それは確かに愛でした(10)
あれからまた月日は止まることなく流れた。
当たり前という奇跡が時間の流れにのって、私達から少しずつ奪われていく。
「新型ウィルスの感染者数が過去最大に達しました。そして、緊急事態宣言が出されました」
ニュースではアナウンサーが淡々と感染症について報じた。ここのところ、ニュースの半分以上をこの話題が占める。
新型ウィルスは日本中で蔓延し、人々を襲った。
某有名人も感染し、死者も増えてしまった。緊急事態宣言が発令され、会社にすら行けない世の中になった。
そんな状況下で、多くの人々がさらに混乱の渦に流され、なかには新型ウィルスの恐ろしさが叫ばれていることを全く無視する人間もいた。
止められない感染。恐怖。混乱。焦り。
「本当に世界は新型ウィルスのせいで大変なことになってるわね」
私は観ていたテレビの電源を落とし、身支度をした。そして、飾ってある正義さんに「行ってきます」と挨拶をする。
毎日の日課。神社を訪れること。
行き交う人々はマスクをつけて、どこか息苦しそうに歩いている。
一年前には考えられなかった光景だ。すれ違う人間だけじゃない。ほぼ全員がマスクをつけている。それに人通りはかなり少ない。
私も一日に一度家から出て、誰にも会わずにマスクをつけて神社に向かうけれど、それ以外はどこにも行かない。
きっと東京は家からも出られないのではないだろうか。
これから日本は、世界はどうなってしまうのだろう。これが当たり前になっていくのだろうか。取り戻せるのだろうか。
不安を抱えながらも、神社に到着した私は今日もお参りをして、掃除を済ませる。
「神社が綺麗だと神様も嬉しいでしょうから。新しい神様はどんな神様なのかしら」
誰もいない神社で一人、辺りを見回す。
すると、誰かに呼ばれた気がした。
急いで振り返ると、鳥居の前にベビーカーを引いた女性が立ち止まっていた。
ソーシャルディスタンスが叫ばれる世の中になってしまったので、近づきはせずに離れたところから「こんにちは」と挨拶をした。女性のほうも私に気づき、その場から「こんにちは」と言った。
「お散歩ですか」
「ええ。天気が良いからつい……このところ部屋に籠りっぱなしでしたから少しだけ」
「感染症が怖くて外も自由に歩けませんからね。特に赤ちゃんがいると。この辺りは人通りも少ないし、早朝はもっと誰もいないからお散歩には最適かもしれませんね」
世間話をしていると、小さな手がベビーカーから見えた。
「それではまた」
「ええ。感染症に気をつけて。それではまた」
女性の方から会話を切り上げて会釈をしたので、私も同じように挨拶をし、女性と赤ちゃんを見送った。
「もしかしたら、今の……神様だったかもしれない」
確かなものはなかったけれど、何故か私はそう思った。
当たり前であって、当たり前ではない。奇跡である。そんな言葉を胸に私は残りの人生を生きている。
正義さんがくれた温かさも、神様がくれた優しさも、全て私のなかにある。
これを何と呼べばいいのか分からなかったけれど、二人に出逢えたことで分かった。
それは確かに、温かさと優しさでいっぱいの愛でした。
追伸
失う前に気づけた当たり前を大切に。
失って痛みや悲しみを知り、気づくことになってしまったら、それ以上に大切に。
当たり前という奇跡を抱きしめて、噛み締めて生きていく。
僕という神様の気まぐれといろいろな都合で明るみになったほんの一部だけれど、これが僕の伝えたかったこと。




