【唄と風と記憶と】
1章1万文字目安だったのに今回1万8千字もあってびっくりですw
ジョンの操縦する船に乗り、海を渡った。風は航海の初めこそセオドア達に味方をしていた。しかし大陸に近づくにつれ段々と風は強くなり、嵐の中へと入っていった。
ジョン「皆さん!つかまって!!嵐に呑まれないように!!陸はもうすぐです!!」
風に煽られ、高い波に揺られながら船はなんとか平衡を保とうとする。一度でも操縦を間違えればすぐに船は転覆してしまう。セオドア達はジョンを支え、嵐に立ち向かった。やがて陸が見え、もうすぐだと更に活を入れる。やっとの思いで、大陸の港に着くとその地に住む人々が迎えてくれた。船を港に固定し、4人は陸へ降りようとした。しかしずっと揺られていたため全員が船酔い状態だった。足元が覚束ず、フラフラの状態で陸へと降りると皆すぐにへたり込んでしまった。港にいた人々が手を貸し、家屋の中へと案内してくれた。
港の人「よくぞ、こんな海を渡ってきましたね。アルバディア王国へようこそ。さぁ中で休んで下さい!」
セオドア「ありがとう……。まさかここまで酷いとは……。」
ジョン「はぁはぁ…俺も、もう少し優しいものかと……。」
ヨハンネス「やべぇ吐きそう……。うっ…。」
ヘレーナ「ちょっと……、横になりたい……。」
港の人「落ち着くまでどうぞこちらに居てください。久しぶりの来客ですから、大したものは出せませんがごゆっくりしていってくださいね。」
セオドア「凄く助かる……。」
4人は港で一晩過ごし、朝を迎えた。翌日に酔は覚め、完全に回復していた。それでも嵐は収まってはいなかった。
港の人「おはよう御座います、気分はいかがですか?」
ジョン「もう大丈夫です。セオドアさんは、ここからどこに向かうんですか?」
セオドア「とりあえず大きな街に行ってみようと思うんだ。ここらへんに街はある?」
港の人「砂嵐が酷いですが、すぐに城下町がありますよ。先に進むならこれを使って下さい。案内人を呼んできます。」
4人分のストールを渡されたが、ジョンは断った。ストールを顔に巻き、砂よけにした。ジョンは港に残り嵐が収まるのを待つことにした。セオドア達は案内人と共にラダと呼ばれる背中に大きなコブのある動物に乗ってアルバディア王国城下町へと向かう。しばらくラダに乗っていると城下町が見えてくる。城下町は高い壁に囲まれており、その向こうに城らしき建物が僅かに見えた。入口の門には兵士が立っており、案内人が兵士と話すと喜んで中へと入れてくれた。中は壁に囲まれているおかげで砂嵐は外ほど酷くはなく、ストールが無くても過ごせそうな環境だった。案内人にお礼を言って別れると、3人はとりあえず街を見てまわることにした。まだ昼間であるものの、嵐により太陽が見えないため薄暗く、松明によって明かりを灯していた。
セオドア「この嵐がずっと続いているのか…。アルバディア王国は大変だな。早く風の精霊を倒して嵐を止めよう。」
ヨハンネス「そうだな。まずは聞き込みしようか、どこか人が集まる場所があるといいんだけど。」
ヘレーナ「ねぇ、なんだろ。なんか聞こえるよ!行ってみよ!」
ヘレーナの言った方向には噴水があり、人々が弧を描いて集まっていた。近づいて行くと楽しげな音楽と歌が聞こえる。人だかりの中心には艶のある黒髪を一つで結び、弦楽器を持った男性が人々ともに歌を歌っていた。彼の周りにいる人々は自然と笑顔になり、嵐の不安から開放されて楽しんでいた。少し離れたところからその様子を見守る兵士に話を聞いた。
セオドア「あの人は?」
兵士「あぁ、一昨日この国に来た吟遊詩人だよ。今この国は外からの情報が滞ってるからありがたいね。それに国民にもあんなに良くしてくれて。歌が一区切りついたら陛下の所に連れて行くから、君たちも今のうちに楽しんだ方がいい。」
ヨハンネス「え?なんで陛下の所?」
兵士「彼の話を直接聞きたいと陛下が仰ったからね。彼にもさっき話したら快く引き受けてくれたよ。物腰が柔らかくて優しい良い人だった……。君達も旅人さんだろ?嵐が酷いけどゆっくりしていってくれ。」
兵士の元を離れ、吟遊詩人の近くでその歌を聞く。自然とリズムにのって体が揺れていた。詩人もセオドア達の存在に気付き、もっと前へおいでと合図した。更に近くに行き、詩人の顔を見てみると砂が入らないように口元はベールを掛けていたが、その上から覗くあまりの顔立ちの良さと圧倒的な色気に打ちのめされてしまった。彼の歌声も滑らかかつ繊細でありながら力強く、ずっと聞いていたいと思えるような声だった。音楽を楽しんでいるとあっという間に時間が過ぎ、詩人が歌を終えた。人々は詩人に礼を言い、金貨や銀貨を渡す者もいた。セオドア達は人々がはけていくのを待って詩人に声を掛けた。彼は笑顔で応えてくれた。
詩人「やぁ、楽しんでくれたかい?」
ヘレーナ「うん!すっごく楽しかったわ!」
セオドア「本当に凄かった!また聞きたい!」
詩人「ははは、ありがとう。君達も旅人のようだけど、嵐の中大変だったろう。私はイレネー、良かったら後で話さないか?同じ旅をするものとして。」
セオドア「うん、是非。俺達も色々話を聞きたいんだ。」
イレネー「そうか、なら今夜酒場で落ち合おう。また後で。」
イレネーはスッと立ち上がるとその長身からセオドア達の顎が少し上を向いてしまった。彼等も身長は低い方ではなかったが、いかにも美形とされる男の前では無力だった。彼は長いマントをなびかせながら兵士と共に王宮へと歩いていった。その後ろ姿を見たヨハンネスが何かに引っかかったようだった。
ヨハンネス「あいつ……本当にただの吟遊詩人か?」
ヘレーナ「どうして?」
セオドア「確かに、歩き方が見るからに武人だよね。喧嘩したら負けそうだ。」
ヘレーナ「歩き方って、それだけ?」
ヨハンネス「それだけ。あとは、詩人にしてはいい体してるなって思ったけど、旅人だしな〜とか。」
ヘレーナ「う〜ん、あの歌は本物だと思うけどな。」
セオドア「だよな〜。悪い人には見えないしまぁ、後でまた会うから。色々教えてくれるかもしれないよ。」
ヨハンネス「どうだろうな。」
ヨハンネスはイレネーを少し疑いの目で見ていた。セオドアは彼をなだめながらバザールと呼ばれる市場へ向かった。ガラス細工の美しいランタンが所狭しと飾られている。売られている物も様々でスパイスと呼ばれる物がとても色とりどりで、新鮮だった。バザールを散策し、人々に天候の事や精霊について話を聞いた。しかし精霊についての返答はあやふやで、人々の認識は薄かった。代わりに風神様と、神のように崇めている事が分かった。聞き込みを続けているとあっという間に夜になった。気温がかなり下がり、肌寒く感じる。イレネーとの約束通り酒場に向かう。酒場は盛り上がりを見せ、中に入ると既に席はほとんど埋まっていた。テーブルにはバザールで見たようなガラス細工のランタンが置かれて明かりを灯していた。飲み物とおすすめと言われた食事を頼んでいるとイレネーもやってきた。
イレネー「すまない、待たせてしまった。」
イレネーが席に座ると店員が注文を聞く。イレネーは笑顔で任せると言い、すぐにセオドア達の方へ向き直した。
セオドア「本当にスマートだなぁ。」
イレネー「まさか、そんなんじゃないよ。そういえば君達の事を全く聞いていなかったね。」
セオドアが「あぁ」と自分達の紹介をした。出身地や、どうやってここまで来たかも明かした。
イレネー「そうか奇遇だな、私も出身は君たちの住んでいた村からそう遠くはないんだ。でも北の方には行ったことがなかったな。」
ヨハンネス「そこからずっと、南に降りてきた訳だけどイレネーは?」
イレネー「私は放浪としているからね。ここからというのは無いのだけれど、とある噂を聞きつけてここに来たんだ。声を掛けたのも、この嵐の中わざわざ海を渡ってここを訪れた旅人、目的は同じかなと思って。」
セオドア「も、目的って……?」
イレネー「精霊って知ってるだろ?」
イレネーの目から突然優しさが消えた。冷徹で無情の殺人鬼のようなその表情に背筋が凍る。その表情を見せたのは一瞬だった、すぐになにかの勘違いだったかのように優しく穏やかな詩人の顔が戻った。やがて料理が目の前に運ばれ、温かいうちに食べようとイレネーは提案した。スパイスの効いた豆や肉を煮込んだそれは大変食欲を唆り、あっという間に完食してしまった。豪快に食べる若者を見てイレネーはほくそ笑んでいた。ヘレーナもその笑顔を見て微笑み返す。彼は静かにスプーンを口に運び料理を味わった。
ヨハンネス「そういえば王宮で王様と話したんだろ?羨ましいぜ、俺らも直接話聞けたらいいのにな。それで何について話したんだ?」
イレネー「近辺の国や街の状況だよ。この嵐のおかげで外にも出られず全く情報が入ってこないみたいで困っていたようだ。」
ヨハンネス「へぇ〜、やっぱり情報って大事なんだな。」
イレネー「勿論。自分の国の現状を知ることは政治に不可欠だし、周辺国の事を知るのは自国を守るために必要だ。」
セオドア「じゃあイレネーは旅してる中で精霊について知ったの?」
イレネー「そうだね、詩人になったときにその話を聞いたんだ。私が知っているのは四元素の精霊、そして光と闇の精霊がいるというだけだ。精霊は圧倒的な力を持っている。だから突然気候が変わったこの地になにかあるんじゃないかと思って来てみたといった所だ。君たちはどうして?」
そんなに精霊がいるのかと驚きつつ、セオドアは自分達の故郷で起こった事を最初から話した。イレネーはセオドアの目を見て話を聞いていた。
イレネー「それは、とても辛い経験だっただろう。それで君達は風の精霊を追っていたのか。」
ヘレーナ「そう、やっとここまでたどり着いたんだけど街の人は精霊の事を知らないみたいで。でも代わりに風神様って皆呼んでいたわ。今は風神様がお怒りだって、なんとかして怒りを沈めなければならないって言っていたけど……。」
イレネー「国王も気候関連の話はしたがらなかった。そもそも、国王が知っているとも限らない。精霊なんて、出会ってしまえば華になるのが普通だからね。誰も覚えていないし、何も残りはしない。」
ヨハンネス「誰かこの地に詳しい人がいれば、もう少し話が聞けるかもしれないけどどうだろうな。それに風神様なだけでまだ精霊がいるって確定したわけでは無いんだったな……。」
イレネー「そうだね、確信があるわけではないから国王に直訴するわけにもいかない。そういえば、街を出て東に行くとオアシスがある。そこに物知りな老輩がいると聞いたんだ。街の人も子供の頃に訪ねて話を聞いたらしい。その方の所に行けば何か分かるかもしれないね。」
セオドア「それなら行ってみようよ!」
イレネー「もし良ければ私も君達の旅路に同行させてもらえないか?精霊を追う者に会えたのは初めてでね、君達が風の精霊を倒そうとするなら手を貸そう。私は精霊の核を知っている、そこを確実に突けば力の暴走にはならないだろう。」
セオドア「いいのか!?凄く助かる、でもイレネーはどうやって戦うんだ?強いのはなんとなくわかるんだけど…」
イレネー「私も昔は、王国に仕える騎士だった。私は槍を振るう。君達と共に戦えるのが楽しみだ。」
ヨハンネス「へぇ〜、騎士だったのか。そりゃ強い訳だよな。」
ヘレーナ「あの、ごめんなさい突然。私魔術師なの。仲間になってもし嫌だったら先に言っておかないとって思って。」
ヨハンネス「ヘレーナ……」
イレネーはへレーナの方をじっと見つめ、優しい眼差しで口を開いた。
イレネー「魔術師に対する偏見はまだまだ根深い。私は魔法を素晴らしい力だと思っている。誰が、どのような魔法を使うかが重要なのだ。君のように優しい人は、きっと素敵な魔法を使う。気を使わせてしまって申し訳なかった。どうか、安心して欲しい。」
ヘレーナ「ありがとう。きっと助けになるわ!」
ヨハンネス「イレネー、お前いいやつだな。これからよろしく。」
イレネー「こちらこそ、君も妹想いなのだな。良い仲間を持ったのは、君の人格による物でもあるのだ。自信持ちなさい。」
ヘレーナが照れくさそうにセオドアとヨハンネスを見た。二人は頷き、彼女を認める。空気が和み、最後に出されたこれまたスパイスの効いたお茶を楽しんだ。夜が更けて宿に移ることにした時、イレネーが自分の泊まっている宿を紹介してくれたのですぐに部屋に入ることができた。濃い一日を過ごしたせいか、すぐに睡魔に襲われ3人ともすぐに眠りへと落ちた。翌朝宿の外へと出るとイレネーがラダを用意していた。
セオドア「イレネー、ありがとう!朝早いんだな。」
イレネー「少し早く目が覚めてしまってね。今の時間は風も少し弱まっている。ストールは必要だが、行くなら今だよ。」
イレネーに促され、ラダへと乗り込んだ。街の外に出るとやはり風が強く、砂があちこちへと入り込んでくる。目に砂が入ると痒くて痛くてたまらない。東へ一刻程ラダを歩かせると件のオアシスが見えてきた。その泉は小さく、老人がひとり住むのには丁度良さそうな具合だった。ラダをヤシのなる大きな木に繋ぎ、その戸を叩いた。
老人「やぁ、どちら様かな。それとも石が当たってしまったのかね。」
静かに開く扉からは長いひげを生やした柔和そうな老人が出た。4人の顔をそれぞれ眺めた後、また口を開いた。
老人「槍を持った吟遊詩人に、北方からの旅人。どうやらそれぞれ訳ありのようだね。何か私に話を聞きに来たんだろう?さぁ、中に入って。チャイは好きかな。」
中に通されると古い暖炉が火を湛え、大きな木のテーブルに柔らかい絨毯、優しい明かりのランタンと、とても落ち着くような場所だった。老人はヘレーナの椅子を引き、座らせてくれる。男達は自分で椅子を引いて座った。老人の名はアルジクと言い、昨夜も飲んだチャイを振る舞ってくれた。
アルジク「さて、なんの話をしようか。」
セオドア「この国の、風神について何か知らないか?俺達が探している風の精霊が、その風神かもしれないんだ。」
アルジク「君の想像はおそらく正しいだろう。少し昔話をしようか。昔々、この国は水神の存在から水害があまりにも多かった。突然の浸水や大雨、海から波が押し寄せてくることもあった。そこで当時の王は水神に対抗しようと魔術師達の力を借りて風神を召喚したのだ。2つの神の力は相殺され、この国には平和が訪れていた。しかし水神は破れ、今度は風神だけが残ってしまった。我々の呼ぶ神は、君達の言う精霊なのだ。この話はこの国の者にはせぬ。君達も、どうか街で話さないでおくれ。」
ヘレーナ「どうして秘密にしているの?」
アルジク「人々が平穏に暮らしているというのにわざわざ不安を煽る必要はない、そういう歴史なのだ。それに、ここ1000年は平和だったのだ。街の人々は、ただの一時的な天災と考えておる。真実を伝えれば、この国は内部から崩壊するだろう。」
ヨハンネス「じゃあなんであんたは知ってるんだ?」
アルジク「さて、なぜかな。」
老人は悪戯のような表情を見せた。イレネーはただ静かにその話を聞いていた。
セオドア「俺達は精霊を倒したいんだ。そうすればこの嵐は止んで、きっと前の生活に戻る。精霊の居場所って知らないか?」
アルジク「精霊は、このオアシスを更に東へ進むと祠がある。そこが彼の者の住処だ。私の役目は、それを見張るものだからね、きっと今もそこにいる。君たちは……きっと精霊に出会い、生き残ったのであろう。もしやそれが水の精霊ならば、とてもすまない事をした。」
セオドアたちは何も言うことが出来なかった。水の精霊に出会ってしまい、町や故郷に影響を与えてしまったのは事実だが、それ以上に彼らはあの場所から出られたことに喜びを感じていた。自分達の出自だけで虐げられる生活に憤りを感じていた彼らにとって、精霊との出会いは悪い物だけではなかったのだ。そう考えてしまった自分たちに、また少し怒りを感じた。居たたまれない若者たちの空気を察したイレネーは老人にお茶御馳走様と笑顔で声を掛けて席を立った。それに続き、セオドア達も席を立った。
アルジク「あぁ、またいつでもおいで。良い旅を。」
老人の家を後にし、また城下町へと帰路に着く。
イレネー「風神は風の精霊という確信を得られた。次は国王に討伐の許可かな。」
セオドア「そうしたいけど、俺達がそう簡単に国王に会わせてもらえるとは……。」
イレネー「私が国王に謁見を申し込もう。君たちは水の精霊を倒した戦士だ、この状況を打破したい国王からすれば願ってもない申し出だろう。それに精霊の話は国家機密だ、それを見ず知らずの者が倒してくれる。たとえ失敗しても、精霊に殺され私達はそもそもいなかった者になるから問題にはならない。」
ヨハンネス「はは、恐ろしい話だな……。」
イレネー「謁見するにあたって、頼むから変な真似はしないでくれよ。その場で会場を彩る華にはなりたくないだろう?」
セオドア「お、俺達静かにしてるから頼むよ……。」
へレーナ「そうね、私達礼儀とか分かんないし……。」
イレネー「ははは、それがいいかもしれないね。」
城下町に入り、城へと向かった。城門の前に立つ兵士はイレネーを見るなり、駆け寄る。
兵士「イレネー様!どうかなさいましたか!?」
イレネー「国王陛下に用事が出来てね。謁見を申し込むことは出来るだろうか。彼らも同席させてほしいのだが、どうだろうか。」
兵士「かしこまりました、陛下にお取次ぎいたします。とりあえずこちらへ。お待ちの間に武器を預かりますね。」
イレネー「ありがとう。案内してくれるそうだ、行こう。」
恐る恐るイレネーについて行くと豪華絢爛な王宮内に入り、装飾品や絵画に彫刻に目を奪われ続けた。更に、王宮ですれ違う侍女や兵士は旅人に道を譲り必ず立ち止まって礼をする。少し離れたところで侍女の黄色い悲鳴が聞こえる。最初に通された部屋はカーテンが閉められ、とても座り心地の良さそうな椅子が並べられている。兵士に武器を預け、椅子に座る。
兵士「それではこちらでお待ちください。また後で来ます。」
へレーナ「カーテンって開けてもいいのかな。」
兵士「あ、今は開けない方がいいです。砂が大量に入ってきますので。」
へレーナ「そうなのね、ごめんなさい。」
兵士「でも見せたかったです、ここから街を眺めるととても綺麗なんですよ。この景色を、俺たちが守るんだって思うと元気が出るんです。あ、ごめんなさい。自分の話をしちゃって。」
イレネー「いや、素晴らしい考えだ。この国がいかに良い国か分かるよ。早く嵐が収まるといいね。」
兵士「はい!ありがとうございます!」
兵士は元気よく一礼して部屋を後にした。
セオドア「初めて入った……。王宮ってすごいんだな……。」
イレネー「それではこの雰囲気には疲れてしまうだろう。今は誰も見ていないし、好きなだけくつろげばいいよ。」
セオドア「それにしても、なんでイレネーはあんなに兵士に慕われてんだ。前に王宮入った時に何したんだよ。」
イレネー「さぁ、私の魅力かな。」
ヨハンネス「な~んか腹立つな。聞いたか?侍女の悲鳴。」
イレネー「ははは、悪かった。冗談だよ。」
へレーナ「でも詩人に憧れる女の子の気持ちわかるな~。」
ヨハンネス「おいへレーナ詩人はやめとけ。あれだけ人気なんだ、たぶらかされるだけだって。」
へレーナ「う~ん、イレネーはそんな感じしないけどな……。」
ヨハンネス「だから危ないんだよ。詩人は口がうまいから簡単にのせられちまうんだ。いいな、詩人はやめとけ。」
イレネー「確かにそれは有名な話だ。詩人は都合がいいと言ったが、若い娘のいる者にはあまり良い顔をされなかった事もあるくらいだからね。」
セオドア「その顔じゃあどこ行っても女の子の方から寄ってくるだろうしな。」
へレーナ「なんか詩人も大変だね。」
話が盛り上がり、過ごしやすい部屋でわずかに待っていると兵長を名乗る者が部屋に訪れ、国王との謁見の許可が下りた事を伝えてくれた。玉座に案内され、緊張感と共にその重たい扉が開かれる。
兵長「国王陛下、吟遊詩人イレネーを連れてまいりました。」
イレネー「陛下、度々の謁見まことに感謝申し上げます。彼らは私がこの地で出会った旅の仲間にございます。」
イレネーは膝を着き深々と礼をした。それに続きセオドア達も続く。頭は下げるが目線はイレネーを追う。
国王「面を上げよ。うむ、そなたが連れて来た者だ。問題ないだろう。して、私に要件とは?」
イレネー「その前に、人払いをお願いするご無礼をお許しください。」
国王「理由を聞かせてはくれぬか。」
イレネー「この国の気象について、そして未来と過去についてのお話です。この国の機密に関わる事になるかもしれません。」
大臣「陛下、彼は情報を伝えた恩があるとはいえよそ者を前に陛下を一人にする事などできませぬ。」
国王「いや、大臣よ。私は彼らと直接話をする。兵を連れて扉の外で待て。合図があればすぐに戻るように。」
大臣「し、しかし……。」
国王「これは命令だ。すぐに行け!」
大臣「……承知いたしました。」
大臣は玉座の間にいる人間を全て外へと連れ出した。イレネーは再び深く礼をした。
イレネー「ありがとうございます。大変お手数をおかけいたしました。」
国王「いや、礼を言うのはこちらの方だろう。さぁ、話を聞かせてくれ。」
イレネー「はい、単刀直入に申し上げます。風神、正しくは風の精霊討伐の許可が欲しく、参りました。私は吟遊詩人として世界を渡り歩く他、精霊を追っておりました。そしてここにいる仲間は水の精霊の討伐を成し遂げた者です。我々であれば、国民に風神の正体が明かされる事無くこの嵐を収めてみせましょう。たとえ失敗したとしても、我々は嵐に呑まれ華弁を落とすこともありません。この国の長年の機密を、機密のまま終わらせるためのご提案です。」
国王「そなたの提案から人払いをして本当に良かった。精霊については王家にのみ受け継がれる伝承なのだ。アルジクめ、勝手に国家機密を漏洩させおる。だが、あいつの人を見る目は信頼できる。きっと、お主らならこの嵐を収めることが出来ると思っての事だろうがそんな危険なことを旅の方にお任せしても良いものか。」
イレネー「精霊は、よほどの力を持った者でなければ太刀打ちできません。ここに居る兵士は、街を守らせてください。我々が仮に失敗した時、この街に影響が出ないとは限りません。」
セオドア「あの……ちょっと聞きたいんだけど。じゃなくて、です?けど……」
ヨハンネス「馬鹿、口挟むなって……」
国王「よい、少年何が聞きたいのだ。」
セオドア「受け継がれる伝承って、どうやって受け継ぐんですか?死者の記憶が残せる?ですか?」
国王「そうだな、この話聞けば当然の疑問だ。我々はこの一冊の本と指輪によってこの記憶を受け継いでおる。」
国王は胸から小さな本を取り出した。
国王「死者の記憶は皆と同じようにない。それ故に誰が王位継承権を持つのかも分からなくなり、内乱が起こってしまう事もあるだろう。それらを防ぐための物がこの本と指輪じゃ。実は、死者の記憶が消えるという現象には抜け道があるのだ。それはお互いが{これを相手に渡す、これは相手の物だ}そして{相手からこれを受け取る、これは私の物だ}という認識がお互いに成立した場合だ。この認識範囲は広く、物だけにとどまらず言葉でも記憶することが出来る。これを成立させるために、次の王位継承権のあるものが現れればこの本を受けとり、指輪をはめる儀式を国民の前でするのだ。そうしてこの国は王政を続けてきた。もちろん反乱が起こればこの精霊に関することも失われる。そのために国王は何としても国民のために政治をきちんとしなければならないのだ。これで、質問の答えになったかな。」
セオドア「は、はい。ありがとうございます。そんな裏技があったとは。」
国王「この方法は知る人ぞ知るものだ。イレネー殿は知っていたかね?」
イレネー「はい、存じております。……陛下、精霊討伐の件、いかがでしょうか。」
国王「うむ……。本当に申し訳ない。どうか、精霊を倒してほしい。」
イレネー「しかと、承りました。」
イレネーが国王に礼をしたその姿は詩人ではなく、国を護る騎士の姿だった。あまりにも違和感がないので困惑してしまうほどである。
国王「今日はもう夜が更ける。今夜は客人として、王宮で休んで行かれよ。」
国王が大臣たちを呼び戻し、イレネー達には下がって良いと伝えた。イレネーは再度礼をし、玉座の間を後にした。また兵長に連れられ、客室に案内された。
兵長「こちらをご利用ください。お嬢さまは、ご兄妹と伺っておりますがお部屋はどうされますか?」
へレーナ「あ、一緒で大丈夫です!」
兵長「かしこまりました。すぐにお食事をお持ちいたします。この部屋にあるものは全て使っていただいて大丈夫です。着替えは奥の戸棚に、お風呂も奥にありますのでご利用ください。」
イレネー「ありがとう。何から何まで申し訳ない。」
兵長「失礼いたします。」
部屋は広く4人で過ごしても余裕があった。豪華な部屋を見渡し、目を輝かせた。
へレーナ「お風呂ってどんな感じなんだろ……。」
ヨハンネス「お前先入れよ、俺ら後でいいし。イレネーも良いよな。」
イレネー「もちろん。着替えもあるようだし、ゆっくりしておいで。」
へレーナが喜んでお風呂に向かい、男たちも着替えを見ることにした。戸棚にはいくつかのサイズの服が入っており、自分達に丁度いいサイズの物を着ることが出来た。部屋でくつろいでいると食事が運ばれてきた。大きな台に沢山の食事が乗せられている。昨夜酒場で食べたような伝統料理の他に肉料理や魚料理、硬めに焼かれたパンや柔らかいパン、沢山のフルーツなど食べきれるか心配になるほどだった。そしてどれもがとても美味しそうな匂いを漂わせる。丁度へレーナも入浴を終え、アルバディア王国の服を着て部屋に戻ってきた。セオドアとヨハンネスはもう風呂よりも先にこのご馳走に早くありつきたくて仕方がなかった。
へレーナ「ごめん、お待たせ。すごくおいしそうね。」
セオドア「な!な!すげぇよ、これ……全部食べていいのかな!」
イレネー「食べていいんだよ。ほら、頂こう。」
ヨハンネス「いただきま~す!!!」
並んだ料理を順番に食べ進める。王宮にいるシェフが腕によりをかけて作った沢山の料理は今までに経験した事のない美味しさだった。次々と料理が消えていく、セオドアとヨハンネスはまだ食べるのかという領域に既に達していた。へレーナは主食をそこそこに、見たことがないフルーツやデザートを楽しんでいる。気が付いた時にはあれだけあった料理が全て消えていた。皆大きくなった腹を抱え、ソファーに横たわる。
へレーナ「お腹いっぱい……もう食べれない……」
セオドア「王様って良い人だな……、戦いの前にこんなにごちそうくれるなんて」
イレネー「本当だったらきっと大広間で沢山の人を呼んでもっと盛大にやりたかっただろう。まぁ、そっちよりもきっと今回の方が君たちは満足できそうだけどね。きっと精霊を倒したらもっとすごいご馳走が並ぶよ。」
ヨハンネス「これより凄いのがあるのかよ。はぁ~、食った食った。俺たちも風呂行くか。風呂広かったか?」
へレーナ「うん、凄く。泳げるくらい広かったよ。」
ヨハンネス「よし、じゃあイレネーも一緒に入ろうぜ。」
イレネー「わ、私は後で入るよ。せっかく広いんだからくつろいで。」
ヨハンネス「なんだよ、裸見られるの恥ずかしいのか?」
ヨハンネスは完全に悪乗りでイレネーに詰め寄った。はいはい行くよ、とセオドアがヨハンネスを引きはがし、風呂に連れて行った。セオドア達にとって風呂は本当に久しぶりに入るもので、温かい湯に浸かると今までの旅の疲れが癒される。
セオドア「はぁ~ため息しか出ないな……。いいのかな、俺たちこんなに贅沢して。」
ヨハンネス「最高だな……。ほんと、罰当たりそうだよな。なんか明日死ぬ気がしてきた……。」
セオドア「やめろよ、倒したらこれ以上の贅沢だぞ。でもこれ以上贅沢って何だろう……。イレネーは騎士の時こんなにいい思いずっとしてきたのかな~。」
ヨハンネス「どうなんだろうな。でもなんで騎士辞めたんだろうな。そういえばヘレーナと二人っきりにしてきて平気だったかな。」
セオドア「大丈夫だろ、ヘレーナは結構強い。お前がちょっと過保護なくらいだ。」
ヨハンネス「そうかなぁ~。」
湯にゆっくりと浸かり、すっかり温まったところで風呂を後にした。着替えたアルバディアの服はシルクが使われており、肌触りが最高だった。部屋に戻るとイレネーはへレーナに詩を聴かせていた。弦楽器の音と、優しいイレネーの声が部屋に響いた。
イレネー「遥か昔の事、一人の男は世界の全てを見ようと旅に出た。北から南へ、東へ西へ。旅の仲間と共に数多の大地を踏みしめた。沢山の困難を乗り越え、やがて男は英雄と呼ばれるようになった。そして、世界の全てを知った男は天へと昇り、この地に4つの秘宝を残した。1つは石。輝ける翠のその石は、人々を魅了する魔法の石。1つは刀。岩をも両断するその刀は宙からの贈り物。1つは本。この世界のありとあらゆることが記される全知の書。1つは装身具。繊細で美しい銀の飾りは愛の記し。世界を渡り、全ての秘宝を得られたならば、また天へと導く英雄の道が開くだろう。彼は悠久の時を待ち続けている。新たなる、英雄を……。」
弦楽器を鳴らし、耳に響く振動が心地よい。一瞬の静寂の後、小さな劇場は拍手に包まれた。イレネーはありがとうと微笑み掛けた。
ヘレーナ「これが、古の英雄の物語?」
イレネー「そう、君の首飾りの石を見て、ぴったりだと思ったんだ。」
ヘレーナは首飾りの先端に付く、石を優しく抱き上げて眺めた。
ヘレーナ「これね、小さい時セオドアがくれたの。山で綺麗な石拾ったんだって。」
セオドア「あぁ、あったな。ヨハンネスと遊びに行ってて、たまたま見つけた石が綺麗だったから持ち帰ったんだ。ここまで気に入ってくれるとは、思ってなかったけどね。」
イレネー「さぁ、明日は精霊を倒さなければならない。もう休んだほうがいい。私も風呂を借りたあとすぐ床につくから、君たちは先に休んでくれ。」
穏やかな夜を過ごし、イレネーとの関係も深まった様に感じた。彼のことはまだほとんど知らないが、共に風の精霊を倒す仲間として心強かった。風呂に行った彼がいつ眠りについたのかも分からないまま戦いの朝を迎えた。早くから起きていたイレネーが朝食を受け取っており、しっかりとした食事をとることができた。服を着替え、武器を確認してストールをかけた。
セオドア「さ、行こうか。」
扉を開けて外に出る。外では兵長が待機していた。
兵長「もう、お出かけになりますか。陛下から、命懸けの戦いに向かわれると伺っております。この街は、我々が守ります。どうか、ご無事で。」
セオドア「帰ってきたらまたうまいもの沢山食わせてくれよ!またな!」
兵長は敬礼し、セオドア達はその前を通り過ぎる。城を出て、オアシスの更に東へと進んでいく。嵐は衰えず、口を開けば砂が入り込んでくるため旅路は静かだった。長かった影が短くなると、遂に祠らしき建造物が見える。
ヘレーナ「あれが、風の精霊の住処なのね……。」
ヨハンネス「思ったより小さいんだな。」
ヘレーナ「いや、見かけとは違うと思う。魔力を感じるわ。」
セオドア「どういうこと?」
ヘレーナ「きっと中は広いってこと。」
イレネー「ラダはそこに繋げよう。中に入ったら何が起こるか分からない。気をつけて。」
セオドア「あぁ、そうだな。」
ラダを残し、祠の扉を開けた。その瞬間強烈な風が起こり、全員祠の中に吸い込まれてしまった。中では竜巻のような風に振り回され壁に打ち付けられることで風から逃れた。
セオドア「ゲホッ、ケホ……大丈夫か皆……。」
ヘレーナ「もう目が回るのはコリゴリよ……。」
ヨハンネス「シッ…。誰かいる……。」
ヨハンネスの声掛けから全員が武器をすぐに取れるように構えた。イレネーが背中から降ろした槍は珍しい形をしていた。三日月のように反った大きな刃が、先端に着けられ、持ち手は太く頑丈そうだった。そして槍には紐が巻き付けられている。イレネーが静かに槍を持ち直す。祠は暗く、仲間の居場所も分からないまま声だけで判断する。
イレネー「来るぞ!」
その声とともに沢山のナニカが襲ってきた。何も見えないまま戦うにはあまりに分が悪かった。
ヘレーナ「光よ!ここを明るく照らして……!」
ヘレーナが祈ると祠は太陽が現れたかのように明るくなった。襲ってくるナニカの正体もつかみ形勢が逆転していく。小人のような姿をしたそれは背中に大きな羽を持ち、鋭い牙と爪を使って我々に襲いかかってくる。その姿を見たヨハンネスは武器を弓に変え、矢を連続して放つ。イレネーはその長い柄の下側を持ち、それを一斉に払いのけた。セオドアも負けじとその剣を振るい、数多の小人を倒した。100体程倒した所で攻撃の嵐は一度止まった。
セオドア「はぁ、はぁ、みんな無事か!?」
ヨハンネス「おう!こっちは大丈夫だ。」
イレネー「光、助かったよ。ありがとう。」
ヘレーナ「そ、そんなことないよ。ねぇ見て、奥に進めるわ。」
セオドア「行こう、きっと奥に精霊がいる。」
ヘレーナが歩いた道は明るく照らされた。魔法はまだ効果の最中らしい。光の道を進んでいくと何度か先程の小人に襲われたが問題なく倒した。奥へと進めば進むほど風は強くなる。向かい風に押さえつけられながら歩みを進めた。この嵐によって苦しんでいる人が沢山いる、そして自分達に期待してくれている人がいる、その思いが前へと進む力になった。そして遂に、嵐の中心へとたどり着いた。
風の精霊「まさかここまでヒトがくるとは思ってなかった。私のもとにたどり着いたのは何年ぶりかな。あ、ウィンディーネを倒したのは君達だね。じゃあ、彼女より楽しませてよ!」
精霊が両手を広げるとその体が地上から離れ針のように細く尖った風が全身を刺す。風の刃は体には何も残さず、真っ赤な血だけが流れる。圧倒的な風力から、精霊に近づく事もできずにただ攻撃に対するダメージを最低限に防ぐことしかできない。そんな中イレネーは防御に適していたマントを外した。マントは強風に呑まれ既に遠くへと運ばれている。イレネーは絶えることのない攻撃に対し、胸を張って真っ直ぐと立っていた。
セオドア「イ、イレネー……?」
精霊が新たな攻撃をしようとその表情がニヤリと緩む。その瞬間イレネーは持っていた槍を精霊に向かって投げた。その槍は渦を作っていた風に乗り、威力を増して見事精霊へと突き刺さる。瞬きをする間にイレネーは空に浮かぶ精霊の元に移動し、その槍を更に深くへと押し込んだ。
セオドア「は、はぁあ!?!?」
ヨハンネス「飛んだ!?えっ!?」
風の精霊「うぐっ……!」
イレネー「地上は嫌いかい?」
イレネーはその体重を精霊に乗せ、重力で落ちる自分の体を利用して地面へと叩きつける。イレネーの現実離れした攻撃に衝撃を受けながらも、精霊からの攻撃が止んだ隙きをセオドア達は見逃さず、集中攻撃を浴びせた。背についた羽を破壊し、空への手段を奪ったものの、風の精霊は何事もなかったかのようにそこに立ちあがり風の刃を発射した。風の刃は目視が出来ず、感覚で避けるしかなかった。精霊から距離を取とろうと離れるとそこでヘレーナは何か魔法の準備をしていた。
ヘレーナ「精霊の動きを止めてみる!だから皆、もう少し耐えて!」
その声にセオドアはヘレーナに向けられる攻撃を庇うように彼女の前に立ち、攻撃を一身に受けた。その間ヨハンネスとイレネーは精霊に何とか近づき刃を立てる。そしてついに魔法の用意が出来たヘレーナは集めた魔力を一点に集中させ魔法を発動させた。
ヘレーナ「風の精霊シルフよ、這いつくばりなさい!」
精霊は大きな重力が掛かったかの様に地面へと倒れ込んだ。起き上がろうとするが、ヘレーナによって抑え込まれる。
ヘレーナ「長くは、保たないかも……!」
イレネー「セオドア、ヨハンネス!精霊の腹を狙え、そこに核がある!!」
イレネーと共に精霊に止めを刺そうとまた距離を詰める。ヨハンネスが短剣で精霊の腹を狙う。
風の精霊「そう…、簡単に……!!やらせない……!!」
精霊はヘレーナにその体を抑えられながらヨハンネスの刃を受け止めた。そして風を操りその刃をヨハンネスへと打ち返す。
ヨハンネス「クッ……!」
幸い急所を外し、顔を掠めただけだったが強風に吹き飛ばされる。
セオドア「ヨハンネス!!」
ヨハンネス「問題ない!!早く核を!!」
セオドアとイレネーが同時に刃を立てる。風のバリアに阻まれながらその力は拮抗する。
ヘレーナ「お願い……!!」
セオドア「はあああああ!!!!」
風の精霊「こんな……!こんな……!ヒト風情に……!」
遂に風のバリアが破れ精霊の核がある腹をイレネーの槍とセオドアの剣で突き刺した。精霊の叫び声が聞こえる。そして精霊の体は一瞬にして砕け散った。風が止み、空が顔を出したことによって祠に光が差す。
セオドア「た、倒せたのか……!?」
ヨハンネス「見たいだな……。」
セオドア「力が暴走しなかった……。あ〜良かった〜。これで、きっとこの国も暮らしやすくなる。」
イレネー「お疲れ様。ヘレーナ、大丈夫か。精霊を抑え込むとは、凄い魔力を持っているんだね。」
ヘレーナ「へへへ、でも……ちょっと疲れたかな。」
イレネー「街まで戻れるかい?」
ヘレーナ「うん、大丈夫。それより、イレネーの方こそどうやったの?空飛んでたじゃない。」
イレネー「この槍の力だよ。師匠の知り合いに特注で作ってもらったんだ。近接でしか戦えないのは不利だろうって。でも使いこなすのに何本骨折ったか。」
ヨハンネス「あれびっくりしたぜ。瞬間移動したのかと思ったよ。」
セオドア「ホント、何が起こったのか分からなかった。じゃあ、帰ろう。王様を安心させてやらないとな。傷も手当しないと。砂だらけだな。」
祠を出ると太陽がその力を大いに発揮し、肌寒かったのが嘘のように暑かった。風もなく、眼の前には美しい砂漠が広がっている。
セオドア「すげぇ……。ここ、こんなに綺麗だったんだな。」
イレネー「やはり、世界は美しいな。だからこそ……。」
ヨハンネス「ん?だから?」
イレネー「いや、なんでもない。忘れてくれ。さぁ、砂漠の夜はまた寒くなる。早く帰ろう。」
ヨハンネス「あ!またごまかしたな!!」
帰り道は清々しく、胸を張って街へと戻る。自分達が精霊を倒し、この嵐を沈めたということを知るのは王様とアルジクだけだ。街へ戻る途中オアシス付近を通るとアルジクが外に出ていた。
アルジク「よく、よくぞ精霊を倒した。酷い怪我だが生きていてくれて何よりだ。」
セオドア「あぁ、ちゃんと倒してきたぜ。これでこの国も平和になるんだろう?」
アルジク「きっとな。さ、英雄殿をいつまでも引き留めておきますまい。怪我の手当ては弟にしてもらえ。」
アルジクはそう言ってセオドアの背中を叩いた。しかし丁度そこは精霊の攻撃が命中した所でセオドアは絶叫する。
セオドア「ぐああああ!!いってぇえ!!!」
アルジク「おっと、これはすまないことをした。ハッハッハ。」
仲間の笑い声が聞こえ、平和を実感する。自分達の力で勝ち取ったものだ。そう思うと胸が暖かく、気分も良い。全員かなりの怪我をしているが、満足感が上回ることでそのことを忘れている。アルジクの家から街へと戻るとそこはお祭り騒ぎだった。悩まされてきた風から解放され何よりも望んだ太陽の元で人々は祝の宴を開いている。兵長がセオドア達の元へとやってきた。
兵長「おかえりなさいませ!!皆さんが風神の暴走を止めてくださったんですね!言われなくとも分かります、さあ城へ。陛下がお待ちです!」
兵長に案内され城へと戻った。すると城内もあちこちが忙しなく仕事に追われていた。それでも皆の顔には笑顔があった。玉座の間に通されると王も満足気な顔で迎えてくれた。大臣や参謀達も勢ぞろいしている。またイレネーに続き、深々と礼をする。
国王「よくぞ風神を倒した。その力を讃え、報酬を授ける。まずは船を、その旅路を役立てられよ。そして、この杖を授ける。これはこの国の宝の一つだ。きっと助けになるだろう。」
イレネー「ありがたき幸せ、心より感謝申し上げます。」
国王「そなたらの事は英雄として、記録に残そう。この、王の印にな。さぁ、今夜は宴だ。怪我の具合が良ければ是非とも参加してほしい。」
イレネー「かしこまりました、それでは我々も準備を致します。」
国王「うむ、下がって良い。」
玉座を後にすると侍女達が傷の手当てをしてくれた。傷は痛むが適切な処置によって悪化は防がれた。更に破れた服なども修理するために預けた。服を着替えて用意された部屋に戻ると、閉められていたカーテンが開かれ街の景色を見ることができた。夜の帳が下り、街にはランタンの明かりで灯される。空には美しい星々と月が輝いている。皆で部屋に置かれている酒を呑みながら、その景色に感動した。
セオドア「綺麗だな。」
ヨハンネス「あぁ、ホントに。」
イレネー「君達が精霊から勝ち取った物だ。本当に美しい光だね。」
ヘレーナ「ずっとここに居たい位だわ……。ジョンもこれで旅に出られるわね。」
セオドア「そうだな。もうあんなに船に振り回される事もないだろ。」
しばらくすると侍女が宴の用意が整ったと呼びに来てくれた。中庭へと案内されるとそこには沢山の人が既に集まり料理と飲み物を楽しんでいる。演奏も賑やかで楽しい時間だった。演奏に合わせた侍女達によるダンスも甘美でいつまでも見ていられた。人々には風神を沈めてくれたことによる感謝を何度も述べられ、沢山の酒を注がれた。セオドアとヨハンネスは二人で呑んでいたがヘレーナはバーでバーテンダーの女性と話しているしイレネーは侍女達について回られそれぞれで行動していた。
セオドア「なんか混乱してくるな。風神なのか精霊なのか分かんなくなってきた。」
ヨハンネス「だよな〜。でもホント良かったよ。皆幸せそうでさ。」
セオドア「そうだな。」
ヨハンネス「で?お前どうする?風の精霊は倒したぜ?村に帰るか?」
セオドア「まさか。最後にどうするかは別として、今はもう少しこの自由を堪能するよ。」
ヨハンネス「だよな。俺もそうしたい。それに、もっと色んな所を見てみたいや。」
セオドア「あぁ、そうだな。精霊はまだいるみたいだし、世界中見て回ろうよ。」
ヨハンネス「そうだな、あと4体もいるのか……。」
イレネー「やぁ、楽しんでいるかい?」
セオドア「そりゃもう。そっちこそ、女の子の相手しなくていいのか?」
イレネー「ふふふっ、勘弁してくれ。」
ヨハンネス「で、どうしたんだ?」
イレネー「あぁ、君達がこれからどうするのかなと思ってね。」
セオドア「ちょうど俺たちも同じ話をしてたところなんだ。」
イレネー「それは良かった。私はまた精霊を追って旅に出る。君達は?」
セオドア「俺達もそうするつもりだよ。」
イレネー「そうか、それならまだ共に旅が出来るな。行く先については宴が終わったら部屋で話そう。ではまた後で。」
イレネーは颯爽とその場を去っていった。しかし演奏部隊に捕まり、共に歌わされている。
ヨハンネス「モテる男も大変だな。」
セオドア「あぁ、ホントに。」
宴は朝まで続き、その後は部屋で死んだように眠った。起きるともう既に夕方だった。ヘレーナがハーブティーを淹れてくれたので、それを飲んで気分を落ち着かせた。
イレネー「とても良い香りだ。ありがとう。」
セオドア「疲れが癒やされるな〜……。」
ヘレーナ「喜んでくれて良かったわ。それで、次はどこに向かうの?」
ヨハンネス「あれ、俺言ったっけ?旅続けるって。」
ヘレーナ「言ってなくても分かるよ、皆の雰囲気で。」
セオドア「そっか。でもどうする?今回も全く情報ないけど。」
イレネー「ここから更に海を渡って東に進むとその果てに神の国と呼ばれる島がある。そこに女神の巫女がいるらしいんだが、精霊についても知っているかもしれないね。」
ヨハンネス「女神の巫女なんていたのか。へ〜、面白そうだな!」
イレネー「ただ、その国は外部の人間の立ち入りを拒んでいるらしい。無駄足になるかもしれないが、行ってみるか?」
セオドア「ますます気になるじゃん!行ってみようよ!!」
ヘレーナ「巫女か〜ちょっと憧れるよね。」
イレネー「では決まりだな。明日船で出発しよう。」
頼りになる旅の仲間が増え、次の目的地も決まった。まだ見ぬ新しい世界を求めて旅支度をする。日が昇り、城の見送りを受けてアルバディア王国を後にした。港に着くとジョンとこれから船を操縦する船頭が待っていた。ジョンと最後に話し、握手をしてそれぞれの船へ乗り込む。広い広い海を渡り、4人の旅人は神の国へと向かった。
最後までお読みいただきありがとうございます!投稿ペースが遅くなっていますが、続けて頑張りますのでよろしくお願いいたします!