想術師連続殺人事件編 喧嘩上等
皆様。いつもお読みいただきありがとうございます。
この投稿をもちまして、エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―は初投稿から〈2周年〉を迎えることができました!!
自分自身、2年も続けられたのか! と思えば、とても感慨深く、同時にいつも読んでいただいている皆様への感謝の気持ちでいっぱいです。
エボルブルスの瞳は、お話の構想的にまだまだ続く予定です(笑)
これからも皆様に楽しんでいただけるように、くろ飛行機・揺井共々頑張っていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
それでは56話、佐竹ちゃんの神戦闘回(自称)をお楽しみください!!
2023年 9月3日 くろ飛行機
「オレさあ、間違いたくないんだよね」
佐竹の前に立つ少年は、好戦的な表情で佐竹を睨み付けている。そのまま、独り言を呟くように話し続ける。
「前も突っ走って一般人巻き込みそうになったし、紅夜にもめっっっちゃ怒られたし。もうそういうのやらかしたくねーの」
「……何言ってんだ、お前?」
佐竹は返事をしながら、いつでも竹刀を抜ける姿勢を取る。
(シロに似てんの、見た目だけじゃねぇみたいだな)
肌がひりつく。汗が額を伝う。目を凝らせば、膨大な量の傀朧が、他人を害する概念を孕んで少年の回りを渦巻いているのが分かる。佐竹は内心舌打ちした。
(常識外れのガキンチョは、身内に一人いりゃあ十分なんだよ)
「いや、こっちの話。だから、正直に答えろよ?」
少年はと言えば、殺意を露わにしている割に、戦闘の構えを取る気配は無い。その表情と傀朧が見えなければ、気さくに話しかけられていると勘違いするほど、身体の力は抜けている。
「あんた、特命係の関係者じゃねえ?」
「……知らねえな」
「そっか。それじゃ、こっちの勘違いか」
あまりにあっけなく引き下がられて、佐竹は拍子抜けする。
「じゃあ、何の関係も無い想術師なんだ?」
「そうなるな」
――――斬撃。
間一髪で攻撃を受けた竹刀が、鈍く大きな音を立てる。速く重い攻撃に、半端な構えしか取れなかった両手が痺れる。佐竹の顔間近まで近付いた少年の目は、先程までと比にならない殺意でぎらついていた。口端が吊り上がり、相手を喰らわんとするかのように大きく開いて威嚇する。
「なら、敵だ!」
佐竹は竹刀を振り抜き、強引に相手をはじき飛ばした。少年は軽やかに着地し、そのままバックステップで距離を取る。
「へえ、やるじゃん想術師」
「なんでだよ、少年。特命係じゃないぜ、あたいは」
「関係ないね! 想術師はみんな敵だ! 全員殺す!」
佐竹の脳裏に、アイサから送られてきたマンションの画像がよぎる。
「『ヒーローは そうじゅつしを ゆるさない』、か?」
「よく知ってんじゃん。そーだよ、ヒーローは想術師を絶対に許さない」
「どうして?」
「決まってる! ヒーローは強くて、正義だからだ!」
少年は得意げな表情で、拳を胸の前へ掲げた。
「へえ。お前、強いんだ?」
「強いよ!」
「どのくらい?」
「こんくらい!」
少年は両手を広げる。
(クソ、無邪気かよ)
佐竹は苦々しく顔をしかめながら竹刀に力を込めた。子供好きな佐竹にとっては苦手な手合いである。
毒気の無い言動と裏腹に、纏う傀朧は膨れ上がっていく。息が詰まりそうだ。
「なるほど、お前は強くて正義のヒーローなんだな?」
「そうだ!」
「なら、格好いい前口上とか、ねーの?」
「……マエコージョー?」
「ほら、よくあるだろ。『なんとか戦隊何レンジャー、参上!』みたいなの」
「ふーん。確かに必要かあ」
少年は両手を手刀の形に尖らせ、斜めに鋭く突き上げて高らかに叫んだ。
「正義のヒーロー、血倉数多、参上! こうか?」
「おー、かっけぇかっけぇ」
(マジかこいつ、本当に名乗りやがった)
チクラ アマタ。
ひりつく空気の中で目の前の少年の機嫌を取りながら、佐竹はその名前を反芻する。
姓にも名にも聞き覚えは無い。偽名かも知れないが、目の前の少年がそこまで考えているようには到底見えない。無邪気で無計画な性格は、今回の事件の犯人像とも一致しない。
しかし何にせよ、この少年――――血倉数多が今回の事件に深く関わっているのは確かだった。
「オレ、すげー強いから、いっつも相手が持たねーの。今日はオレ怒ってっから、遊びくらいには相手して貰わねーと割に合わねー」
ふてくされたように言って、数多は構えを取る。構えと言っても、その型は出鱈目だ。それこそ、子供が戦隊ヒーローを形だけ真似たような、軸の無い構え。
「すぐ死んだら――――殺すから!」
数多は高らかに叫びながら佐竹に飛びかかってきた。右拳に赤い液体が渦巻き、ボクシンググローブのように拳を覆う。それを大きく振りかぶった数多は、佐竹に向けて突き出した。
(軌道が丸見えだ)
佐竹は跳躍して拳を躱し、そのまま数多の背をトンと押して体勢を崩す。前につんのめった数多の拳が地面に触れた。
地面が大きく抉れる。
(なるほどな)
数多は自分が「強い」と明言していた。自信を裏付けるだけ勝ってきたのだろう。
そして、仮に目の前の少年が想術師連続殺人事件の犯人であれば、2種類の変死体を作る技術を持っているはずだ。
身体から水分を奪われ干涸らびた変死体。
異常な量の血液をまき散らした変死体。
どちらも血液に手が加えられている。数多の右拳に渦巻く赤い液体が血液であれば、それにも説明が付く。
「一発避けたくらいでチョーシ乗んなよ!」
数多はすかさず跳ね上がり、二撃、三撃と拳を佐竹へ打ち込む。その全てをすんでのところで、しかし最小限の動きで避けながら、佐竹は数多を観察する。
「何だよ、全部ギリギリだぜ!? そろそろ当たっちゃうな、これ! どうするよ想術師!」
数多は佐竹の接待に気付いていない。デタラメな拳の軌道と身のこなし。素人に不意打ちで喰らわせるなら話は違うが、少し体術を囓っていれば容易に読める。ただし、受けて流すのは危険だ。拳に流れる傀朧のおどろおどろしさと、地面にいくつも空いたクレーターが、少しでも触れれば命は無いと警告してくる。息は切れていない。傀朧と同じく、スタミナも無尽蔵らしい。あるいは、全身を想術で強化している故に体力消費がほとんど無いのか。
(なんにせよ、こいつ本気じゃ無いな)
佐竹は冷めた目を数多に向ける。
ここまで見てきた数多の特徴から考察するに、この少年の最も得意な戦闘スタイルは、大規模な想術を展開して場を荒らすことだ。奇しくも白と同じである。拳に血液を纏って振り回すだけの戦法からは、こちらを完全に舐めきっているのが見て取れた。
佐竹は自分の傀朧を竹刀に通し、概念を込める。強く、強く、強く。硬く、硬く、硬く。
(好機だ)
相手の潜在能力は未知数。油断している今のうちにノックアウトしてしまわなければ、後々の被害は避けられないだろう。
「喧嘩殺法、唯式」
小さく呟き、意識を研ぎ澄ます。佐竹は何度目かの回避を取る己の脚に力を込め、砂利に片足を滑らせて身体を捻った。竹刀を大きく振りかぶる。
「何、抵抗すんの? 良いけど、あんますぐに壊れな――――」
「――――〈一閃〉!」
壊れないでよ、と、数多が言い切る前に、佐竹の竹刀が数多の身体を捉えて吹き飛ばした。数多は胴からくの字に折れ、空中で直線を描いて廃神社に突っ込んだ。元々朽ちていた神社は衝撃を受け、たちまち崩れて瓦礫の山に変わった。
(手応えはあった。あり過ぎた)
佐竹は砂埃が舞う瓦礫の中心に目を凝らし、再度竹刀を構える。
竹刀は、間違いなく数多の鳩尾を捉えていた。しかし、数多を吹き飛ばした手応えは異常なまでに重かった。
(相当分厚い〈強化〉が掛けられていたか、見かけ以上の重さがあるか、何にせよこれで終わってくれる訳がねぇ)
土煙が止む。張り詰めた静寂が、むせ返るような緑と共に空気を支配する。
からん、と瓦礫の一部が転がり落ちる。
次の瞬間、瓦礫をまき散らし、数多の矮躯が空中へと躍動した。全身を守るように球状に象られた赤い液体は、おどろおどろしく波打っている。
数多は、負けん気の強い悔しげな表情で佐竹を睨み付けた。
まるで、ゲームの対戦相手に負けた時の子供のような顔。一度負けた後に「もう一戦」と挑んでくる、あの顔だ。よく知っている。
(……何だって、こう似てるんだよ)
佐竹は苦々しく息を吐く。
銀滝白に似た顔の少年は、両手を振りかぶりながら喚いた。
「何だよ、オマエも割と強いんじゃん!」
振り下ろされた両手に合わせ、数多の周囲に浮かぶ血液が佐竹に向けて無数に打ち出された。針状のそれは雨のように細かく、確かな速度で佐竹の身体を打ち抜こうとする。
「喧嘩殺法 唯式〈五稜〉」
佐竹は呟き、竹刀を振るう。水平に振るわれた竹刀が血液の針を残らず受け止め、ひとまとめにして、返す刀で数多に向けて打ち返される。
「うわ、何それずりぃ!」
数多は再び両手を掲げ、それを左右に広げてから胸の前で打ち鳴らす。血液の雫が珠のように弾け、飛び散り、火薬玉のように爆発する。
「六花」
佐竹は竹刀を胸の前に縦で構え、一線の軌道を取って爆風の中を進む。爆風に抗わないことで致命的な攻撃には当たらない、宙を舞う雪の動きに倣った技術。
しかし、夥しい数の血の雫は、細かに砕けて佐竹の皮膚に降りかかる。全身に強化が掛けられているにもかかわらず、その液体は確かな痛みを伴って佐竹の肌を灼いた。
(なるほど、これは強い)
先程の拳に纏った想術と比べ、雫一つ一つの効果は薄い。とはいえ、その一滴に込められた傀朧は、ざっと見積もって、三級想術師ひとりが保有する総量と同等だ。大味で広範囲な攻撃でも、一発当たれば四肢が吹き飛び、降りかかれば強い痛みと炎症を引き起こす。敵の動きを封じるには十分すぎる。そして、一発の殴打で敵を潰れたトマトにできる数多の前で、動けなくなった敵に勝ち目は無い。
近距離戦に長けた佐竹にとっては、懐に潜り込むまでが厳しい戦いになるだろう。遠方に吹き飛ばしてしまったのは悪手だった。
「悪くねえな、チビ助!」
「は!? これも効かねえの!?」
佐竹の足が全く止まらないのを見て、数多は更に攻撃の手を強める。様々な形で飛来する血液の塊を避けながら、佐竹は確実に距離を詰めていく。
(ハートは熱く、頭はクールに)
戦闘の師の言葉を思い出し、心の中で呟きながら、佐竹は挑戦的に笑って数多を煽る。
何故かは分からないが銀滝白によく似た少年、血倉数多。傀朧の保有量も白と同等だった場合、消耗戦に持ち込まれれば佐竹が圧倒的に不利だ。かといって本気を出されてもまずい。ありったけの傀朧を集めて一発攻撃を打たれたら、佐竹ひとりどころか山ごと削られる可能性もある。
ここから数分間が、この戦いの山場だ。
間合いが詰まったら、最大火力で、一撃で、仕留める。
「意味わかんねえ! 何で沈まねぇの!? アンタ何級だよ!!」
喚く数多に、佐竹は何でも無い風に答える。
「二級」
「はい嘘ー! 絶対嘘ー!! 前に戦った一級より絶対強いもん、何なんだよオマエ!」
「フツーの想術師のお姉さんだぜ? お前の嫌いな、な!」
大きく踏み切り間合いを詰めながら、瓦礫を利用して数多の死角へ回り込む。
竹刀を振りながら、佐竹は数多の言った一級想術師にあたりを付ける。数ヶ月前、血みどろで本部に帰庁した後意識を失い、今日まで昏睡状態のままの想術師が居たはずだ。頭脳派の引きこもりで、情報戦を得意とする想術師だったと記憶している。戦っても相応に強いはずだが、そもそも彼を戦闘の場に引きずり出すだけでもかなりの労力を要するだろう。
やはり、ブレる。
佐竹には、目の前の少年がそこまでやり手であるようには思えなかった。
確かに強い。
しかし、それは単なる破滅的な暴力であって、戦術と言うにはあまりに拙い。血倉数多が一級想術師に拳の一発でも入れられるとしたら、天文学的な幸運か――――。
(有能な協力者がいる。あるいは、利用されている?)
数多が度を超したラッキーボーイ、と言われるよりは、その方が納得できる。
この無邪気さで人を殺せる理由も、あるいは。
「にしても、一級より強いたぁ、嬉しいこと言ってくれるね!」
瓦礫を盾にして移動を繰り返しながら、佐竹は声だけを数多に飛ばした。佐竹の声を頼りに数多が放った血の弾丸は、誰もいない瓦礫の小山を破砕する。
「だって本当だぜ? あいつ、すぐ逃げて戦いにもならなかった!」
「そいつは残念だったな」
「そうだよ、ちっとも楽しくなかった!」
「まあ、そのくらいお前が強かったんだろ、仕方ないって」
適当な言葉を投げかけ、居場所を撹乱する。佐竹は浮遊する数多の足元をうろつきながら、機が熟すのを待つ。
強く、強く、強く。
硬く、硬く、硬く。
佐竹の竹刀は、佐竹の傀朧を吸ってその硬度を増していく。
「くっそ、うろちょろすんじゃねーよ!」
苛立ちを滲ませ、数多が吐き捨てる。その双眼が蒼く光を帯びる。
一瞬唖然とした数多は、途端に口端を吊り上げ、佐竹めがけて血弾を放った。
「あはは! 何だよその武器!」
数多の攻撃は瓦礫を打ち砕き、正確に佐竹を捉える。幾重にも強化が施された竹刀は、難なくその攻撃を弾き返す。
「そんな武器持って隠れようとか、馬鹿なんじゃねえの! 頑張って強くして、その程度!? 弱いじゃん! ピカピカ光るだけのオモチャじゃん、隠れるのに邪魔なだけじゃん!」
数多は笑いながら両腕を振るう。佐竹が打ち返した血の弾は、その勢いを増しながら、周囲に浮かんでいた雫を吸収して膨れ上がっていく。佐竹は再び瓦礫の中に隠れるが、膨張しながら速度を上げた血液の塊は的確に佐竹の竹刀を狙い撃った。
「五稜――――っ!」
佐竹はその攻撃を竹刀で受け、捌く。暴力的な質量と勢いに押され、竹刀が軋んではじけ飛ぶ。
「……え? この程度? ホントに弱いじゃん。マジでアンタ、何したかったんだよ」
「待ってたんだよ、この状況を」
佐竹は笑った。
眉をひそめる数多を見上げ、挑発的に、笑った。
「気付くの遅いぜ、おチビちゃんよぉ」
予想は付いていた。白に似た数多が傀朧を視るのを得意とすることも、戦うこと自体に熱中するあまり索敵を怠るであろうことも。
そして、想術で強化され切った竹刀を見出せば、嬉々として破壊するであろうことも。
今、佐竹の中にある傀朧は、限りなく零に近い。
「〈想極〉――――窮地に至りて業を成せ、素手転対瞞・喧嘩上等!!」
佐竹が両の掌を打ち鳴らす。
その鮮明な音と共に、空気が揺らぐ。波紋が広がるように、空間が塗り変わり、置き換わり、閉じる。
「なっ――――!!?」
緑深い林と神社の残骸に代わってそこに現れたのは、埃っぽく暗いどこかだった。高い窓から差す月明かりで辛うじて、古びて物置状態になった廃倉庫だと分かる。
不意に、エンジン音が響いた。
うずくまった数多の顔を正面から煌々と照らしたのは、バイクのヘッドライトだった。エンジン音はその数を徐々に増やし、ヘッドライトも次々とその光を数多に向ける。
気付けば佐竹と数多は、円形に並んだバイクに囲まれていた。
二人を取り囲むバイクは、リングのようにも、牢獄のようにも、舞台のようにも見える。
煩いほど呻るエンジン音の中、佐竹は胸の前で拳を打ち鳴らした。四方から照らされた顔が不敵に、獰猛に、笑う。
「さあ、本番と行こうぜ、自称ヒーロー」