲しいと仲間全員が思っていた。かなり時がたち、船での生活にも慣れてきたころ、ようやく陸地が見えてきた。
ヤン「皆さん!!もうすぐ目的地に到着いたします!神の国が見えてきました!」
ヤンが示した場所には木々が生い茂る自然豊かな島だった。船を海岸沿いに停泊させ、陸に降りる。
セオドア「ここが神の国?」
イレネー「あぁ、以前と何も変わっていない。」
ヨハンネス「前にも来たことあったのか?」
イレネー「一度だけね。でも巫女には会わなかったし、そもそも人には会わなかったよ。」
セオドア「ほんとに人が住んでるのか?」
イレネー「ここは謎に包まれている。旅の甲斐があるだろう?」
ヨハンネス「だな!ほら、巫女さんに会いに行こうぜ!」
ヤン「それでは皆さん、私はここで船を見張りますので。どうかご無事で!」
ヤンは大きく手を振り、旅の一行を見送った。森の中を進んでいく。道標になるものは何もなく、目指す場所の手がかりも何もなかった。
へレーナ「深い森ね……。懐かしいわ。」
セオドア「あぁ、故郷の森に似てるよな。でも、なんか違うんだ。圧倒的に雰囲気が違う。なんだか気持ちが良いんだ。」
ヨハンネス「そうだな。あっちの森は重々しくて、息が詰まるような森だった。でもここは、綺麗だな。」
イレネー「川に流れる水もこれほど透き通っているとは……。神の国と呼ばれるわけだな。」
へレーナ「ここにずっと居たいね……。」
森はとても美しかった。地面には苔が生い茂り滑りやすかったがその緑が綺麗に映えている。木々はどれも大きく、高々と蒼空に向かって伸びていた。人が通るような道は見つけられなかったが獣道はいくつか存在した。森にすむ獣も大きく、穏やかだった。セオドアとヨハンネスも最初は食料を見る目で見ていたが、全く襲ってこないためにこちらからも仕掛けられずにいた。奥へと奥へと進んでいく。日も落ちて辺りは何も見えないほど暗くなった。へレーナの魔法でランタンに火をともし、大きく開けた地までついた所で休むことにした。そこでは月明りが差し、神秘的な森を更に美しく見せていた。
へレーナ「ここでキャンプにしよっか。お兄ちゃんテント出して。」
ヨハンネス「おう。よっこらせっと」
背中から大きな荷物を降ろし、テントを取り出した。
イレネー「手伝うよ。」
イレネーと共にヨハンネスはテントを組み立てた。その間にセオドアはヘレーナと共に夕食の支度をしていた。
へレーナ「久しぶりにシチューを作りたいなって思って。」
セオドア「いいね。俺ヘレーナのシチュー好きなんだよな~。最近ずっと食べてなかったし楽しみだ。」
へレーナ「それなら良かった。それじゃあ野菜切ってくれない?」
セオドア「任せろ!切るのは得意だ!」
へレーナ「ふふ、ありがとう。」
へレーナはセオドアに食材を任せ、かまどを作った。大きな鍋を設置し、火をともす。鍋が熱くなったところでセオドアが切った食材を投入した。テントの設営を完了させたヨハンネス達もかまどの近くに座りパンを切り分ける。水が必要だろうとイレネーが沢山の水を汲んできてくれた。セオドアが鍋をかき混ぜ、ヘレーナはアルバディアで買った赤い実や良い香りのする葉を調合している。
へレーナ「はいお兄ちゃん、これ良くすりつぶして。」
ヨハンネス「なんだこれ。薬?」
へレーナ「スパイスよ。薬屋さんから教えてもらった草や実がアルバディアで沢山売ってたから色々買っておいたの。味も締まるし、体にも良いんだよ。」
ヨハンネス「へ~。あ、結構硬いな。」
セオドア「変わろうか?」
ヨハンネス「いや大丈夫。」
ヨハンネスはその素早さに才能を全てつぎ込んでいたので力はセオドアの方が強かった。スパイスが完成するとヘレーナはヨハンネスに鍋に入れるように指示をした。小麦の入った白い具沢山のシチューがより良い香りを漂わせ、食欲をそそる。
へレーナ「よし、完成!皆ありがと。沢山食べてね!」
それぞれの器に盛り、兄の切ったパンを一緒に渡す。
セオドア「うまそ~!ありがとうヘレーナ!」
仲間と共に協力して作った食事の味は格別だ。かまどを囲んで仲間と夕食を共にする。一日中道なき道を歩いた疲れが癒された。暖かいシチューをパンに付けて食べる。濃い目に味付けされたシチューと相性がとても良かった。鍋一杯だったシチューはあっという間にセオドアとヨハンネスによって平らげられた。
セオドア「あ~、お腹いっぱい。美味かった~。」
へレーナ「イレネーも満足できた?」
イレネー「あぁ、本当においしかった。ありがとう、また食べたいよ。」
へレーナ「良かった~。また作るね!」
ヨハンネス「さ、片付けて寝るか。明日もいっぱい歩くだろ?」
イレネー「そうなるな。休めるうちに休もう。」
皆で片づけをしたのですぐに終わり、後は寝るだけになった。そして寝る前に一曲だけとヘレーナがイレネーに頼み、彼は快諾してくれた。美しい森に楽器の弦の音とイレネーの優しい声が響き渡る。森の中でハーブティーを飲みながら聞く音楽は至福だった。ハーブと唄に心も身体も落ち着かされその後はすぐに眠りにつくことが出来た。翌朝目を覚ますと太陽の光が小川に反射して眩しかった。朝食を食べてテントを片付けてまた森の奥へと歩みを進めた。日が頭上まで昇り、影が短くなってくるとついに人口の建造物を見つけた。
セオドア「これは、なんだ。」
ヨハンネス「門みたいだけど、壁もないしな。何のためにあるんだろう。」
大きな柱が2本と、それをつなぐ大きな木が渡されていた。発色の良い赤色が、森に違和感を与えている。イレネーが一歩前に進み出て、その建造物を見上げた。
イレネー「これは、トリイだ。ここから先は、神の住む領域だと示すものだ。結界の役割があると聞いた事がある。」
ヘレーナ「へぇ~。だからこんなに大きいのね。」
トリイの奥には道が出来ている。大きく開けた道だったが、進んで良いのかと迷わせた。
イレネー「神の住む領域なのならば、巫女もこの先に住むのだろう。外部の者拒む国だ、きっと入っても追い出される。ならいっそ行ってみるか?」
ヨハンネス「だな、行くか!……誰かいる?」
先に進めずにいると、トリイの反対側から足音のしない一人の男が現れ歩いてくる。
イレネー「そちらから来ていただけるとは。」
セオドア「何者だあいつ、気配が全くしない。」
男は瘦せ型で身長が高く、切れ長な灰色の目が印象的だった。セオドア達の目の前にたどり着き、一行を見渡した。そして跪き、口を開いた。
アカツキ「私はアカツキと申します。巫女様がお待ちです。皆様をご案内いたします。」
口下手な挨拶と共に、立ち上がった。イレネーがまっすぐその瞳を見つめる。立ち上がった時の身長はイレネーと同じ位に見える。アカツキと名乗る男も黒髪で、後姿だけでは見間違えてしまうかもしれない。
イレネー「外部の者とは、交流を断っているのではないのか?」
アカツキ「原則は。巫女様が会いたいと申しておりますので、我らの国へとご案内します。」
セオドア「まぁ、巫女さんに会いたくて来たんだしついて行こうよ。」
アカツキは礼をして先頭を歩いた。イレネーはセオドアに耳打ちで意見を伝えた。
イレネー「巫女に話を聞きたかったのはこちらだが、この国の者は知りもしない相手に何故会いたいと思う。それになぜ我々がここに居る事に気づいてこの男を送った。この国は外交を一切断っている事で旅人の中では有名な話なんだ。今はまだ、警戒は怠らない方が良いと思う。」
セオドアは頷き、イレネーの意見を受け入れた。アカツキとは距離があった上にかなり小さい声で話していた。しかしその声はアカツキに届いていた。
アカツキ「そんなに警戒しなくても、取って食ったりはしませんよ。」
セオドア「聞こえてたのか……?俺が聞いてても良く聞こえなかったのに……。」
アカツキ「我々は耳が良いものでして。」
ヨハンネス「足音もしないよな。なんで?」
アカツキ「静かに歩くように訓練されておりますので。」
セオドア「どれくらい外交してないんだ?」
アカツキ「2000年程。」
ヘレーナ「なんで外との関りを絶っていたの?」
アカツキ「そういう方針でしたので。」
ヨハンネス「何歳?」
アカツキ「今は28です。」
ヘレーナ「好きな食べ物は!?」
アカツキ「鮭のおにぎりですね。」
セオドア「おにぎりってなんだ?」
イレネー「……若いとは羨ましいものだな。」
若者たちの質問攻めに全て回答していくアカツキのやり取りを見ていたイレネーはその様子を微笑ましく思った。確かに最初から疑いの目を持つべきではなかったとイレネーは心の中で反省した。純粋な彼らに学ぶことは、多いようだ。ただ真っ直ぐに歩いて行くと森の中に集落があった。道に沿うように建てられた建物の間を子供たちが笑顔で走り回っている。たったそれだけで、この国が平和なのだと理解した。こちらに気づいた子供たちは大人たちのもとに走り去り、その背に隠れた。
アカツキ「ここが、我らの国です。古の国、日出の国、神の国、呼び方は様々です。外の人間を見るのは初めてですので、ご了承ください。巫女様のいる神殿はこちらです。」
案内されたのは更に奥にあるどの建物より大きな屋根のある平屋の建物だった。アカツキが門をくぐると大きく荘厳な扉が開かれた。中には祭壇があり、その前には真っ白な髪の女性が座っている。扉が開かれたことに気が付くと、その女性も立ち上がりこちらへと振り返った。
アカツキ「レクイエ様。お連れしました。」
レクイエと呼ばれたその女性は特徴的な民族衣装を身に纏っている。その目はアカツキと同じく灰色の目をしていた。その姿はあまりに美しく幻想的で、儚かった。
レクイエ「よく来てくれたわね。あなた達のことを待っていたわ。さぁ、こちらへいらして。」
アカツキにも促され、神殿の中へと進む。クッションのようなものが床に人数分置かれている。レクイエという女性が座り、セオドア達もそこに座った。
セオドア「えっと……、どうして招いてくれたんだ?」
レクイエ「あなた達の行動を、精霊を通じて視させてもらっていたわ。精霊を倒す、あなた達をね。私は……女神フレイヤの巫女。この世界の秘密を守る番人。」
ヨハンネス「見るって、どうやって?あんたも魔法使いなのか?」
レクイエ「魔法使いとは、少し違うわ。私は巫女の力を使って、ヘレーナのような魔法も使うの。」
ヘレーナ「私の名前を知ってるの?」
レクイエ「言ったでしょう、視てきたからよ。風の精霊を倒し、いつか私のもとへと来てくれると思っていたわ。質問に答えていなかったわね。私は、精霊を倒せるだけの力があるあなた達の力を借りたいの。」
セオドア「どうして、精霊を?」
レクイエ「それを話すには、この世界のことを全て話す必要があるわ。あなた達には何も隠さず全てを話すわ。どうか聞いて欲しい。」
レクイエは立ち上がり、意識を集中させた。神殿が光に包まれたあと、そこは全く違う世界になっていた。黒い地面は固く、沢山の人が忙しなく交わり、人々の声や大きな壁からする音など様々な音が聞こえ、上を向いても頂上が見えないほどに大きな建物が綺麗に並んでいる。
ヘレーナ「これは……!」
レクイエ「…この世界は約2000年前、人々が文明を築き自由に生きた時代があったの。建物は高くそびえて、都市には多くの人が集まり沢山の幸せがあった。そして、大切な人を失っても、その人の事を記憶することが出来ていた。忘れなかった。ただ、人間は文明を発展させていくうちに自然を破壊していたの。木を倒し、有毒な空気を撒いていた。そのうちに海は濁り、木々は枯れ果て、空気も淀んでいった。この星の守護者である女神フレイヤは自然を守ろうとしたわ。そこで女神はその身体から6体の精霊を生み出した。精霊達はたちまち人間の作った物を破壊し、その力によって自然を取り戻させた。これによって星は一命を取り留めたの。だけど、女神は人間を許しはしなかった。女神は人間に罰を与えるため、人々から死者の記憶を奪うことで文明の発展を防いだ。また歴史を繰り返さないために。だからこの世界で死んだものはだれも覚えていられない。名前も、顔も、声も、すべて一輪の華となって人々から失われる。この世界じゃ誰も生きた証を残せなくなったのよ。」
また世界が光に包まれ、元の神殿へともどった。
セオドア「これが……この世界の過去なのか?」
イレネー「同じ世界とは思えないものだ、それに過去とは……。」
ヨハンネス「死んだ人を覚えていられるってのも……想像つかないな。」
レクイエ「今では記憶を失うのが当たり前になっているから、想像できないのも当然ね。今でも私は、死者のことを覚えていられるわ。だからこそ、痛いほどわかるの。忘れてしまうという事の惨さをね。魔法は、女神が最後に与えた人間への慈悲。選ばれたものに授けられたその力も、人間は使いこなすことなく虐げる歴史を辿っているけどね。」
イレネー「首元の印は巫女の証というわけか。」
レクイエの首筋には花や草の文様が刻まれていた。
レクイエ「そう、これが女神の巫女の証よ。私はこの紋章に縛られている限り、巫女として永遠の時を生きられる。私は、過去の世界を知る最後の一人。その秘密を守るために他国と交わることをしなかった。」
ヘレーナ「どうして、私達は華になるの?」
レクイエ「かつて花には言葉が添えられていたの。花言葉と言ってね。死華は人それぞれの華が咲く。その人を表すような言葉を持つ華がね。...皮肉なものよね、人が作った花言葉によって人が呪われるなんて。私はこの世界を元に戻したい。そのためにはまず精霊を倒さなければならない。精霊は女神の身体から分かれた分身のようなもの。精霊を倒し、女神を倒す。女神を倒せば呪いは解け、この世界は元に戻る。そうすれば、あなた達も誰のことも忘れずに済むわ。」
セオドア「それは、既に亡くなっている人のことも思い出せるのか?」
レクイエ「分からない。ただ、今後自分たちから死者の記憶が無くなる事はないでしょうね。」
ヨハンネス「セオドア、両親のこと、考えてるのか?」
セオドア「いや……。うん、そうかもしれない。俺は、大切な人を忘れてしまうのは嫌だ。忘れられずにいるならそうしたい。」
ヨハンネス「忘れられたくもないしな。」
セオドア「危険な精霊を倒すのは俺たちの目的でもある。精霊を通じて視ていたって言ってたよな。なら、他の精霊がいる場所も分かっているのか?」
レクイエ「分かっているわ。基本精霊は同じ場所から動かない。私は視えるだけだから、実際に捜し出したのはアカツキだけれどね。」
ヨハンネス「あいつ苦労してそうだよな。」
レクイエ「えぇ、本当に……。彼は、私が呪ってしまったから。その呪いも解いてあげたいの。」
イレネー「その呪いを、聞いてもいいか。」
レクイエ「彼は2000年前に一度世界が終わった時、重体ながらも生きたいと私に訴えたわ。私は、彼に自分の血を分けてしまった。そのおかげで彼は一命を取り留めたけれど中途半端に私の血が流れている彼は、永遠に生と死を繰り返すことになってしまった。一生を終えたら、前世の記憶を持ったまま新しい命として生まれてくる。そして同じ姿に成長し、また死んでいくの。彼は死んでいるから国の者は彼がいたことを誰も覚えてはいない。アカツキと、私だけが覚えているのよ。彼はこの螺旋に苦しんでいる。この呪いも終わらせなければならないの。」
少しの沈黙の後、セオドアが覚悟を決めてレクイエに言った。
セオドア「分かった。俺は、協力するよ。」
ヨハンネス「俺もやるよ。その世界のこと、もっと知りたいからな。」
ヘレーナ「私も!知らない世界を見てみたい。」
イレネー「そうだね、私も忘れたくない。協力しよう。」
レクイエ「ありがとう、皆……。」
セオドア「色々教えてくれ。世界のこと、精霊のこと、あとあなたのことも。」
レクイエ「えぇ。もちろんよ。本当にありがとう。今日はゆっくり休んで行って。私もあなた達の旅に同行するわ。」
ヨハンネス「また仲間が増えたな。それに、なんだかでかい話になってきたな。」
セオドア「そうだな。でも、やるべきことは変わってないよ。」
ヨハンネス「だな!」
イレネー「でもいいのか。この国のことは。それに、君がいなくなったらすぐに女神が気付くのではないか?」
レクイエ「彼等には伝えてあるわ。昔は外界から一切の交わりを絶って秘密を守っていたけど、今は私の思想に賛成してくれて皆協力的よ。いつか本当に世界を変えられる人に出会ったらここを離れることも皆了承してるわ。」
ヨハンネス「神の国のわりに神様に反抗的なんだな。」
レクイエ「ふふふ、そうかもしれないわね。」
レクイエは微笑み、セオドア達も神殿を後にした。外で待機していたアカツキに連れられ宿へと案内された。この国に住む人々にもついに来たかと沢山声を掛けられた。翌日、宿をでて広場の方への向かうとレクイエは沢山の住民に見送られていた。
住民「レクイエ様、どうか無事に戻ってきてくださいね。」
レクイエ「えぇ、留守を頼むわよ。何かあったらアカツキに。」
子供「レクイエさま、がんばってね」
レクイエ「ありがとう。お母さんのお手伝いして、いい子でいるのよ。」
子供「うん!」
アカツキ「レクイエ様。そろそろ……。」
セオドア達に気づいたレクイエは子供たちに別れを告げ、旅の一行に加わった。
レクイエ「待たせてしまったわね。ごめんなさい。行きましょう。」
セオドア「焦らなくてもいいよ。もう少し話してからでもいいんじゃないか?」
レクイエ「いいえ、覚悟が鈍ってしまうから平気よ。それにもう会えなくなる訳じゃないわ。」
イレネー「強いのだな。」
レクイエ「そうありたいと、思っているのよ。さ、まずは土の精霊を倒しましょう。」
セオドア「よっしゃ、気合い入れて行こう!!」
来た道を戻って森を抜け、船のある場所まで戻るとヤンが待っている。船に乗り込み、東に向かって出発した。
やっと物語が動き始めたのでここから私も楽しみです!仲間とこれから本格的に精霊討伐の旅へと進みます!