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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
48/73

銀滝白の、不思議の多い一日。

エイプリルフール企画の移植になります!

まだ、読んでいない方は是非!


※こちらの本文は、くろ飛行機が執筆しております。


 白は思わず顔をしかめた。

 テーブルの上に広がる、赤色と橙色のオンパレード。およそ朝の食卓とは思えないほどボリューミーで、盛り付けの華やかさと相成ってやたら大きく見える。

 白は机の上から目を背ける。なぜなら、真っ白で大きなサラダボウルの上に並べられた“ソレ”は、白の苦手なニンジンとトマトばかりだったからである。

 角切りにしたニンジン。角切りにされたトマト。そして、上に真っ赤なドレッシングがかかっている。さながら炎のようにも見えるサラダを、馬崎鏡花は楽しそうに眺めている。


「……なにこれ」

「よく聞いてくれました! じゃっじゃーん!」


 言うタイミングがおかしい馬崎鏡花のじゃっじゃーんに、白はさらに眉根を寄せる。


「これね、お隣さんが持ってきてくれたニンジンとトマトなの。すごい量だから、頑張って食べてね」

「……これを?」


 白は机の上をちらりと一瞥し、すぐに顔を背けた。


「そう、これを」


 平然と返ってきた言葉に、今日は朝から腹が減っていたのに、と白は心の中で肩を落とす。盛りつけだけを見ればそこそこ芸術性があるものの、この赤と橙色を食べろと言われれば話は別だ。


「なんだ白、食べないのか?」


 馬崎優貴はリビングに遅れて入って来るなり、白の隣にドカッと座る。そして白に見せつけるように、目の前のにんじんにフォークを突き立てる。


「いっただっきまーす」


 加熱されていない生のニンジンは、馬崎の口の中でシャキシャキと音を立てる。白はその音を聞くだけで鳥肌が立ちそうになるのを抑える。


「ねえ、なんで加熱しなかったの?」

「えっなんで? 生の方が栄養も取れるってテレビでやってたからね」


 せめて茹でるか、炒めるかしてあれば、まだ食べれたのに。

 白は心の中で食材に謝罪する。


「おいおい白、せっかく母さんが作ってくれたのに食べないなんてひどいぞ」

「作ってない! ただ並べただけじゃん。こんなの料理じゃないし」

「そ、そんなことないもん……」


 そんなことはわかっている、と白は、つい大きな声を出してしまったことを後悔する。鏡花が口をすぼめ、抗議の意を表明している顔を見ると、申し訳なさがより込み上げてくる。

 白は馬崎を睨むが、サラダを食べるのに夢中な馬崎は、完全にスルーである。


「白が……栄養を取れるようにって思って」


 鏡花は目をうるうるさせ、今にも泣きそうなそぶりを見せる。

 こういう時はいつも、鏡花のおふざけだったりするが、今回は本気でショックを受けているようだった。


「ごめん……」


 ぼそりと呟いた白の声は、馬崎の咀嚼音にかき消される。


「白が、たくさん食べられるようにって……」

「そうだな。白が食べられるように、っていつも考えてるよな」


 馬崎親子は、そろって深刻そうな顔で俯く。


「白が……食べられるように」

「白が……」


 白の頭がぐるぐる回る。目眩に似た感覚だったが、気持ち悪さはない。むしろ心地いい風に吹かれながら、遊覧船に乗っている気分に似ている。

 ふわふわとした意識の中、二人の言葉が何度も反芻して聞こえてくる。


「ああもう!! ごめんって!! 食べる、食べるから!」



★ ★ ★ ★ ★



「へー? そんなことがあったんだ」


 昼休み。田共高校の屋上で、白はぐったりと項垂れていた。

 あの後、何とか吐き気を堪え、机の上のにんじんとトマトを完食した。

 その様子を見た鏡花が、とても喜んでいたので安心はしたが――――――色々な意味で胸が閊えそうになった。


「はあ……気持ち悪い」

「まあそんなこともあるって。気にせずに昼ご飯を食べよ」

「お腹空いてないし」


 白は渋々、自分の持ってきた弁当箱を広げ、中を確認する。

 今日は豆腐ハンバーグだった。おそらく馬崎が作ったのだろう。なんだかよくわからない緑色のソースがかかっている。


「あ、ハンバーグだ」


 彩はいつも、桃色のかわいいお弁当箱を持ってくる。その中には、手の込んだおかずが入っていることが多い。


「お、から揚げも入っている。お母さん今日は奮発したのかな」

「作ってもらってるの?」

「代わりばんこみたいな感じ。私が朝練の時はお母さんが作って、逆にお母さんが朝出勤だったら私が作ってる、みたいな」


 白が頷くと、彩はにっこり笑ってから揚げをつまみ上げる。


「はい。あげる」

「えっ」


 彩は、豆腐ハンバーグの横に、から揚げを置いた。


「要するに、白くんがいっぱいご飯を食べたら、お母さん喜んでくれるんじゃないの?」


 白の心臓がドキッとする。

 彩の言う通りだ。けれど、自分は――――――。


「お、おれさ」

「それに朝から野菜だけじゃ、力も出ないし、背も伸びないよ」


 背も伸びない、というのは余計なお世話であるが、彩の無邪気な笑顔を見ていると、言いかかった言葉が綺麗にさっぱり消えてしまう。


「ほら、食べなよ」

「え……でも、おれ……」

「ほら、早く」


 ぐいぐいと近づいてくる彩。その顔から笑顔が消えていく。


「早く」


 まただ。また、ふわふわと意識が揺れている。今度は熱帯雨林を歩いているように、暑く激しい感覚だった。揺れることはないが、体が熱を持ってやけに熱い。白は、額に滲んだ汗を手の甲で拭うと、彩から距離を取る。


「……ごめん」


 白は彩に背を向け、傀朧で強化した脚で、逃げるよう屋上からに飛び立った。



★ ★ ★ ★ ★



 食べろ、食べろ、食べろ、食べろ――――――。


 今日はどうかしている。食べ物に呪われているのだろうか。

 彩から逃げるように特命係のオフィスに向かった白は、応接のソファに寝ころぶと、ヘッドホンを装着して意識を外界から隔絶しようと試みる。しかし、意識がまだふわふわしていて、音楽を聴くことに集中できない。


 何度も寝返りを打って、ごろごろしていると、誰かに肩を叩かれる。


「ん……」

「白くんってば。どうしたの? 今日は休みの日だよ?」


 振り返ると、心配そうにこちらを見つめている佳澄の顔があった。


「うわ」

「なに? うわって」


 佳澄は、近くにあったコーヒーメーカーでコーヒーを淹れ、自分のデスクに置く。


「なんでもない。ちょっとびっくりしただけ」

「こっちもびっくりしたよ。誰もいないと思ってたのに白くんがいたから」


 白が重い頭を起こしていると、視界に大きなビニール袋が入る。


「これ、なに?」

「これ! 実はね……」


 佳澄は、待っていたと言わんばかりに袋の口を開け、白に見せる。

 中に入っていたのは、大量のシュークリームだった。大きくふわふわした生地の形がどれも良く、見た目には美味しそうに見える。しかし、白は思わず顔をしかめてしまう。


「明日の仕事のために、佐竹先輩が練習したいって言うから買ってきちゃった」

「……何の仕事だっけ?」

「あれ、アイサさんから聞いてない? 遠征するんだよ。『黒崎市テクノロジーフェスタ』に出現する脳みその傀異、それの討伐任務」

「何それ……意味わかんない。んで、シュークリームの意味は?」


 佳澄はシュークリームを机の上にぶちまける。


「よくわからないんだけど、その町がシュークリームを推してるみたいで、大食い選手権をするらしいの! だから練習しなきゃ」

「……天然も度を越したらただの馬鹿じゃない?」


 白の辛辣な言葉に顔色一つ変えず、佳澄はシュークリームを食べ始める。


「そうだ。白くん時間計って! ニ十分でどれだけ食べられるかを競うみたいだから」

「嫌だよ、アホらしい」

「じゃあ、白くんも一緒に食べようよ」

「なんでそうなるの」


 ため息交じりで佳澄の顔を見た白は、ギョッとする。

 佳澄の瞳が、真っ黒になっていた。真っ黒な冷たい瞳は大きく膨らみ、こちらをじーっと見ている。

 じーっと。じーっと。


「おいしいよ? なんで食べないの?」

「えっ……」


 佳澄はじりじりと、白の口にシュークリームを近づけてくる。


「一個食べてみてよ」

「いや、おれ……」


 こんがりきつね色のシュー生地。大きくて、重量感のある見た目だった。それを見つめていると、なぜか胸がざわつく。気持ちが悪い。明確な理由があるわけではないが、その形と質感が、妙に不快感を増幅させる。


「いらない!」


 白は、迫るシュークリームを手で払いのける。ぽとりと床に落ちたシュークリームが、べちゃりと崩れる。

 中からどろりとしたクリームが漏れ出す。漏れたクリームの色は、なぜか赤色だった。

 そんな潰れたシュークリームを見た白は、反射的に目を背けてしまう。


「あーあ」


 落ちたシュークリームを見た佳澄は、肩を落としてぼそりと呟く。

 じーっと、ただ一点にシュークリームを見つめている。

 白は不意に吐き気を催し、口を押えてオフィスを飛び出した。


「イチゴ味、あんまし美味しくなかったかも」



★ ★ ★ ★ ★ 



 食べ物に囚われて、食べ物に攻撃されている。

 それよりも、みんなが怖い。なぜか、そう見えるしそう思う。それが、白にとって一番不快感を増長させる要因だった。

 けれど、白の腹は減る一方だった。ぐーっと腹の虫が豪快になる中、白は一人、孤独に街を彷徨っている。


「どうしよ」


 白は震える声を漏らし、公園のベンチに座った。椅子は冷たく、肌に当たる風も冷えたものになってきた。気づけばもう日が落ちてきている。結局朝から何も食べていない。体も冷えてきて、体調がさらに悪くなる。何より、気分が落ち込んでいる。もうこれ以上歩きたくない。


「……」


 白はベンチの上で丸まり、目をつむる。ここで寝たらどうなるとか、後先のことは考えられなかった。

 疲れた。ここで寝るのに、これ以上の理由はいらない。


 ――――――ふと、鼻にラーメンの匂いが入ってきた。

 濃厚なミソの香り。ミソラーメンだ。上にコーンとバターが乗っていそうな、コクのある匂い。

 白の腹が再び鳴る。目がぱっちり開くと、自然と匂いの方へ向かっていた。

 公園の片隅に、小さなラーメン屋台があった。

 軽トラの荷台に、昔ながらの木でできたやぐらが乗っている。古風なのれんには、汚い文字で『ミソラーメン』と書いてあった。

 屋台の前に、とても座り心地が良いとは言えない、おんぼろなパイプ椅子が置いてある。その中央の席に、椅子のサイズに不似合いな体格の青年が座っていた。


「親父―! うめえなこのラーメン! おかわり!!」

「はいはい……兄ちゃん何杯食うんだよ。金持ってんだろうな?」

「持ってる持ってる!! あ、でもクレカでいいか?」

「使えるわけねえだろ! えっ。現金持ってねえとか言わねえよな!?」

「大丈夫だって。んでもよ、今時キャッシュレスに対応してねえの、ダメなんじゃね?」

「そんなの導入したって、このご時世来てくれる客はいねえからな」


 青年が楽しそうに店主と会話をしている。筋骨隆々なうるさい背中だ。

 ちょっとうるさいけど、安心感のある声色――――――どこかで聞いたことのある声だ。

 白は、ゆっくり屋台に近づいていく。


「はいよお待ち。もうサービスして最初から大盛りにしといたぜ」

「おう! ありがとな」


 麺を豪快にすすり、スープを飲み干す。後ろから見ていた白は、そのスピードの速さに驚く。


「ごちそうさま! 流石に腹いっぱいになったわ」

「だろうな。もう一日分の材料が全部なくなった」


 店主は呆れながらもどこか嬉しそうに、空になったラーメンの器を片付ける。


「……ん。ああ、すまんね。今日はもう店じまいだ」


 白の存在に気づいた店主が声をかける。その声に反応した青年が、暖簾を上げて白を見る。


『あ』


 二人は同時に声を上げる。

 このセンスのないキャラクターTシャツは忘れない。

 功刀風牙。つい最近、仕事で一緒になった想術師の青年だ。

 あの時は流れで一緒になったとはいえ、こんなところで出会うなんて。

 なぜここにいるのだ、とお互い思った両者は、しばらく時が止まったように動かなくなる。


「……ラーメン」

「ラーメン屋だぜ」


 脊髄反射で会話する微妙な空気を、白の腹の音がかき消した。


「腹減ってたんだな」

「……うん」

「わりい。俺が全部食っちまったらしい」

「別にいい。そんなつもりで通りかかったんじゃないし」

「それ嘘な。よし。行くぞ」

「えっ、何が」


 風牙は、ポケットに入れた小さな財布から一万円札を二枚取り出して店主に渡す。


「おつりはいらねえ。その代わり、また来るからな」

「えっ。ちょっといいのか兄ちゃん!」

「次は味玉サービスしてくれ!」


 ニカッと笑った風牙は、そのまま白を抱き上げると、肩の上に乗せる。


「ちょ、何すんだよ!!」

「この方が速え」


 白はぽかぽかと風牙の頭を叩いて抵抗するが、止まる様子はない。

 気づけばジェットコースター以上の速度になって、夕方のビルの上を駆け抜けていた。



★ ★ ★ ★ ★



「はい。こんなものでよかったらどうぞ」

「……ありがと」


 澄んだスープの中に沈む、色とりどりの野菜たち。

 優しいコンソメのスープは白の心も温める。いつも食べる量よりも多めについである白ご飯にがっつくと、親の仇のように胃袋の中に入れる。

 一見シンプルなポトフだったが、やけにご飯と合う。何か隠し味でも入っているのだろうか。


「そんなに早く食べたら、喉詰まっちゃうよ」

「平気……うっ」

「ほら! 言わんこっちゃない」


 白いエプロンを身に着けた浄霊院咲夜は、白の背中を優しく擦る。

 お茶を飲んで、詰まったご飯を流し込むと、肩を落とす。


「うめえな。このポトフ」

「……まだ食べるの」


 風牙は先ほどあんなにラーメンを食べていたのに、ひとっ走りしたら疲れたなどと言って、白よりも多い量を食べている。


「それにしても驚いたわ」

「それ、こっちのセリフ」

「いきなり風牙が肩車して貴方を乗せてくるんだもの。私が一番驚いた」

「こんな廃墟で料理を作ってる人もそうそういないけど」


 三人がいるのは、どう見ても立ち入り禁止な廃ラブホテルの中だった。

 いきなりこんなところに連れて来られ、中に入ると咲夜がいたのだ。白は、自分が一番驚いたと競い合う。


「私たち、東京ではあまり目立った動きができないの」

「関西ならいいんだけどな。バレたらめんどくせえ」

「なんで?」

「うーん。協会がらみって奴?」

「ふーん」


 白はそれっきり何も言わず、黙々とスープを飲み干し、完食する。


「……ありがと。美味しかった」


 ぼそっと礼を言った白は、視線を落とす。

 どこでも料理ができる簡易調理セットを片付けていた咲夜は、微笑んで白に頭を下げる。


「お粗末様でした。この間のお礼もしたかったし、ちょうどよかった。いつも風牙はこんな感じだから気にしないでね。お金もすぐに無くしてくるし。おつかいもできないし」

「ボロクソだな!」


 白は二人に背を向け、部屋を出て行こうとする。


「ちょっと待てって」

「何? まだなんか用」

「ちょっと座ろうぜ」


 風牙は白を引き留め、ボロボロの椅子に座らせる。

 自分も隣に座ると、腕を組む。


「なんか悩んでんだろ。顔に書いてあるぜ」

「別に。あんたたちには関係ないことだから」

「そう言わずに、話してみろって」


 気づけば咲夜がコーヒーを淹れてくれていた。

 ミルク多めの激甘カフェオレ。白の好みの味だった。


「別に、話しても解決することじゃないから」

「んじゃ、何で飯も食わずにほっつき歩いてたんだ?」

「えっ」

「それに、飯食う時、すげー不安そうな顔してたぜ。目が泳いでた。腹減ってんのに、普通あんなふうには食わねえよ」

「……」


 風牙は俯いた白の背中を叩いた。


「好き嫌い多いだろ」

「……そんなんじゃない」

「食べること嫌いか?」

「……あんまし好きじゃない」


 それを聞いた風牙は立ち上がると、大きく頷いた。


「よし! 決めた。食べることが好きになるようにしようぜ」

「えっ……いや、無理」

「無理じゃねえ」


 風牙は、部屋に備え付けられていた小さな冷蔵庫から、タッパーを取り出す。

 中に入っていたのは、かわいい動物の形をしたクッキーだった。


「これ、食ってみろ」

「えっ、でも」

「いいから」


 言われるがままに、クマのクッキーを取って少し食べてみる。すると、まるで体の内から何かが湧いてくるような、不思議な感覚に見舞われる。

 ――――――力。いや優しい感じ。


「すげーだろ? これが食の力だ」

「食の力……」

「食べることが好きじゃねえ人は結構いる。でもそれは何にも珍しくないし、自分や誰かを責める必要のねえことだ。個人の自由だからな。でもな、俺は料理で救われたことがある。励まされたり、元気づけられたり。それは作ってる人の思いが籠ってるからなんだと思う」


 風牙もタッパーから、ねこの形をしたクッキーを一つまみする。やけにふてぶてしい顔のねこだった。


「俺もガキのころ食べたお好み焼きとか、親友が作ってくれたレバニラ炒めとか、咲夜が作ってくれたハンバーグとか……その時その時食べたもんにあったかくなったことがあるぜ。俺はお前の悩みも、気持ちも、わかってあげられねえけどさ。でも料理に救われることだってあるんだぜ、ってことが言いたい」


 白の手のひらで、クッキーが淡い光を放つ。温かく優しい光に包まれたクッキーは、白の手のひらをほんのり温めた。


「……言い方がクサい」

「うっ……悪かったな!」

「それに、論点が違う。おれだって、美味しくご飯食べるのは嫌いじゃないし。ユーキとか、鏡花が作ってくれたご飯、嫌いじゃないし。彩がくれたおかずだって、本当は食べたいし。あの天然がたまにくれる手作りのお菓子好きだし」


 白はクッキーを全部頬張ると、ちょっぴり頬を赤らめる。


「また、食べさせてよ。あんたの料理美味しかった。浄霊院咲夜」

「だろ!? いつでも食いに来いよな」

「何で風牙が言うの?」


 三人は静かに笑いあうと、顔を見合わせた。


「なんかさ、わかんないけど今ならいっぱい食べられそうな気がする」

「お、いいな」

「食べ放題のお店行きたい」

「今から!?」

「うん」


 その後、白は食べ放題の店であらゆるメニューをたらふく食べる。

 ――――――食べる、食べる、食べる、食べる。


 白は食べる。一心不乱に目の前のものを食べる。

 出てきたものは全部食べた。すべて、平らげた。残すことなく、きれいさっぱり。


 空になっていく皿。積み上がる皿。ありとあらゆる国の料理が出てきては、白の胃袋に消えていく。

 気づけば辺り一面に積み切れなくなった皿が散乱した。それでも食べ続けた。


 ふう。

 おいしかった。

 満足した白は、ふと自分の鏡を見る。


 ――――――全身が膨れ上がり、脂肪で覆われた醜い体だった。


「うえ。デブじゃん!」



★ ★ ★ ★ ★



「へ、へー。面白い夢だね」

「全然面白くない」


 田共高校の昼休み。夢と同じように、屋上で弁当を食べる白はふと、今朝見た夢の話を彩にした。自分が太った夢を見たと聞かされた彩は、どう反応していいかわからないような複雑な表情で白を見る。

 笑えばいいのか、心配すればいいのか――――――この場合は笑うべきなのか。

 色々悩んだ結果、最近理子がハマっている夢占いを思い出した。


「夢ってその人の心理状態とか色々反映されるみたいだからね……夢占いとか見てみる?」


 そう言った彩は、理子に紹介されたサイトでさくっと検索をかけてみる。


「えっと……なになに? 自分が太る夢は……幸せになる前兆、あとは自分を大切にしよう、とか? こんなとこ」

「何それ。うさんくさ」

「そんなことないよ。幸せになる前兆とかいいじゃん」


 夢を見た時、起きた瞬間に色々と忘れるのはよくあることだが、白は太ったという事実以外忘れていることをかなり悔やんでいた。なぜかはわからないが、大事なことを忘れているような、そんな気がする。


「まあ夢だしいいけど」

「私なんて自分がゾンビになる夢とか見たことあるし……なんか夢って面白いよね」

「それも調べてみたら? おれは信じないけど」

「えー。ポジティブなことくらい信じてみてもいいんじゃない?」


 彩はスマホをポケットにしまい、弁当箱を膝の上に置く。

 彩はよくよく考えてみると、最近の自分はそれこそずっと夢を見ているのではないかと思うことが多かった。

 白と出会ったあの夜。アイサに聞かされた傀異のこと。まるでファンタジーの世界に巻き込まれたような、そんな感覚だった。夜の学校で戦う白を見た時もそうだ。これは夢ではないかと思っている自分が、今もここにいる。


「ふふっ」

「何笑ってんの」


 白と出会って、こうして屋上でご飯を食べている自分が、どこか可笑しいと思えた。


「別に~?」

「意味わかんない」


 彩は、弁当箱を開けて再度にっこりと笑う。

 ハンバーグとから揚げ。今日は朝練があるため、自分へのご褒美として頑張った日である。

 自分で作ったとはいえ、ちょっとサイズが大きすぎたかな、と反省する。


「はいあげる。特別だよ?」


 彩はから揚げを箸でつまむと、白の小さな弁当箱の中に入れる。

 白の弁当箱の中には、可愛らしい豆腐ハンバーグが入っていた。


「あ!」

「え、なに?」

「……いや、なんだろ。わからない」


 白は真っ青な顔で、彩にから揚げを突き返した。


「えっ。なんでよ」

「いらない」

「食べなよ。白くんのお弁当、すっごくヘルシーじゃん」

「い、いい。いらない」

「だめ!」

「いらない!」


 耐えられなくなった白は、足を傀朧で強化し、屋上から逃亡しようとする。

 屋上から飛び上がろうとした瞬間、夢の中で誰かに言われた言葉が頭をよぎった。


 ――――――作っている人の思いが籠っている。


 白は足を止め、振り返る。


「……おれ、肉食べられないんだ。だから、彩が食べて。きっと、彩のお母さんも、その為に作ったから」

「……白くん」


 白の表情は、どこか悲し気で、でもさっぱりしている。そんな顔だった。

 そこに、心を打つ何かを感じ取った彩は、一口でから揚げを食べてしまう。

 それを見た白は、満足したように屋上から飛び立った。


「あ……行っちゃった」


 彩は残ったハンバーグも、ご飯と一緒に頬張る。


「あ、でも、このお弁当は私が作ったんだけど」


 その言葉は、白に届いていない。彩が弁当を食べ終わった瞬間、チャイムの音が鳴り、彩は慌てて教室へ戻るのだった。




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