とある夏の一幕編 雷と悪魔
いよいよ謎のモヒカンと風牙の戦いが始まる――!!
「ま、こんなもんか。しょせんオモチャだしな」
タカハシが発生させたイカの傀異が消滅した――――――。
傀朧の気配が消えたことを察知したタカハシはようやく足を止める。
「ずいぶん距離を取ってくれるじゃねえか。これで遠慮なく手前をぶちのめせるぜ」
「そうだなァ。邪魔が入って興が削がれちまったらダリいからよ」
どうやら二人はうまくやれたみたいだ。
風牙は横目で平和になった海を確認し、満足げに笑う。
「んじゃ、殺るかァ」
拳を構える――――――無風。そして、砂が蹴られる。
タカハシは、風牙が臨戦態勢を整えるよりも前に全身に傀朧を奔らせ、風牙の背後に回り込む。水平に放たれた手刀は雷を帯びており、風牙の首元を切り裂こうと迫る。その速度は尋常ではない、まさしく光の速さだ。
しかし――――――風牙は拳を上げ、容易くタカハシの手首を弾く。衝撃で雷が周囲に拡散し、火花を散らした。
「早まるなよ。話をしようぜ?」
「殺りながらでもできるだろ?」
手刀を返し、拳を振るう。
繰り出されるストレート、アッパー。
目で追えないタカハシの速さに、風牙は感覚だけで応戦する。寸分の狂いもなく、急所に打ち付けられる拳に、傀朧で強化した拳を合わせて正確に防いでいく。
タカハシは大きく足を振り上げ、かかとに傀朧を集約させて打ち付ける。
一瞬で砂浜が焦土と化す高密度の電撃。躱しているとはいえ、その余波が風牙の皮膚に焼けるような痛みを与える。
「オラァ! 雷槍散華!!」
右手をさっと目の前に振り、針のような細かい雷を放出する。
風牙が気づいた時には360度全方向から射出されており、逃げ場がない。
「ちっ」
風牙はカッと目を見開き、瞬発的に傀朧から発生させた風を放出する。光を放ちながら針がはじけ飛び、風圧がタカハシの体を押し上げる。
「!!」
跳躍した風牙の拳がタカハシの顔面を捉え、重い一撃が叩き込まれる。何とか両手で防ぎ、直撃は免れたが、海の中に飛ばされ水をまき上げる。
「改めて聞く。手前は何者だ?」
全身に水を浴び、立ち上がったタカハシに問う。タカハシは楽しそうな笑みで応える。
「それ聞いてどうすんだ?」
「明らかに普通の想術師じゃねえな。そんな、〈電気〉の概念を直接身に纏うような想術は見たことがねえ」
風牙はタカハシの使う想術の質が異様に高いことに疑問を抱いていた。殴った時の感覚も、まるで雷そのものを殴り飛ばしているかのように手ごたえがなかった。
実体を感じない。
「つまらねえ問答だぜ。それが知りたきゃ本気だせよ、功刀風牙」
「何だと」
「テメエが本気出しゃはっきりすんじゃねえのか。なあ、最強の特別一級想術師サマよ。普通の想術師じゃねえのは、テメエの方じゃねえか。バケモンが」
タカハシは手の平をクイッと上げ、風牙を挑発する。
安い挑発だ。何か狙いがあるのか。どちらにせよ、手を抜けば危険なことに変わりはない。
「いいぜ。俺が勝ったら、洗いざらい吐いてもらう」
風牙は首から下がっている十字架を乱暴に握りしめる――――その瞬間タカハシが距離を取ろうと後ずさりしたのを見て、すぐに手を離した。
「なっ!?」
風牙のボディアッパーがタカハシの鳩尾に入る。くの字に折れ曲がったタカハシの体に、風牙の拳が接触し続ける。
――――――幾重にも重ねられた傀朧の層が展開し、拳の先から徐々に放たれる。
「功刀流闘術、階風拳」
ざっと十八連撃――――――タカハシの鳩尾が弾けるような衝撃に耐えかね、悲鳴を上げる。吐血し、背後に吹き飛んだタカハシの体は、海沿いの岩壁に突き刺さって大きなクレーターを形成した。
「ぐぼっ!」
口からドロドロと流れる血の量が、衝撃の深さを物語っている。
「階風拳……貯めた傀朧を一気に飛ばすんじゃなくて、何回にも分けて飛ばすことで多連撃になる技だ。油断した手前にぴったりだったな」
「テんんメエェ……騙しやがって」
鳩尾を押さえ、悶絶するタカハシを睨み、風牙は改めて問う。
「鉢特摩のこと、知ってるみてえだな」
風牙はタカハシの胸倉をつかんで地面に叩きつけると、首を肘で押さえつける。
「もう一度聞くぜ。手前は何者だ」
殺気だった風牙の質問に、タカハシは口角を上げて余裕を見せる。
「くくくくく……ハハハハハッ!!」
「何がおかしい」
「いいや。オレももう一度言うぜ。知りたきゃ鉢特摩を使え」
「手前、状況わかってんのか」
風牙は首を絞める力を強めていく。
「手前が喋る前に、意識飛ばしてもいいんだぜ」
――――――笑う。
――――――笑う。
タカハシは笑い続ける。その邪悪な笑みが風牙の心に侵食していくように、釘付けになる。
その気持ち悪い感覚に、風牙の焦りが増し、首を絞めつける力がわずかに弱まる。
タカハシが口をパクパク動かす。風牙はそれを注視した。この状況で、この男が何を言うのか。この余裕の正体に興味を向けていた。
その一瞬の意識が、先ほど自分がした戦略をそっくり返されることとも知らぬまま。
――――――撥。
体を押し返される感覚が奔り、痛みでタカハシの拘束を解いてしまう。
急所――――――風牙の鳩尾を貫通した雷槍が、音を立てて風牙の体を焼いていた。
「がっ……!」
「オイオイどうすんだァァ!? 鉢特摩使わねえと死ぬぞ!?」
「くそっ……」
タカハシは、腹を押さえていた風牙の顔面を蹴り上げる。
雷を纏った高威力の蹴りがクリーンヒットし、風牙の体は豪快に吹き飛んだ。浅瀬に大きく水しぶきが立つ。
「負けず嫌いかよ……ッ」
「まだ喋れる余裕あんのか。頑丈だな」
タカハシは左腕を天に掲げ、一本一本指を握りこんでいく。それに合わせ、周囲の傀朧がデタラメに集約し始める。
「海にいる限りは逃げられねえぜ」
サッ、と腕を下ろした瞬間、浜全体を飲み込まんばかりの巨大な雷が天から墜ちる。
「雷槍天下」
爆音。衝撃。
摂氏三万度以上の巨大な雷撃が、桶螺海岸を襲う。海の水を瞬間的に蒸発させ、砂を吹き飛ばす。
デタラメな威力だ。距離が離れていたとはいえ、咲夜と白にも被害が及びかねない。
タカハシは、少々やりすぎたことに面倒臭さを感じ、ぽりぽりと頭を掻いた。
「あ‶―だりい。またどやされる。こんなこといちいち考えっからつまらねえんだ」
煙が晴れていく――――――。
タカハシは焦土と化した海岸を悠々と眺めるつもりでいた。
しかし、目の前に立っていた風牙の姿を見て、タカハシのボルテージがマックスになる。
「いいぜェ……そうこなくっちゃなァ!!」
――――――風が、タカハシの全身を駆け巡る。
タカハシの視界に入ったのは、真っ赤な光を放つ巨大な剣だった。
びりびりと肌に当たる濃密な傀朧。渦巻く闘気。息をするのも難しいほどの邪悪な殺気に、全身の毛穴が開く。否、これはもはや邪気という言葉がふさわしい。
ようやく本気を出した最強の想術師が、タカハシの命に指をかけている。
風牙は大剣を肩に乗せ、どっしりと構える。解放された刀身からどす黒い傀朧があふれ出し、風牙の全身を包んでいる。
呪詛をまき散らしたような黒い文様が、風牙の全身に夥しく刻まれると、傷が瞬く間に塞がり、体に受けたダメージが回復していく。
「それだ……それがオレは見たかった」
両手を広げ歓喜するタカハシに、風牙は鋭い深紅の瞳をタカハシに突き立てる。
――――――鉢特摩。風牙のせいで、呪われてしまった特上傀具。
事情も知らないこの男が、この力を称賛するのならば。
目の前で溢れる、このどす黒い傀朧を見てもなお、この力を称賛するのならば。
風牙の心が告げる。この男は紛れもなく悪党である、と。
「もういい……手前がいい奴じゃねえのははっきりとわかった」
風牙は大剣を両手で掲げ、天に向かって大きく伸ばす。
風が逆巻く――――――。
大剣に向かって風が吹いている。タカハシは吸い込まれそうになる体を押さえ、自らも左手に雷を発生させる。
天に掲げる大剣。地に構える雷。
風と雷。相対する二つの力が、大きくぶつかり合う。
地面が、海が、大気が震え、まばゆい光と圧が周囲を支配する。
「雷槍……」
「功刀流奥義……」
力と力が極限まで膨れ上がり、それらが同時に放たれる――――――!
「「放華昇華!!!」」
「「業風、破弩真!!!」」
力と力がぶつかった瞬間、タカハシの雷槍がはじけ飛ぶ。
赤い光がタカハシを飲み込み――――――爆ぜた。