それは確かに愛でした(5)
その日、私は神様の前で大泣きをして、家に帰った。
神様は別れ際に「またここに来てください。そのときはあなたに今までの恩を返したい」と真剣な表情で私に告げ、まるで魔法のように消えてしまった。
私はその翌日から、神社には行かなかった。というよりも、家から一歩も出なかった。
しばらくしてやっと正義さんが家に帰ってきた。小さな入れ物に入って私のところへ。
「正義さん。あなた、こんなに小さかった?」
私は正義さんの笑顔の写真と入れ物を並べて話しかける。しかし、当然ながら返事はない。
「正義さん。私、あなたに会いたいわ」
写真の中の笑顔を見つめると、愛しさも悲しさも全てが入り混じって、私の心をかき乱していく。
頭の中をぐちゃぐちゃにして、乱して、前を見られなくなっていく。
「結実さん」
聞き覚えのある声に顔を上げると、先日の神様が私の目の前に浮かんでいた。
初めて会った時程の驚きはなかったものの、何も言葉が出なくなってしまった。
「なかなか神社に来てくれないから、僕が来てしまいました。お元気……では無さそうですね。そうだと思っていました」
神様は私に向かい合って座り、ニコッといつもの微笑みを見せた。
窓から入った昼下がりの日差しが彼を照らす。白い服が光と重なって、輝いて見えた。
「結実さん。あなたは正義さんに会いたいですか?」
その質問は私の中に真っ直ぐ、深く、優しく入ってきた。だから私は何も余計なことは考えずに答えた。
「会いたい」
「分かりました。では、正義さんに会いましょう」
「え……? どうやって?」
「僕の力に決まってるじゃないですか」
神様の力。確かに特別な力があることは彼本人から聞いたから知っている。けれど、そのとき神様は「直接会うことは出来ない」と言っていた。
「それは出来ないって……」
「本当は出来ませんよ。違反だし」
つまり、本当は出来ないけれど行う。それは神様がルール違反をするということなのだろう。
「ルール違反をしたら、あなたはどうなってしまうの?」
「……ペナルティがあります。でも大丈夫です。あなたのためなら何にも怖くない」
落ち着いた様子で神様はそう言った。
私のためなら自分は罰を受けても構わないというのか。
「……どうしてそこまでしてくれるの?」
きょとんとした顔を一度見せてから、神様は「フフフ」と笑う。
「あなたが言ってくれたんですよ。誰かのためにルールを破るのは悪いことじゃないって。僕の決意と覚悟は、結実さんを大事に想う証拠にはなりませんか?」
そう言われて、私は自分の言ったことを思い出した。
神様は私を大事に想ってくれていると言う。神様に大事にされる私は一体、なんだというのだろう。神様は大事にされる側だと思っていた。けれど、この神様は違う。
他人を大事に出来る神様なのだ。
「それに、これは僕のためでもあるんです。まあ、神様の気まぐれってことにしましょう」
「……あなたは本当にそれでいいの?」
「はい。ただの気まぐれですから」
気まぐれだと言い張る神様に私は深々と頭を下げた。そんな私に神様は「気まぐれだから」とまた言った。
「今すぐに正義さんに会いたいとは思うのですが……少し僕に時間をください。どうせペナルティは受けるんだ。結実さんにお話ししたいことがある」
そう言うと神様は立ち上がり、指をパチンと鳴らした。
瞬きをした次の瞬間、辺りは神社になっていて、私は神社の階段に座っていた。
どうやら神様の力なら、瞬間移動もお手の物らしい。この年になって初めて経験したが、これはかなり貴重な体験だ。
「話をするならやっぱりここでしょ! ね、先輩!」
先程よりも元気な声を響かせ、神様は私を見て「先輩」と言った。
「先輩?」
自分の鼻の頭を人差し指で指しながら聞き返す。
ザアッと木々が揺れて、辺りを見渡すと神社の周辺は緑が生い茂っていた。その景色を見て、ここは今現在の神社ではないということに気づく。
「これは……どういうことかしら」
「ここはまあ、大昔。結実さんが結実さんになる前の神社」
私が私になる前。
時空が違うということなのだろうか。そうだとすれば、私が生まれる前の時代に来てしまったのだろう。
いわゆる、タイムスリップというやつか。
「この神社は大昔からずっとあったのね」
「そうですよ。やはり、覚えていませんか」
「何を言っているの? 私が生まれる前の話でしょう。覚えているも何もないわ」
自分が生まれる前のことを知っていたら、それは恐ろしい。ありえないことだ。極めて稀に自分の前世を覚えている人間がいたとしても、私にはそのような記憶は一切ない。
「へえ。本当に綺麗さっぱり忘れちゃうもんなんですね」
「ねえ、何の話をしているの?」
「ああ。ごめんなさい。本題に入りましょう」
神様はコホンと小さく咳払いをし、改まったように「えー、実は」と話し始めた。
「実は昔、あなたは僕の先輩だったのです」
屈託のない笑顔で神様はきっぱり私にそう告げたのだった。




