とある夏の一幕編 楽しい夜がやってくる
――――――ちりん。
風鈴の音が、夕暮れの中響く。
クーラーの効いた海の家の中で、学生たちは休息を取っていた。
畳の上に仰向けで寝転がっている住吉理子は、大きく伸びをして力を抜いた。
「疲れた~」
「一番はしゃいでたもんね、理子」
外が夕焼け色に染まる中、バーベキューの準備が進んでいる。手伝おうと申し出たら、やたら体格のいい青年スタッフに休んでいろと言われた。
「ねえねえ彩。あのお兄さん、背も高くてかっこよくない?」
「んー、そうだね。イケメンなんじゃない」
言葉とは裏腹に、あまり感情の乗っていない彩の言葉を聞いて、明智圭が指摘する。
「鹿島さんには白くんがいるからね」
「は、はぁぁ!? 何言ってんの!?」
「わー。何その反応」
ニヤニヤとこちらを見てくる二人の視線に、耐えられなくなった彩は立ち上がる。
「彩はちっさい子がタイプだったのか~」
「ちっさい子って、言い方!」
「彼、いきなり大胆なことをするところもあるからね。ギャップ萌えってやつかな」
「誰がちっさい子だ」
気が付けば、シャワーを浴びて髪が濡れたままの白がこちらを睨んでいる。
「これから伸びるんだよ」
「そうだよ! どうすんの理子、白くんがあのお兄さんみたいになったら!」
「えっ……」
理子はしばらく考えたのち、筋肉ムキムキになった白を想像して噴き出した。
「いや、ないわ。小さいままでいいと思うよ」
「勝手なこと言うな!」
白がムキになると、入り口の引き戸が開いて風牙が顔を覗かす。
「準備できたぜ! 腹減ったろ」
「やった! 焼肉だ―!」
理子は白から逃げるように外に駆け出した。
二つの大きいコンロに網を乗せ、肉を豪快に炭火で焼く。
炭の香りと肉の香ばしい香りが、鼻孔を刺激する。
目を輝かせた理子は唾を飲み込むと、紙の取り皿にタレを投入する。
「なんかこの辺で有名な和牛らしいぜ。じゃんじゃん食べてくれよな」
『いっただきまーす!』
咲夜は色とりどりの夏野菜と肉をバランスよく網にのせ、次々と皆の皿に入れていく。
「何明智君~さっきからあの店員さん見て。団子より花ってか」
「花が何よりのスパイスになることを君は知らないのかい?」
「あれ、そういうキャラだっけ」
理子と圭が言い合っているのをよそに、咲夜が肉を白の皿に入れる。
「あ……」
白が一瞬顔をしかめたのを見て、彩がその肉をひょいと摘み上げる。
「私が食べるね」
一口で頬張り、白にウインクをする。
「入れましょうか?」
「あ、いえ。ありがとうございます。自分で入れます」
咲夜は二人の様子を見て、肉を入れるのを止めた。
「ねーねーせっかくだからお二人も食べたらどうですか?」
「えっ、私たちは……」
「そうですよ! お二人は今日一日働いてたんですし、一緒に食べましょう」
彩と理子の思わぬ提案に二人は顔を見合わせて、「それなら」と、紙皿を用意する。
「いやぁビール飲みてえなー」
「だめよ。調子に乗らない」
「はーい」
咲夜に怒られた風牙は、咲夜に皿と割り箸を渡す。
「お二人は仲がいいですね。お知り合いですか?」
「ええ、まあ」
「知り合いというか、家族みてえなもんだな」
「ちょ、風牙何言ってるの!?」
咲夜が顔を赤らめたので、風牙はしめしめと笑う。
「仕事仲間なんです。私たち、本業は別のことしてて」
「へー。どんな仕事なんです?」
咲夜は一瞬考えて、頬を掻きながら答える。
「えっと……人知れず誰かを助けるみたいな? そんな仕事です」
「ようは正義の味方みてえなもんだな……もぐもぐ」
「よくわかんないけど、なんかすごい」
それ以降会話が途絶え、肉の焼ける音だけが辺りに響く。しばらくの沈黙後、不意に遠くから聞こえた声に、一同は振り返る。
遠くから手を振っていたのは、六十代くらいの男性だった。ふっくらとした体格がどこか愛嬌を感じさせる。
「オーナーさん」
「いやぁごめんね。ご挨拶が遅れてしまった。君たちが例の専門家の子たちだね。はじめまして。私はこの海の家、〈オッケー〉のオーナーをやっている者だ」
丁寧に頭を下げ、にっこりと笑ったオーナーに、白の顔色が変わる。
「ねえ。今なんて言った?」
「あ‶―。わりいわりい。何にもねえんだ何にもねえんだ」
「隠し方が下手すぎだろ」
白は、風牙の腕を引っ張って彩たちから離すと、睨みつける。
「……おかしいと思ったんだけど。なんか隠してる?」
「ちょっと待て。お前知らねえの?」
「どういうこと……」
ひそひそと何か話している二人を尻目に、オーナーは持ってきたアイスクリームの袋を海の家の冷凍庫に入れて戻って来た。
「本当に助かるよ。なにせ、普通の人には言えない話だからね。誰も信じちゃくれない」
「あ、あの! オーナーさんすいません」
咲夜が慌てて話を遮ると、オーナーに耳打ちをする。
「この子たちは関係ない一般の子たちなんです」
「えっ!? そうなの」
オーナーは慌てて彩たちに弁明する。
「ごめんね。勘違いしちゃった」
「あの~、何かあるんですか? そういえば何でお客さん誰もいないんですか?」
「そうだね。僕も気になっていたよ。この時期に貸し切りを受け付けるだなんて、変だと思ってたんだ」
何か事情があると勘繰った理子と圭は、オーナーに説明を求める。彩は、話せない事情が何なのか、何となく理解したので押し黙る。
―――――――傀異がらみだ。きっと。
よくよく考えれば、貸し切り券をあのアイサから渡された時に疑うべきだったのだ。
(でも、私だけならともかく何で理子と圭を……危険に晒したくないんじゃないの?)
そう思った時、以前白から言われた言葉を思い出す。
――――――理子には、傀異との縁がない。いくら傀異に近づいても、傀朧が寄り付かない体質なのだと。つまり、理子がいると傀異よけになるということだろうか。現場に私たちがいたとしても、危険になるリスクがむしろ減るなら納得する。
しかし、この間のこともある。必ずしも傀異が寄り付かないわけはない。リスクが減っても、絶対安全とは言い切れないのではないか。一抹の不安がよぎる。
彩は二人に詰め寄られ、焦るオーナーを庇うように前に出る。
「ごめんなさい二人とも。実はね……本当は夏名物の怪談話をしようと思ってて。打合せ不足でこうなっちゃったの」
「怪談話~!?」
目を輝かせる理子のテンションに合わせ、咲夜は続ける。
「これもプログラムの一環だったんだけど……でも、オーナーさんは私たちを脅かそうと、仮想の設定を用意したんですよね!」
「そ、そうなんだ! ごめんね勘違いさせて」
「も~早く言ってくださいよ! 私、そういうの大好きなんです!」
咲夜は理子がノリノリで反応してくれたので、何とか誤魔化せてほっとする。
オーナーは咲夜に何やらひそひそと聞いている。そして咲夜は、二人を席に着かせ、飲み物を渡して一息つかせる。
(流石にちょっと無理があったかな。でも仕方ないよね)
そのタイミングで、離れていた白と風牙が戻ってくる。風牙は白に怒られたようで、しゅんとしていた。
すると、佇まいを正したオーナーがこちらを向いて咳を払う。
「おほん。では、ここ桶螺海岸に伝わる言い伝えを話します」
「お願いします!」
ノリノリの理子と、腑に落ちない様子の圭をよそに、オーナーが口を開いた。
夏といえば怪談話!
どんな話が聞けることやら……