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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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想術師連続殺人事件編 「ぶぶ漬けってさ」

今回のお話は、きっと佐竹ちゃんファンが増えること間違いなしの魅力増し増し回となっております!!


「……番長、ぶぶ漬けってさ」


 自分の顔ほどある大きさの丼を抱えて、白は隣に座る佐竹を見た。


「お茶漬けだよね」

「お茶漬けだな〜」


 佐竹は空になった丼を置いて、満足そうに腹をさする。

 鴨川沿いに建つ昔ながらな平屋店舗の軒下。白と佐竹はベンチに座って、京都名物のぶぶ漬けを食べていた。


「なんか、もっと全然知らない物が出てくると思ってた」

「シロはぶぶ漬け初めて食べるもんな。どうよ? 美味かったか?」

「ちょっと豪華で美味しいお茶漬け……」

「まあそうだな」


 佐竹は豪快に笑い、爪楊枝をくわえながら得意げに人差し指を立てた。


「京都ではお茶漬けをぶぶ漬けって呼ぶんだよ。昔の京都で舞妓さんが、暇な時にお茶淹れてご飯にかけて食べたのがお茶漬けのルーツらしいぜ」

「じゃあ、『ぶぶ』って『お茶』ってこと?」

「いや、昔はお茶を淹れると「お茶なんか淹れてる暇なヤツ」っていう悪いイメージがあったらしい。今でも、『お茶を挽く』って言葉自体が『暇』の暗喩として使われてるしな。だから、『ぶぶ』ってのはお湯を指す言葉なんだとよ」

「……何か違うの?」

「お茶淹れるのとお湯だけ使うのは全然違うだろ。茶葉挽く手間とか、洗い物の数とか」

「ふうん?」


 白は小首を傾げつつ、まだ半分ほど中身の残った丼を少しずつかき込む。


「ルーツは大事だぜ、シロ。想術師なら知識は広く深く、何でも勉強ってな」

「説教くさ」

「ぶぶ漬け奢ってやってんの誰だったかな~、シロ~?」

「アリガトウゴザイマス」


 雑にやりとりしつつ、白は食べるために口を動かす。佐竹は食後のあんみつを注文する。

 京都もまだ蒸し暑い。佐竹の腹部全開のセーラー服を見て、白は涼しそうだとぼんやり思った。自分が同じように腹を出すかと問われれば別だが――――想術で防御していると知っていても、急所を晒す佐竹の格好は、見ていて違う意味でヒヤヒヤする。


「じゃ、腹も膨れてきたし、この後の潜入捜査の確認でもするか」


 追加注文のあんみつを受け取り、流れるように遮音結界を張ってから、佐竹は気楽な声で話し始めた。


「まだ食べてるんだけど」

「あたいも食べてるよ。これから向かう先は?」

「想術師協会の本部。庁舎にある情報統制局の部屋」

「どうやって入る?」

「おれの想術で透明になって、警備が出入りする裏口から」

「協会のセキュリティは?」

「結界が二十一枚。感知用、認識用、照合用の三種類。おれ達側の傀朧の質を弄って、感知されずに突破する」

「任務内容は?」

「バレずに侵入して、これまでの想術師殺人事件のデータを抜いて、バレずに帰ること」

「よし、頭に入ってるな」


 今から二人が行うのは、不法侵入とハッキングである。

 協会と警察は対立しているが、捜査に対して情報提供などの協力は行われる取り決めになっている。

 表向きは。

 協会が行う捜査協力は、情報統制局が管理する情報のうち、権限レベル1の職員がアクセスできる範囲までしか行われない。権限レベルは5まであり、捜査に役立つ個人情報や傀異の詳細情報の閲覧権限レベルは大抵2以上になる。

 正当な手続きを踏んでも、実質的な調査協力は得られないのだ。


「今回の潜入は、新田長官のお墨付きだ。情報を抜く為のUSBと会員証は、用意して貰って手元にある」


 あんみつをぺろりと平らげた佐竹は、ボディバッグから二つのUSBとカードを取り出して白に見せる。白の視界には、USBが薄い青色の靄を纏って映る。それは、その二つともが傀具であることの証左だった。


「白いUSBがハッキング用、黒いUSBが情報の記録用だ。難しいことは全部USBがやってくれる。あたい等がしなきゃいけないのは、それをメインPCにぶっ差して情報が抜けるのを待つだけだ。今回抜く情報の権限レベルは3だから、そういう内容が画面に映し出されたらUSBを引っこ抜いてずらかる」

「……警察なのに、やってること泥棒みたいだよね」

「捜査ってのはそういうもんだよ。毒を制すには毒、ってな」


 佐竹はそう言ってからから笑う。


「それじゃあ最後に、一番大事な役割分担の確認だ。いざって時は?」

「……番長が囮をしている間に、おれがUSBを持って逃げる」

「よくできました」


 不満げな白の頭を佐竹が乱暴に撫でる。


「……逆じゃ駄目なの」

「駄目だな。シロはあたいより隠れるのが得意で、あたいは派手に戦うのが得意だ。総合的な戦闘力なら、シロよりあたいの方が強いしな。適材適所だよ。食い終わったか?」

「うん」


 丁度空になったぶぶ漬けの丼を見せながら、白が頷く。二人は両手を合わせ、声を揃える。


「「ご馳走様でした」」


 言葉と同時に、佐竹の張った結界が解ける。二人は会計を済ませ、茶屋を後にした。



 京都市内、想術で隠匿された山中を、白と佐竹は徒歩で進む。白の想術で結界を難なく抜け、二人は木々に囲まれた小さな祠に辿り着く。


「ここが幻術の要石になってる」


 白は祠の横、何も無い空間に手を翳した。目を閉じ、意識を集中させる。

 ――――とぷん。

 液体に浸るような感触と共に、白の手が幻術の膜をすり抜けた。


「番長、こっち」


 白は佐竹の手を取り、不可視の膜の先に踏み込む。佐竹と二人で膜を抜けた先には、先程まで見えなかった長い石階段が伸びていた。両脇には等間隔に提灯が吊られ、その先には古びた木造の庁舎が見える。


「こっから先は、敵の本拠地だ。万に一つも気付かれちゃあならない」


 佐竹は声を潜めながら、どこからか張り子の面を二つ取りだした。白と黒の狐面だ。白狐は赤、黒狐は青の隈取りが施され、どこか愛嬌のある表情をしている。


「好きな方つけな」

「……なんか、お祭りみたいだね。任務なのに」


 白は二つの面の間で手をうろつかせてから、黒狐を手にとって顔に被せた。


「提灯もあるしな」


 佐竹はにかっと笑い、その顔を白狐で覆う。

 二人はそれきり黙り、庁舎に向けて歩き始めた。


(にしても、とんでもないな、白の想術は)


 協会内の構造を知り尽くしている佐竹は、白の前に立って先導しながら内心舌を巻く。

 想術師協会の巨大な庁舎の場所が未だ社会に露呈していないのは、ひとえに、結界によるセキュリティと幻術の練度が高いためである。想術師協会の初代会員が百人がかりで組み上げ、毎年一級想術師が複数人でメンテナンスしている高度な術式だ。白は軽々と突破したが、本来は突破できるものですらないのだ。触れれば確実に感知される。術式自体を崩して一時的に無効化する方が、まだ現実的である。高度な術式を一寸違わず完璧に読解する必要があるが、それでも、結界を正面から突破するよりは容易いだろう。

 白は、結界と同質の傀朧を二十一種類分その場で(・・・・)生成し、結界に感知されないようその傀朧を纏うという方法を取った。複雑に混色して作った二十一色の絵の具を、見ただけで完全再現するようなものである。常人の手腕では無い。

 傀朧の量も異常だ。

 白はその手順を、自分と佐竹の二人分、二十一回繰り返している。その上で現在は、存在感を極限まで薄くする想術を、同じく二人分かけて維持している。一般的な想術師の持つ傀朧の量であれば、どんなに甘く見積もっても、三回目にはガス欠になる。


(シロがいなけりゃ、想術師教会の本部に侵入するなんて無謀な計画、立ち上がりもしなかっただろうな)


 苦笑しつつ、佐竹は裏口に回り、庁舎に入る。最初に通った結界が厳重である為、協会内部のセキュリティは無いに等しい。申し訳程度に置かれている傀朧感知型の監視カメラを迂回しながら、情報統制局の管制室に辿り着く。

 協会の運営方法は、公的機関に近い。土日休の体制で、日曜である今日はほとんど無人だった。管制室にも人影は無く、照明の落とされた部屋に大量のPCとサーバーだけが静謐に並んでいた。


「シロ、一番強い想術が掛かってるPC、わかるか?」


 佐竹の問いかけに、白は右奥に並ぶPCの中から一台を指差す。入り口からも窓からも遠い位置。有事の際には逃げづらい。


「シロ、入り口見張っててくれるか?」

「わかった」


 佐竹は白が入り口に結界を張るのを尻目に、PCに近付いて二つのUSBを差し込んだ。最初に黒色、次に白色。ブン、と低い起動音とともに、画面が明るくなる。


『管理システム起動』『検索には権限レベルが〈1〉以上必要です』『セキュリティ解除』『データ検索中』『データ検索中』『閲覧には権限レベルが〈2〉以上必要です』『セキュリティ解除』『データ検索中』『閲覧には権限レベルが〈3〉以上必要です』『セキュリティ解除』――――大量のウィンドウが画面に浮かんでは消えていく。薄暗い部屋で唯一の光源を眺めながら、佐竹は独りごちるようにぽつりと言った。


「シロ、無理してないか」


 その言葉に、部屋の外を警戒していた白が振り向く。その仕草を確認することもなく、佐竹は画面に視線を注いでいる。画面には『ダウンロード中』の文字と、遅々として進まないパーセンテージが映されている。


「……なんで?」

「今回の事件、血の気が多いだろ。傀異ならまだ平気だろうけど、今回絡んでるのは人間だ」


 白は、ムッとした声で言い返す。


「おれ、仕事はちゃんとやるよ」

「知ってるよ。その為に何回無茶して、何回暴走してるかもな」


 白は、言い返せず閉口した。佐竹の言っていることは正しかった。


(怖くないって言ったら嘘になる。人が死ぬのは、怖い――――それが、誰であろうと)


「シロ、必要ないとこで無理はするなよ。元々、精神的な負担が多い仕事なんだ。早めにあたい等を頼れ」


 PCの画面は、ようやく三十パーセントのダウンロードを終えたことを佐竹に示している。佐竹は気付かれないよう溜め息を吐いてから顔を上げ、狐面を少しずらして、白に悪戯っぽく笑いかけた。


「この仕事が無事に片付いても、デカい戦闘があるかもしれない。心を温存しとけって事さ」

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ……」

「バイクと喧嘩は女の華、ってな。最近歯応えある奴とバトってないから、今回は期待してんだよ」

「火事と喧嘩は江戸の華、でしょ。番長こそ無茶しないでよ」

「誰に言ってんだよ、誰に。あたいは引き際が分かる女だぜ?」

「今の流れで、それ信じると思う?」

「信じてくれって。仲間だろ?」

「――――」


 二人の軽口は、白の手振りで唐突に遮られた。顔の前で人差し指を立てて沈黙を促し、白はそのまま指をもう一本立てた。狐面をずらし、声を出さず、口の動きだけで佐竹に伝える。


『ふたり ひゃくめーとる ちかづいてる』


 佐竹は再びPC画面を見遣る。五十三パーセント。舌打ちと共に佐竹がUSBを抜こうとした、その時だった。


「【エラーが発生しました】」

「!!」


 PCが警告音と音声を発する。画面には大量のエラーウィンドウが並び、警告色が点滅する。


「今のでバレた、走ってきてる! 人数も増えて――――は? 三十人!?」


 白は侵入してから今まで、歩きながら想術を張り重ねて索敵していた。白の高精度の索敵が告げる。

 敵は、今この瞬間、その場で増えた(・・・)

 敵の傀朧の種類は、二人分から増えていない。白は戸惑いながらも、佐竹へ向けて報告する。


「二人とも、それぞれ十五人に増えた! 本体は二人だけだけど、偽物と本体の区別が全然付かない――――!」

「OK、シロ!」


 白の悲鳴に近い報告を聞きながら、佐竹はUSBを二本とも抜き去り、黒いUSBを白に向けて投げた。USBは直線を描き、ぱしんと音を立てて、白が差し出した掌に収まる。


「逃げろ!」

「っ、でも!」


 白は部屋全体に結界を張り直しながら、入り口と佐竹を交互に見た。


「任務最優先!」


 佐竹の通る声が飛ぶ。


「あたいも後から行く!」

「……無茶しないでよ、本当に!」

「分かってる。誰に言ってんだ?」


 表情は狐面に隠れているが、佐竹の声は勝ち気な明るさを含んでいる。白は黙って、その姿を透過した。佐竹は管制室の扉に手を掛け、隣にいるであろう白に向けて小さく頷いてから、一気に開け放つ。


「謎の狐面として、ひと華咲かせてやるさ!」


 協会職員に向けて歌舞伎さながらに見得を切る佐竹の横を抜けて、白は管制室から脱出した。


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