想術師連続殺人事件編 正規品、或いは旧型②
その②です\(^o^)/
【干渉】、【変質】。【強化】に並ぶ想術の体系の基盤、五大要素の二つ。
シンプルであるが故に、術者の練度によって効力が大きく変化する技術。ここまで大規模な【干渉】は、普通の想術師にはまず不可能だ。
膨大な傀朧の受け皿となる、強力な器が要る。大規模かつランクの高い傀具か――――白のような、特異な肉体か。
(――――ヤバい。ヤバいことだけは、わかる)
数多の背後には、巨大な球状の血液が、今も尚その大きさを膨張させている。周囲一帯の傀朧は根こそぎ数多に奪われ、その紅い球に収束していく。
数多が何の為に傀朧を集めているかは定かで無いが、このまま数多を放置すれば、取り返しの付かないことになるのは容易に想像できた。
白は落ちてくる瓦礫を蹴り、勢いを付けて再び数多をその脚で狙い穿つ。
「二度もやられに来るとか、マジでやってる?」
数多はせせら笑い、両腕を左右に振るった。
「カタルにオチルってやつだぜ、セイキヒン様よお!」
先程白を弾いた血液の膜が数多の前に展開する。脚が膜にめり込む瞬間、白は両掌を引き延ばすように広げた。膜がビキビキと音を立てて引き延ばされ、薄く張る。
ぱあん、と甲高い破裂音と共に、白の脚が数多の想術を蹴破った。
「マジか――――っ!!」
焦りで数多の笑みが引きつる。数多は周囲に充満した濃い〈血〉の傀朧を両腕に収束させ、白の脚を受け流した。逸れた脚が、廃遊園地の色あせたレンガを粉々に打ち砕く。
脚を地面に取られている白の顔面に、すかさず数多の拳が迫る。白はそれを紙一重で躱し、頬に掠めたその腕を鷲掴んだ。殴りかかる勢いを利用して地面に引き倒そうとするが、それを阻むように数多の背後から紅い円月輪が白の首を狙う。
「飛血鎌――――拳付きだ!」
咄嗟に白が身を引いたことによって自由を得た拳が、体勢を崩し地面に手を付いた白めがけて振るわれる。
躱される事を想定して、数多はもう片方の腕にも傀朧を纏わせていた。しかして――――白は、避けなかった。
数多の拳を正面から肩に受ける。骨の砕ける嫌な音を気にも留めず、白は地面に片肘をついたまま、寝返るように反動を付けて数多を蹴り上げた。
ぱぁんと空気の裂ける音が響く。
鋼鉄さえ貫くであろうその蹴撃を受けたにも関わらず、数多はよろけるのみで踏みとどまった。【強化】した腕を盾にしたのだ。強烈な一撃の痺れに震える手を握り込み、数多はぎらつく笑みを浮かべた。
「やるじゃん旧型」
数多が身じろぎするより速く、白が動く方の片腕で拳を打ち込む。肩の砕けた腕を鞭のように振るい、足技も使いながら、絶え間なくひたすらに打撃を与え続ける。
(今、こいつに余裕を持たせるのは駄目だ)
数多の背後にある血液の球――――概念と形を与えられた傀朧の塊は、最早その大きさの変化を目で捉えるのが困難なほどに巨大化してしまった。
数多が周囲の傀朧へ【干渉】【変質】する為に割く余力を奪い、隙を与えず――――その傀朧を、白が乗っ取る。
現状を打開するには、それしか無かった。
「――――ねえ。おまえ、さっきから何」
「っ、嘘だろオマエ、ここでっ、お喋りかよ!」
不意打ちのような白からの問いかけに、数多は打撃を受け流しながら応える。
「何って、何が!」
「正規品とか、旧型とか」
このままでは甚大な被害が出る。そのどうしようもない事実によって冷却された白の頭には、先程から繰り返されるその単語がいやに引っ掛かっていた。
「うわ、嫌味かよ。性格ワリいな」
その返答に眉をひそめた白を見て、数多は一転、冷めた声でぼやくように続けた。
「――――いや、マジで言ってのか。ほんとサイアクだな、オマエ。何にも知らねえじゃん」
「あっそ。別に良いよ、おまえの都合なんか知らなくても。これだけ分かってれば十分だ。お前がやったことも、これからやろうとしていることも、絶対に許されない――――お前は、人殺しだ」
白の声に熱が帯び、打ち込む拳に力がこもる。
(――――倒さなきゃ、おれが)
先程の、脳を焼くような感情がリフレインする。その苛烈な感情に持っていかれないよう、白は押し殺すように息を吐いた。
制御する。
己の感情を制御する。数多の関心の方向を制御する。周囲の傀朧を伝播して、より広く、より多く、渦巻く傀朧を制御する。
数多に気付かれぬよう、外側からじわじわと、傀朧に【干渉】する――――。
「あ゛? 何言ってんだ、オマエ」
しかし、白の集中は、数多の怪訝な声で断ち切られた。
「オマエもオレも、やってることは同じだろ」
数多は、本気で分からないと言いたげな声で続ける。
「オマエ、何の為に追ってきたんだよ。オレを殺すためだろ?」
――――ころす?
――――ころす――――殺すって――――おれが?
白の思考が、完全に停止する。力の抜けた拳が虚しく空を切る。
ここまで【干渉】した傀朧が手放される感覚で我に返った白は、取りなすように否定の言葉を口にした。
「ちがっ……」
「違う? 何が? ここまでこんだけ殺気で煽っておいて? ジョーダンだろ」
「……やめろ、違う!」
思考が乱れる。誤魔化すように打ち込む攻撃を増やし、力任せに拳を振るう。
「? 何がだ? マジで分かんねえんだけど」
およそお互いの命を奪い合っているとは思えないような困惑顔で、数多は言い放った。
「屋上で敵を殺したオレと、今ここでオレを殺そうとしているオマエの、何が違うんだよ」
白の中で、何かがぶつんと切れる音がした。