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エボルブルスの瞳―特殊事案対策課特命係傀異譚―  作者: 揺井かごめ くろ飛行機
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馬崎優貴の、苦労の多い一日。②

投稿が遅くなり、申し訳ありませんでした。


 荒廃したショッピングモールの中、馬崎鏡花は朦朧とした頭で立ち尽くしていた。


(あれ、私、何してたんだっけ――――?)


 誰かを待っていたような気がする。しかし、それが誰なのか思い出せない。


(――――今、誰かに呼ばれたような)


 ぎこちない動きで顔を上げる。誰かは分からない。しかし、呼ばれているという感覚だけがはっきりとある。

 鏡花は夢うつつのまま、ふらふらと覚束ない足取りで歩き出した。


◆ ◆ ◆


 電器店から慌てて戻った(しらず)と馬崎を待っていたのは、濃い傀朧が充満して半傀域化したショッピングモールだった。

 先程までの楽しげな雰囲気は微塵もない。ショッピングモールにいた人々は、みな虚ろな表情でふらつきながら、緩慢にロビーを歩き回っている。人々の賑わいはまばらな呻き声に変わり、店内BGMも消えていた。

 ショッピングモール自体も、目に見えて経年劣化していた。看板は色あせ、壁の塗装は剥げてヒビが入っている。商品棚も、崩れたり品物が壊れたりしている。


「クソッ……! 白君、敵の位置は分かりますか⁉」


 惨状を目の当たりにして歯噛みする馬崎に、白ももどかしい思いで答える。


傀朧(かいろう)の濃度が高すぎて、すぐには見つからなさそう」

「そうですか。かといって、闇雲に歩き回るのは得策じゃありませんね」


 呟きながら、馬崎は周囲を見回す。虚ろな顔の客達は、白と馬崎を気に掛ける様子もなく素通りしていく。


「……おや」

「どうしたの、係長」

「変な動きをしている客が、何人かいますね。不規則に動いているように見えますが……失礼」


 馬崎は近場にいた青年の肩に手を掛け、身体の向きが変わるように数歩移動してから、軽く突き飛ばした。


「おい、ユーキ!」


 白は思わず声を上げた。対抗策を持っている白ならともかく、丸腰で非戦闘員の馬崎が、何をするか分からない状態の客に無防備に触れるのは危険だ。


「見なさい、白君」


 物言いたげな白を手で制して、馬崎は青年を顎で示す。軽く後ろにふらついた青年は、そのまま先程のようにふらふらと歩き出した。


「進行方向が、緩やかに修正されているのが分かりますか?」


 身体の向きを90度変えられた青年は、そのまま前方へ歩を進める。しかし、その軌道は明らかに曲り、数歩の後には先程と同じ方向に身体が向いていた。


「ここにいる人達の一部は、どこかを目指して歩いているようです。恐らく、傀異(カイイ)本体の方向へ。どうですか?」


 馬崎に促され、白は傀朧の気配を探るために意識を集中させる。()せるような濃度が満たされた傀朧の中、青年の進行方向に、微かな異物感を感じ取った。


「……合ってるっぽい。やるじゃん係長」

「私の観察眼を舐めて貰っては困りますよ」

「女の考えてることはいっつも読み間違うのにな」

「そんなことないでしょう。……さて、白君」

「なに?」

「この人」


 言葉と共に、馬崎は親指で先程の青年を示した。


「身体強化で運ぶことは出来ますか?」

「……係長がおんぶしたら?」

「そんな体力は私にはありません」


 爽やかな笑顔で堂々と情けない宣言をする馬崎に、白は溜息を吐いた。

 結局、片腕を強化した白が青年を抱え、青年の身体の動きと傀朧の気配を頼りにしながら進むことになった。小柄な白が青年を抱える様を、馬崎は面白そうに眺めていた。


「笑うなよ、係長。させてるのはあんたなんだからな」

「そうですね。非常に愉快です」

「あっそ」


 ぷい、とすねたようにそっぽを向きつつも、白は確かな足取りでショッピングモールを進んでいく。馬崎は後に続きつつ、周囲を哨戒した。


「あのさ、係長」

「なんですか?」


 白は、浮かばない表情で続ける。


「動きが変な人が何人かいる、って言ったじゃん」

「はい」

「多分その人達、身体の中の傀朧が多いんだと思う。影響されやすい人達。この人もそう」


 担ぎ上げた青年の身体を小さく揺すって、白が馬崎を見上げる。


「もしかしたら、鏡花も寄せられてるかもしれない」


 馬崎は表情を僅かに硬くした。

 馬崎は元々、想術師に連なる家系の人間だ。今は関わりを絶っているが、馬崎優貴以外の家族は、想術師としての適性が高い者ばかりである。鏡花は、そんな事情の家に、傀朧の巡りが多い霊媒体質を見込まれて嫁入りした一般人だ。これまでにも、何度も厄介事に巻き込まれている。


「……急いだ方が良さそうですね」


 馬崎の言葉に、白は頷いた。

 ショッピングモールの二階へ上がってしばらく進むと、白の足が止まった。


「この先だ」


 白の言葉に頷き、馬崎は白が担いでいた青年を近くのベンチに座らせた。ここまでの道中で適当に見繕った頑丈な紐を使い、動けないように固定する。


「なんで縛るの?」

「この人も寄せられやすいんでしょう? 放っておいたら巻き込まれます」

「なるほど」


 事が収まった時に解いてあげるの忘れないようにしないとな、と思いながら、白は馬崎が手際よく青年を縛り上げるのを眺めていた。


「さて」


 縛り終えて空いた手を軽くはたき、馬崎は改めて前方へ目を向ける。


「どんな傀異が出てくるか、見物ですね」

「戦うの、おれなんだけど」

「知ってます。よろしく頼みますよ」


 軽口の応酬を終えた二人は、一転息を殺して警戒しながら先へ進んだ。


「あれだ」


 ゴミ箱の影に身を隠しながら、対象を確認する。ファンシーショップの入り口に、異様な人影があった。


「……人型、だと思って良いと思う?」


 白の潜めた声に、馬崎は唸りながら首をすくめて応える。

 そこに佇んでいたのは、風船とトマホークを持ったうさぎの着ぐるみだ。

 白と馬崎は、そのうさぎに見覚えがあった。


「あれ、デスラビットのデビットだよね?」

「……そう、ですね」


 デスラビットのデビット。

 最近爆発的に流行っているB級ホラー映画『デビットとあそぼう』に登場する殺人鬼である。血まみれのデザインと何を考えているか分からない顔が女子中高生に人気を博し、興行収入がエンタメニュースで報道され続けている人気振りだ。白と馬崎も、ミーハーな鏡花によって映画館に連行されたことがある。


「確かに人気だけどさ」

「ええ。傀異になるような概念ではありませんね」


 人気とはいえ、ターゲット層が限られた新しい概念だ。傀異化するほど傀朧が溜まるのは不自然である。そもそも、流行の度に傀異が生まれるような管理体制では、想術師の仕事量がパンクしてしまう。そうならないよう、定期的に傀朧を散らしているのだ。これまでもその手法で十分対応できていた。


「最近よくある、異常発生の傀異でしょう。十分な警戒を」

「了解」


 小声で話しつつ、白は傀異の状態を解析する。

 元になった概念はハッキリしている。本来なら、幸運にも映画を見ていることで、弱点を楽に突けるはずの場面だ。しかし、今の二人には、解析に頼らなければならない理由があった。

 二人とも、映画館には行ったが、爆睡していて映画自体はほぼ見ていないのだ。


「任務明けじゃなければな……」

「言わないで下さいよ、白君。同じ事思ってるのが馬鹿みたいじゃないですか」


 傀朧の解析といっても、それがどんな概念に基づいているか知ることができるだけで、弱点を正確に把握できるわけではない。弱点を突くためには、それこそ映画を見るなどして、どうやって倒されたかを知る必要がある。

 白の目的は、解析することによる傀異との同調だ。多少時間はかかるが、傀異の自由を奪うには確実な方法である。


「風船はわかるけど、なんで斧なんだろ」

「なんで風船はわかるんですか?」

「うさぎの着ぐるみだから」

「なんですかそれ。というか、見た感じ、持ってるのは斧じゃないですよ。あれは――――」

 会話しつつも傀異に集中していた白の隣で、馬崎が言葉を切って息を吞んだ。


「どうしたの」


 傀異を睨み付けたまま問う白に、馬崎は素の表情で舌打ちをした。


「母さんだ。近付いてる。毎度毎度、なんて間の悪い……!」


 白が思わず周囲を見渡すと、ファンシーショップから十数メートルほどの位置に、よろめきながら傀異に近付いてくる鏡花を見つけた。傀異はまだ鏡花に気付いていない。


「白、僕は今から母さんを拘束しに行く。そのまま解析を続けて――――」


 馬崎の言葉が終わる前に、白はゴミ箱の影から飛び出していた。


「おい白! ったく、うちのは皆、揃いもそろって……!」


 叫んだ時には既に遅い。白の身体が軽やかに宙を舞い、拳の狙いは傀異の頭部を捉えていた。白の拳撃は、傀異のトマホークで受け止められる。白は、傀異の反撃を躱して再び跳躍した。トマホークが床を抉り、鈍い衝撃音がショッピングモールに響き渡る。

 馬崎は鏡花を庇うように通路に立ちふさがりながら、白に向けて叫んだ。


「白君、あれは斧じゃなくてトマホークです! 投げてきますよ!」

「は⁉」


 馬崎の言葉と同時に、傀異がトマホークを投擲した。白は傀朧で強化した拳でトマホークをいなし、反動で後ろに着地する。


「油断しないように!」

「わかってる!」


 白はすぐに体勢を立て直し、傀異に向かって拳を振りかぶる。

 あっさりと、拳が傀異の頭部にクリーンヒットした。


「……え?」


 あまりにも簡単に打撃が入り、白は拍子抜けして呟く。


(いや、ブラフかも知れない。気を抜くな)


 念のために飛び退って距離を取るが、頭がひしゃげたうさぎの着ぐるみは、ぴくりとも動かない。しばらくすると、傀異は頭から消滅していき、傀域も徐々にほつれ始めた。

 思わず振り向き、馬崎と顔を見合わせる。


「……倒した?」

「そうみたいですね……?」


 半ば呆然とした馬崎の背に、とす、と軽い衝撃があった。馬崎が振り向くと、虚ろな目の鏡花が立っていた。


「……あれ?」


 一拍おいて我に返った鏡花は、周囲を見渡して小首を傾げた。


「あっれ~……? 私、なにやってたっけ?」

「母さん!」

「鏡花!」


 白と馬崎に駆け寄られ、鏡花は気まずそうに笑った。


「……あー、何かあった?」

「あった。まあ、今回は完全に巻き込まれだから、母さんは気にしなくて良いよ」

「傀朧のチェック終わったけど、特に変なとこなかった。多分……」


 心配そうな様子の白を見て、鏡花は小さく笑って白を抱きしめた。


「わっ⁉」

「大丈夫、いなくならないよ」


 とん、とん、と背を叩きながら言い聞かせる。白は、心にすとんと落ちた安堵を隠しながら言った。


「連絡取れなくなっといて、よく言うよ」

「それは仕方ないって優貴も言ってるじゃん~!」


 既に傀域化はほとんど解け、ショッピングモールの人々も元に戻り始めた。抱きしめられた状態を他人に見られるのが気恥ずかしくて、白は慌てて鏡花から離れる。


「ほんと、疲れたよ、今日は」

「そうですね。こんなことになるとは思っていませんでした」

「え~? 私は全然平気だよ? せっかく来たし、買い物してこうよ~!」

「まあ、鏡花が良いならいいけど……」


 結局、三人は買い物をしてから帰路についた。馬崎の運転する車の中で、白は鏡花に尋ねた。


「そういえば、この間見た『デビットとあそぼう』のデビットさ、最後どうなるっけ」

「えーとね」


 鏡花は顎に人差し指を当て、思い出しながら言った。


「確か、最後にトマホークを投げて、丸腰になっちゃったところを主人公に自転車で轢かれてたかな」

「うわぁ……馬鹿じゃん……」

「おばかで可愛いよね~」

「もうやめましょう、その話。明日出勤してから書かなきゃいけない報告書のことを、否が応でも考えてしまうので……」


 うなだれる馬崎の隣で、白はぼうっと窓の外を眺める。白は夕暮れの空を見ながら、そういえば結局、あの見ず知らずの青年の拘束を解くのは忘れてしまったなぁ、と思った。


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