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神様の気まぐれと都合  作者: 卯月晴
7/25

あなたがくれたものは(6)

 月が眠りにおちて、太陽が目を覚ました。

 窓の外を見ると、少しずつ街を太陽が照らし始めている。

「おはよう。裕太」

「ああ、おはよう。神様って朝、強いほうなんだな」

 まだ早朝だというのに眠そうな様子もなく、また突然と神様は俺の背後に現れた。

「まあね。手紙は書けた?」

「うん。頼むよ」

 机の上に置いてある封をした手紙に視線を送った。

 手紙の表面には『To 柑奈』、裏面には『From 裕太』と記してある。

「了解した。後のことは、この神様である僕に任せておけ」

 敬礼のポーズを額の前でビシっとキメて、神様は手紙とペンを撫でた。すると、手紙とペンは一瞬にして跡形もなく消えてしまった。まるでマジックみたいだ。

「……もうさすがに何を見ても驚かないな、俺」

「え? 何か言った?」

「いや、独り言」

 それから神様は「じゃあ」と言って、またどこかへ行った。

 今日は柑奈の葬儀、告別式だ。ついに柑奈と、本当に最期のお別れ。

 俺が葬儀に出席している間、神様の姿はなかった。今、柑奈のところにいるのだろうか。

 安らかに眠る柑奈は階段から落ちたにしては傷が少なく、本当に頭部の打ち所が原因で亡くなったらしい。

 目を閉じたままの柑奈を見つめ、俺が手紙を読み上げたかったなあとまた目頭が熱くなり、代わりに心の中で手紙の内容を読み上げる。

『柑奈へ。

 柑奈は今、何を思っているのかな。俺はずっと柑奈を想っているよ。

 こんな風に手紙を書くのも最初で最後だろうから、柑奈は笑うだろうけど、思い切って俺の想いを全部伝えようと思います。

 初めて柑奈に会った日から、俺の世界の全ては柑奈になった。気持ち悪いとか思うかもしれないけれど、本当なんだ。実は写真もカメラも全然好きじゃなくて、ただ柑奈に笑ってほしくて、俺は写真を始めた。だから、柑奈がいなくなって俺の世界にはなんにもなくなったんだよ。

 でも、柑奈と撮った写真を見てたら、思い出はたくさんあって、なんにもなくなったってわけじゃなかったんだ……って何て言ったらいいか自分でもわからないんだけど、とにかく俺は柑奈に出会えてよかった。柑奈がいなくなって、すごく悲しくて、寂しくてどうしようもない。だけど、俺は柑奈がくれた思い出と生きていこうと思うよ。写真を始めるきっかけも、思い出も、今までの幸せも柑奈がくれたものだから、このカメラで柑奈とこれからもずっと思い出を作り続ける。

 だから柑奈は、星にでもなって見ていてよ。俺のこと、ずっと見ていて。

 柑奈が亡くなった日、本当は柑奈に見せたい景色があったんだ。すごく綺麗だから、一緒に入れておく。

 柑奈。好きだよ。大好きだよ。

 出会った時からずっと柑奈のことが大好きで、これから先もずっと大好きだ。

 柑奈の笑った顔が好き。横顔が好き。怒った顔も、泣きそうな顔も。柑奈の言葉が好きで、柑奈の考えが好きで、って書き出したら本当にキリがないんだ。

 俺の周りから皆いなくなっても、最後まで一緒にいてくれるって言ってくれたよね。本当に嬉しかった。それと、守ってあげられなくてごめんな。

 もし、また柑奈に会えるような奇跡があるんなら、その時は柑奈の瞳を見て伝えたいな。

 遠い場所に行ってしまった柑奈に、二度と会えなくても、柑奈のことを想っているよ。

 何度も、何度も思いだして、柑奈を想う。

 今まで俺に幸せをくれて、世界をくれて、ありがとう。柑奈が大好きだ。

 裕太より』

 出棺の時が近づいた。けれど、神様の姿は見えない。

「……間に合ったのかな」

 心配になって辺りを見回していると、突然また背後から声がする。

「間に合ったよ」

 振り返ると神様が毎回の如く、浮いていた。

「よかった……」

 安堵の息と共に声が漏れてしまい、「裕太?」と隣にいた母に首を傾げられた。首を振って「なんでもない」と俺は言った。

 火葬が始まる。

 たくさんの人が涙を流し、見守られる中、柑奈は旅立つ。

 本当に涙は枯れることを知らない。

 それでも、どんなに涙を流しても柑奈を想い続けていくことを決めた。いや、きっと想い続けてしまうだろう。

 多くの人に愛される彼女と、ついに、本当のお別れだ。


 全てが終わり、俺はまた昨日の場所に行った。

 星空は変わらず綺麗だ。雲一つない空に溶け込むような月。

 柑奈は星になったのだろうか。

「ようやく、落ち着いて話せそうだね」

 柵に寄り掛かるように空を見上げていると、ベンチに座った神様が言った。

「柑奈、やっぱり爆笑だったよ」

「まさかモノマネ付きで音読したんじゃないだろうな」

「やってないよ。普通に笑ってた」

 それはそれで少し傷つく俺だった。

 でも、柑奈が笑っていたのなら、やっぱり俺はそれでいいやと思った。柑奈が笑顔でいることが一番だから。

「じゃあ、はい。これ」

 神様は俺の隣に来て、俺に何かを差し出した。

 暗くてよく見えないと思っていると、神様が差し出したものを、もう片方の手で優しく撫でた。

 そしてその何かが淡く、光り始める。

 突然の光に目を細めつつ、その手元をよく見てみる。神様は『To 裕太』と書かれた一通の手紙を持っていた。

 発光している以外は、俺が書いたときに使った真っ白な封筒と同じだった。

「は? 手紙?」

 受け取って、裏面を見ると俺は目を見開いた。

 もう何を見ても驚かないと言っていたのに、俺は心底驚いた。

『From 柑奈』

「これって……」

「柑奈から預かった手紙だよ」

 震える手でゆっくりと封筒を開けると、便箋が入っていた。

 手紙に書かれていた文字は間違いなく、見慣れた柑奈の字だった。

『裕太へ

 手紙、ありがとう。裕太の予想通り、私は笑ってしまいました。気持ち悪いとかバカにしてとかじゃなくて、本当に嬉しくて笑ってしまっただけ。まあ、手紙書くのヘタかよ、と思ったけど、そこが裕太らしくていいよね!

 今、私は神様曰く、あの世とこの世の中間にいるらしいんだけど、なんで私死んじゃったかなあ、裕太に会いたかったのになあってずっと思ってた。

 あの日、裕太がスマホのメッセージで『急ぐと危ないから気をつけろよー』って言ってくれていたのに……裕太に会いたくて走っていたら階段から落ちちゃって、本当に私ってバカだよね。

 裕太がカメラを始めたきっかけが私だったのは、なんとなくわかってたよ。前にも言ったけど、裕太のこと、こんなに解りきってるのは私だけなんだよ? なんてね。

 二人でいろんなところに行って、たくさん写真撮って、楽しかったなあ。

 裕太の世界の全てが私だったって言うなら、私の世界の全ても裕太だったんだよ。だから、私も裕太の隣にいられなくなって悲しいし、寂しい。それに私、死んじゃってるし、どうしようもない気持ちなら裕太に負けないよ。

 でも、裕太はこれからも私と思い出を作り続けてくれるんでしょう? だったら私、星にでも、何にでもなるよ。裕太のこと、ずっと見ていてあげる。

 それから、写真見たよ。すごく綺麗な星空だね。二人の写真も入れてくれてありがとう。私もこの写真ぐらい綺麗な星になれるかな? 撮るなら綺麗に撮ってよね、裕太!

 写真を見ててやっぱり思ったんだー。私、裕太の写真好きだなあって。

 あとね、裕太が好きだなあって思うんだ。いつも写真を見る度、会うたび、思ってた。

 気づいてなかったなんて、裕太はまだまだだなあ。神様も笑ってたよ。

 私も、裕太が好き。大好き。

 私の方こそ、最後まで一緒にいてあげるって言ったのに先に隣からいなくなっちゃってごめんね。でもこれからは空の上からずっと裕太を見てるからね。

 なんかの奇跡でいつか会えることを楽しみにしてる。

 私も裕太に出会えて、一緒に生きてこられてすごく幸せだった。

 私を想ってくれてありがとう。私も、裕太をずっと想っているよ。

 柑奈』

 気が付くと、手紙に涙が落ちて滲んでしまっていた。俺は慌てて涙を拭く。けれど、止まるはずもない。

「サプラーイズ! ってやつ? 実は返事がもらえちゃう特典付きだったのだー」

 両手を高く上げて万歳をしながら、とびっきりの笑顔で神様は言った。

「柑奈、笑ってたよ。裕太の手紙と写真を見つめながら、泣き笑いしてた」

「……柑奈……」

「裕太と柑奈は同じ気持ちだったんだね」

 彼女の気持ちが聞けるなんて思っていなかった。

 光った手紙を優しく、大事に抱きしめて、俺は泣きながら、笑った。

「俺の想い……柑奈にちゃんと届いたんだ……伝わったんだ……」

「そうだよ。しっかり僕が手紙も写真付きで届けたからね。その代わり、たぶん僕はあとで上から怒られるんだけどね」

 そう言って神様は苦笑いしながら、空を指さした。

「神様」

 俺が神様を呼ぶと神様の視線が空から俺に下がってきて、俺たちの瞳と瞳が合った。

「ありがとう」

 言葉を言ってから、俺は神様に深く頭を下げた。

 感謝をしてもしきれない。

「どういたしまして。裕太も素直にお礼が言えるんだな」

 お辞儀をしているから神様の表情は分からないけれど、頭の上に降ってきた声は優しく微笑んでいるような、そんな気がした。

「は? 俺だってお礼くらい……ってあれ?」

 顔を上げると、目の前にはもう誰もいなかった。

「神様?」

 周囲を見渡しても、いる気配もなく、俺は一人で立ち尽くす。

 自分の手元を見ると、さっきまでまぶしいくらいの光を帯びていた手紙から、静かにだんだんと光だけが小さくなって消えてしまった。

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