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華言葉の呪い -Freya-  作者: 衣吹
華言葉の意味
12/24

炎の夢 ~Episode-Irénée~

今回はイレネーの過去のお話です。なぜ彼が精霊を追う旅に出たのか、7年前のエルダーナで何があったのかのお話です!


 皆が眠りについた夜の城は薄暗く、松明の光のみが赤く照り上がっている。エルダーナ王国の騎士であるイレネーは長い回廊を不審な人、物はないかと感覚を研ぎ澄ませながら歩いていた。最近は望まぬ戦争により、城も安全とは言えない状態が続いている。背後から小さな気配を感じる。殺意は感じないがこんな時間に誰が自分の後を付けているのかと一瞬考えた。この気配は王女様だ。ありがたいことに自分は大層王女様に気に入られているらしい。あのおてんば王女をどうしたものかというのが最近の悩みの種である。イレネーは回廊の交差点で待ち伏せることにした。王女はまんまとイレネーの罠に掛かり、尾行がばれてしまったことに言い訳をするのだった。


「カリーナ様……、このような夜更けに何か御用でしょうか?」


「あ、いや…。そ、そう!喉が渇いたから水を飲みたいと思っただけで……。」


「今宵は空気も乾燥しております。後ほどお水をお持ちいたしますのでお部屋にお戻りください。城の中とは言え、今はどこから敵が現れるか分かりませんので。さあ、参りましょう。」


 イレネーはカリーナの背を捕らえ自分のマントに隠すようにして王女の部屋に戻ることにした。エルダーナは隣国からの攻撃で、郊外の村などが度々襲撃を受けている。わが王は国民を大切にし、戦争を嫌うため徴兵による軍を持たず、騎士団や王国直属の貴族による兵、自警団などによって国を守ってきた。守るだけの戦いは攻撃するより難しく、肉体的・精神的に強い兵が必要となる。しかし国内の情勢も不安定となり、守るばかりの陛下に不安を感じる民も少なくはない。その為騎士団は王国の街や村を度々訪れ民衆の不安を拭い、襲撃があればその命に代えても民衆を守るのであった。


「レオンは戻りましたか?」


「えぇ、先ほど帰って参りました。」


「きちんと、皆で帰って来れましたか…?」


「カリーナ様が心配なさる事ではございません。騎士団のことは我々にお任せください。」


 王女は立ち止まった。


「騎士団であろうと、あなた方はこの国の民です。お父様から幼いころから教えを受けております。王である限り、自分が一番大切にしなければならないものは王国に住む民であると。民の幸せは、私達王家の幸せです。その民を心配してはいけませんか?」


 カリーナの炎に照らされたエメラルドの瞳はしっかりとイレネーを見つめていた。


「大変失礼いたしました。この度のご無礼どうかお許しください。いつの間にか、成長なさっておられたようで何よりでございます。」


 イレネーは深々と礼をした。王女はにっこりと笑顔を見せる。


「分かればよろしいのです!……それでもやはり、郊外の村への襲撃は活発になっていると聞いております。どうにかできないものでしょうか。」


「陛下は同盟への道を何とか切り開こうとしてございます。我々の国で捕えているガスト国の兵も交渉の材料にはなると思いますが、今の状況ではそれも難しいでしょう。」


「そう……。」


「レオンとも後で話してみます。私自身この状況を長く続けることは不可能だと考えておりますので。」


「ありがとう、本当にあなた方は心強いわ。頼りにしてるわね。」


「カリーナ様のことは命に代えてもお守りいたします。さ、お部屋に着きましたのでここで大人しくしていてください。すぐに使用人を呼びますので。」


「先ほどの無礼の罰よ、貴方が持ってきてください!」


「……、承知いたしました。すぐに戻りますので、本当にここから出ないでくださいね。」


「分かってます!」


 イレネーは王女の部屋をでると突然声を掛けられた。落ち着くような低さの、懐かしい響きの声の持ち主の方へと振り返る。


「レオン、どうしてここに。」


「よぉ副長。お前が巡回当番で王女様にちょっかい出されてるって聞いたから見に来た。なんだこんな夜更けに王女様の部屋から出てきてやましい事でもしたんじゃねぇの?」


「不敬だぞ。やましい事も何も、雑用に駆り出されただけさ。水汲みに行くから付き合え。」


「なんだよ、一人で行くのが怖いのか?」


「暇だろ?今日はいつもの取り巻きのお嬢さん方もいないようだし。」


「ちょくちょく引っかかる所はあるが……暇だ。仕方ない今夜はこの強靭な肉体だけが取り柄の男のお相手をしてやるとするか。」


 イレネーはすたすたと水を汲みに行きレオンは小走りで後について行った。


「郊外の様子は?」


「変化なし、停滞ってところだ、俺の部隊は無事だったがハイセの所は4つ咲いてたとよ。」


「そうか……。誰が……死んでしまったのだろうな。」


「考えても無駄だよ、思い出せるわけもない。…どんな気持ちなんだろうな、死者のことを覚えていられたら。」


「もし、覚えていられたら俺は仲間の死に耐えられるとは思えない。立場が逆なら、自分が殺めた相手のことを忘れられるからまだいいかもしれない。だけど記憶が出来たら、仲間が殺された瞬間を記憶することになるし、殺した者もずっと相手の最期の顔を記憶することになる。でもやはり、忘れることが出来るというのは惨いことだな……。」


「だからこそ、出来る限り殺さない。捕虜にしても苦しめるようなことはせず、同盟を結んだ時にはきちんと国に返すというのが俺たちの仕事だ。ガスト国は…殺すし、苦しめるけどな。」


「おい!……いや、事実だが……」


「騎士団の隊長の一人として言ってはいけないことだろうが、言わずにいられるかよ…。」


「絶対に、他の人間に言うなよ。」


「言わねぇよ。心配するな。」


 中庭にある井戸で水を汲みキッチンの戸棚にあるグラスに水を注ぎ、余った分は樽の中に入れておいた。明朝城のシェフはわざわざ井戸に水を汲みに行く必要がなくなる。


「気の利く男だねぇ。」


「ほら、無駄口叩いてないで戻るぞ。」


「もう寝てんじゃないか?」


「どちらにせよだ。お休みになられているなら、朝起きた時に飲めるようにテーブルにでも置いておこう。」


「埃はいるんじゃない?」


「そのまま置くわけないだろ?」


「そうだな!騎士団色男ランキング第一位のお前がまさかそんなことする訳なかったな!」


「なんだよそれ……。初めて聞いたぞ。」


「俺のとこの部隊でやってた。ちなみに美女ランキング一位は…」


「興味ない!」


「つまんねぇ奴だな~」


「子供じゃないんだ、いつまでそんなことやってるんだよ。」


「いつの年になっても楽しいもんだぜ?」


 イレネーは文句を言いながらもその場を楽しんでいた。レオンの性格は薄暗い城の雰囲気も明るくする。しかし、そんなことも言ってはいられずまた不穏な気配がする。今度は王女様ではなさそうだ。


「さ、お客様だ。丁重にお相手して差し上げないとな。お前水こぼしたら負けな。」


「言ってろ!」


 二人の背後、バルコニーに面した柱の裏から三人が襲い掛かってきた。イレネーとレオンはエルダーナで並ぶ者のいない実力者だった。特にイレネーの強さは大陸1と噂され、一騎当千の強さを誇るほどだった。レオンはそれには劣るものの圧倒的な実力を持っていた。襲撃者を倒し、城内にいる兵にその場を任せた。イレネーは王女の部屋に走り、レオンは王の寝室に向かった。


『こいつら、ただの兵士じゃない……。何と言うか、奇妙だな。』


『そもそもこいつらガストの連中じゃないぜ。』


『本当だ。何者だ?』


『……、陛下とカリーナ様はご無事か!?』


『俺は陛下を見に行く、お前はおてんば王女を頼むぞ!』


『ああ!』


 王女の部屋に行く道中でも度々敵兵が現れた。こんな時にと思ったがそもそもどうやって忍び込んだというのか。城の兵士は何をしている。今日の当番は……誰だ?


「カリーナ様!!」


「イレネー……」


王女は襲撃者によって捕らえられ、その細い首に刃を突きつけられていた。


「王女の命が惜しければ動くな。」


「何が目的だ。」


「さあな……」


「うちの王国を舐めるな、相手に手を出さないというのは投降した者だけだ。今すぐ解放すればまだ捕虜として扱ってやる。」


「まだ状況が分かっていないらしい。王女が見えないのか?」


 イレネーはため息をつくと持っていた剣を床に置き両手を挙げた。


「それでいい。動くなよ。」


「カリーナ様、いつまでかよわい乙女のふりをなさるのですか。」


「は?」


 カリーナは苦しそうな表情から突然普段の天真爛漫な表情に戻り、イレネーを責め立てた。


「せっかくここまで待っててあげたんですから助けてくださってもよろしいのではないかしら!」


「下手に動いて王女の首が切られるところは私も見たくございません。」


「もう!!つまんない人!!」


 王女は自分を捉えていた敵兵をなぎ倒した。その瞬間イレネーが落とした剣を拾い、敵兵を捕らえることに成功した。カリーナはエルダーナの自警団長のルーという女性から体術の指南を受けていた為、ただのかよわいお姫様ではなかった。


「ご無事で何よりです。あ、お水をお持ちしましたよ。」


「遅いです!!でも頂きますから……。」


「衛兵!!」


 イレネーは付近にいるはずの兵を呼ぶ。少し遠くから足音が聞こえ、王女の部屋の前に跪いた。


「はっ!お呼びでしょうか!」


「連れていけ。大事な証人だ、逃がすなよ。」


「承知いたしました、イレネー副長。」


「カリーナ様も、危ないと思ったらすぐに兵を呼んでください。命にかかわる行為ですよ。」


「だって……。でもあなたが来てくれた時は安心しました。……でもまだ動悸が収まりません!ぎゅううって抱き締めてください!」


「お断りします。」


「あ!王女の命令ですよ!?」


「都合のいい時ばかり王女の命令を使われては困ります。それに騎士如きが王女様にそんな不貞行為が出来るわけないでしょう。」


 王女は子供のように口をへの字に曲げて不機嫌を一目でわかるような態度を取っていた。


「では、今夜はこの部屋は私が守りますので。それでよろしいですか?」


 王女はその言葉に反応し目をキラキラさせてイレネーを見つめた。


「それで許してあげます。」


「明日に響きますのでもうお休みください。」


「傍にいてくれるのよね?」


「ええ、そう致しますので。さあベッドへ。」


「おやすみ、イレネー。」


「おやすみなさいませ。失礼いたします。」


 王女の毛布を丁寧にかける。部屋の外に出るとまたしてもレオンがそこにいた。


「おい、捕らえた奴ら全員どうなったか聞いたか?」


「聞いてないが。」


「ただの土人形だとよ。牢に連れて行った衛兵が地下に入った瞬間に人だったものが突然人形になったってよ。現場を確認したがもう人間の姿じゃなくなってた。そこにあったのはただの泥の塊だ。」


「どういう事だ…。まさか魔術師?」


「可能性は大きい。この国も、先代の陛下は魔術師狩りをやっていた。王族に恨みがある魔術師なんて普通にいるだろうさ。その犯人は見つけなくちゃいけないな。魔術師だからではなく殺人犯として。」


「やはりやられていたか。」


「一通り見て周ったが華が咲いていたのは5か所だ。暗いから良く見えない、まだあるかもしれない。陛下が既に緊急で大臣たちと話してる。」


「……嫌な夜だな。」


「全くだ。…でお前なんでここから動かないんだ?兵舎帰ろうぜ。」


「王女様と約束したんでね。」


「ほぉ~そりゃ邪魔して悪かった。俺は帰るからごゆっくり~。」


「ふざけんなって。今後の話もしたい、昼間寝たから今眠れないんだろ?」


「よく分かってるじゃん。さ、どうしよっか。」


 レオンは胡坐をかいて座る。イレネーも王女の部屋の反対側の壁に寄り掛かった。


「現状、俺たちの相手はガスト国と得体のしれない魔術師の二つになってしまったわけだな。」


「ガスト国は陛下の同盟に期待するとして俺たちはとにかく耐えるだけだ。問題は魔術師の方かもしれないな。魔術師は誰なのかも見ただけでは予測がつかない。」


「魔術師か……。未知の敵すぎて対策も思いつかない。」


「先代の王はどうやって魔術師狩りをしたんだろうな。」


「記録が残っていればいいんだが陛下は継がなかったらしい。」


「70年前の話だ、その時代を知っている人は……覚えていないか……。関係者はもうほとんど生きていない。それに魔術師狩りでは一般人も処刑された事例もある。」


「魔法は防げないしなぁ。どうする?魔法で動けなくなってぐさりとか。」


「想像しただけでも恐ろしいな。とりあえず城下町には警備を増やそう。でも国民の不安は煽らない方がいい。」


「休みの日にでも街を見回るよ、騎士団にはこの事を通達する。皆にも少し協力してもらおうぜ。」


「休みまで仕事してもらうのは心苦しいな。だけどまぁそうだな……。犯人の顔も分からないし、少し見回りは強化しよう。」


 二人はそのあとも朝日が昇るまで部屋を守るという名目で居続けた。使用人が王女の世話の為に部屋に訪れると王女に飛びつかれる前に兵舎に戻る事にした。兵舎では朝から訓練をする者もいればまだ休んでいる者、そして怪我をして治療をする者もいる。レオンの部隊も前回の遠征で死人は出なかったものの怪我人は沢山いた。それぞれの部屋に戻る前に隊長に街の見回りを強化する事を伝えた。


「騎士団として見回りをするのではなく、民衆として街を巡回する事で下手に市民の不安を煽らないで済みます。それに、敵を油断させることにも繋がるかと。魔術師の襲撃に関して市民には漏れていませんし、知っている者もごくわずかです。」


 騎士団の団長は腕を組んで少し考えた。団長は兵としての強さだけではなく戦術や統率力、人望からその座についた者だった。


「そうだな。ただ休みは休みだ。休日はお前たちも休んでくれ。ただでさえお前たちには頼ることが多い。巡回はルーのとこの自警団とも話してみる事にするよ。なんとかそっちに人員を割けないか検討する。」


「よろしくお願い致します。」


「さ、イレネー夜の見回りご苦労だった。今日は休め。分かったな?レオンは動けるやつを連れてハルの街に行ってくれるか?ガスト兵の集団を見かけたらしい。」


「了解しましたっと。じゃあなイレネー、また!」


「あぁ、無事に帰ってこいよ。」


 イレネーは休日とはいえ特にやることは無かった。部屋で時間を潰すのももったいないので訓練場に行き、稽古をする事にした。そこは既に新入りの兵士達が腕を磨き、汗を流している。彼らの邪魔にならないように端に寄り、槍を構えた。普段の騎士の仕事上では剣を握るが、イレネーは圧倒的に槍術の方が得意だった。イレネーの槍術は集中して訓練に励んでいた団員の注意を引くほど美しく力強い。まさに騎士として守るために磨き上げた槍術である。イレネーは25歳という若さであったが騎士団の副長に任命されるだけの実力をしっかりと持っていた。新団員達が自分に夢中になっている事に気が付くと、にこやかに微笑んで声を発した。


「よかったら稽古を見るよ。どうせ暇なんだ。」


「よろしくお願いします!!」


 アキンという団員が緊張しながら言った。イレネーはいつでも掛かってこいと促し、団員の剣を受け止めた。団員とその後も何度か剣を交わし最後に剣先を首元に突き付けた。


「アキン、前より良くなった。ただ、迷うな。民を守る事が最優先だ、その為に襲ってきた敵を殺す事を厭わるんじゃない。教えに反するが、まずは何が最優先か考えろ。結局何が守りたいのか分からなくなるぞ。」


「……はいっ!!」


「よし、アキンは休憩してろ。次だ!」


「よろしくお願いします!」


 団員達と剣を交える事で午前中は潰れた。流石に夜の見回りと午前の団員の相手で少し疲れたので街に行き、大図書館にでも行こうかと考えた。そういえばこの前街の娘…名前はサナだったか。その娘に自分のパン屋に来てくれと言われていた。そこにも行ってみよう。ついでに怪しいものがいないかという警備も兼ねて散歩をしよう。団長に休めと言われたが、犯人が見つかるまでは休みたくても頭の片隅にどうしても心配事が残ってしまう性分だ。街は賑わい、平和だった。この平和をずっと守っていかなければならないと、改めて誓った。街では様々な人と話す機会がある。ここで新たな知識を得ることも出来るし、人々の様子なども聞くことができる。ただ自分はかなり顔が知られているため絡まれる事がしばしばある。そこで話を聞くことも出来るのでありがたい事だ。とりあえず昼食を取ろうとレストランに入った。早速住民たちに声を掛けられる。


「あっ!!騎士団の副長様じゃねぇか!今日は休みか?さぁ飲んだ飲んだ奢りだおごり!」


「俺からも出させてくれ!!あんたらのおかげでこの街は平和なんだ!」


「ありがたいお言葉です。最近の街の様子はどうですか?」


「な〜んにも変わらないよ。毎日仕事して帰ってきて女房にこき使われて風呂入って寝るだけだ。この店だけが俺達の癒しよ!」


「ちげぇねぇや!」


 街の男達と談笑していると明らかに敵意を向ける者がいることに気が付いた。勿論自分達が守る者もいれば守ることができなかった者もいる。人間の記憶を失ったとしても、場所の記憶は無くならないものだ。


「あの方は?」


「あぁ、作物売りにたまに街に来るやつだ。リグレッド村のやつだった気がするが詳しいことは分からんな。」


「リグレッド村は……我々が守りきれなかった村だ……。」


「気に病むことはねえ、あんたらはよく戦ってるよ。悪いのはガスト国のやつらさ。」


「それでも、守られなかった者はそう簡単に思えぬものです。」


「それもそうだ。だがあんたらのこと、俺達は応援してるぜ!この国を頼むぞ。」


「ありがたいお言葉です。この命に誓って。」


 街の人々と話して店を出ると既に日が傾いていた。大図書館は諦め、サナのパンを沢山買って団員にもあげようと店に向かうことにした。


「あら!副団長!きてくれたの!嬉しいよ。」


「あぁ、まだ残っているかい?」


「あるよ!丁度そろそろ店を閉めようとしてたところでね。ここにあるのは全部持って行っていいよ。さ、どれにする?」


「みんなの分も買っていきたいから、君のおすすめで頼む。」


「あいよ!あんたも太っ腹だねぇ。サービスしとくよ!!」


「あぁ、ありがとう。」


「何人だっけ?」


 サナは次から次へと袋に詰めていく。イレネーは現在兵舎にいる者達を考え大体の人数を伝えた。サナは笑顔で応えて更にパンを詰めていった。


「沢山頼んですまない。大丈夫か?」


「いいんだよ!むしろ助かるんだから!来てくれたのが嬉しいしね、覚えてくれてありがと。そこにレモネード置いてあるから飲んで待ってて!」


「ありがとう、サナ。」


 案内されたテラスの席でレモネードを飲みながら街を眺めた。既に日は落ち始めている。街の人々の移動も盛んになり、沢山の人々が様々な感情を持って交差していく。


「はい!お待たせ!レモネードどうだった?」


「ありがとう!とても美味しかった。……そういえば最近変な人を見かけたりはしなかったか?」


「いやぁ…特に見なかったねぇ。どうしたんだい、誰か悪いやつでも逃げ出したのか?」


「いや、いつもの警備の一環だ。何もないなら気にしないでくれ。」


「そうかい!ご苦労なっこったねぇ。」


「それじゃあ、私はこれで。この店のこと、皆に宣伝するよ。」


「助かるよ!サービスした甲斐があるね!また来ておくれよ!」


 沢山のパンを抱え帰路に就いた。しかし街の広場につくと人々に囲まれてしまった。人々の目的はイレネーの歌だった。イレネーは詩人にも劣らない声の持ち主だった。もう逃げることも出来なくなってしまい、噴水の傍で歌う事になってしまった。近くに住んでいる楽器を持った人々が集まり、ちいさなコンサート会場となった。夕焼けと共に優しい声と楽しげな音楽で街の人々はとてもリラックスすることが出来たようだった。人々が良い気分になってくれるのであれば、イレネーはそれでよかった。騎士団の仲間から慕われ、町の人々にも慕われていたイレネーは本当に人間を愛していた。誰に対しても丁寧に接し、守るべき騎士としての信念をしっかりと持っていた。そんなイレネーでもただ一人扱いに困る者がいる。どうしていいのか分からないのだ。城の兵舎に帰ったイレネーは隊長から苦笑いで一つの手紙を渡された。


「王女様………」


「王女様も困ったものだ。お前には苦労をかけるな。手紙の内容は?」


「……今夜も自分の部屋を守れとじきじきに命令が下りました。」


「お前今日は休みなんだ。俺が断ってくるよ、今日は俺で勘弁してくれってな。」


「大丈夫です隊長。俺が行きます。」


「そうか、すまないな。話し相手の一人でも欲しい所だな。」


「全くです。にしてもレオンの部隊がこんなに駆り出されるなんてそれほど戦況はひっ迫しているんですね。」


「あぁ……レオンのとこが出てやっと治められるって状況だ。だがあいつも働き詰めだ。今の遠征が終わったらゆっくり休暇を取らせる。」


「そうしてやってください。あいつも……結構きてるんで。」


「そうだな……。そういえば、ルーが警備を引き受けてくれた。だからお前達はお前達の仕事を全うしろ。」


「分かりました、ルーなら安心ですね。」


「あぁ、あの女を敵に回すと怖いからな。土産の一つでも渡さないと扉を開けてすら貰えない。そういえば今夜は城に来てるみたいだぞ?話してみたらどうだ?」


「じゃあ後で会ってみます。それでは、私は王女様の所へ行ってきます。これ、皆で食べてください。」


「おう、こんなに沢山買ってきたのか。ありがとうイレネー。無理しないようにな。」


 中庭を通り城へと入っていく。城の中庭からは城下町の景色が見える。イレネーはこの風景が好きだった。夜の明かりが灯った街並みはとても綺麗だ。王女は今頃夕食を取っている頃だろう。今のうちにルーと話をつけておこうと思い、城のバルコニーへと向かった。


「あんたか。」


「久しいな、ルー。」


「突然団長が来たから何事かと思ったよ。それで?情報はあるの?」


「全くないんだ。今日町で少し話を聞いてみたがこれといった情報は得られなかった。」


「へぇ〜よほどのやり手ってこと?その魔術師。魔法を使えば残穢が残るらしいよ。ま、魔力を持たない私達には見えないから関係のないことだけどね。」


「八方塞がりか。」


「とにかく私達も総動員で動いてる。魔術師が本気になれば今の状況……この国も危ないかもしれないわね。」


「そうだな……。どっちかだけにして欲しい所だ。」


「レオンは今どこに行ってるの?」


「ラミアの丘にあるハルの街だ。もうガスト国の領土になりかけだが、今日取り戻す。」


「だからなのね。」


「そういう事だ。でも、あいつなら大丈夫。」


「そうね、信じて待ちましょう。」


「あぁ、それじゃあ街は頼むぞ。皆俺達に期待してくれている。なんとか、守り切ろう。」


「任せて。」


 晴れ晴れとした空の下、ラミアの丘は自然が豊かでとても心地の良い地だった。そのハルの街では家々が崩壊し、辺りには沢山の華が咲いている。ガスト国との戦いを制したすぐ後だった。魔術師が大量の兵を引き連れ、襲ってきたのだ。仲間たちは倒れ、街を彩る華になってしまった。レオンは独り魔術師と戦い、その身体に数多の傷を付けられながらなんとか倒した。足にもう力が入らず、今にも倒れそうになりながら魔術師の胸倉を掴んだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……おい、死ぬ前に答えろ!城を襲ったのもお前か!!」


「もう終わりだ……私とこの街にいた人間の命で精霊を召喚した……。」


「精霊……?なんだよそれ、質問に答えろ!」


「もう全て終わるんだ……。エルダーナは滅びる……」


「だから!なんなんだよ!!」


 魔術師の体が華へと変わっていった。もう仲間だった誰の記憶もない、この街の人間はエルダーナもガスト国も関係なく護るべきもの全て魔術師に殺された。倒したといっても自分へのダメージも大きい。どこかで治療しなければ城に帰ることもできなさそうだ。


「クソっ……。一人ぼっちだってのに涙も出てきやしねぇ……。」


 レオンは地面に腰を下ろした。持っていた大剣を傍に置き、呼吸を整える。突然胸が詰まった。大きな気配を背後から感じる。その偉大さに一瞬動けなくなってしまったがすぐに立ち上がり、気配の方へ向き直る。そこにいたのは真っ赤なドレスを身にまとった美しい女性だった。


「お前……何者だ?」


「あら、私を呼んだのはあなたではないね。」


 全く話を聞いている素振りを見せずフラフラと歩きだした。


「あーその華か。自分の命まで使って私を呼んだのね。何がしたいのかな。」


 レオンはその女性から発せられる謎の圧によって一切動けずにいた。瞬き一つしようものならそのまま殺される気がした。


「そっか、ホントは君が死ぬべきだったんだろうね。可哀想な人だ。」


 その女性の真っ赤な目に囚われる。何とか息をして、ふり絞るように繰り返し聞いた。


「お前は何者なんだ……」


「あれ?聞いてない?そっか、全部忘れちゃうもんね。私は火の精霊サラマンダー。君は?」


「……名乗るほどの名は持ち合わせていない。」


「ふふ、答えてよ。どうせ君も死ぬんだから。せっかく新しい土地に招待されて機嫌が良いの。ま、いっか。君の記憶を覗かせてもらお。」


「うっ……!」


 サラマンダーはレオンの頭を掴みその瞳を覗き込んだ。頭を掻き回されるような頭痛に悶えていると掴まれていた頭を突然離され倒れ込んでしまった。


「ふ~ん、あれ私も欲しい。ねぇ、あの指輪私に頂戴!」


「誰の……指輪か知らないがお前にやれるものはない……」


「そっか、じゃあ全部壊さないとね。」


 サラマンダーが腕を振り上げると自分達のいる街の中心部の広場以外が突然炎に包まれた。家も華も木も全て燃やされている。


「私は全部壊せるよ?あなたのいたお城や街、とっても幸せそうだったね。人間は罰を受けないといけないのにどうして?これでも力を抑えていてあげるの。じゃないとあなたが死んじゃうから。まだあなたとお話しなくちゃならない。でもあなたの故郷は私が壊してあげる。皆死ぬの、もうひとりじゃないよ。」


 圧倒的な力の前にどうすることも出来なかった。これは、レオンとイレネー二人でどころか騎士団が束になってかかったとしても一瞬で燃やし尽くされると判断した。魔術師の目的はこれか。そこにあるのはどうあがいても死しかなかった。ならばと、レオンは一つ決意をした。


「召喚者はもういないのに自由に動けるのか?」


「うん、召喚者が死んだときの帰りは自由だからね。精霊って魔術師に召喚されないと自分の居場所から動けなくて不便なのよ。」


 レオンはそうか、とため息をついてすべてを諦めたように言った。


「指輪は、きっと王女の物だろう。俺は死にたくない、お前に協力する……。」


「ヘぇ~国を裏切るんだ。それでも騎士やってるなんて面白い冗談だね。」


「命には代えられないだろ。あんなの口だけだ……。」


「でも正しい選択だよ?まぁ君もいつかは殺すけど、指輪は欲しいしとりあえず殺さないでおいてあげる。この国全てを壊すなら案内役も必要だもんね。」


「話が早くて助かるよ……。」


「それじゃあ君の魂を預かるね。国を裏切るんだ、私まで裏切られても困るからね。でも悪いことばっかりじゃないよ?私の力の一部もあげる。そしたら今の傷もすぐに治るわ。」


「俺の事は好きにしろ。もう、人じゃないからな。」


「そっか、じゃあどうなってもいいね。」


 レオンは心臓を握り潰されるような感覚に陥り体中が燃え上がるように熱くなるのを感じた。あまりの苦痛に耐えかねていたが、裏切りの代償にしては安いものだった。レオンはもう人間ではない。



「イレネー!」


「カリーナ様、あのような手紙は……」


「今日が最後です。どうかお許しを。」


「……陛下からお叱りを受けましたか?」


「いいえ。私はガスト国の王子と結婚します。」


「……同盟のためですか。」


「えぇ。互いの王子、王女を結婚させて同盟を結ぶ事になりました。だからこのようにあなたを好きに呼び出せるのは最後になりますね。寂しいですか?」


 イレネーは複雑な気持ちだった。


「……形式上いつも文句は言わせて頂きましたが、明るくお優しい王女様と過ごす時間は私にとっても楽しい時間でございました。同盟の条件、カリーナ様はご納得なされたのですか?」


「もちろんです。私が嫁ぐ事でこの国は平和になる。民も安心して暮らせます。民の幸せは私達の幸せです。だから私はこの国の役に立てて本当に嬉しく思っています。」


 カリーナは手先を震わせ涙を流しそうになりながらも強く、真っ直ぐにイレネーに言った。カリーナは幼い頃からイレネーに懐き、イレネーも兄のようにカリーナと接してきた。自分とは立場が異なるため不可能だったが、本当ならきちんと彼女の気持ちに向き合ってあげたかった。だが今まだ幼いと思っていた妹が立派になすべき事を為そうとして自分の本当の思いを殺している。イレネーはカリーナに跪き、その震える小さな手を取った。


「これからの言葉はどうか騎士としてではなく、ただ一人の兄としての言葉としてお聞きください。貴女は既に覚悟を決められたと思います。民の幸せは王の幸せであるという事を否定するつもりはありません。ですが、カリーナ様の幸せが民の幸せに繋がる事もどうか忘れないで下さい。あなたはずっと国民と寄り添い、一国の王女としては相応しくないような行動もよくありましたが、一人の女性として誰よりも国民から慕われる王女です。あなたの事を心配する者は大勢います。王女である前に一人の人間として、どうか自分自身の人生を歩んでください。エルダーナの民として、貴女を誇りに思っております。」


 カリーナは涙を堪えられず大粒の雨を降らせ、その場に膝をついてしまった。カリーナはイレネーの胸に体を預け子供のように泣きじゃくっていた。イレネーも今日だけはと思い、静かに寄り添っていた。


「イレネー……、ありがとう。もう心残りはありません。最後にあなたが抱き締めてくれたから、私は堂々と死ににいけます。どうか、これを受け取って下さい。今までも、これからも私が想うのは貴方だけです。」


 カリーナは幼い頃からずっと身に着けている指輪を手渡した。それは銀細工に様々な宝石が散りばめられた大変美しく貴重な物だった。


「カリーナ様……これは……」


「私の最後のわがままです。これは貴方に持っていて欲しい。」


「……承知いたしました。それではしっかりと預からせていただきます。」


 本来ならきちんと断るべきだろうし、これは処罰に値する行動だ。それでも、あんなふうに言われたら、断れと言われる方が不可能だ。


「今はまだ絶対に誰にも渡さないでくださいね。あなたに私のことを忘れてほしくない、だから私が良いと言うまで絶対です。」


「……、承知いたしました。」


「さ、今日はとことん付き合ってくださいね!侍女に内緒でいいお酒持ってきちゃいました!」


「本当に、今日だけですからね。」


「ええ!最後の晩餐といきましょう!!注がせてください。」


「ありがとうございます。」


「あ、今日は歌ってくださるわよね!」


「では、酔いが回る前にしましょう。カリーナ様も、お願いします。」


「えぇ!!」


 イレネーとカリーナのいる王女の部屋を見守るのは王と団長だった。何を話しているかは分からずとも、なんとなくの雰囲気は伝わってくる。


「陛下、イレネーが王女様に大変な失礼を……」


「……失礼なものか。彼は、私以上に娘に寄り添ってくれている。彼が夫になってくれたらと私も思うよ。カリーナは賢い。全てを理解し私には一切自分の気持ちを出さなかった。彼を幼いころから娘の傍において本当に良かった。まるで本物の家族だよ。私はどうしても国のことを第一にしなくてはならない。王女も同じだ。それに縁談で同盟を組むことが出来たとしてもすぐに国民は納得しない。縁談のその後が重要なのだ。カリーナが自分自身の思いを吐き出せるのは本当に今日が最後になるだろう。あの子も彼の前だけでは一人の女になれる。すまないが、そっとしてやってくれないか。」


「畏まりました、陛下。」


「さぁ、私達も今夜は飲もう。付き合ってくれ。」


「はっ。」


 次の朝、国中が縁談と同盟についての話でもちきりとなった。王女は身支度を整え、中庭に集まる国民の前に笑顔で胸を張って立っていた。


「皆さん、突然のご報告となり驚かれていると思います。私、エルダーナ王国王女カリーナ・フォン・エルダーナは、ガスト国の王子であるライ王子と結婚します。これにより我がエルダーナ王国とガスト国は同盟国となり、今後は互いに協力していく関係となります。皆様の不安は私も分かっているつもりです。ガスト国により沢山の人、大切な記憶、大切な場所が失われました。これ以上どのような形であれ私は国民を失いたくはありません。私の幸せは、皆さんの幸せです。だから、皆さんが安心して暮らせる国を作るために私は結婚の道を選びました。今後はもっと、皆さんが幸せに暮らせるように努力してまいります。だからどうか、皆さんの力を、知恵を貸してください。エルダーナを、みんなでより良い国にしていきましょう!!」


 国民は不安な気持ちを持ちながらも、王女を信頼し期待することにした。中庭の人々は王女を応援するために大きな拍手と声援を送った。カリーナは後ろに控えている国王と騎士団長と、大臣に向かって小さく微笑んだ。


「すまない……、カリーナよ。」


「お父様、それは言ってはいけません。私はこの国を守れて誇りに思っておりますわ。だからどうか、笑って送り出してください。」


「あぁ。ああそうだな。ありがとう。」


「それで良いのです。私はこの国に生まれて、とっても幸せです!」


 すこし空気が和み、人々も肩の荷が少し下りたようだった。夜は街の人々も招待されるパーティーが行われる。カリーナは中庭を後にし、自室に帰ってドレスを着替えることにした。イレネーは人々の誘導と警備の指揮を担当していた。遠くからでも、王女の姿を見ることが出来て安心した。今日は沢山の人が集まる。もしあの……あの……だれだ……。あの夜我々を襲った犯人は既に死んでしまったのか。それならそれで良かったのだが、いったい誰が。レオンは今どうしているだろう。……レオンの部隊は誰がついていったんだ?嫌な予感がする、何か悪いことが起こらなければいいが。レオンの記憶はある、彼は生きている。それだけでも救いだ。レオンの無事を祈りながら帰還を待つしかない。人々の誘導を終え、城に帰ると突然耳を引きちぎるような爆発音がした。バルコニーから街を見ると火が昇っているのが見える。警備はきちんとしていたはずだし、不審な人物もいたとは思えない。城にいたルーに突然肩を叩かれ我に返った。


「何してんボーっとしてんだ!」


「すまない。」


「最初の爆発の辺りは自警団の管轄だ。部隊の人数と覚えている名前の数が合わない。既に殺されてる。警備で何か見逃したとは思えないけれど起きてしまったものは仕方ない。守り切れなくてすまない。私は火を消しに行く、あんたたちは人の誘導と陛下たちを守って!」


「分かった、そっちは頼む!!」


 城にいる兵士たちにすれ違うと指示を出し、イレネーは団長のもとに向かった。この間にも次々と爆発が起こり街の火は大きくなっていった。既に空が赤く染まっている。


「団長!!」


「イレネーか!よく戻った、今現状を把握している。何か分かっていることはないか?」


「まず最初に爆発が起こったのはルーの管轄だそうです。とするとこの辺りから。敵は丘からこの街に入り込んだのかと思われます。ルーは街の火を消しに行きました。我々は避難誘導と陛下、王女の護衛が任務かと。」


「よし、1~7番隊は街で人々の避難誘導を。8、9、10番隊はルーを手伝え!それぞれの隊長分かったか!?」


 男たちの太い声と共に大きく返事を返され騎士団のそれぞれの部隊は解散していった。


「お前は王女の護衛に、俺は陛下の所に行く。集合場所はサニマ山の麓の小屋で。……レオンがいないのは負担が大きいな。」


「そうですね、でも無事に帰ってきてくれます。」


「この場が収まったらレオンに救援を送る。とにかく、今は守り抜け。」


「はっ!!」


 城は街からは少し高台にあった。火は上に向かって上る。城も既に危なかった。城にいる兵士たちに使用人たちの避難誘導をしている中で真っ赤なドレスを着た異様な雰囲気の者を見た気がした。しかしかまっている余裕などなくイレネーは王女のもとへと走った。


「カリーナ様!ご無事ですか!?」


「イレネー……。これは……」


「分かりません、本当に突然のことで。街の火はルーたちが、民は我々が誘導しています。とにかくこの場を離れましょう、城も安全ではありません。」


「分かりました、今私が本当に死んだら危機に陥るのは国民ですものね。今は生きねばなりません。イレネー、お願いします!」


「はっ!」


 イレネーは城の中を王女と逃げていた。陛下の部屋を通る、そこには懐かしい顔があった。そして胸を貫かれた国王、既に咲いた一輪のジニアが咲いていた。華へと変わっていく陛下の声を思い出せない。顔もぼやけてしまった。それ以上に、陛下を殺めた人物に悲しみがあった。


「お前、何してんだ……。」


「イレネーか……。」


「レオン……、どうして……?」


「生き残るためにはこれしかなかったんだ。イレネー、お前を殺して王女を貰う。」


「簡単に言うな。俺に勝てたことあるのかよ。」


「俺は変わった。もう人間じゃないんでね。」


 レオンの手から火の球が王女に向かって飛んできた。イレネーはぎりぎりのところでその攻撃を止めることが出来たが、魔法への驚きで反応が遅れてしまった。


「おい……、お前が魔術師だったのか?あの時の人形もお前だったのか?」


「そいつは俺がハルの街で殺したよ。そいつに住人、捕らえたガスト国の兵士、部隊全員を殺された。」


「死者の記憶があるのか?魔術師は記憶できるのか?」


「違う、俺だけだ。質問だらけだな。もういいだろ、お喋りは終わりだ。お前を殺す。」


「やめろ、レオン!!!」


 レオンの力は圧倒的だった。今まで打ち合ってきた相手とは思えない、別人かと思うほどだった。でも剣に潔さがない、レオンの目がおかしい、彼は本当にレオンなのか。怒りはない、彼に何も出来なかったし、こんな風に堕ちてしまったレオンが悲しかった。そんな思いが踏みにじられるようにレオンは攻撃の手を止めず、イレネーは既にいくつもの傷を付けられていた。


「さあ、殺せよ。槍を使え。お前が俺を殺さなければ王女は死ぬぞ。」


「黙れ!!」


「イレネー……。」


 カリーナが祈るようにこちらを見つめている。王女もレオンの死は望んでいなかった。親友だった二人が殺し合っているという事実が見ていられず、早く終わってくれという祈りに感じた。


「俺も、王女様を守らないいけないんでね……。レオン、後でゆっくり話を聞かせろ。」


「後で、があったらな……。」


 イレネーは持っていた剣を床に捨て背負っていた槍を手に持った。ゆっくりと構え、レオンへ攻撃を放った。イレネーはレオンの攻撃に対応できるようになりその実力はほぼ互角だった為、激しい戦いとなった。もうかなり長い時間打ち合っている。そして戦いに夢中になって気が付かなかった。街の方は既にすべてが燃えていた。城にも火が来ている。ああ、街の人々の顔が思い出せない。騎士団の皆は?自警団の団長の名前は?いったい、どうして。誰の記憶もない。思い出だけが残って、人々のことを何も思い出せない。剣がない、誰かから借りた物だったのか。


「どこ見てやがんだ!!」


 イレネーは絶望し、レオンからの重い一撃をもろに受けてしまった。イレネーにとって街を守り、人々が幸せに暮らしていることが人生の全てだった。それらは全て目の前にいる親友によって破壊された。利き腕の左肩を砕かれ、槍を落としてしまう。


「馬鹿野郎……。」


 レオンは止めを刺すため、イレネーの首に刃を当てた。自分を憐れむような顔が嫌でも見えてしまう。ずっと自分の隣で、共に戦ってきた。共に暮らしてきた。思い出が邪魔をして覚悟を鈍らせてくる。もっと、一緒に生きたかった。


「俺は、お前を忘れない。誰も、お前を忘れないさ。」


 イレネーが少し微笑んだように見えたのは幻覚だっただろうか。刃を振りおらしたがそれは白く小さな手によって引き止められた


「やめて!!!」


王女の小さな両手から鮮血が溢れてくる。振りほどこうと思えば振りほどけた。でも動けなかった。


「カリーナ様……、どうか……。お逃げください。」


「レオン!お願い……、どうして……?」


「俺は……。」


「遅いじゃない、まだ?」


 あの時見た、真っ赤なドレスをきた異様な雰囲気を持つものが突然現れた。美しい姿のそれが放つあまりにも大きな気配は、人間ではないことを明らかにしていた。レオンの顔が暗くなる。


「貴方がレオンの記憶に見た親友って人ね。あら、やっぱり負けちゃった?まあそうよね、私の力を分けてあげたんだから。それにしても遅いじゃない。待ちくたびれちゃったわ。」


「何者だ……?」


「レオンから聞いてないの?ひどい人ね、ちゃんと紹介位してよ。私は精霊。火を操るの。」


「街を、城に火を放ったのはお前か。」


「そうそう、レオンの記憶を見た時にすごく幸せそうだったから。人間は罰を受けてるの。目に余るようなら破壊しないと。それに、そこの女の子の指輪が欲しいの。今日はしてないみたいだけど記憶の限りずっとつけてたからどれだか分かるわよね?あれ私にも似合うと思わない?人間ってたまにすごく素敵な物を作るわよね。」


 イレネーは落とした槍を右腕で拾い上げ精霊に襲い掛かった。怪我の痛みなどはなく、ただ体が動いた。しかし攻撃はあっさりと流され太刀打ちできなかった。


「私に対しての危機察知能力は素晴らしいわ。でもその身体で何が出来るの?」


「イレネー!」


 カリーナはレオンの刃を手放しイレネーに寄り添った。そして精霊に対して強く言い放った。


「何をしたいのか分からないけれど、あなたに渡せるものは一つもありません。すぐにこの国から立ち去りなさい!」


 精霊はニヤリと笑いカリーナに近づいた。


「いい度胸してるじゃない。すぐに私に渡せば楽に殺してあげたのに。さあ、私に譲りなさい?譲る前には絶対に殺さないわ、じゃないとあなたと一緒に消えちゃうものね。じわじわと苦しめてあげる。その綺麗な顔をゆっくり焼いていくのもいいわね。それとも身体からにする?じっくりと焼いてあげるわ。内臓は傷つけないようにしないとね。」


「カリーナ様、あれは……!」


「その指輪は私が持っています。何があろうと、あなたに渡すことはありません!」


 イレネーの言葉を遮り、カリーナは言い放った。


「あれは、私の物なの。」


 精霊は突然静かに一言放った。カリーナは胸を抑え苦しみ始めた。うめき声を殺し、必死に耐えていた。


「カリーナ様!!」


 イレネーは槍を置き苦しむカリーナを支えた。


「何をした、今すぐ彼女を解放しろ!!」


「あら、まるで王子様ね。解放して欲しいならあなたからも説得してよ、私に指輪を譲るように言って。」


「ダメ……、絶対に渡さない……。どうせ、死ぬなら……最後まで抵抗します……。」


「フンっ。」


 火の精霊は手をさっと振るとカリーナは大きく息をついた。とりあえず解放されたようだった。


「レオン、二人を殺して。強情な奴はいくらやっても要求を呑んだりしないわ。」


「あぁ、そうするよ。」


 火の精霊が後ろを向いた瞬間レオンは火の精霊を背中から貫いた。


「やっと隙を見せたな。終わりだ、サラマンダー。」


「随分調子のいいことしてくれるじゃない、やってくれたわね……。」


 火の精霊は貫かれたまま振り返った。


「あなたの魂は私が握っていることを忘れないで。あなたからの攻撃じゃ私は死なないの。そこの王子様も私を殺せるほどの力はもうない。どうしようかね。裏切者は許さない。」

精霊にダメージはほとんどなく、レオンも引く事しかできなかった。レオンは精霊を殺すために、この国を裏切ったのだった。全てを捨て、精霊が隙を見せるその瞬間まで精霊の言うとおりにして信頼させた。やっとその大剣を突き刺すことが出来たのに、計画は今破綻した。サラマンダーは自分の腹に突き刺さった大剣を引き抜き、床に突き刺す。しかし、レオンの目に諦めの様子はない。


「それでも、この国からお前を引き離すことは出来るはずだ。お前がやっと油断してくれて助かった。この術はずいぶん時間がかかるんだな……俺にはお前の力がある、家まで送ってやるよ。」


「何っ!?」


「イレネー、悪かったな……。」


「レオン!!!!」


 レオンは火の精霊に飛びつき跡形もなく姿を消した。その場はイレネーとカリーナ二人だけとなり、一瞬の静寂が訪れた。


「レオン……どうして……。」


「イレネー……、大丈夫ですか?」


「カリーナ様。……護り切れず申し訳ありませんでした。」


「どうして謝るのですか、貴方はしっかりと護ってくださいました。立てますか?」


「お手を煩わせてしまい……いえ、ありがとうございます。」


「それでいいんです!……、それぞれの街の町長たちの名が思い出せません。この国は本当に滅んでしまったようです。どうしましょうか。私はただの一人の女になったみたいですね。国もないのでもう私は嫁ぐ必要もないようです。」


「……。エルダーナはすぐにガスト国の領土になるでしょう。私の使命はカリーナ様を守る事です。その使命は変わりません。貴女のやりたい事をしましょう。貴女の傍にいます、自由に生きてください。手の傷を、少し包帯を持っていますので。使わせてください。私は怪我には慣れていますから大丈夫です。」


「イレネー……、ありがとう。」


「とにかくこの場を離れましょう。いつ城が崩れるか分かりません。」


「そうですね。さぁ、行きましょう。」


 カリーナに支えられながら城を進んで行く。未だ炎が燃え盛り、その火がついて燃えてしまった華が沢山あった。城を出て、街に出た。燃え尽きた地区と、建物が少し残る所からは誰かが火を消そうと奮闘した跡が見える。イレネーは彼らのことを知っていたのだろうか。エルダーナを出るためには山を越えなければいけなかった。傷付いた体に山を越える事は過酷なことだったが最短で出るにはその道しかなかった。


「大丈夫ですか?もう少ししたら山頂です。そしたら一度休みましょう。」


「申し訳ありません。」


 山頂まではすぐだった。休憩しようとカリーナはイレネーを切り株に座らせた。自分の着ていたドレスの袖を食い破り、包帯にした。


「さぁ、今度は私の番です。ここまで放置してしまって辛かったでしょう。」

カリーナはイレネーの傷を抑えた。イレネーは少し呻いたがカリーナに身体を預けた。カリーナの手が熱い、息も荒くなっている。


「カリーナ様……?」


「あ、ははは……。」


 イレネーがカリーナ顔を見ているとカリーナの顔が火の精霊のものになっていた。イレネーは離れようとしたがカリーナはイレネーの傷口をえぐり長い爪を突き刺して引き留めた。


「私はあの指輪が欲しいの。でも私の物にならないならこの子が死んでその指輪も無くなればいい。この子の魂は返してあげるわ、直々に殺してあげる。ねぇ痛い?苦しい?レオンはもっと辛いよ?」


「やめろ、やめてくれ……。うぅっ……」


「君の親友は殺さないであげる。死んで楽になんてさせない。永遠に苦しめてあげるから。じゃあ、またいつか会えるのを楽しみにしてるわね。」


 ガクッとその顔が落ちるとまた王女の姿に戻っていた。


「イレネー……。」


「カリーナ様!!」


「私は、あの時既に……レオンのように魂を握られていたみたいです……。傷、ごめんなさい。また血が……」


 崩れるカリーナをイレネーは受け止めた。その身体は燃えるように熱くなっており、彼女の終わりを表していた。


「カリーナ様!!どうか、どうか……お気を確かにお持ちください!!」


「イレネー、今あなたのエルダーナ騎士団副団長の任を解きます。国もなく、仕える者もすぐにいなくなります。せっかく、また私を一人の人間にしてくれたのに……ごめんなさい……。あの指輪……、持っていてくれてますか?」


「はい、しっかりと持っています!それよりも……」


「いつかあなたと出会った素敵な方に、それを差し上げてください……。あなたには……幸せになって欲しいの……。あなたが選んだその人を、私も見たい……。」


「私の幸せは、カリーナ様をお守りする事です……。どうか、死なないで……ください……。」


「イレネー、お断りします。今まで、ありがとう……。沢山わがままを言ってごめんなさい……。きっと……、きっと幸せになってくださいね……。」


 カリーナは最後に全力で笑顔を見せた。その顔を最後にカリーナは全身が燃え上がった。イレネーはその身体を最後まで抱き締め続けた。そして残ったのはアンランジュの花だけだった。イレネーは何も残らなかった自分の手を見つめた。全身が痛い、やけどをしたらしい。誰をここで亡くしたのだろう。どうして自分の手を見つめているのだろう。あぁそうだ、自分に幸せになってと伝えた人がここで亡くなったのだ。名前も、声も、顔も、匂いも、何も思い出せない。


「レオン……、火の精霊……。それしか……覚えてない……。」


 イレネーは天を仰ぎ見て、アンランジュの華に託された小さな指輪を抱きそのまま意識を失った。



 あれから何日経ったのだろう。目蓋が重い、体が動かない。それでもここは心地良い、あぁベッドの中にいるのか。最近あまり眠っていなかった。この感覚は、久しぶりな気がする。


「ここは……どこだ……。」


 薄く目蓋を開けてみるとそこは誰かの部屋だった。花瓶に花がさしてある。まだ差し替えて新しそうだ。自分は誰かの部屋のベッドで眠っているみたいだ。あの指輪は、きちんと持っているだろうか……。レオンは、無事だろうか……。体を起こしてみようとするがそのままベッドに倒れ込んでしまった。その時に大きな音を立ててしまったら今度は部屋の外からガタガタという騒がしい音がした。


「目ぇ覚めたか!?」


 部屋の扉が大きく開いたかと思えば中年の男が飛び込んできた。


「俺は、どうして……」


「あんた裏の山の上でボロボロで倒れてたんだ。エルダーナ領だったところだ。エルダーナにしかない花から作れる酒が欲しくて行ってみたら全部燃え尽きてたんだ。あの辺りでまだ身体があったのはあんただけだったし放っといたら死んじまいそうだから連れてきたんだ。ここはアレンデールの僻地にある俺の酒場だ。とりあえず怪我が治るまではここに居ていいから、今はゆっくり休めよ。」


「ありがとう……ございます……。あの、指輪は……ありますか?」


「あぁ、あんたが大事に抱えてたやつなら机の上に置いてあるよ。随分綺麗な指輪だな。でもなんでこんなのお前が持ってんだ?まさか盗品じゃねぇだろうな。」


「託されたんだ……。誰かに。」


「そっか……。まぁいいさ、医者を呼んでやるから大人しく寝てろ。じゃあ俺は店の準備に戻る、何かあったら呼んでくれ。……っても呼べないのか。あーなんか欲しい物あるか?」


「いえ……大丈夫です。申し訳ないです……。ご迷惑おかけして……」


「気にすんなよ。それなら俺は行くから、またあとでな。」


 酒場の店主はカイルという名だった。しばらく治療を続け、少しずつイレネーの体はまた動くようになっていった。その頃には昼はなまってしまった槍の腕を少しでも戻すために訓練を再開し、夜店が開くとカイルの店を裏で手伝った。レオンの消息は全く分からなかったが、いつでも戦えるようにしておかなければならないと考えていた。


「もう随分良くなったな。」


「お陰様で。」


「たまには店の方にも顔出せよ。あんた女性陣から人気だし。今日はいないんですかーだとよ。あ、今日は吟遊詩人もきてんだぜ。」


「吟遊詩人が?」


「そうそ、歌のついでに他の国の話とかも聞けるぞ。世界がどうなってるとか。」


「是非会わせてください!」


「あ〜ただ、その人ちょっとばっかし癖のある人だから……まあいいか。とりあえず会ってみろ。表にこい。」


 カイルに着いていくと店の中は既にお祭り騒ぎになっていた。詩人が激しい曲を弾き、それに合わせて人々が踊っている。その雰囲気は久しぶりに幸せというものを感じた。詩人がこっちに気が付くと来いというジェスチャーをしてイレネーを呼んだ。店主にも促され、その場をとりあえず楽しむ事にした。詩人は激しい曲を弾き終わると次は突然ゆったりとした曲を弾き始める。酒場にいた人々はダンスをそのまま楽しむ人とお酒をゆっくり楽しむ人で分かれた。イレネーは1人の女性に相手を頼まれ、ゆったりと踊っていた。月がどんどん高くなり時間も遅くなると人々が店を後にし始める。静かになった店内で詩人とイレネーと店主だけが残った。


「ハーレイ、今日はありがとうな。」


「いいってことよ、この空気がたまんねぇんだ。それで、その青臭いガキはなんだ?」


「エルダーナの生き残りだよ。たった一人のな。山でぶっ倒れてたから拉致って来た。」


「イレネーと言います。」


「年は?」


「先日26になりました。」


「へっ、やっぱりガキじゃねぇか。」


「あの、お話を伺ってもよろしいですか?」


「俺は詩人だ。話なら、詩と一緒にな。」


「精霊について……何かご存知ありませんか……?」


 詩人は飄々とした態度から突然真剣な眼差しをイレネーに向けた。持っていた楽器から音を奏で始めた。


「精霊は自然の守り人、人間の敵人。他に分かることは少なく、どこに居るかも分からない。出会ったものは皆死に、それを見た者は美しき華に変えられる。ここからずーっと東の果て、はるか遠く離れた島に一人の巫女がいるらしい。それはこの世界の秘密を守りし番人。来るもの全てを拒み続けて幾千年。その者は全てを知る者、拒む者。」


 ハーレイは知っている事はそれだけだと、唄うのをやめた。


「精霊なんて追うもんじゃねぇ、関わらねぇのが1番だ。」


「それでも、炎の精霊を見つけ出さないといけないんです……。」


「レオンってやつか……?」


 イレネーは一言もその名を口に出さなかったはずだった。精霊の事だって、エルダーナの事だってほとんど話していない。怪訝そうにカイルを見ていると肩をすくめて言った。


「さんざん寝言で言ってたぜ。うなされててよ、大変だったんだから。」


「……すみません。」


「そのレオンってやつを探したいのか?世界の果てまでたった一人の人間を探すのか?」


「レオンは炎の精霊に因われています。あの時レオンの剣は峰側だった。彼は、きっと俺一人を助ける為にエルダーナを裏切ったんだ……。エルダーナは炎の精霊とレオンによって滅びました。ずっと考えていたんです。どうして俺だけが生き残ったのか。レオンは精霊の注意をずっと引いていた。精霊が召喚された時点で負けは決まっている。彼は、俺を助けてくれたんだ……。今度は俺が……レオンを苦しみから救わないと……。」


「そうか、殺しに行くのか。」


「なぜ……?」


「さぁな。なんとなく分かるよ……。」


「彼を生きて解放させる方法があるならそうします。ただ、魂を握られている以上難しいでしょう。」


「そうだな……、俺も詳しくは知らねぇし、知ってるやつもその巫女くらいだろうな。そもそもその巫女だって本当に存在するのか分かったもんじゃない。」


「そうですか……。」


「……にしてもお前、いい声してるな。」


「え?」


「カイル、こいつもらっていくぜ。お前もいいな。今日からお前も詩人になれ。吟遊詩人はいいぞ、他の国や土地の情報と引き換えに色んな話が国のおえらいさんから堂々と聞けるんだ。ただし、腕が良ければな。まずは人を楽しませる事が第一だ。お前はいい声いい顔いい体の三拍子が揃ってる。ま、体の方はちょいと傷物だが隠せばどうとでもなる。俺はそろそろ年だ。でもせっかくこんだけ世界を渡り歩いたんだ。後継ぎが丁度欲しかったんだよ、いいところに転がってるもんだ。これから世界中を俺と周れ、そしたら何かしらの情報が得られるだろうよ。何も得られなかったとしても、ここで腐ってるよりずっといい。」


 イレネーはすぐにでも行きたいと思った。しかし、ここで受けた恩をどうやって返せばよいのか分からなくなった。すぐに返答を返せずにいるとカイルの方から声を掛けてくれた。


「イレネー、付いていけ。」


「しかし……」


「看病してやった恩ならもう返済済みだぜ?ずっと店手伝ってくれただろ?せっかくのチャンスだ。俺に構うことはねぇ、自分のやらなきゃいけない事やってこい。生きて、たまに酒飲みに帰ってきてくれりゃあそれでいい。」


「そういう事だ。準備が出来たらすぐに発つぞ。」


「カイルさん……本当にありがとうございます。今までお世話になりました!」


「おう、旅の無事を祈るぜ。」


 イレネーは部屋に走り、槍を1つ持って出た。指輪は常に胸にしまっている。自分のお守りのように身に着けていた。イレネーの持ち物としてはそれだけだった。外に出るとすでにハーレイが待っていた。


「荷物はそれだけか?詩人が槍持ってんのもなんか物騒だけどまぁいいか。なんとでもならぁ。」


 ハーレイはスタスタと行ってしまう。店に一礼をし、その背中を小走りで追いかけイレネーは吟遊詩人となった。世界を渡り歩き、沢山の人々と話をしてきた。それでも精霊に関する直接的な情報を得られることは少なかった。あれから6年、世界中を旅した後ハーレイと別れた。精霊に関する情報を得られたのだ。炎の精霊ではないかもしれない、それでも一歩前へと進める。そう考え、大嵐の中アルバディアへと足を進めるのだった。

お読みいただきありがとうございました!実は一番最初に書いたシナリオはこのお話でした。

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