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神様の気まぐれと都合  作者: 卯月晴
6/25

あなたがくれたものは(5)

 お通夜が終わって建物から出ると、空は深い黒に包まれていた。

 何人もの人が柑奈の死に驚き、涙を流した。彼女は愛される人間だった。

 今日は涙を乾かしてくれるような風もなく、静かな夜だ。

 俺は両親と乗ってきた車の中に置いてあった鞄を肩に掛け、「散歩をしてから一人で帰る」と両親に告げて葬儀場を後にした。

「裕太。どこに行くの?」

 朝、出かけると言い残して姿を消した神様が突然、姿を現した。

 神様はまた俺の隣をふわふわと浮いている。白いファッションが夜の色に対抗してとても目立つ。けれど、俺以外の誰にも神様の姿は見えないのだ。

「……もう現れないと思った」

「あれ? 僕、戻ってくるって言ったよね」

 首を横に傾けながら、神様は考え込むような素振りをした。

「帰らないの?」

「少し……散歩。行きたいところが出来た」

 足を前に出すたびに、身体の真ん中が重たい。錘をつけた心を引きずって歩いているみたいだ。

 隣で浮いていた神様は「ふーん」と言ったきりで、その後は何も話さなかった。ただ、隣を歩いて、いや浮いていた。

「ついた」

 しばらく歩き続けて辿り着いた場所は、柑奈と来るはずだった星がよく見える穴場スポット。

 やはり星が良く見える。少し坂道を登って来ているから、いつもより高い場所からの夜景が目の前に広がる。顔を上げると深く、黒い空に煌めく星がちりばめられている。

 この場所は夜景が見られるようになっていて、柵から少し離れたところに小さなベンチがある。ちょうど大人二人が座れるくらいのサイズだ。

 でも知られていない場所なのか、あまり人は来ないようだ。この前も今日も他の人の姿はない。

「ほう。綺麗に星が見えるんだね」

 神様がやっと口を開き、感心した様子で夜空を見上げる。

「で、ここで写真を撮るの?」

「なんで俺がカメラ持ってきてること知ってるんだ」

「んー、神様だから」

 神様、ご名答。持ってきた鞄の中には、一眼レフとアルバムが入っている。

 俺はベンチに座り、アルバムを手に取ってページをめくる。思い出が溢れているこのアルバムはどのページも愛おしい。

「おすすめのフォトスポットは?」

 質問をしながら神様も俺の隣に座った。

「そんなのはないよ」

「嘘でしょう。僕は裕太から全く写真愛を感じないよ」

「なんだよ、写真愛って……柑奈がかっこいいって言うからカメラを買っただけで、別に俺自身、写真が好きとかそういうんじゃないし」

 そうだ。写真なんか好きじゃない。カメラなんか好きじゃない。柑奈が好きなんだ。柑奈がいる景色が好きなんだ。

「特定の撮りたい場所なんて……本当はない……ただ、ただ柑奈が笑ってくれれば、どんな場所だって、どんな写真だっていいんだ。だって……俺の世界の全ては柑奈だったから」

 まるで壊れた水道のようにポタポタと涙がこぼれて、アルバムの上に落ちていく。

「あれ……また俺、泣いてる……涙ってこんなに止まらないんだ……」

 涙を拭っても、拭っても、止めどなく溢れる。目の前が滲む。

「裕太は本当に柑奈が好きだったんだね。そんなに好きなら、早く告白すればよかったのに」

 神様の手が俺の背中に優しく触れる。その手から微かな温もりが伝わってきて、神様の手もあたたかいんだ、と俺は思った。

「そうだよなあ……本当に情けない。柑奈を守ってもやれなかった……どうして柑奈だったんだ……俺が代わりに」

「裕太」

 神様は首をゆっくりと横に振り、俺の言葉を遮った。

「人間の命はね、終わりが決まってるんだ。裕太の気持ちも解る。だけどね、裕太が守ってあげられなかったからじゃない。巡り合わせなんだよ」

隣にいたのは、いつものお茶らけた神様でなく、真剣で、それでいて優しい表情をした神様だった。

「僕ね、人間って愚かだなあって思うんだ。終わりが決まってるのに後回しにして、先延ばしにして、見ないフリをして、結局後悔するんだ。でもね、人間は素晴らしいとも思うんだよ。だって、後悔ができるんだ。他の生き物にはできないよ」

 人間にはいつか終わりがくる。終わりが必ずくることは皆知っている。だけれど、その終わりがいつくるかも知らないのに、解ったような気になって、明日も続くと思っている。大事にしなきゃいけないのに、限られた時間を本当に大事にできていないんだ。

「柑奈は確かに死んでしまった。もう生き返ることはない。だけど、裕太は後悔したままで終わっていいの? 伝えられなかった想いを抱えて、後悔したまま終わりを迎えるの?」

 俺の中で何かがストンと落ちた気がした。涙は止まらない。止まらないけれど、何故か決心はついた。

 カメラを片手に立ち上がり、空へレンズを向ける。なんだかよく分からず、店員に勧められるがままに買ったカメラだったけれど、よかった。星が綺麗に撮れる。久々に、柑奈のいない景色を撮影した。

「俺……手紙を書くよ。柑奈に全部伝えたいんだ」

「僕もそれがいいと思う」

 俺は空を見上げたまま、柑奈を想った。

 瞬く星たちは吸い込まれそうに綺麗で、俺を惹きつけて離さない。まるで、柑奈みたいだ。

「神様。死んだら人は星になるって、よく言うけど、あれって本当?」

 昔よく読んだ絵本にも、よく見たアニメにも「お星さまになりました」というセリフがあった気がした。真偽なんて今まで考えたこともなかった。本当のことなんて俺たち人間には分からないけど、神様なら知っているんじゃないか。

「裕太はどう思う?」

 質問に対して、質問で返してくるとは思っていなかった。さすが、変な神様だな。

「分からないけど……星になって見守っていて欲しいなって思うよ」

「そっか」

 答えを教えてくれそうにない神様の返事に「は?」と返してしまいそうになったけれど、なんだか声になる前にフッと消えて、涙を流したまま少し笑ってしまった。


 あれからしばらく星を眺めた後、俺たちは家に向かって歩き始めた。

 夜も更けた。そしてタイムリミットは近づいている。

「それで、手紙っていうのは普通に便箋に書けばいいの?」

「いやいや、専用の便箋をお渡しするよ。特別な封筒と便箋、それからペンも」

「そのレターセットに書いて、誰がどうやって届けてくれんの?」

 通常の世界、つまり俺が生きている人間界だったら、ポストや郵便局に手紙を託して、配達員が届けてくれる。特別なレターセットがあるということは、特別なポストもあるのだろうか。

「僕が直接届けるよ」

「は? 神様が直接? 神様は柑奈に会えるってこと?」

「うん、そうなるね」

 ずるい。そう思ったことが神様に伝わってしまったようで、神様はまた一段とにやけた顔をして俺の肩をつついた。

「よかったら、裕太のあつーいラブレターを僕が柑奈の前で音読してあげようか?」

「やめろ」

「もちろん、モノマネ付きで」

 冗談じゃない。そんなことされてたまるものか。

 俺のモノマネをしている神様を想像してしまい、すぐにその妄想を消し去る。

「絶対にやるなよ」

「あ、もしかして、それって人間界でよく言う『フリ』ってやつ? あの噂の、『押すな、押すなは押せの合図』みたいな?」

 どの噂だか知らないけれど、断じて違う。人間界でよく言う『フリ』なんてものを神様に教えたやつはどこの誰だ。

 たまに道行く人とすれ違うと、俺が一人で話しているように見えるらしく、視線が突き刺さる。彼らには神様が見えていないんだから仕方がないけれど、少し視線が気になり、俺は神様の浮いている方とは反対側の耳だけにイヤホンを突っ込んだ。こうしていれば、電話をしているように見えるだろう。今のご時世、歩きながら電話をしていることは珍しくないから。

「フリじゃないから本当にやめてくれ……任せるのが不安になってきた……」

「柑奈は爆笑だと思うけどなあ」

「それより、頼みたいことがあるんですけど」

 俺は鞄からもう一度カメラを取り出す。

「写真を手紙と一緒に届けて欲しいんだ」

 さっき撮影した、柑奈と見るはずだったあの景色の写真と二人で撮った写真。

 柑奈が寂しくならないように、写真をあげたい。

「写真かあ……うーん……」

 神様は考え込んで、空の方をチラチラと見上げる。

「別に、封筒の中に手紙と一緒に入れてくれるだけでいいんだ」

「本当はあんまりそういうことは出来ないんだよねー……神様にもいろいろ都合ってもんがあるからなー」

「は? またそれかよー……」

 融通の利かない神様だ。どんな都合があるんだ、一体。

 でも仕方がない。今回も諦めるしかなさそうだと思い、うなだれていると神様が俺を見て、ニッコリと笑った。

「よし。今回は特別だ。神様が一肌脱いでやろう」

「まじで?! いいの?!」

「まあ、神様にも私情ってもんがあるからな。でも、くれぐれも秘密事項だけど」

 秘密だからなのか、神様は声を少し小さくして言った。

 神様の言う『上』に聞こえてしまうとまずいのだろう。

「……特別」

「神様の気まぐれってやつだよ。それに、僕は裕太の写真が好きだからね」

 俺の鞄の中にあるアルバムを指さして神様は言った。

 そういえば神様は俺のアルバムを勝手に見ていた。

「写っているのは柑奈ばかりで、最初はストーカーかと思ったけどな」

「は?」

「もう盗撮かと思ったけどな」

「は?」

 そんな話を延々と繰り返し、俺たちはようやく家に着いた。

 両親が俺をかなり心配していたらしく、玄関を開けると両親が部屋から出てきて、ホッとしたような顔で「おかえり」と言った。

 神様はその光景を見届けて、「じゃあ、またあとで」と行先も言わず、俺の肩をポンと軽く叩き、また姿を消した。

 自分の部屋に戻ると、机の上に便箋と封筒、それからペンが置いてあった。おそらく神様が置いていったレターセットなのだろう。一見、普通のレターセットに見えるけれど、紙もペンも真っ白のものだった。

 俺はペンを手に取り、手紙を書き始めた。まさかペンの文字まで白だったら、と考えたけれど、白い紙にしっかりと黒いインクが浮かび上がった。

 柑奈。

 君は今、何を思っている?

 俺は柑奈に伝えたいことがあるんだ。

 俺の想い、受け取ってくれるかな。

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