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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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とある夏の一幕編 嵐のあと

エピローグです!

お付き合いいただきありがとうございました!!


 ――――――爆風と衝撃。

 ぶつかり合った巨大な力は、海の家の前にいた白と咲夜にも容赦なく襲い掛かっただろう。タカハシの攻撃から海の家を守れる角度で撃ち放ったつもりだったが、予想外に出力がでてしまった。風牙は力を込めてしまっていたことを悔いた。無意識とはいえ、感情的になってしまった自分を責める。


「くそっ」


 衝撃の余韻で風牙の視界は奪われていた。舞い上がった土埃は先ほどまでの比ではない。海岸がどうなっているかもわからない。風牙の焦りが募る。


 ズキ。

 両掌に奔った痛みと共に、特上傀具鉢特摩(はどま)がペンダントの形に戻る。


「奴は……」


 タカハシは死んだ。そう思わせる手ごたえが確かにあった。

 不覚だったとはいえ、風牙は全力に近い形でタカハシを攻撃したのだ。生きているとは考えにくい。


「……ハッ」


 風牙は耳を疑った。消えそうな声だったが、砂煙の中確かに聞こえた。


 風牙は風の放出で、煙を吹き飛ばす。

 そこにあったのは、大陸棚ごと粉砕され、海水が消えた無残な海岸。そしてその衝撃の中心にいた、左半身が吹き飛んだタカハシの姿だった。


「死ぬとこだったぜェ……クソが……」

「こいつ……」


 生きている。左半身が吹き飛んでなお、笑っていた。喋っていた。どう見ても異常だ。


「死ぬと色々面倒なんだよ……ま、テメエの強さはよーくわかった」

「……手前本当に人間か?」


 左側がぐちゃぐちゃになった顔面を歪ませ、タカハシは低く笑った。


「じゃあな、最強。借りはいつか返す。覚悟しとけ」

「待て……ッ!」


 タカハシの体が、足元から現れた黒いオーラに覆われる。タカハシを包み、地面に溶けて消えてしまう。手を伸ばすも虚しく、風牙の目の前でタカハシの気配が完全に消失した。


「逃げた……のか」


 額に妙な汗が滲む。

 よかった、と思っている自分がいた。あの男が死ななくてよかったと。どうしてそんなことを考えるのかはわからない。ただ、あの男を見ていると、強烈に心が締め付けられるような気がした。どこかで会ったことがあるような気がしてならない。

 そう。どこかで――――――。

 そんな考えを振り払うように、汗を手の甲で乱暴に拭うと冷静な思考が戻ってくる。


「……咲夜! 白!」


 風牙は海に背を向け、二人が待つ海の家に向かった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ――――――ミーン、ミーン。

 ――――――シャワシャワシャワ。


 じりじりと照り付ける太陽の光が、朝の訪れを告げてから随分と時間が経った。わずかに涼しいと感じる朝の時間が過ぎ、遠くでセミが鳴いている。


『続いてのニュースです。○○県桶螺町で昨晩突如発生した竜巻に関する情報ですが、気象庁の発表によりますと……』


「んんん~、あっつ……」


 ガラガラと引き戸を開け、鹿島彩は大きく体を伸ばす。穏やかな海に太陽の光が反射し、波が白く輝いて見える。


「おはよー彩……」

「おはよ」


 眠そうに目を擦る理子を見て、彩は微笑する。


「眠れなかったの?」

「うーん。おっかしいな~、ちゃんと寝たはずなのに……」


 理子は大きなあくびをして、入り口の傍のベンチに座ろうとするが、


「あれ」


 そこにベンチはなかった。


 彩はふと、昨日の夜何時に寝たのか思い出そうとした。

 ……思い出せない。

 確か、バーベキューの後シャワーを浴びて、眠たくなったので早めに寝たはずである。


「なんか昨日の夜、雷鳴ってなかった?」

「え? そうだっけ?」


 理子の素っ頓狂な声色に、彩は体の力を抜く。その時、最後まで寝ていた圭がのっそりと起きてきた。


「おっはよ~」

「……お早う」

「あれ、元気ないね」

「鹿島さんの言う通り、昨日の雷のせいで僕も寝不足なんだ……」

「なんかニュースでやってるね。竜巻? やば」


 三人は、お互いの顔色の悪さを見渡して大きなため息をついた。


「今日も泳ごうと思ってたのにね」

「帰るの昼前でしょ? 気分転換に泳いだらいいじゃん」


 そう言った理子は、白がいないことに気づく。


「あれ……白くんは? それに、海の家の人たちも」

「そういえば、いないね」


 彩は海の家の中を改めて見渡すが、誰もいない。すると、机の上にメモ書きがあるのを見つける。


「えっと、なになに……竜巻の復旧ボランティアに駆り出されたから、店を留守にする。ってなんじゃこりゃ」


 まだ半分寝ている頭で、ナチュラルにツッコミを入れてしまった。それを聞いた理子がケラケラ笑う。


「とはいえ、白くんがいない理由にはならないよね」

「確かに……」

「その問いには私が答えてあげよう」


 大きな波の音がして、三人は振り返った。彩は目を丸くして来訪者を見つめ、驚きの声を上げる。


「えっ、アイサさん!?」

「彩、知り合い?」


 照り付ける日差しを浴び、水戸角アイサはスタイリッシュな立ち姿で妖しく笑う。


「そう。この摩訶不思議夏ツアーを企画トータルコーディネートしたのは、世紀のトリックスター、アイサお姉さんだったのさ!」



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「で、全部自分でバラして帰ってきましたーって?」

「何だ銀滝隊員。えらく不満そうだな」

「当たり前だろ!」


 翌日。特命係のオフィスで拗ねていた白は、せめてもの抵抗として、アイサから押し付けられた今回の事件の報告書作成をサボっていた。


「説明! あの海岸で何があったんだよ! あの男は!?」

「それは私にもわからない」


 一瞬、アイサの顔に暗い影が落ちた。それに面食らった白は、口をわずかに開けたまま固まる。


「ほーら、これでも食べなさい。うまいぞ」

「……むぐ」


 口の中に無理やりカステラを押し込まれた白は、黙ってもぐもぐと口を動かした。

 甘くておいしい。


「聞いただろ? 〈ハンメ〉の話。今回の任務は、夏らしからぬ低刺激かつ無益な時間を過ごす哀れな銀滝隊員に送るプレゼントだった……というのは事実として、桶螺町の観光協会から寄せられた『不審者取り締まり』の依頼だったんだよ。そのために、君たちには敢えてあの場所で騒いでもらった訳だ」

「不審者?」

「そう。想術師協会のアベックから報告が上がっているだろう?」

「アベックってなに?」


 白からの純粋な疑問ジェネレーションギャップを華麗にスルーして、アイサは話を続ける。


「つまり、功刀風牙と戦った〈タカハシ〉なる人物が、今回の取り締まり対象だったのさ。まあ、まさか、あそこまで危険な人物だとは夢にも思わなかったがね」

「嘘くさいな……」


 直接戦わなかったどころか、一目見ただけの敵。暗くて白の目ではよく見えなかったが、派手な風貌の男だったような気がする。ただでさえ人も物も少ない田舎だ。何もせずに立っているだけで、確かに不審だろう。

 そして白は、祠付近での出来事を思い出す。


「くねくねの時と似てる」

「That’s right。つまり、そういうこと(・・・・・・)だ」

「そういうことだ、じゃわかんないだろ。説明が面倒だからってサボろうとするなよ」


 白は再び不機嫌なまなざしをアイサに向ける。


「ここまで話せば十分じゃないか。何が不満かね?」

「なんにも足りてない。彩たちが危険な目にあった意味は? 壊れた海岸の復興はどうなんの? おれ、海の家を守ったあとは傀朧(エネルギー)切れで倒れちゃったし」

「そこは私がきちんとアフターケアしたとも。海岸の修復も、報道機関や目撃者の記憶操作も、フェイク情報の用意も、私が手ずから行ったんだから抜かりは無い。滅多に発揮されない私の全力によって、万事美しく落着しているよ」

「そういうことじゃない。彩たちが危険だったって言ってんだろ」


 白は冷たく言い放ち、アイサに背を向ける。


「そこも何ら問題はない。君が守り切る。分かっていたことだ。更に言うなら、不審者が想定外の強さである場合も考慮して、功刀風牙達を配置して――――」

「もういい!!」


 白の叫びが、オフィスに響く。


「最低だよ、あんた」


 白は扉を乱暴に開け放ち、オフィスを出て行った。


「やれやれだな。何かまずかったか?」


 アイサは深々と椅子に腰かけ、天井を見上げて呟いた。


「分かってはいるのさ。友人をむやみに危険にさらした理由を聞きたかったんだろう。しかし前提が間違っているよ、白。銀滝白の背後は、時として世界で一番安全だ。貴重な十六歳の夏、限られた時間の中で、友人と過ごすサマーバケーションと仕事を取り合わせて何が悪い?」


 片手で両目を覆い、一呼吸で吐き出すようにつらつらと独りごつ。その手を口元までずらし、更に大きく嘆息する。


「なあ、白。これだから、お前達の気持ちは難しい」


 アイサは、デスクに置いてあった咲夜からの報告書を一瞥する。

 あの功刀風牙を追い詰めるほどの実力者、タカハシ。報告書には、常人離れした戦闘の様子が列記されていた。


「人為的な傀玉(かいぎょく)と、コバヤシにタカハシ……か。パズルを完成させるには、まだピースが足りないね」


 人のいない事務室で、アイサは再びゆっくりと目を閉じた。


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