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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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想術師連続殺人事件編 現場一遍

現場検証が始まります。


 壁の血文字、血塗れのオフィス。

 警部補と部下、鑑識の三人が立ち去った現場で、アイサ、甲斐、佳澄は顔を見合わせた。


「全く、警察連中はリスペクトが無くていけない。我々はこんなにも彼等の仕事を評価しているというのに」


 アイサはそう言って肩をすくめた。その背中をぽかりと叩いたのは佳澄だ。


「アイサさんは態度が悪すぎます! 伝わってませんよ、それ!」

「全くだ。そもそも、相手にリスペクトなんて求めるのが間違っているんだよ。何せ、僕達の仕事は得体が知れない(・・・・・・・)


 鑑識官に吐き捨てられた台詞をなぞって、今度は甲斐が肩をすくめた。そして、鑑識官から殴りつけるように渡された資料の束に目を落とす。


「この場に広がっている血液だけれど、どうやら、全てが同一人物の血液らしいね。ざっくり計算して、成人男性28人分の血液だそうだ」

「28人……」


 佳澄は数字を反芻し、28人分の死体を想像してぞっとする。


「しかし、被害者の血では無いのだろう?」

「ああ。これまでの想術師連続殺人事件、その現場に残されていた血痕と同じだそうだ」

「犯人の血、ってことですか?」

「かも知れないね。少なくとも、犯人がこの血の元になる人物と関係していることは確かだ。逆に、被害者の血液は全く検出されていないらしい」


 甲斐が資料をめくる。


「被害者、竹内(たけうち)正之(まさゆき)、32歳。死因は失血死。表向きは、株式会社フラットテックの平社員だ。想術師の仕事と二足のわらじだったみたいだね。想術師協会の中での所属は――――傀異対策局の、傀異対策第二部、か」

「二部ねえ」


 苦い表情で読み上げた甲斐の語尾を、アイサが興味深げに繰り返す。意味深なやりとりに、佳澄は小首を傾げた。


「傀異対策第二部っていうと、関東・東京圏を担当する大規模部署ですよね? 何かあるんですか?」

「ああ、佳澄。良いところに気付いたじゃないか」

「えへへ……」


 アイサに褒められて嬉しそうな佳澄に、甲斐は表情を緩め、苦笑いで教える。


「佳澄ちゃんの言う通りだよ。首都圏を担う、最も人数の多い部署だ。だからこそ、黒い噂も絶えない。賄賂とか、着服とか、色々ね」

「そうなんですか!?」


 うわぁ、と顔をしかめる佳澄に、アイサが続きを告げる。


「そうだとも。叩けばいくらでも埃が出てくる。しかし、問題を起こすのはいつも下っ端、管理職や上部はここ数年全く入れ替わっていない。どう思う、佳澄?」

「……とかげの尻尾切り、みたいなことですか?」

「正解だ。連中はそれがすこぶる上手いのさ」

「……正解しても、あんまり嬉しくないです……」

「それも正しい感覚だよ、佳澄」

「佳澄ちゃんが正解したところで、事件の話に戻ろうか」


 アイサと、釈然としない佳澄の間に、甲斐が資料を差し出す。鑑識官から受け取った物ではなく、新田長官から渡された物だ。


「今回殺された竹内は、切られる側じゃなくて切る側(・・・)だったみたいだね。想術師としての等級は二級。この若さで管理職を任されている。肩書きもあるな、『A地区担当責任者』か。上部から任されていた仕事量もかなり多い様子だ。器用で仕事が出来る上に家柄も悪くない。優秀だったのが一目で分かる」

「その上で一般社員までやってたんですね……ちょっと尊敬です」


 素直に感心する佳澄に、アイサは意地の悪い笑みを向けた。


「佳澄は素直で良い子だな。悪い子の良いカモだ」

「か、カモですか、私?」

「そうだなあ。仕事が出来るからといって、尊敬できる仕事をしているとは限らない。この若さで異例の出世、そしてこの死に方だ。確実に裏があるだろうね」


 甲斐は資料を仕舞い、代わりにデジカメを取り出した。


「さて、アイサさん」

「何だね?」

「念写を頼むよ」

「……忠勝、念写用の傀具を持って来ていないのか」


 カメラを差し出されたアイサは、ジットリした目で甲斐を睨んだ。


「アイサさんが居るんだから、持ってくる必要なんか無いだろう?」

「念写は嫌いなんだ。佳澄がやれば良いじゃ無いか」

「私ですか!? 何で!?」


 急に話の矛先を向けられた佳澄は慌てて、両手と顔を横にぶんぶん振った。


「む、無理ですよぅ! 想術師免許も無いし、そもそも、私は想術が使えません!」


 佳澄は、想術が使えない。

 本人はそう思っている。彼女が無自覚に発動させる〈現実改変〉の想術は、本人のコントロールが及ばない。そして、その能力について知っている人間は、この世にたった三人しかいない。その内の二人が、この場に居るアイサと甲斐だった。

 だから甲斐は、内心、佳澄以上に慌てていた。


(「口を滑らせるな」、と言ったのはアイサさんなのに、こういう綱渡りをして遊ぶのが趣味の人なんだから……困るよ、全く!)


「そうだよ、アイサさん。冗談は良くない。彼女は想術が使えない(・・・・・・・・・・)んだから。そんなにやりたくないのかい?」


 甲斐は咎めるようにアイサを睨んだ。冗談を含まないその視線を、アイサは肩をすくめて躱す。


「むろん、冗談だとも。しかし嫌いなものは嫌いなんだ。カメラを壊さずに一枚だけ出力するのは、私にとって難しい」

「アイサさんが撮ると、カメラが壊れて動く写真が出てきますもんね……」

「君に求めている仕事はそれだから構わないよ、アイサさん。使い捨てのつもりで買った安物のカメラだ、存分に駄目にしてくれ」

「本当に? 後で文句言わない?」

「なんでこういう下らない時だけ子どもみたいな心配をするんだ、君は。しないから、ほら」


 渋々カメラを受け取ったアイサは「仕方ないな」と呟いてカメラを構え、それまでの渋り様が嘘のように軽い足取りでオフィスを巡り始めた。


「なんか、甲斐さんってお父さんみたいですよねぇ……」

「アイサさんは大きい子どもみたいなものだからね」

「分かります。頭が異常に良くて想術が異常に上手いのに、子どもみたいなんですよねぇ」


 二人は、保護者の表情で、現場を撮影して回るアイサを眺めていた。


   ◆ ◆ ◆


「さて、頼まれたものがこれな訳だが」


 アイサは、デジカメを二人の前に差し出した。写真撮影機能しか無いはずのデジカメのフォルダには、一本の動画が保存されていた。小さい画面に、青く光る血塗れのオフィスが映し出されている。


「……念写って確か、青く光ってる部分が傀朧痕ですよね?」


 画面を埋め尽くすようなアイスブルーに、佳澄は恐る恐る確認した。


「そうだね。つまり、血液の全てに傀朧痕が残っている訳だ。アイサさん、傀朧痕の概念は解析できたかい?」

「できたとも。しかし、この場で口に出すことは出来ないな」

「理由は?」

「200種あるからだ」


 アイサは平然と言い放つ。


「……は?」


 甲斐と佳澄が言葉を失っていると、アイサは不思議そうな顔で言い直した。


「つまり、200種類の概念を口頭で言っても時間が掛かるばかりで記憶し辛いだろうから、帰ってから文書にまとめるということだ。分かりづらかったかね?」

「いや、そうじゃないです」


 佳澄が冷静にツッコミを入れる。


「あまりに想定外の答えが返ってきてビックリしてただけです。頭が追いつきません。にひゃくしゅ……200種類ですよ!? そんな数の概念が、これだけの事件を起こした傀朧に含まれるなんてあり得ません!!」


 傀朧は、概念が凝固したものだ。強力な想術に使われる傀朧ほど、概念の純度は高くなる。そして、純度が高い傀朧は、引力を持っている。惑星が周囲のデブリを巻き込んで大きさを増していく様に、他の概念を巻き込んで、概念の強さと傀朧の量を増していく。

 雑多な概念を含む傀朧は、本来、そもそも念写に写るほどの力を持ち得ないのだ。

 勤勉な佳澄がこれまでに見た資料の中でも、似た概念が5種類、程度が関の山だった。アイサの口から出た数字は、文字通り桁が違う。


「頭が追いついたようで何よりだ、佳澄。忠勝も大丈夫かね? 付いて来ているかい?」

「ああ。謎は深まるばかりだが、事実は事実として受け止めるべきだろうね。手口に目処は?」

「傀具が使われているだろう事しか分からないな。それもかなり高度な技術者の逸品だ。芸術的センスすら感じるね。概念のブレンドが巧妙で、元の概念がさっぱり分からない。実に美しい」


 うっとりと血だまりを眺めるアイサに、甲斐と佳澄は引きつった笑いを浮かべるほか無かった。


「芸術的と言えば」


 甲斐は、オフィスの壁を見遣る。


「もう一つ、作為的なものがあるね」


 白い壁に擦られた赤。子どものような拙い筆跡で書かれた『ヒーロー さんじょう!!』の血文字。


「ああ、こっちは芸術性の欠片も無いな」


 アイサは一転、冷めた目を壁に向けた。


「そうですか? 凄く意味深ですけど」

「意味深なだけだ。こんなに刺激的な言葉を綴っている癖に、文字から情熱を感じない」

「えぇ……情熱ですか……?」


 困惑する佳澄を尻目に、アイサは呟く。


「ハリボテのようだよ、この文字は」


 アイサの様子を見ていた甲斐は、ふむ、と顎に手をやった。


「アイサさんが言うんだ、何かの手掛かりになるかも知れない。覚えておこう」

「そう、ですね」


 佳澄は曖昧に頷き、おもむろに壁の血文字を見遣る。


(ヒーロー参上、か)


 たどたどしい文字。素直に受け取るなら子どもが書いたのだろうか。もしも被害者が極悪人だったらどうだろう。法で裁けない彼を裁くことが犯人にとっての正義だったとして。自分がヒーローになったつもりでいたとして。

 犯人の倫理は、とうに逸脱している。全然正義じゃない。ましてやヒーローじゃない。

 だって、犯人は許してしまっているのだ。この現場を――――この惨状を。

 佳澄の背中に、再び怖気が走る。佳澄は、この犯行が無邪気な子どもの仕業で無い事をこっそりと祈った。


「これからどうします? 情報は増えましたけど、不思議なことばかりで何もわかりません」

「それは決まっている。これを見たまえよ、佳澄」


 アイサは佳澄を呼び寄せ、再びデジカメの画面を見せた。そこには、オフィスの外に向かって点々と残された傀朧痕がうつされていた。間隔といいサイズといい、ちょうど子どもの足跡のようだ。


「いかにも罠って感じですね」

「これを追う」

「え~っ!? 何でそうなるんですか!? 私いま言いましたよね、絶対罠ですよ!?」


 佳澄の驚きように満足げな顔をしながら、アイサは甲斐に問うた。


「なんだ、忠勝は何か無いのか? 驚くとか、反対するとか」

「その画面を見せられた時から、アイサさんはそう言うと思っていたよ、僕は。反対するつもりも無い。考えがあるんだろう?」


 半ば諦めたような甲斐の反応に、アイサはくつくつと笑った。


「つまらんな、忠勝は。佳澄を見習うと良い。毎度可愛らしく驚いてくれる、まったくおもし……良い部下だよ」

「今『面白い』って言いかけましたか!?」


 頬を膨らませる佳澄に、甲斐は深い溜め息を吐いた。


「佳澄ちゃんも、あまり構わなくて良いからね。この人は反応すると付け上がるから」

「でも、だって……そもそも、良いんですか!? どう見てもバレバレの罠なのに!」


 佳澄はオフィスの入り口を――――アイサには見えているであろう、わざとらしい傀朧痕を指差す。


「だからだよ。一度引っ掛かって情報を増やす」

「リスキーすぎますよ!」

「そこは問題無い。私も忠勝もいるからね」


 そう言って、アイサはデジカメをぽいっと投げ捨て、二人を待たずに歩き出した。甲斐はデジカメを拾って「行こう」と佳澄の肩を叩き、アイサの後を追う。


「……分かりましたよ、もぉ~!」


 佳澄は天を仰ぎ、自棄気味の声で叫んでから、二人に向かって駆け出した。


 三時間後。

 三人が辿り着いたのは、オフィスから遠く離れた郊外にある、寂れたアパートだった。


「少し待っていたまえ」


 アイサはそう言って、マンションの前で二人を待たせてふらりとどこかへ行ってしまった。数分後、人差し指でカギを回しながら戻ってくる。


「傀朧痕はここの204号室に続いている。大家曰く、中学生くらいの少年が一人で借りているそうだ。家として使っている形跡は無く、たまにふらっと帰ってくる程度だそうだよ」


 カギを甲斐に渡しながら、アイサはそう言ってマンションを指差した。2階の中程に、それらしき部屋が確認できる。


「……アイサさん、ちゃんと身分提示しましたか? そのカギ、盗んできてないですよね?」


 胡乱な目つきの佳澄に、アイサはわざとらしく眉を下げた。


「心外だな、佳澄は私を何だと思っているんだ」

「アイサさんだと思ってます」

「間違いない」


 アイサは軽やかにアパートの階段を上っていく。


「佳澄ちゃん、分かってると思うけど」

「はい。犯人と対面した時に備えます」

「その通り。アイサさんはあんな風だけど、ここで戦闘になる可能性も十分ある」


 佳澄は真剣な顔で頷いた。

 二人は慎重に階段を登り、拳銃を構えて、部屋に聞き耳を立てる。物音はしない。静かに解錠して、三人で目配せする。

 甲斐がドアノブを捻り、一気に開け放つ。


「動くな! 警察だ!」


 室内に、人影は無かった。生活感のまるで無い、薄暗く無機質なマンションの一室。

 その壁一面には、無数の紙が貼られていた。メモ、地図、写真、文書、手紙。様々な大きさの様々な紙が、壁紙が見えないほどびっしりと貼り付けられている。

 甲斐は銃を下ろし、その中でも一際目を引く一枚に近寄った。A3のコピー用紙に、拙い字が大きく書き殴られている。血塗れのオフィスにあったものと同じ筆跡。


『ヒーローは そうじゅつしを ゆるさない』


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