それは確かに愛でした(7)
にっこりと笑った神様に対して、緊張が自分の顔に現れていることが自分で分かった。
「そもそも、故人とのやり取りはお手紙一通のみと定められています。だからお手紙以外の物、例えば写真などは入れてはいけません。故人から預かって来てもいけません。それらは全て違反となります。当然、約束を破ったのですから、ペナルティがつきます」
上から怒られてしまったと神様も出会ったときに話していた。つまり、この神様も違反をしていたのだろう。
「まあ写真を入れるくらいだったら、その人間の前で姿を完全に見せられなくなるくらいで済むんですけどね。僕が前回してしまった違反はけっこうギリギリなラインだったようで、他の仕事も立て続けに入れられるし、文句は言われるしで大変でした……」
「違反にも段階があるってことかしら」
苦笑いをしながら神様は頷いた。
「先輩はその段階の一番上をやりましたね。ギリギリのラインなんか余裕で飛び越して、完全アウト。ペナルティも最も重いものでした」
私が首を傾げると神様はまたグルグルと私を中心に歩き出す。
「そのペナルティは人間にされてしまうこと」
「どうして人間にされてしまうことが罰になるの?」
人間でいることは罰なのか。私は今人間でいるということは罰を受けているということなのか。
人間になってしまうなんて罰という言葉からは連想も出来ないようなことだった。
「だって人間はいつか死んでしまうんですよ。僕ら神様にはその心配はない。寿命が無いから。それにこの特別な力もなくなる。定められた命という時間の中で生きるということをしなければならない。それは僕らにとって恐怖でしかありません」
普段気にしてはいなかったけれど、人間の時間は有限であり、いつかは終わる。気づかずに生きている私たち人間はその時が来るまで人間であることに恐怖はない。
しかし、神様のような無限に続く時間を持った者からすれば恐ろしいものだったということなのか。
「だからそれは一番重い罰になります」
「私は……一体何をしたのかしら」
私は恐る恐る神様に聞いた。
神様は少しの間を取ってから口を開いた。
「僕が結実さんにしようとしていることと同じです」
「え?」
それはつまり、私と正義さんを会わせることを指すのだと一瞬で理解した。
「生きている人間と故人を会わせること。これは決して破ってはならない掟です」
決して破ってはならない。そう神様は強く言った。
「先輩は、とても大事な人なのだと言って掟を破り、その人間と故人を会わせました。そして神としての能力も記憶も全て消し去られ、人間になった。つまり結実という人間になったのです。先程見ていただいた先輩が言っていた、いつも神社を綺麗にしてくれて大切なことを教えてくれた人のために先輩は違反をしたのです。それで上からの指示で、この神社は僕が担当に任命されました」
私に聞こえるくらいのギリギリの小ささの声で神様は「全く……」と呟いた。その呟きに少しだけドキッとして私は縮こまった。
「最期まで理由は『気まぐれでよろしく』とか言っちゃってました。でもその時、僕には先輩が輝いて見えてしまったんです。誰かのために動く。その一心で突っ走る先輩の姿に惹かれていたんです、内心。それにやはり、僕を拾ってくれた先輩は一生の恩人なんです」
少し声のトーンを上げて、にっこりと笑った神様は話を続けた。
「だからこの神社を引き継ぐとき、僕は先輩のようになるって決めました。そこからは先輩のように振る舞い、先輩のように人間を助けて、違反もしましたね。性格もだいぶ変わったでしょう? これが僕に出来る恩返しだと思ったんです。でも結実さんが僕の神社に現れた時、直接恩を返せることに気づきました。あなたの一番辛い時期には助けに来て、恩を返そうと」
確かに、今現在の神様と後輩くんだった時の神様は姿かたちは似ていても、雰囲気が全く違った。彼を変えたのは先輩である私だったらしい。
「さあ、こんなもんですかね。一通り話しました」
私の目の前に立ち、神様は深くお辞儀をした。
「先輩。本当にありがとうございました。僕を拾ってくれて、心底嬉しかったです。あなたには感謝しています。先輩との日々は楽しいものでした。あなたの後輩になれて幸せでした」
「そ、そんな……私は覚えてもいないのに……」
慌てる私を他所に、神様は「あー、やっと言えてスッキリしたあ」と伸びをした。
「では、行きましょうか」
「次はどこへ?」
「決まってるじゃないですか。正義さんの所へ」
彼が当然のように指さしたのは、空。詳しくは雲よりも上。
あの雲の上には正義さんがいる。会いたくて仕方がない大切な人。
「神様は……神様は本当にそれでいいんですか。私のために自分を犠牲にしていいんですか。もう今の私はあなたの先輩じゃない。記憶もない私にどうして」
「先輩だったら……あなただったらそうするでしょう。あなたのおかげで僕は変われたんだ。たくさんの人間を助けてきて、大切な人が増えて……心が温かくなることを知った。今、やっと先輩の気持ちが解る。それに今の結実さんも僕に優しい言葉をかけてくれたり、毎日この神社を綺麗にしてくれたりしたじゃないですか」
神様の綺麗な瞳に少しだけ涙が溜まっているように見えた。
「あなたが僕を想ってくれていたのと同じで僕もあなたを想っているんです」
彼の気持ちを聞いて、彼の瞳より先に私が涙を零してしまった。大粒の涙が地面に落ちていく。
「神様……ありがとうございます……」
「はい。まあでも、あなたのために力を使う理由は神様の気まぐれってことにしときましょう」
弾けるような笑顔で神様は笑った。
その笑顔は正義さんには敵わなくとも、まるで花が咲いたように素敵な笑顔だった。




