エルダーナ復興大作戦8
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マユキがエルダーナを去ってからかなりの月日が流れた。エルダーナの町並みはかつての輝きを取り戻し、人々が行き交う美しい国に戻った。ここまで長かったようにも感じるし、短かったようにも感じる。アブニールも成長し、既に言葉を話せるようになった。イレネーは国として立て直すために多忙の日々を送っている。既に良き長として人々から慕われていた。だがしかし、どこから漏れたのかアブニールが王家の血を引いていると知った民衆の中には、アブニールこそ真の王だと謳う者たちもいる。その者達はイレネーをよく思っていない。それでもイレネーは平等に人々を敬愛し、どんな人にも手を差し伸べた。それでも城はまだ直っていない。骨組みは補強され、入っても安全な場所にはなったが、未だ凄惨な雰囲気を漂わせている。そんな城のバルコニーで、修復された街をセオドアとレオンは見ていた。
セオドア「これでいいのかな。」
レオン「あいつが選んだ道だ。現に今はうまくいってる。ま、あいつ自身がどうかは知らんがな。」
セオドア「なんとかしようぜ。実際復興はもううまくいったんだ。ならこっちも修復しないと。」
レオン「つっても、俺らに何が出来るよ。それだけの覚悟を持って、今あんだけ立派に君主やってのけてる。もう忘れるってのも一つの方法なんじゃねぇか?」
セオドア「でも二人は愛し合ってたんだぞ。今でもきっとそうだ。神の国のこと、ヘレーナからちょくちょく連絡くるけど、向こうは向こうで普通にやってるって。マユキもイレネーも護るべきものがあるから互いに譲れないよな。あ、ヘレーナも明日またこっちに来るってさ。」
レオン「……そうか。俺はイレネーのとこに行く。あいつも色々溜まってんだろ。何も出来ねぇけど、話し相手に位はなれるかもしれねぇからな。」
セオドア「それがいいな。じゃあ俺はアブニールのとこに行くか。ついでに街の様子も見てくるよ。それが俺たちの仕事だしな。」
イレネーは城の3階奥にある執務室にいた。ここはあまり陽の光が入らず、エルダーナ城として機能していたころも物置部屋になっていた場所だった。レオンはノックもせずに部屋に入る。薄暗い部屋でランプに灯りをともして1人机に向かうイレネーが顔を上げた。
レオン「順調か?」
イレネー「あぁ。この書類が片付けば少し仕事も落ち着く。」
レオン「そうか……。」
レオンはそれ以上何も言わずにソファーにドカッと座りイレネーをじっと見つめていた。
イレネー「なんだ、用はあるのか?」
レオン「お前の方が俺に用があるんじゃないかと思ってな。」
イレネー「ないな。さっさと仕事に戻れ。俺は忙しい。」
レオン「じゃあ俺は行く。俺が聞き手に回ることなんざ滅多にないのに惜しいなぁ。」
イレネー「回りくどいぞ。俺はいいから。」
レオンは執務室から出ようとドアに手をかけた時、イレネーに背を向けたまま言い捨てた。
レオン「抜き方覚えろよ。自分のことなんてもうどうでもいいと思ってんだろうがそのままじゃいつか破滅すんぞ。」
ドアを勢いよく閉めたせいでホコリが舞った。そのホコリを吸って咽る。怒るつもりはなかったとなんだか少しだけ胸がモヤモヤとする。イレネーは昔から全部自分で抱え込むタイプだった。なんとか仲間を頼ろうとしても、結局独りだった。もちろん彼にとって慕ってくれる部下や尊敬する人々はいたが、彼が個人的に誰かに頼ることはほとんどなかっただろう。だからこそ、セオドア達と出会って変わったと思っていたが、結局イレネーはイレネーのままらしい。
街へ降りると、人々が忙しなく働いている。ここにかつてのエルダーナ市民はいないが、新しくここで暮らしたいと思う者やかつてエルダーナに縁のあった者たちが続々と流れてきていた。旧敵と瓦礫の除去から始まったこの復興も、終わりが見えてきたのかもしれない。もちろん、城下町が完成したら終わりのはずはない。まずはここから、一歩一歩進めていくのだ。
広場では将軍が見張りをしている。そこにセオドアと何人かの大人たちがアブニールと戯れていた。アブニールに城は危険と判断し、今は城下町の一角に建てた家でイレネーやレオン、セオドアの皆と暮らしている。しかしイレネーはこのところ帰ってきていなかった。
アブニール「あ!レオン!」
レオン「よぉアブニール。今日もバカみたいに元気だな。」
アブニール「ねえ!レオンも騎士ごっこしようよ!今セオドア倒したんだ!」
セオドアは苦笑いしながら頷いていた。アブニールにイレネーとレオンが本物のエルダーナの騎士であることを話してはいない。アブニールもどこで騎士なんて言葉を覚えてきたと思ったが、まあ街で暮らしていれば聞こえてくるものなのだろう。騎士くらいならいいが、王家の話を耳にさせたくはない。
レオン「やるじゃねぇか。いいぜ、俺に勝ったら好きなもん食わせてやる。」
アブニール「負けないぞ……!!とりゃあああ!」
レオンは子供相手に負けてやるほど優しくはない。きっちり叩きのめして今夜の夕飯はアブニールの苦手な野菜のスープになった。もう時間は夕方だ。アブニールは広場の中央にある噴水のそばでまだ帰らないと拗ねている。
アルベルト「また明日特訓しよう。いつかあのレオンを叩きのめしてやれる位強くなってな。だから今夜はみんなの家に帰るぞ。」
アブニール「いつかっていつ……。」
アルベルト「そう簡単に強くなれるか。毎日特訓してたらいつの間にか強くなってるもんだ。ほら行くぞ。」
アブニールは不満げながらもアルベルトの手を取って帰路に着いた。アルベルトもまた、すっかりエルダーナの民になって今ではアブニールの世話係の1人だ。皆で家に帰ると、いい匂いが既に漂っている。そこではヘレーナが夕食を作って待っていてくれた。
アブニール「姉ちゃん!!」
レオン「なんでお前がいるんだよ。」
セオドア「あれ?明日来るんじゃなかった?」
ヘレーナ「そのつもりだったんだけど、向こうで特にやることもないし来ちゃった。だからご飯作っておいたよ。お米、食べたいでしょ!?」
神の国から食材を色々と持ってきてくれた今夜の夕食はとても豪華になった。アブニールも野菜スープを覚悟していたが、大好きな料理が並べられてすっかり機嫌が良くなっている。
ヘレーナ「あれ?イレネーはまだ帰ってこないの?」
レオン「あいつはしばらく帰ってねぇ。ずっと城に引きこもってる。」
ヘレーナ「そっか。ちょっと心配だね。」
レオン「ほっとけよ。」
ヘレーナ「私イレネーにご飯届けてくる。皆は食べてて。」
セオドア「俺も行くよ。もう夜だから危ないしな。」
ヘレーナ「大丈夫、いざとなったら魔法があるから。」
ヘレーナはニコリと笑って料理を箱に詰め直した。玄関までセオドアが見送り、ヘレーナは出掛けた。レオンは窓からヘレーナの姿が見えなくなるまで見つめていた。そしてごちそうさまと席を立つ。
レオン「俺あいつ追いかける。人が増えたんだ、野盗が混ざっててもおかしくねぇ。」
セオドア「じゃあ頼む。ありがとな。」
ヘレーナを追いかけて共に城に向かった。ヘレーナが大魔道士とはいえなんだかんだ心配だった。ヘレーナが杖で灯りをともしながら進んでいく。家は城まではすぐの場所だったため、少し歩けば着く。
ヘレーナ「一人で大丈夫なのに。」
レオン「何かあったら面倒だろ。さっさと行くぞ。」
ヘレーナ「レオンはなんだかんだ結構優しいよね。口は悪いけど。」
レオン「一言余計だよ。」
最近は神の国の服が多かったヘレーナが今日はエルダーナのドレスを着ている。暗くてよく見えないが、とても似合っていることはよく分かる。気を抜くとついそちらを見てしまう。彼女の瞳が炎に照らされて輝いていた。
ヘレーナ「どうかした?」
レオン「あー、いや……。さっきまで虫がついてた。」
ヘレーナ「ちょっと!見てないで取ってよ!!」
少し慌てる彼女にまた愛おしさを感じて自分の頬を一発叩いた。久しぶりに会えて浮かれてる自分に腹が立つ。それ以降は特に話もせずイレネーがいるはずの城の執務室へ訪れた。
ヘレーナ「イレネー?入るよ!」
ドアを開けるが、そこにイレネーの姿はなかった。少し調べてみると先程までしていた仕事の跡がある。そういえば今周辺国への公文書を作っていたと思い出し、それが完成したため届けてもらいに行ったのかと考えた。
ヘレーナ「そしたら家に帰ってくるかな。」
レオン「かもな。これで仕事は落ち着くって言ってたし。」
ヘレーナ「じゃあとりあえず私達も帰ろっか。」
そうだなと同意して二人は城を後にした。家に帰るとアブニールとセオドアは既に床についたらしい。アルベルトは見回りに行ったあと休むらしい。イレネーもそのうち帰ってくるだろうとヘレーナは休んだがレオンは待っていた。しかしどれだけ待ってもイレネーは帰ってこない。明け方になり、先にアルベルトが帰ってきた。
レオン「イレネー見なかったか?」
アルベルト「やつは見なかったな。まだ帰らないのか。」
レオン「俺行ってくるわ。お前は休めよ。」
レオンが出掛けようとした時、セオドアが起きてきた。彼も行ってくれるとのことで、セオドアには城を探すように頼んだ。ヘレーナがいればすぐに見つけられるが、彼女を叩き起こしてまで緊急でもない。少し心配なだけだった。アルベルトは夜中やけに狼狽えている男を1人見つけたらしく、声を掛けたが混乱したまま去っていったらしい。イレネーの名を呼び掛けながら街を歩いていた。
レオン「全然見つからねぇな。どこ行きやがったんだあいつ。」
イレネーは新しく出来たパン屋によく足を運んでいた。気軽に食事が取れて美味いんだと話していたことを覚えている。そのパン屋に行ってみると朝早くにも関わらず既に店を開けていた。
店主「おはよう、レオンさんがこの時間に来るなんて珍しいな。」
レオン「ああ、イレネーを探してるんだが見かけなかったか?」
店主「昨夜は来たよ、閉店ギリギリに沢山買って行ってくれたが。皆で食べるんじゃなかったのか?」
レオン「ならあいつは帰ってくるつもりだったのか。ありがとうよおっちゃん。また買いに来る。」
店主「おぉ、待ってるよ!イレネーさんにもよろしく!」
やはりイレネーには何かあったようだ。先程よりも大きな声で呼びかけるが返事はない。途中でセオドアか合流してきた。やはり城にはいないようだ。裏路地の方へも足を運んで探してみると、人だかりが出来ている場所があった。どうやら廃材が倒れて道を塞いでしまっているらしい。セオドアが走って手を貸しに行った。
セオドア「大丈夫か?」
街の男「あぁ。だがちょっと廃材が重すぎてな……、手伝ってくれるか?」
セオドア「もちろん!レオン、俺はここで……。レオン、これ頼む!」
セオドアが何かに気が付いたように廃材をレオンに投げて移動させていく。ある廃材を持ち上げた時、セオドア手にはベッタリと血が付いていた。下を見るとイレネーが下敷きになっている。鉄の匂いだと思っていたのは、彼の血の匂いだった。
セオドア「イレネー!!!」
すぐに廃材を退かし、イレネーの身体を移動した。かなりの出血と、首に斬られたような跡がある。街の住人もイレネーの姿を見てショックを受けているようだ。セオドアはイレネーの呼吸を確認するが、その胸の鼓動は止まっている。
レオン「セオドア、すぐにヘレーナの所へ。」
セオドア「分かった!」
レオン「今起こったこのことは他の誰にも広めるな。無駄な混乱を起こしたくはない。分かったな。」
レオンは街の住人達にそう告げた。セオドアは着ていた上着をイレネーに掛けて少しでも誰か分からないようにした。急いで帰り、家の扉を勢いよく開けるとヘレーナがアブニールに朝食を作っていた。
ヘレーナ「おかえ……。何があったの……!?いや、説明は後。すぐに2階へ!」
起きて来たばかりのアブニールは一階で朝食を待っている。まだ幼いアブニールに彼の姿は見せたくない。彼の部屋に運び込み、ヘレーナはすぐに容態を確認した。
ヘレーナ「息はしてないけど、まだ魂は繋がってる。まだ何とかなる……!!」
セオドア「頼むヘレーナ!」
ヘレーナ「こっちは何とかする、セオドアはアブニールをお願い。今1人だから!」
セオドア「それは危ないな、分かった!!」
ヘレーナはすぐにイレネーの傷に触れ治癒の魔法を掛けた。しかし、イレネーの瞼は固く閉じられたままだ。息を吹き返す様子もない。
ヘレーナ「どうして……。全く効かない!!」
レオン「なんでだよ。原因に心当たりは!?」
ヘレーナ「分かんない……。私の中では、イレネーの傷は治ってるのに、具現化できない……。呪文を受ける側に抵抗があってもある程度強制できるんだけど、それができないってことは……。」
ヘレーナの顔が青ざめていく。
ヘレーナ「イレネーに……、生きたいって気持ちがないんだ……。」
レオン「どういうことだよ……。」
ヘレーナ「分かんないよ!魔法に抵抗されるならその壁は打ち壊せる。でも、魔法を受け入れることができなかったら?私だって、死者は生き返らせられない。イレネーは魂が残ってる。だから魂が生きたいって思ってくれてたら、私はその想いを汲み取って回復できる。でも……、そうじゃなかったとしたら……?」
レオン「そんなこと……。なんでだよ、なんでこいつは死にたいんだよ。」
ヘレーナ「死にたいと思ってるかは分かんないよ。そうじゃなくて、ただただ生きたいと思ってないだけ。想像を具現化させる私には、一番乗り越えられない壁なんだ……。」
レオン「じゃあこいつは、もう思い通りに死ぬしかないのか?つーかそもそもなんでこんなことになってるんだよ!!」
レオンは激昂している。ヘレーナなら何とかなると思っていたにもかかわらず、その希望は打ち壊された。思考が次々脳に巡ってくる。だがそれは全て疑問で、解決する方法を出してはくれない。
レオン「なぁ、マユキならどうだ。あいつの術なら結果は違うんじゃないか。」
ヘレーナ「そうかもしれない……!!私すぐに呼んでくる!!」
レオン「あ……、でも大丈夫か?あいつ。」
ヘレーナ「分かんない。でも、イレネーを愛してるなら、きっと来てくれる。そもそもイレネーだって、マユキの事愛してるんでしょ?全く……、なんで離れ離れになっちゃったのかなあ!!」
そう言ってヘレーナは出来る限りの処置をして神の国へ飛んで行った。レオンはイレネーを少しだけ見て、昨夜見回りに行っていたアルベルトに話を聞く事にした。1階に降りると、セオドアとアルベルトがアブニールの面倒を見ている。レオンに気が付いたセオドアがレオンの方に来た。
セオドア「イレネーは?」
レオン「ダメだ……。ヘレーナの魔法じゃ難しいらしい。だから今マユキを呼びに行った。何が起こったのか分からんのが一番の問題だ。まあ本人が目覚ましてくれたら一番だが、そこに原因があるかもしれねぇ。アルベルトは?」
セオドア「今代わるよ、アブニールには察されないようにな。」
レオン「あぁ分かってる。」
アブニールは何も知らず、レオンの方に笑顔で走ってきた。朝食を終えて次は遊んでほしいらしい。
レオン「悪いなアブニール、今日は遊んでやれねんだ。あと、俺たちは少し仕事があるから2階には来ちゃいけないぞ。」
アブニール「え~。でも分かったよ。昨日の続きやりたかったのに。」
レオン「いい子だな、お前は。」
アブニールの頭を撫でてやり、アルベルト共にイレネーのいる部屋へ入った。
アルベルト「これは……?私がやったと疑っているのか?」
レオン「今更そんなこと思っちゃいねぇよ。ただお前の話に気になることがあったから詳しく聞きたかっただけだ。やけに焦った男がいるって言ってただろ?そいつについて聞かせてくれ。こいつは廃材の下敷きになってた。その打撲痕は分かる。だがこの首の傷は明らかに人為的なものだ。」
アルベルト「だとしても、この男が斬られるか?」
レオン「あぁ。それにこいつはヘレーナ曰く生きる気が無いらしい。そうなった原因もあるかもしれねぇ。」
アルベルト「なるほど。そいつは2番街の裏路地から出てきたんだ。」
レオン「イレネーが死んでたとこと一致するな。やっぱりそいつが犯人か。」
アルベルト「小柄な男だったが、年齢は分からない。ただ声からして若かったように感じる。松明をかざしたとき、うっすら見えた髪色が特徴的だったんだが……、思い出せない。適当に色の名前言ってくれ。」
レオン「あ~、髪色ってそんな種類豊富なのか?黒か?茶色とか?金髪?」
アルベルト「あぁ、銀髪だった。松明でより明るかったんだ。」
レオン「俺の言った色関係ねぇじゃねぇか。まぁいいや、銀髪で若者、小柄。これだけ分かればある程度絞れる、ヘレーナが。」
アルベルト「確かにもうエルダーナにはいないかもしれないな。だがまさかイレネーが斬られるような相手ではなかったように思える。」
レオン「真相は本人達しか知らねぇ。ちょっと斬られるくらいなら分かるが、この斬られ方……。斬られた、というようにも見えねぇんだよな。」
イレネーの傷は首に刃物が一度深く刺さった後、顔の方へ向かって斬られている。素人でも、こんな斬り方するだろうか。何より、イレネーが斬られたという方が不思議だった。
レオン「俺達にできる事はない、マユキが来てくれることを信じて、今はその犯人を追おう。魔法って便利だな。」
アルベルト「そうだな。」
ヘレーナの処置でこれ以上イレネーの様態が悪化する事はない。この家のことはセオドアに任せてレオンとアルベルトは犯人の捜索へ出た。
ヘレーナは神の国へ到着すると真っ先に神殿へ向かう。
アカツキ「ヘレーナ殿?エルダーナに向かわれたのでは?」
ヘレーナ「そうなんだけど、大変なの!!マユキに会わせて!」
アカツキ「もちろんです、どうぞ中へ。いつもの場所にいらっしゃいます。」
アカツキは呪いが解けて少しだけ年を重ねていた。そんな彼を後ろ目に神殿の奥へと走って行った。
ヘレーナ「ねぇマユキ聞いて!!」
マユキ「ヨハンネスから聞いたわ。兄妹揃って同じ事言うのね。」
ヘレーナ「マユキ……。」
マユキは長かった髪をざっくりと切った。変わらず美しく、彼女は彼女のままだった。彼女もまたこの国を治める長として戻り、今は他国との外交も執り行い、世界がかつての姿を取り戻すための政策を行っていた。
マユキ「私はこの国の事で忙しいの。」
ヘレーナ「本気で言ってるの!?イレネーがどうなってるか分かってるのに!?」
マユキ「関係ないでしょ。あなたが治してあげたらいいじゃない。私よりずっと強い魔法を持ているでしょう。」
ヘレーナ「ヨハンネスからすべて聞いたわけじゃないのね。私には……、出来ないのよ。」
マユキ「あなたにできないことが私に出来るわけないでしょう、無理よ。死はいずれ誰にでもくるもの。早いか遅いか、それだけよ。」
ヘレーナ「そんなこと、思ってないくせに!!」
ヘレーナは声を荒げてマユキに言い放った。マユキはヘレーナの方をじっと見つめて顔をそむけた。ヘレーナもマユキの圧に折れそうになったが、彼女が本当はイレネーを愛していることを知っているのだ。だからこそ、二人の関係がより辛く感じていた。共に戦った仲間が、苦しむ姿は見たくない。
ヘレーナ「ねぇ、お願いマユキ。イレネーを助けて……。どうしてお互い愛しているのに離れ合うの?」
マユキ「……愛しているからよ。どうしたら良かったの?私だって……、彼とずっと一緒にいたかった。ずっと寂しくて、やっと会えたのに……。会いに行ったらダメだった……。」
ヘレーナ「マユキ、後悔しない選択をしよう。今ならイレネーに会いに行っても、彼には分からないしね。」
ヘレーナが少しだけ笑ってそう言うと、マユキも少しだけ表情が綻んだ。
マユキ「……悪くない考えね。容態を教えて。処置だけしてすぐ帰る。」
ヘレーナ「もちろん!」
ヘレーナはマユキの手を取り、またエルダーナへ飛んでいく。直接もうエルダーナの家に移動し、マユキがすぐに診れるようにした。
マユキ「この程度で、くたばるとは、落ちたものね。私の愛したイレネーは、そんなんじゃないでしょう?」
マユキはイレネーのベッドに腰かけてその止まった胸に触れる。優しい光が彼を包んでいき、光は彼の中へ収まっていく。マユキが手を放すと、イレネーの身体は一度大きく跳ねた。胸は上下運動を開始し、呼吸は回復させられたようだ。マユキはイレネーの手首を取って脈を確認し、ヘレーナの方を向いて一度頷いた。
ヘレーナ「マユキ……!!ありがとう!!!やっぱり愛の力はすごいね。」
マユキ「魔法と術の違いよ。じゃあ私は帰る。」
ヘレーナ「もう少しいても、イレネーにはバレないんじゃない?ちょっとくらいいいじゃない。」
マユキ「ダメよ。そういう約束なんだから。あなたは傍にいてあげて、容態が悪化したら私の努力が無駄になる。」
ヘレーナ「はいはい、分かったよ。」
マユキが去ろうとイレネーの手をベッドに降ろそうとすると、イレネーに手を握られた。マユキは彼の顔を見るが、まだ瞼は閉じたままで意識があるようには思えない。
ヘレーナ「もう少し居てあげてよ。」
マユキ「……仕方ないわね。こんなこと、前にもあった気がするわ。」
ヘレーナはそっと部屋を出た。イレネーももう安心だろう。一階へ降り、アブニールの世話をしながらもソワソワしているセオドアに助かったと話をした。
セオドア「良かった……本当に。今レオンとアルベルトが犯人探してる。ヘレーナも手伝ってくれるか?特徴は聞いておいたんだ。」
ヘレーナ「いいよ、任せて!」
ヘレーナは瞼を閉じて集中し、セオドアから聞いた特徴の男を捜索した。本人の顔を見ていないため、かなり難しくなっている上に、それらしい者を数人発見したようだ。
ヘレーナ「分かんない、そんな人いっぱいいる……。」
セオドア「レオンとアルベルトにも共有しよう。一人一人当たっていくしかない。誰も犯人を知らないんだ。」
ヘレーナ「なんならお兄ちゃんが見ててくれたら良かったのに。なんで事後に見てるのかなぁ。とりあえずどのへんにいたか二人に話してくる。」
セオドア「分かった。俺も行くよ、アブニールと一緒に探す。大丈夫、アブニールは護るから。」
ヘレーナ「お願いね。7番街に2人見つけたからセオドアはその人達をお願い。」
総動員でアルベルトが見た特徴の男を捜索した。レオンとアルベルトにも情報を共有し、それぞれが担当の場所を探すことにした。7番街を捜索していたセオドアは物陰に隠れて怯えている男を見つけた。特徴は一致している。アブニールを抱きかかえ、その男に声を掛けた。
セオドア「君、大丈夫か?」
怯えた男「あ……ああ……。」
怯えた男はその場から逃げようとしたが、セオドアは男の手を掴んだ。
セオドア「だめだよ、罪の意識から逃れようとしても苦しくなるだけだ。君に、何があったんだ?」
セオドアは真っ直ぐに男の目を見つめてそう言った。男は荒い呼吸を繰り返していたが次第に落ち着いていく。セオドアは彼の背に手を当てて、ゆっくりと座らせてやった。
セオドア「君の名前は?」
レンゼ「ア、アンゼだ……。」
セオドア「レンゼ、君に何があったのか話してくれるか?」
レンゼ「話しても無駄だ……、俺は……取り返しのつかないことを……。」
セオドア「無駄じゃない。罪の意識があるならその罪と向き合んだ。でも君は、もう充分苦しんだらしい。あとは先に進むために、自分の気持ちと、相手にケリをつけるだけだ。」
レンゼ「あんたに……何が分かるってんだよ……。」
セオドア「分かんないよ、だから話してくれって言ってるんだ。どうせなら場所を変えないか、この子もいるからさ。君が何をしたかは知らないけど、君が傷つけた相手は生き延びた。だから、ちゃんと話してくれないか。」
アンゼ「俺は許されないことをした。誰にも顔向けできない……。懺悔させてくれる機会をくれるなら、どこにでも行くよ。」
セオドア「そうか、なら家に来てくれ。直接本人と話したほうが早いだろ?」
アンゼ「……、会っていいのか……?」
セオドア「大丈夫、あの人器でかいから。行こう。」
アンゼという男は軍人でも盗賊でもなんでもない、ただの市民だった。正当な王家の人間を立てたいだけの。
マユキの治癒の術によって、イレネーはすぐに回復した。もともとそれほどダメージは大きくなく、首を斬られたことによる大量出血とその怪我の放置が致命傷にさせただけだった。まだ傷跡は生々しいものの、既にイレネーは目を覚ましている。これほど早く目が覚めるとはマユキも思っておらず、部屋には気まずい空気が流れていた。
マユキ「それじゃあ、私帰るから。お大事に。」
イレネー「待ってくれ……。いや……、こんなことを言える立場ではないことは分かっている。聞き流してくれて構わない。あの日、君に酷いことを言った。忘れようとしたんだ。この復興は俺が始めたものだった、だから絶対に途中で投げ出すことは出来ない。その間ずっと君に待っていてもらうのは自分勝手過ぎると思ったんだ。今でもそう思ってる。でも、あの日からたった一度でも君を忘れた日はない。苦しいくらい……、愛してるんだ。」
マユキ「私も……、考えたの。確かに互いに護るべき国がある今、いつも会うことは出来ないかもしれない。けれど、私達の糸まで切る必要は無かったんじゃないかって。遠くにいても、あなたを想いただ無事を願っていた。私達、会おうと思えば会えるの。毎日は無理でも、またいつか会う時まで。それでいいじゃない……。」
イレネー「許してくれるのか……?」
マユキ「えぇ、あなたを許すわ。だから、もう二度と離れないで。」
マユキはイレネーの胸に手をのせて身体を委ねていく。イレネーもマユキの背中に腕を回して抱き寄せた。二人は熱いキスを交わし、瞼を閉じた。
マユキ「あたたかい……。もう、眠いわ。」
イレネーはマユキの背をゆっくりと、子供をあやすように優しく叩く。やがてマユキは本当に眠ってしまった。彼の胸の中で、安心したのだろう。イレネーもいつの間にかその手が止まっている。二人のぴったり合った呼吸の音が微かに聞こえるだけだった。
今回筆がノッてしまいました




