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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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想術師連続殺人事件編 思わぬ客人


「あ、勝った」


 ゲームの効果音と共に、佐竹がそう呟いた。隣で白が悔しげに呻る。

 休憩時間中の事務室で、白と佐竹は肩を並べ、テレビゲームに勤しんでいた。


「嘘でしょ番長、初めてやるって言ってたじゃん」

「本当本当、触るのは初めてだって。でもやっぱり、格ゲーだからな! あたいの戦闘センスがにじみ出ちゃうんじゃないか? 思ったより動けたわ」

「戦うのとゲームするのなんて全然違うじゃん……納得いかない……」


 コントローラーを投げ出してソファに身を沈める白を横目に、佐竹はからからと笑った。


「確かに、仕事の息抜きでプレイしたあたいに負けりゃあ悔しいよな! どうする白、和音お姉さんが勝ち筋指導してやろうか?」


 白の耳がぴくりと動く。むくれた表情で姿勢を起こした白は、再びコントローラーを握った。


「……番長、ビギナーズラックって知ってる?」

「お、なんだ? 負け惜しみか?」

「そんなんじゃない。今から証明するから見てなよ」

「そう来なくちゃな!」


 佐竹もコントローラーを握り直す。

 二人が新しいゲームを始めようとした時、事務所の玄関が開いた。


「やあ。やってるかい?」


 まるで出店の暖簾をくぐるサラリーマンのような気軽さで、一人の男性が入ってくる。佐竹は慌ててゲームの画面を消し、応対のために立ち上がった。


「いいとこだったのに……」


 白もぼやきつつ佐竹に続く。

 休憩時間ということもあり、事務室には特命係のメンバー全員が集まっていた。佳澄は弁当を頬張っている最中、馬崎はアイマスクを付けて仮眠中、アイサは読書に興じている。必然、入り口付近で物品整理をしていた甲斐が、一番初めに男性と対面した。


「やあ、甲斐一佐」

「どうも……は!?」

「久しぶりじゃないか。元気にやってたか?」

「は……いや、はい、まあ……」


 甲斐のただならぬ反応に、各デスクで各々の休憩時間を満喫していた一同が顔を上げる。来客に向かって大声を出すことも、歯切れ悪く言い淀むことも、普段の甲斐なら中々しないことだ。

 馬崎はアイマスクを乱暴に外して立ち上がり、佳澄は慌てて頬に詰め込んだ昼食を飲み込む。アイサだけは余裕の表情で、開いていた本をぱたりと閉じた。

 甲斐に次いで男性の前に顔を出したのは、最初に動いた佐竹と白だった。

 そこに立っていたのは、ぱりっとしたワイシャツを着た、壮年の男性だ。白髪交じりの髪は右側が長く、切れ長の目を片方隠している。ニヒルに吊り上げられた薄い唇の上には、蓄えられた口ひげが水平に揃えられていた。髪や髭と同じく肌も色素が薄い。服装こそ平凡だが、醸される雰囲気にどことなく圧のある人物だった。


「……僕は、今は警視正ですよ」

「ああ、そうだったね。まあ、古馴染みのよしみで見逃してくれよ。甲斐一佐」

「……甲斐さん、知り合いか?」


 佐竹が小声で問う。男性は佐竹と白の姿を認めると、気さくに声を掛けてきた。


「おや、そこの二人は初めて会う顔だね。佐竹巡査に銀滝巡査、かな?」

「はい、そうです。立ち話もなんですし、一旦中に入りませんか?」

「そうだね、そうさせてもらうよ。いいかね、甲斐一佐?」

「……はい、そうですね。失礼しました。詳しい話は中で聞きましょう」


 甲斐は苦い顔で答え、男性をソファへ案内した。佐竹と白は、自分の名前と階級を知られていることに違和感を抱きつつも、甲斐の後に続く。

 甲斐は男性に対面する位置で足を止める。ソファに座ろうとした佐竹を制し、甲斐はデスクに声を掛けた。


「アイサさん、お願いします」

「「はぁ!?」」


 今度は白と佐竹が大声を上げる番だった。

 アイサは普段、依頼人との応接を任されない。理由は明快である。アイサが依頼人の神経をことごとく逆撫でして怒らせてしまうからだ。


「甲斐さん、本気?」


 思わず漏れた白の問いに、甲斐は言葉少なに答える。


「適任なんだよ。この人は僕達じゃ手に負えない」

「酷い言い様じゃないか、甲斐一佐。そう身構えなくてもいいだろう?」

「そうだぞ忠勝、私に失礼だと思わないのか?」


 アイサは涼しい顔でそう言い、男性の正面に腰掛けて、その長い足を横柄に組んだ。その振る舞いに佐竹と白はヒヤヒヤしながら男性を見遣り、特別気分を害した様子が無い事を確認して胸をなで下ろす。

 佳澄と馬崎も、いつの間にかソファの近くに来ていた。馬崎は甲斐の隣に立って脚を揃え、男性に向けて小さく敬礼した。男性に敬礼を返された馬崎は、手を下ろしてその場で待機している。佳澄も、手を緊張で震えさせながら水を出してから、甲斐の隣で姿勢を正した。

 佐竹と白も、二人の様子に倣って横に並ぶ。どうやら、何も分かっていないのは佐竹と白だけである様子だった。


「私は、昼休みなら人が揃っているかと思って立ち寄っただけなんだが」


 苦笑する男性を、アイサは鼻で笑った。


「君のような超重要人物がアポなしでふらりと現れたらこうなるだろう。想像出来なかったかね?」

「想像出来なかったね」

「無駄に嘘ばかり吐くと信用されなくなるんじゃないかい?」

「自己紹介をどうも。君には負けるよ」


 笑顔のまま交わされる会話で、緊張していた空気が更に凍てつく。アイサは早々に笑みを崩し、真剣な顔でテーブルに両肘を付いた。


「さて、楽しい挨拶はここまでにしよう」

「君の〈楽しい〉は独特過ぎて困るよ。本気で思っているらしいところも手に負えない」


 逆に、男性は苦笑いを浮かべる。


「悲しいかな、トリックスターは理解されないのがお決まりだね。私はいつだって本気さ。本気の私から本気の質問だ。

 何をしに来た、新田竜玄(りゅうげん)警察庁長官殿」


 アイサの言葉に、佐竹が硬直する。白にも事の重大さが分かってきた。

 目の前に座っている男は、言葉通り、警察庁のトップなのだ。


「最高位の警察官が、わざわざ休憩時間を狙って、寂れた末端事務所に来るんだ。お忍びで、のっぴきならない厄介事を持って来たんだろう?」

「ああ、もったいぶる気も無い。傀異がらみの事件だ。それも、かなり派手で不可解な」


 男性――――新田長官は、鞄から資料を取り出してテーブルに広げた。


「ほう、これは酷い」


 アイサは一枚の写真を手に取る。


「一面血塗れのオフィスか。確かに派手で不可解だ。ここまでくまなく塗りつぶすなら、致死量じゃ足りないだろうね」

「過去数ヶ月の間、想術師と思われる人物が連続殺人を繰り返している。被害者も全員想術師だ。どの事件にも同じ犯人の痕跡が残っているが、今回の現場は特に酷い。これまでとは明らかに異なるが、強いて言えば、最初期の手口に似ている。こっちは過去の資料だ」


 そう言って、新田長官は更に分厚い紙束をテーブルへと乗せた。アイサがぱらぱらとめくる。今回の事件ほど広範囲が血塗れになっているものこそ無いが、資料の中の現場写真にも、酷く流血した遺体が数枚あった。しかしそれらは最初の数件で、最近の現場写真には血痕が見当たらない。むしろ、血液を搾り取られたような干涸らびた遺体の写真ばかりが並んでいた。


「なるほど。それで長官殿が自らここまで出てきた訳だな? ご丁寧に、こちらで手配すれば済むような資料まで持参して。君がひとこと言えば、他の者がやるだろうに」

「それだけ重要視しているということだよ」


 新田長官は真剣な顔で、特命係一同に視線を巡らせた。


「特命係総員で、早急な対応を命ずる。今回レベルの犯行のまま事件の規模が拡大すれば、私でも揉み消すのが難しくなる」

「想術師協会なら一発だろう?」

「あそこに頼れば事件が迷宮入りする。進退窮まって初めて取る、最終の、そして最悪の手段だ」


 新田長官は一瞬だけ表情を険しくする。その迫力に特命係一同が怯んだのも束の間、彼はすぐに表情を緩めてため息を吐いた。


「ま、今時点でも、にっちもさっちも行かないんだ。とにかく任せたよ、水戸角女史」

「請け負った。君も苦労するね、竜玄」

「なんせ長官だからね。苦労も多ければ忙しくもあるのさ。そろそろお暇するよ」


 新田長官はコップの水を一息に飲み干してから立ち上がった。立ち去り際、「ああ、そうだ」と思い出したように振り向き、「少し良いかね、馬崎係長」と断ってから、二言三言耳打ちする。


「――――」


 馬崎は小さく目を見開いた。


「……ご忠告、感謝します」

「ああ。それじゃ、健闘を祈るよ」


 新田長官は、来た時と同じように気楽な声でそう言って、事務室を後にした。


「……はぁ~!」


 佳澄が大きくため息を吐いてソファに崩れ落ちる。


「き、緊張した……!」

「大丈夫だよ佳澄ちゃん、皆そうだから。僕も中々酷かった」

「甲斐さんが口篭もってるとこ、久々に見ましたよ~! でも凄いです、毅然としてて」

「あたいはむしろ、佳澄が長官の顔を知ってたことに驚きだよ。広報誌の写真と全然違うじゃないか」

「竜玄にも竜玄の事情があるのさ。さあ、仕事だ諸君。私と佳澄と忠勝は事件現場へ、和音と白は京都の想術師協会本部へ、それぞれ調査に向かおう。優貴は事務所に残って、いつも通り指令役だ」


 アイサから指示が下り、各々が慌ただしく準備を始める。その中で考え込むように立ち尽くす馬崎に、白が声を掛けた。


「……係長、大丈夫?」

「あ、ああ。何でもありませんよ」

「さっきの長官ってのに何か言われてたけど、それ?」

「たいしたことは言われていません。さあ、白君は一旦帰宅して京都出張の準備をしましょうか。お土産、期待してますよ」

「遊びに行くんじゃ無いんだけど?」


 呆れ顔の白を見送り、馬崎は自分のデスクに座った。特命係のメンバーは既に各々の現場に向かい、事務所には誰も居ない。

 馬崎は一人、新田長官の去り際の言葉を反芻する。


『協会の上部が動いている。実家にはくれぐれも気をつけなさい、馬崎係長』


さてさて、事件の裏には何があるのか……

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