想術師連続殺人事件編 女神様のみもとに
60話目です!!
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星一つ見えない都会の空の下、銀色の髪の少年が、アパートの屋上に立っていた。
少年と相対するように立っているのは、同じく銀色の髪の少年だ。一人は詰め襟の制服を、もう一人は絵の具を撒き散らしたようなTシャツが目を引くカジュアルファッションを身にまとっている。
似たような背格好の二人の間に、静寂が流れる。
「……はは」
詰め襟の少年――――白い制服を着た彼は、真っ黒な瞳を細めて笑みを溢した。
「何だよ」
「見て分かりませんか、嬉しいんですよ。ようやく、神に与えられた役目が果たせる」
「カミニアタエラレタヤクメって、何だよ」
「お前に言ったところで理解できない、崇高な役目ですよ」
その言葉を聞くか聞かないかのところで、もう一人の少年――――血倉数多が動いた。右手が振りかぶられ、目の前の少年に血の弾丸が飛来する。
それらを事も無げに躱し、少年は自分の髪に触れながら暢気に話を続ける。
「お前のそれは、本当に、生まれつきの銀色なんですね。僕の染めた髪とは、遠目に見てもやはり違う。神の子と同じ髪の色だ。全く――――忌々しい」
「さっきから何なんだよ、オマエ。カミがあーだこーだって、あやしい宗教かなんかかよ」
「宗教、ですか。間違ってはいませんね。僕達には、信じる神がいる。しかし、何の信念も持たずに惰性で生きている人間の方が、ヒトとして『あやしい』……と、僕は思いますけどね」
「そんなのどーだって良いんだよ、オレは最初から言ってんだろ。何なんだよ!」
怒鳴り声と共に、数多は再び少年に両手をかざした。赤い残光が幾筋も尾を引いて少年を襲うが、彼は避けなかった。少年の周囲で血液の弾が硬質な音を立て、その身体に触れること無く弾け飛ぶ。少年の余裕ぶった態度に、数多はより表情を険しくした。
「何、とは?」
「言わなきゃわかんねーの? オマエは何だ、オマエらの目的は何だ、オマエらのやってる事って何なんだ!」
「分かりませんか」
「分かんねーから訊いてんだろーが!」
少年は微笑んだ。穏やかな表情で薄闇の中に佇むその姿は、とても数多と同世代の少年には見えなかった。
「分からないでしょうね。この後お前は、何も分からないまま戦う事になる」
「あ゛? 確かにオレ、オマエの事なんて知らねーよ。知らねーけどさあ」
数多は右手を胸の前で握り込む。その手を解けば、ひとかたまりの血液の球体が夜の街明かりに煌めいていた。数多を取り巻く傀朧が一気に膨張し、脈打ちながら急激にその濃さを増す。
「血は流れてんだろ。なら、殺せる。それだけは知ってるぜ」
「……ふっ」
少年は再び笑った。数多の背筋が粟立つ。
その笑みは、酷く歪んでいた。笑いながらも潜められた眉が、いびつに細められた目元が、その感情を数多に色濃く伝える。
まるで、酷く汚いものを哀れむような笑み。
「何がおかしいんだよ、さっきから!」
「いえ、何も? 言ったところで無駄でしょう。ああ、しかし、物凄い量の傀朧ですね。きっと良い電池になる。安心してください、お前のような愚かな不良品にも、女神様は償いの機会をお与えになります。お前が神の子に裁かれたなら、きっと」
少年の声が熱を帯びる。
(神の次は女神かよ。そんでオレ知ってるぞ、こういうのを「ゾッコン」っていうんだ。そういうやつはモーモクになるんだ。茉莉花が言ってた)
数多はうんざりして溜め息を吐いた。
「……分かったよ。オマエと話しても何にも出ない。何言ってるか意味分かんねえや」
言い終えるより早く、数多は身を低くして地面を蹴った。
「紅蓮剣山!」
両掌を少年に向けて交差し、一気に両側に振り払う。掌に溜められた血液が、針となって少年に襲いかかる。
(言葉乗せて強化したけど、多分駄目だ。さっきのアイツの身のこなしなら、これは躱される。悔しいけど、オレは狙いが甘いから……飛血鎌で仕留める)
背後で密かに溜め込んだ大振りの血鎌を発射しようとするが――――結果、それは不発に終わった。
数多の放った無数の血針が、容赦なく目の前の少年の全身を貫いた。
白い制服を己の血液で真っ赤に染めながら、少年は笑顔のまま倒れ伏す。
「……は?」
数多の口から間抜けな音が漏れる。
(こいつ、避けなかった……?)
拍子抜けして動きを止める数多に、少年はやや擦れた声で語りかける。
「いいでしょう、この服。血がよく映えて――――君の犯行が、より目立つ」
その暢気な口調は、少年の現状にまるで不似合いだ。数多は、頭を失っても動いている昆虫を見ているときのような気持ち悪さを覚え、嫌悪の目を少年に向けた。少年は既に光を失った目を虚ろに彷徨わせながら、なおも言葉を紡ぐ。
「僕を殺したのは間違いなくお前ですよ。出来損ないの連続殺人犯。お前が僕を殺した。あのリストに入っている、想術師で、ある、ぼ、く……を」
声が細り、血の気の引いた唇から力無く零れる。
「ああ……これで僕も、女神様の、みもとに」
その言葉を最後に、少年の身体は動きを止めた。
静かになった屋上に寒風が吹く。数多の前には、笑顔のまま事切れた少年の骸だけが残った。
「……何、だったんだ?」
数多は呆然としてその場に立ち尽くした。
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
あまりに気持ち悪くて、頭が追いつかない。
「――――!!」
放心していたのも束の間。背後に気配を感じ、数多は勢いよく振り向いた。そこに佇む少年の容貌に、数多の目が見開かれる。
そこに並び立つのは、甲斐と佐竹を除く特命係の職員四名。
その先頭に立っていた少年――――銀滝白の視線は、血塗れで横たわる亡骸を捉えて震えていた。
「……遅、かった……」
青ざめた唇から小さな声が零れる。
「……ああ」
数多は小さく呟き、その顔を歪めた。憎しみの籠もった目で、威嚇するように歯をむき出して笑う。
自分に似た顔、似た声、銀色の髪。繰り返し聞かされた名前。
自分と同じ作り物の、正規品。
「オマエが神気取りか、旧型」
とうとう出会ってしまった白と数多。
この出会いは必然なのでしょうか。
次回は二人が激突します。