想術師連続殺人事件編 正規品、或いは旧型①
お待たせいたしましたー!!
今年最初の投稿です。今年もよろしくお願いいたします!
出会ってしまった白と数多。二人は何を感じ、何を思うのか――?
気付けば、駆け出していた。
「白!」
馬崎の制止は、白の耳には届かない。怒りに占拠された頭で、感情のまま、血倉数多に殴りかかる。
数多は大きく飛び退ってその拳を躱し、そのまま隣の建物に飛び移った。大きな破砕音と共に白の拳がコンクリートを抉り、アパートの屋上にクレーターができる。
「おい馬鹿! お前ここ人住んでんだぞ! 加減しろ!」
「馬崎さん、口調崩れてます!」
「言ってる場合か結城さん!? 白を止めないと!」
「また派手にやって、悪い子だな銀滝隊員は」
「ふざけてる場合かって言ってんだろ! あんたが止めろよ!」
「何故?」
「アイサさん以外に力業で止められる人員が居ないからだよ!」
背後のやりとりに気付かないまま、白は数多を追って隣の建物へ跳んだ。
「おい、行っちまったぞ! いいのかアイサさん!」
「そう何度も呼ぶな、優貴。良いんだよ、白は成長期なんだ。好きにさせてやりなさい」
「放任主義の父親みたいなこと言いますね~」
「だから結城さんもさっきから何なんですか! 気が抜けすぎてませんか!?」
「だって、アイサさんが『良い』って言ってるんですよ? 大丈夫に決まってます」
「いや、結果的に上手くまとまるってだけで、いつも全然大丈夫じゃないですからね……毎度毎度、周囲に百二十パーセントを求める綱渡りなんですから、アイサさんの戦略は」
馬崎は呻きながら、諦めたように目を閉じて首を振った。
「はあ……誰かさんの気が向かないなら、出来ることをやるしかありませんね。結城さん、逃走した少年の傀朧照合をお願いします。私は遺体を確認するので」
端々にとげとげしさを含ませながら指示を出し、馬崎は遺体に歩み寄った。しゃがみ込み、束の間手を合わせて黙祷した後に、傷だらけの遺体を検分する。
「失礼しますよ」
手袋をした後、バッグから紙製の札型傀具を取り出し、遺体に触れさせる。
傀具・照傀紋符。
傀朧を良く通し良く含む特殊な紙・青源和紙を用いて作られた、傀朧照合の為の傀具である。指紋や声紋と同じように、個人が発する傀朧にも傀紋が存在する。そして、特定の傀紋を再現した薬液を染みこませた照傀紋符は、同じ傀紋を持つ傀朧に青色の反応を示す。
想術師免許の発行には、傀紋の登録が必須だ。その際、想術を悪用しないという宣言書の作成と共に、十枚の照傀紋符が作られて協会で保管される。
何万と居る想術師全員の中から合致する傀紋を探すには不向きだが、ある程度アタリが付いていれば、特定の精度は非常に高い。
「――――やはり、ですか」
馬崎の手の中で、照傀紋符が青く染まる。
白が持ち帰ったUSB。そのリストに名前があった『田中太郎』は、目の前で死んでいる少年で間違いなかった。
「馬崎さん、当たりです!」
佳澄も、青く染まった照傀紋符を掲げる。
「白くんが現在追跡中の想術師、連続殺人事件の犯人と傀紋一致してます! そっちはどうですか?」
馬崎は無言で佳澄に照傀紋符を見せる。佳澄の表情が曇る。
「やっぱりそうなんですね。つまり……」
「はい。この遺体は、身元不明の無縁仏ということになりますね」
あらかじめ、『田中太郎』については調査してあった。身元を辿った結果、行き着いた戸籍は偽造されたものだった。本人の出自は不明だ。
照傀紋符が示した結果は、『分からないということが分かった』という、芳しくないものだった。
「……ところで、結城さん」
馬崎は立ち上がり、周囲を見渡す。
「アイサさんはどこに?」
「はぇ?」
気の抜けた声と共に、佳澄が慌てて周囲に視線を巡らせる。
「い、いません! いつの間に!?」
「彼女には、一言声を掛けるという概念が無いんでしょうね……」
呆れ声でぼやき、馬崎は天を仰いだ。淀んだ夜空には星一つ無い。
(白、頼むから無事に帰ってきてくれよ――――佐竹さんが何のために身体張ったか、今のお前なら分かってるだろ)
◆ ◆ ◆
ビル群の頭上を駆ける影が、二つあった。
でたらめな速さと軌道で逃げる数多を、間隔を開けずに白が追う。
(【強化】――――【強化】――――)
白は僅かに残った自制心で建物への衝撃を相殺しながら、ビルの屋上を踏み、電柱を蹴り、膨大な傀朧を消費して加速する。
(【強化】、【強化】、【強化】――――!)
ひたすらに【強化】を重ね掛けした白の脚は、一般人でも視認できるほど青く光を帯びていた。
(倒さなきゃ――――おれが、倒さなきゃ)
脳裏に、血塗れで倒れ伏した少年の姿が焼き付いて離れない。彼は間違いなく死んでいた。
目の良い白は――――傀朧の動きで人間の存在を否が応でも感知してしまう白は、あの場に居た特命係の誰よりも早く確実に、少年が死んでいるという事実と対面していた。
(許される事じゃない、許されて良い事じゃない! どんな理由があっても!)
白は奥歯を噛みしめ、更に速度を上げて夜の街を駆ける。
数多の姿は常に視界にちらついているが、奇抜な動きのせいで想術を当てられそうに無い。普段なら膨大な傀朧量でゴリ押す事も出来るが、避けられてしまえば大幅なタイムロスだ。
確実に仕留めるなら、肉弾戦ができる距離まで近付く必要がある。
今の白の脚ならば、一撃の蹴りで数多の肉体を粉々にすることも容易だろう。
(倒さなきゃ駄目だ。おれが、倒さなきゃ――――……?)
取り憑かれたように数多を追う白が、表情を変える。
数多から溢れる傀朧の質が、急変した。
むせ返るような錆び臭さと、じっとり生暖かく湿った空気の質感。
高濃度の、〈血〉の概念。
「っ!!」
白は咄嗟にビルの給水塔へ自分の靴を引っかけ、脱ぎ捨てた。靴に付着した血の概念が見る間に後方へ遠ざかり、夜の闇に消える。
「ちぇ、気付いたか」
白の耳が数多のぼやきを捉える。睨み付けた先で、数多は意地悪く得意げに笑った。
気付けば、数多が通ったであろう場所から、禍々しく濃い傀朧が立ち上っている。時折広範囲に振りまかれたそれが放つ死臭で、白の頭に血が上る。
(――――!)
怒り一色の思考を整理する間もないまま、白はトラップだらけのビル群に突っ込んだ。
「馬鹿かよアイツ」
嘲るように呟き、数多は指をぱちんと鳴らした。
即座に白の足元が起爆する――――跳躍し、爆発と血煙を目下に躱す。
爆発自体は小規模だが、撒き散らされた血が障気を放っているのが見て取れた。吸い込まないよう呼吸を止める。
着地先にべったりと付いた傀朧を身を捩って躱し、ビルの外壁を次々と蹴ってジグザグに身を躍らせる。その先に配置された傀朧の塊を避け、飛び上がって足場の無い白の首を、紅い円月輪が狙い撃つ。
「――――っ!」
白は空中で身を捩り、遠心力で勢いづいた脚で数多の想術を蹴散らした。その反動で数多との距離を詰め、崩れた体勢のまま力任せに鉄塔を蹴って数多に手を伸ばす。
「血霧!」
数多は白に向け、掌から血液を噴霧した。周囲に濃く赤黒い霧が立ちこめる。白の視界が紅く染まり、伸ばした手が空を切った。白がよろけながら着地して体勢を立て直すのを尻目に、数多は明かりの少ない郊外に向かって遠ざかっていく。白は自分の脚の軋む音を聞きながら、再び跳躍した。
数多の想術を正面から浴びた白は、灼けるような痛みに顔をしかめながらも、速度を落とさず数多を追う。距離が縮まらないまま、二人は郊外の廃遊園地に入った。
ジェットコースターのレールの上を駆けながら、数多は先程と同じように想術を振りまく。
「オマエ、一人で来たんだな! 自分一人で十分ってか? 舐めてんなあ!」
張り上げられた数多の声は怒気を孕んでいる。白に向けて突き出された両手の動きに同期して、レールの一部が一気に膨張した。
「セイキヒン気取りで余裕かましてんじゃねえぞ、旧型!」
轟音と共に、白の目前でレールが爆発する。白は爆発の直前にレールを蹴って跳び上がった。爆風に背を押され、分断されたレールの対岸に着地するも、その足元が大きく揺らぐ。経年劣化で脆くなったレールは、連鎖的に崩壊の範囲を広げていた。傾く足場の上を駆け、崩れた鉄骨を飛び渡りながら数多を追う。
(ここなら――――!)
白は、数多の足場になっているレールの骨組みに掌を翳した。白の得意とする、〈超能力〉の概念を基盤とした想術。
「砕、けろぉおおおおおお!」
全身を震わせながら叫ぶ。白が狙い定めた一点を中心に、金属の破砕音と亀裂が一瞬で広がっていく。ガラガラと音を立てて崩れるレールから飛び降りた数多は、崩れかけたお化け屋敷を踏みつぶすように着地した。
「――――!」
声にならない声を上げながら、白は数多めがけて跳んだ。白の極限まで【強化】した脚が数多を追撃する。ひび割れたコンクリートが更に抉られ、地響きと砂煙が立つ。
砂煙を突き破って空中に弾き出されたのは――――攻撃を防がれた白だった。
「振りがデケーんだよ、旧型! 見てて分かったわ、オマエがそんなんだからオレもオーザッパになっちまったんだわ。マジ最悪! まあ、絶対オレの方が先にコクフクすっけど!」
砂煙の中で数多が喚く。空中の白からはその姿を捉えられないが、お化け屋敷の瓦礫の上から動く気配は無い。しかし――――。
白の背筋に、ぞわりと悪寒が走った。
砂煙が落ち着き、視界がクリアになる。そこにあったのは、巨大な球状の血液を背後に携えた数多の姿だった。
頭に上っていた血が、見る間に引いていくのを感じる。
廃遊園地という場は特性上、傀朧が溜まりやすい。数多はそれらを掻き集めて【干渉】し、即座に己の持つ〈血〉の概念に【変質】させた。
「ま、傀朧の扱いも絶対、オレの方がすげーし?」
傀朧の動きを捉えられる白の目には、広範囲から集められた膨大な傀朧が一気に塗り替えられる異様な光景が、まざまざと映っていた。