佐竹和音の、雑音の多い休日。
こちらは、以前揺井さんが書いてくれた短編なのですが、出来がいいので本編に移植させていただきました。佐竹と係長のキャラ立てが抜群にお気に入りです。
「おや」
「あ゛?」
休日のショッピングモール。
ばったりと行き合った二人から、それぞれ二様に声が漏れた。
佐竹は、その声音通り、心底嫌そうな表情を浮かべて舌打ちする。仕事着にしているセーラー服とは一変、黒スキニーにライムグリーンのサマーセーターというシンプルな装いだ。いつも高く結っている豊かな金髪は、低い位置でフィッシュボーンにまとめられ、右肩から胸に垂らされている。目を引く真っ赤な口紅の代わりに薄く引かれているのは、アプリコットオレンジのティントリップだ。
完全にオフの格好をした佐竹は、そのガーリーな外見に似合わない凶悪な表情で低く吐き捨てる。
「ツイてねぇ、休日に見たくねぇ顔に会っちまった」
「心外ですね。私は会えて嬉しいですよ、佐竹さん。しかもこんな所で」
反して、馬崎はにこやかに佐竹の隣へ並ぶ。質感のあるヴィンテージカーキのシャツに黒のブルゾンを羽織り、胸元にはループタイの銀装飾が光っている。薄いグレーのスラックスと革靴の隙間からは、モスグリーンに金刺繍の靴下が覗く。
細やかな洒落っ気と、何よりもその整った顔で周囲の視線を集めている馬崎に、佐竹は再び小さく舌打ちした。当の本人は慣れ切っているのか、涼しい顔である。
「佐竹さんも電器屋なんて来るんですね」
二人の目の前には、スマホのアダプタがずらりと並んでいた。馬崎は既に買い物を済ませ、ゲームの周辺機器がみっちり納まったエコバッグを手に下げている。
「悪いかよ。スマホの充電器が壊れたんだ。つーか並ぶな気持ち悪い」
佐竹の威嚇に顔色一つ変えず、馬崎は「はは、釣れないこと言わないでくださいよ」と笑う。
「いいじゃないですか。黙っていれば顔だけは良い男が隣にいるんですよ? 気分良くないですか?」
「最悪だって言ってんだよ、耳付いてないのか係長」
怒気をはらんだ声で言い捨て、佐竹は手近なアダプタをひとつ手に取った。
にこやかで慇懃なこの男とは、出会って以来ずっと反りが合わない。竹を割った様な性格の佐竹にとって、馬崎の、腹の底に何か持っている様な態度は非常に気味が悪かった。可能ならばあまり長く一緒に居たいタイプではない――――と、常々思っているにもかかわらず、気付いたら組まされていることが多いのだから業腹である。
特命係唯一の想術師である佐竹は、戦闘のみでなく、想術師免許があることで優位に進められる交渉や事務の仕事も多い。情報管理を一手に任される馬崎と仕事が被るのは必然だった。
仕事は溜めるが、その分手際は良く頭も回る。馬崎の有能さに助けられる場面もしばしばで、佐竹としては面白くない。
「この場では、係長では無いんですが」
「そういうところも込みで無理って言ってんだよ、わかんねーか? 仕事は仕方ねぇ、我慢するさ。それ以外で関わりたくないんだよ。さっさとどっかいけ」
しっしと手で追い払う佐竹に、馬崎は笑顔を深める。当然立ち去る様子も無い。
(性格悪ィ奴)
苦々しげな佐竹を一瞥してくすりと笑う声が、更に佐竹の神経を逆立てた。
「……んだよ、何が可笑しい」
「何も可笑しくないですよ。佐竹さんは顔にこだわらないタイプなんだなぁと」
「セクハラで訴えるぞ」
佐竹は2つめのアダプタを手に取る。
「業務外なので無効でお願いします。私は気分良いんですけどねぇ、隣に美女」
「ブレねぇなアンタ。そんなに好きなら探しに行けばいいんじゃねえの、美女でもなんでも」
暗に立ち去れと促す佐竹に、馬崎はさらりと返答した。
「ここにいるじゃないですか」
「……は?」
「今日の佐竹さん、凄くお綺麗ですよ」
一瞬、佐竹の身体が硬直する。
「えっキモ……」
可哀想なモノを見る様な目つきで、佐竹は馬崎から一歩距離を取った。
「傷付くなあ、本心なのに」
「そいつは重畳だ。勝手に傷付いてろ」
そんな佐竹に対して馬崎は肩をすくめただけだった。
「黙っていれば絶世の美女なんですがね……」
「黙っていれば顔だけは良い男なんだろ、もう黙ったらどうだ?」
「顔が良いことは認めてくれるんですね」
「事実だしな」
「それはどうも」
「褒めてねーかんな、事実だっつってんだ」
2つのアダプタの箱を傾け、ためつ眇めつする佐竹に、馬崎は「タイプCだと思いますよ」と助言する。
「えっキモ」
「本日二回目ですね」
「……なんで係長が知ってるんだよ」
「いつもデスクに置きっぱなしでしょう? 挿しっぱなしの時は、たまに借りています」
「勝手に使うな」
「以後気をつけましょう」
全く改める気の無い返事に、佐竹は溜息を吐いた。
「にしても、物持ちが良い佐竹さんらしくありませんね」
「職場で充電してたら佳澄が手を引っ掛けちゃってな……差し口曲がっちまったんだよ」
「あちゃー……」
「事故だ事故、次から気を付けりゃ良いんだよ。勝手に使う係長よりよっぽどマシだかんな」
「本当、佐竹さんは結城さんに甘いですねぇ」
佐竹は会計を済ませ、商品をショルダーバッグに仕舞って店内を巡る。
馬崎も、だらだらと喋りながら後を付いていく。
「前から気になってたんだが」
「はい?」
「係長、フルネームだと『馬崎優貴』だよな」
「佐竹さん、私の名前覚えてたんですね」
「普通だろ」
「いや、特命係のみなさんって、私の事は『係長』としか呼んでくれないじゃないですか。特に女子組」
「呼びたくねぇんだろ、勘違いされたらたまったもんじゃない」
「辛辣だなぁ。アイサさんなんか常に下の名前で呼んでくれるのに」
「あの人は全員分け隔てなくファーストネームだろ。そう言うアンタは、アイサさん以外全員名字呼びだ」
「確かにそうですね」
「佳澄の事『結城さん』って呼ぶの、変な感じしねーの?」
「しませんね。イントネーションが違うので……しかし、なるほど」
「結婚したら『ユウキ ユウキ』だとかほざいたらこの場で殴る」
「冗談の通じない人ですね」
「アンタの冗談は癇に障るんだよ」
佐竹が寂れた女子トイレの前で足を止め、ブーツの踵でくるりと回って馬崎に振り向いた。
「中までついてくる気か?」
「用を足す訳じゃないでしょう?」
「質問に質問で返すんじゃねーよ」
訳知り顔の馬崎に、佐竹は額を押さえる。
「……やっぱり、分かって付いてきてたのか」
「でなければ、こんな遠い店にわざわざ来ませんよ。買い物はついでです」
馬崎は、ポケットから細い銀のバングルを二本取り出し、両手首に装着した。
「ハッ。如何にも『ばったり会いました』ってな演出までしておいて、やってる事はストーカーかよ。見損なったぜ係長」
「やるなら今日だろうと当たりを付けていただけですよ」
「どうだか」
「そんなに怒ること無いじゃないですか。手伝いに来て差し上げたのに」
この電器店は、廃れた寺の跡地に建てられている。昔から、神社仏閣が建てられる場所には傀朧が集まりやすい。
佐竹は普段の業務と並行して、傀朧の淀みやすいポイントを巡回し、固着する前に散らしているのだ。これは想術師の資格に付随する義務であり、階級と居住区によって担当区域が割り振られている。
「それ、傀具か?」
佐竹が馬崎の手元を顎でしゃくった。
「ええ、甲斐さんからレンタルしました。1泊十万円で」
「うわ、甲斐さん金取るのか……いや、にしても高くねぇか?」
「結構レア物らしいので担保だそうです。返品時に返していただく約束なので安心してください」
両手を軽く上げてひらつかせる馬崎に、佐竹は胡乱な眼差しを向ける。
(きなくせぇなオイ)
傀朧の処理は、通常、佐竹が一人で行っている。業務時間内に済ませることもあるが、特命係に課された仕事では無いのだ。馬崎が休日に、しかも高価な傀具を自腹でレンタルしてまで手伝う理由が、どこにも見当たらない。
「何考えてんだ」
「ちょっと長めの出張をお願いしたくて」
「それだけなら普通に頼めばいいだろ。建前は良い、本音を言え」
「……出張先で、秘密裏に入手して欲しいものがあるんです。その口止め料ということで、ひとつ」
「モノにもよるが、一応聞いてやるよ」
馬崎は周囲をきょろきょろと見渡し、人が居ないことを確認すると、佐竹へ手短に耳打ちした。
「……ふぅん?」
片眉を上げる佐竹に、馬崎は必死でプレゼンする。
「ここが一番『溜まる』場所なんでしょう? 全部祓うのは結構大変と聞きますし、出張中にも清浄に保たないといけないんですよね? わざわざ結界を張らなくても、この傀具があれば、私が代わりに傀朧を散らせます。
……どうですか?」
「乗った」
即答だった。
「ですよね……ん? え、あれ? いいんですか?」
「応よ。聞こえなかったらもう一度言おうか?」
「……正直、もう少し渋られると思っていました」
「アンタがあたいの顔色を窺うなんて、中々無いからな。気分が良い」
佐竹も鬼では無い。普通に頼まれれば、そのくらいはタダで引き受けただろう。
にも関わらず、休日を潰してまで貸しを作りに来るのが馬崎という男だった。
「面倒くさい奴だな、アンタも」
からからと笑う佐竹に、馬崎は不貞腐れた声で「用心深いと言って下さい」と呟いた。
「しかし助かります。くれぐれも頼みますよ」
「それはアンタの働き次第だな。留守を任せられるか見たい。北側半分、任せて良いな?」
「了解」
鬼門である北東を任された馬崎は、姿勢を正して佐竹に背を向けた。佐竹も馬崎に背を預け、ショルダーバッグから取り出した警棒を伸ばす。
「掛けまくも畏かしこき伊邪那岐の大神……」
通る声で、馬崎が祝詞を唱え始める。佐竹も警棒を真っ直ぐ前へ突き出し、深い呼吸で集中力を高めていく。
「……恐み恐み白す!」
馬崎の手から放たれた柏手が一帯に鳴り響く。鋭く清浄な一音は、対になった銀のバングルに増幅され、放射状に広がっていく。
「――――喧嘩殺法」
馬崎の柏手と同時に、佐竹の目が見開かれた。
「唯式、」
警棒が青白く発光し、全身で左へ振りかぶられる。
「一閃!」
警棒の切っ先が、空を水平に薙いだ。斬撃の余波が広がり、建物自体が微かに震動する。
「……さて」
佐竹は警棒を納め、ほの青く光る眼を細めて周囲をぐるりと見渡した。先程まで淀んでいた傀朧が綺麗に雪がれていることを確認し、ふっと小さく笑う。
「合格だな」
「それは良かった」
馬崎は安堵に胸をなで下ろした。
「良い傀具を借りたもんだ」
「あくまでも褒める先は傀具なんですね……」
バングルを丁寧に仕舞った馬崎を確認すると、佐竹はきびすを返した。先程と同じく、二人揃って店内を巡回する。
「そりゃあ、まあ、当然だろ。係長自身を褒められるポイントが見当たらなかったもんだからよ」
「祓詞を間違えずに唱えたところとか、効力が出るくらいには集中して柏手を打ったところとか、褒めポイントになりませんか?」
「ならないね」
「手厳しい……」
しゅんとして見せる馬崎を見向きもせず、佐竹はなんということもなさげに言った。
「係長の優秀な頭にはイージーだっただろ」
馬崎が目を見開く。
「……佐竹さん。そういう回りくどいデレは、いつか誤解を生みますよ」
「デレてねぇわ」
佐竹は、けっ、と不満げに顔をそらす。
「ただ、係長の頭がずば抜けてんのは事実だからな」
「少しは認めていただけているようで嬉しいです」
「そうだよ。あたいはアンタが器用貧乏だってよく知ってんだ。この程度で褒めてやったら付け上がるだろうが」
「……買い被りすぎでは?」
「あたいの目はそんなになまくらじゃねぇよ。喧嘩なら喜んで買うぜ?」
「負け戦はしたくありませんね」
店内をぐるりと一周した二人は、並んで店を出る。
「よし、祓い残しも見当たらなかった。今日一気に祓ったから、暫くは触らなくて平気だ。三週間に一回くらいさっきのをやってくれればいい。毎週なら略拝詞でもいいだろうよ。略拝詞っつってわかるか?」
「祓いたまえ清めたまえ、ですよね。わかります」
「ん。じゃあ任せたわ。出張の詳細、早めに出しとけよ。くれぐれも、頼んどいて滞らせんじゃねぇぞ?」
きびすを返して帰ろうとする佐竹を馬崎が呼び止めた。
「佐竹さん」
「あ゛?」
佐竹は足を止め、肩越しに馬崎を睨む。
「まだなんかあんのか。口止め料なら十分貰ったぜ?」
「……車で来ているので、良かったら送りますよ」
「不要だ」
「ひと仕事してお疲れでしょうし、折角なのでスイーツでも奢ります」
「ほっとけ。自分で買うからいい」
「佐竹さん」
馬崎は、佐竹の鼻先にスマホを突きつけた。インカメで映し出された佐竹の眉間には、深い皺が刻まれている。メイクで隠したはずのクマも薄っすら浮いていた。
「人を殺しそうな顔をしています。一般人にはちょっと怖すぎるかもしれません、それで出歩かないで下さい」
一理あった。
最近は戦闘続きで慌ただしくしていたせいか、思った以上に疲れていたらしい。
「これは自慢ですが、私の愛車の助手席は寝心地が良いらしいですよ。白のお墨付きです」
駄目押しのように目配せされた。馬崎の気遣いにまた助けられたのかと、佐竹は深い溜息を吐く。
「乗った」
◆ ◆ ◆
後日、馬崎と白のスマホにお揃いのご当地ブロックマン(※レトロゲーキャラクター)限定キーホルダーがぶら下がることになるのだが、それはまた別のお話。
次回は、『馬崎家の日常』です。お気づきかもしれませんが、特命係メンバーの日常を順番に、というコンセプトがあったりなかったり(笑)。
お楽しみに。