想術師連続殺人事件編 敵の顔
「――――どういうこと?」
特命係事務所。
佐竹と別れて都内に戻ってきた白は、愕然とした表情で馬崎に問うた。
「おれの聞き間違いじゃ無ければ、番長と連絡が取れないって、そう聞こえたんだけど」
「そう言いました」
馬崎はノートパソコンに向かったまま、涼しい顔で答える。
「佐竹さんなら余程のことが無い限り問題無いでしょうが、今回はイレギュラーが多い。ついさっき、アイサさんが差し向けた場所へ、甲斐さんが応援に向かいました」
「なんでおれに連絡しなかったんだよ、係長! おれの方が近かった、言ってくれればすぐ行けたのに!」
「この事件の捜査権は剥奪済みです。捜査ではなく救援ですから、同階級の巡査である白君を向かわせるのは適切で無い。それに、止められていたんですよ、佐竹さん本人から。理由は分かるでしょう?」
「……っ、くそっ!」
白は拳をテーブルに打ち付ける。
潜入捜査前、佐竹が言っていたことを思い出す。
(「シロ、無理してないか」)
(「今回の事件、血の気が多いだろ。傀異ならまだ平気だろうけど、今回絡んでるのは人間だ」)
(「必要ないとこで無理はするなよ」)
(「早めにあたい等を頼れ」)
「……ずっと、おれの心配ばっかしてさ。自分はどうなんだよ、バカ和音……!」
悔しげな白の目に涙が滲む。遠巻きに心配していた佳澄が痺れを切らし、ココアを片手に近付こうとしたが、それを制して前に出たのはアイサだった。
「まあ落ち着けよ、銀滝隊員」
「……っ!」
肩に置かれた手を振り払い、白はアイサに掴みかかった。
「アイサが! ……っ!」
行かせた所為だろ、と続く言葉を、すんでのところで飲み込む。
「分かってたんだろ、こうなる事!」
「ああ、その通りだ。だから断言できる、和音は無事だよ。何なら戦う前より元気になって帰ってくる」
「何だよそれ……ふざけてるなら許さない」
「私はいつも大真面目さ」
白はアイサを睨みつける。それでもなお崩れない余裕の表情に、白はようやくその手を離した。
「先程から言っているだろう、落ち着き給えよ。白も疲れただろうと、佳澄がココアを入れているんだ。飲みなさい」
「……あ! そう、そうだよ白君。白君も頑張って来たところなんだから、一回ひと息つかないと!」
アイサに促され、佳澄が手に持ったココアをテーブルに置いた。白は苦々しい顔のまま、それでも素直にココアを飲む。
「優貴。戦利品のUSB、中身はどうだった?」
「名簿ですね。過去の想術師連続殺人事件の被害者が主ですが、存命の想術師の名前も見られます。大体が、今回オフィスで殺された竹内氏と同じ『傀異対策局第二部』所属の想術師ですが――――ありました」
馬崎はノートパソコンを持ってテーブルにつき、その場の全員に見えるよう、パソコンの画面をくるりと返した。白と佳澄が顔を寄せて覗き込む。
「一人だけ、異様に年若い想術師がいます。『田中太郎』。年齢は17歳」
「うわ、こてこての偽名ですね。イマドキ、市役所のお手本でも見ない感じの」
佳澄が思わず溢す。
「怪しいのは名前だけじゃありませんよ、結城さん。併記してある住所を見て下さい」
「……あ」
「なに?」
白だけが分からず首を傾げる中、馬崎は「そうです」と続けた。
「結城さん達が行ったマンションの、例の犯人部屋の住所です」
佳澄の表情が強ばる。やはり状況が飲み込めない白は、眉をひそめて馬崎に問うた。
「……よくわかんないんだけど、つまり、その『田中太郎』が犯人ってこと?」
「恐らくは」
頷く馬崎のポケットから、バイブ音が立つ。
「和音だろう。出てやれ、優貴」
「言われるまでもありません」
馬崎はスマホを取り出し、スピーカーにしてテーブルに置いた。
『よお、係長。電話貰ったみてえだが、取れなくて悪かったな』
「番長!」
「先輩~!!」
白と佳澄が、揃って身を乗り出す。
『お、皆揃ってんじゃん。二人とも元気で結構なこった。シロ、USBはちゃんと持ち帰れたか?』
「余裕。そんなことより番長、無事!?」
『心配すんなって、無事だよ無事。ぴんぴんしてるくらいさ! 傀朧はすっからかんだけどな』
「……佐竹さん、想極を使ったんですか」
『まあな』
馬崎が苦い顔をする。
「佐竹さんがそこまでする敵がどんな奴か、非常に気になりますね」
『……子供だったよ。ちょうど、シロと同じくらいの』
「おれと?」
「ってことは、17歳……ですか?」
白と佳澄が顔を見合わせた。馬崎が顎に手を当て、小さく頷く。
「なるほど。名簿にある『田中太郎』と合致しますね」
『なんだそのコッテコテの偽名。あたいが戦った奴は、血倉数多って名乗ってたぜ。名前通り血を操る想術を使う、傀朧量にモノ言わしたパワータイプの想術師だった。強かったぜ。そんで、外見の特徴っつーか……年齢もそうだけど、背格好も……というか、なんつーか……』
「おや、歯切れが悪いですね。佐竹さんにしては珍しい」
『言いづれえんだよ。あー、その数多ってチビ助は、さ――――』
「銀滝白と瓜二つだった、とかかい?」
アイサの言葉に、その場が静まりかえる。
『……正解だよ、アイサさん。全くあんたは、何でも知ってるな』
「いや、知っていたわけじゃ無いよ。言葉尻から、和音がそう言いたがっているのが分かっただけさ」
『本当か? まあ、どっちでも良いや。ほとんど白と生き写しみたいな顔だった。強いて言えば、目だけ違ったな。あいつの目は赤かった。シロの目は紫っぽいもんな』
「……それじゃあ、見たらすぐに分かりますね。その子が、先輩の言う血倉数多君かどうかは」
佳澄はそう言って、そっと白の背に手を当てた。
『そうだな。そいつが向かった先についても、想術師協会のよくわからん男から情報提供を受けている』
「は? ……失礼。佐竹さん、その情報、信頼できるんですか?」
『アイサさんに見せて貰った犯人の安っぽいアジト、あそこの住所だったよ』
「……なるほど」
馬崎は再び顎に手を添えて考え込む。その隙にアイサが、馬崎とスマホの間に割って入った。
「和音。君に情報提供した相手と、彼等の目的について、端的に頼めるかい?」
『想術師協会の法政局職員で、渡辺って男と市村って女だ。協会内の麻薬の動きを調べていて、さっきの血倉数多に辿り着いたらしい』
「Wunderbar、和音! これでピースは揃った!」
アイサはそう言って立ち上がる。
『なんて? 児童書に出てくる猫の名前か?』
「随分古い本を読むんだね、和音。それは置いておいて、だ」
アイサは白の目をまっすぐに見据えた。
「銀滝隊員、舞台は整った。後は、君の心の準備だけだ。敵の場所も、敵の顔も、この場の全員が分かっている。いうなればイージーゲームだ。行くのが嫌なら、お留守番していても良いんだがね?」
「……その口、反対のことしか言えないようにできてるの?」
白は顔を上げ、アイサを見つめ返す。
挑発的に笑うその顔が期待している答えを、白は知っていた。
(全部アイサの掌の上みたいで悔しいけど、おれは……おれが、そうしたいんだから仕方ない)
握り込んだ拳を開き、もう一度固く握りしめる。その顔からは、迷いがぬぐい去られていた。
「おれが行く。犯人は――――おれが捕まえる」
さあ次回からは解決編に突入です。
白と数多、二人が出会うとき何が起こるのでしょうか―――。