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神様の気まぐれと都合  作者: 卯月晴
20/25

それは確かに愛でした(5)

 その日、私は神様の前で大泣きをして、家に帰った。

 神様は別れ際に「またここに来てください。そのときはあなたに今までの恩を返したい」と真剣な表情で私に告げ、まるで魔法のように消えてしまった。

 私はその翌日から、神社には行かなかった。というよりも、家から一歩も出なかった。

 しばらくしてやっと正義さんが家に帰ってきた。小さな入れ物に入って私のところへ。

「正義さん。あなた、こんなに小さかった?」

 私は正義さんの笑顔の写真と入れ物を並べて話しかける。しかし、当然ながら返事はない。

「正義さん。私、あなたに会いたいわ」

 写真の中の笑顔を見つめると、愛しさも悲しさも全てが入り混じって、私の心をかき乱していく。

 頭の中をぐちゃぐちゃにして、乱して、前を見られなくなっていく。

「結実さん」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、先日の神様が私の目の前に浮かんでいた。

 初めて会った時程の驚きはなかったものの、何も言葉が出なくなってしまった。

「なかなか神社に来てくれないから、僕が来てしまいました。お元気……では無さそうですね。そうだと思っていました」

 神様は私に向かい合って座り、ニコッといつもの微笑みを見せた。

 窓から入った昼下がりの日差しが彼を照らす。白い服が光と重なって、輝いて見えた。

「結実さん。あなたは正義さんに会いたいですか?」

 その質問は私の中に真っ直ぐ、深く、優しく入ってきた。だから私は何も余計なことは考えずに答えた。

「会いたい」

「分かりました。では、正義さんに会いましょう」

「え……? どうやって?」

「僕の力に決まってるじゃないですか」

 神様の力。確かに特別な力があることは彼本人から聞いたから知っている。けれど、そのとき神様は「直接会うことは出来ない」と言っていた。

「それは出来ないって……」

「本当は出来ませんよ。違反だし」

 つまり、本当は出来ないけれど行う。それは神様がルール違反をするということなのだろう。

「ルール違反をしたら、あなたはどうなってしまうの?」

「……ペナルティがあります。でも大丈夫です。あなたのためなら何にも怖くない」

 落ち着いた様子で神様はそう言った。

 私のためなら自分は罰を受けても構わないというのか。

「……どうしてそこまでしてくれるの?」

 きょとんとした顔を一度見せてから、神様は「フフフ」と笑う。

「あなたが言ってくれたんですよ。誰かのためにルールを破るのは悪いことじゃないって。僕の決意と覚悟は、結実さんを大事に想う証拠にはなりませんか?」

 そう言われて、私は自分の言ったことを思い出した。

 神様は私を大事に想ってくれていると言う。神様に大事にされる私は一体、なんだというのだろう。神様は大事にされる側だと思っていた。けれど、この神様は違う。

 他人を大事に出来る神様なのだ。

「それに、これは僕のためでもあるんです。まあ、神様の気まぐれってことにしましょう」

「……あなたは本当にそれでいいの?」

「はい。ただの気まぐれですから」

 気まぐれだと言い張る神様に私は深々と頭を下げた。そんな私に神様は「気まぐれだから」とまた言った。

「今すぐに正義さんに会いたいとは思うのですが……少し僕に時間をください。どうせペナルティは受けるんだ。結実さんにお話ししたいことがある」

 そう言うと神様は立ち上がり、指をパチンと鳴らした。

 瞬きをした次の瞬間、辺りは神社になっていて、私は神社の階段に座っていた。

 どうやら神様の力なら、瞬間移動もお手の物らしい。この年になって初めて経験したが、これはかなり貴重な体験だ。

「話をするならやっぱりここでしょ! ね、先輩!」

 先程よりも元気な声を響かせ、神様は私を見て「先輩」と言った。

「先輩?」

 自分の鼻の頭を人差し指で指しながら聞き返す。

 ザアッと木々が揺れて、辺りを見渡すと神社の周辺は緑が生い茂っていた。その景色を見て、ここは今現在の神社ではないということに気づく。

「これは……どういうことかしら」

「ここはまあ、大昔。結実さんが結実さんになる前の神社」

 私が私になる前。

 時空が違うということなのだろうか。そうだとすれば、私が生まれる前の時代に来てしまったのだろう。

 いわゆる、タイムスリップというやつか。

「この神社は大昔からずっとあったのね」

「そうですよ。やはり、覚えていませんか」

「何を言っているの? 私が生まれる前の話でしょう。覚えているも何もないわ」

 自分が生まれる前のことを知っていたら、それは恐ろしい。ありえないことだ。極めて稀に自分の前世を覚えている人間がいたとしても、私にはそのような記憶は一切ない。

「へえ。本当に綺麗さっぱり忘れちゃうもんなんですね」

「ねえ、何の話をしているの?」

「ああ。ごめんなさい。本題に入りましょう」

 神様はコホンと小さく咳払いをし、改まったように「えー、実は」と話し始めた。

「実は昔、あなたは僕の先輩だったのです」

 屈託のない笑顔で神様はきっぱり私にそう告げたのだった。

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